だから敗北令嬢は婚約破棄されなかった
これは過去作の推敲版になります。過去作が見たい方はページトップのシリーズ一覧からよろしくお願いします。
その日はなんだか夢のようだった。
あっという間に色んなものごとが過ぎていって自分だけが取り残されてしまったような、そんな感情をシエルサ・サリュメインは持っていた。
今日は3月21日。シエルサを含む第3学年の卒業パーティーの日。きっと第1王子を見納めに令嬢たちが押し寄せるだろうとシエルサは気合いを入れていた。しかしその期待は今沈みかけている。
第1王子の婚約者としてシエルサは今日を見事に乗り越えるつもりだったのに、もうそろそろパーティーが始まってしまう。伝統に従って寮まで迎えに来てくれるはずの王子の姿は見えず、ずっと外で待っているからかその体は冷えきっていた。
「お嬢さん、いい加減行きなさい。時間になってしまうよ」
何度目だろうか、シエルサに寮母が声をかけた。何度も首を振っていたが、さすがにこれ以上はパーティーに遅れてしまう。唯一残っていた馬車に揺られて少し離れた今夜の会場へとシエルサはようやく繰り出した。
(いったいリカルド様はどうしたというのだろう)
シエルサの婚約者である第1王子リカルドは、通常一週間前に届けるはずのドレスを届けることもなく、またシエルサを迎えに来る時間すら相談してこなかった。忙しくて忘れているのだろうとシエルサから声をかければその返事は上の空。生徒会の仕事が忙しかったのだろうとアタリをつけ、特に言及はしなかった。
6歳の頃に運命の子として婚約が決まってからほとんど自由な時間がなかったように、リカルドもきっと忙しいのだろうと言い聞かせるように思い込んでいた。
馬車が止まる。扉が開かれて御者に手を引かれて地面に降り立った。
シエルサの髪は特殊だ。普通の貴族は金の髪に緑の瞳だというのに、夜会巻きにした髪は金というより銀に近く、その瞳は緑というより青に近かった。 サリュメイン公爵家が用意したドレスはそんなシエルサの容姿を存分に活かす青と、リカルドの瞳の紫をベースにしたマーメイドラインのドレスだ。届いたのは今日の朝。
(どうやらリカルド様はいらっしゃらないようね)
シエルサは1人でパーティー会場の扉をくぐると扉の近くで壁の花となった。リカルドが来た時にすぐ声をかけられるように。しかし、リカルドが来ることはなく扉は閉まってしまう。
「生徒諸君、本日はよく集まってくれた。第3学年だけでなく第2学年、第1学年の生徒も楽しんでいくがいい。この卒業パーティーが良きものとなるよう、心から祈っている」
学園長の挨拶がはじまった。例年、ここから教師陣の挨拶が続く。それを聞く気すら無いのかシエルサによく話しかけてくる女生徒たちがシエルサの元へ集った。
「シエルサ様、本日は遅かったのですわね」
「ええ、お恥ずかしながら少々手違いがありまして……」
「それにしても素敵なドレスですわね。リカルド様の瞳の色をイメージしていらっしゃるのかしら?」
「素敵ですわ。青から紫へ変わっていくドレスなんてあまり見れるものではありませんものね」
「それにしても、本日はリカルド様はいらっしゃらないのかしら?」
「リカルド様は執務を忙しくしていらっしゃるのよ。それでもきっと顔を出してくださるわ」
彼女たちの相手をするのは大変だ。しかしシエルサはそれを顔に出さずのらりくらりと躱していく。その中でシエルサは、会場にいないリカルドのことで頭がいっぱいであった。
急に扉が開かれたのはそんな時だった。
「遅くなった! サルヴェスタ王国第1王子リカルドだ! 今宵この場を借りて皆に伝えたいことがあるがよろしいか!」
そこへようやくリカルドが来た。そのことにシエルサは喜び、側へ寄ろうとする……が、その傍らを見て思わず出しかけた足を止めた。何かを手にしていたら落としていたかもしれない。
(あの少女は確か、第1学年で編入してきた……)
リカルドの隣にいるのは転入の話題で有名になった桃色の髪の少女。彼女はリカルドの腕に抱きついていた。いや、抱きついているように見えるが、あれはエスコートのつもりなのだろう。本来ならばシエルサがいるはずのリカルドの左隣でエスコートを受けているのだ。そこでシエルサは少女が確かチェルシー男爵家のルエンナという名前だと気づく。
しかしシエルサには甚だ疑問だった。男爵家であるのにどうしてあそこまで豪華なドレスが着れるのだろうと。
ルエンナが着ているのは深い紫を貴重にしたプリンセスラインのドレスで、その上から淡い桃色のレースを纏わせていた。それだけでも不思議なほど高価であるだろうに、リカルドの瞳にそっくりな何十ものフランボワーズの実に似た宝石がドレスのあちらこちらに散りばめられているのだ。
そこまで男爵家に金があるのだろうか。そう思いながら、シエルサはルエンナの首元に視線を向けた。「あっ……」という小さな声が漏れでる。それは王家に伝わる正妃の首飾り。国庫に鍵をかけて閉まってあるはずのものだ。
(いったい、何がどうなっているの……?)
そう疑問を抱いていると、リカルドが再び声をあげた。
「シエルサ・サリュメイン! 話があるのでこの会場にいるのならぜひ出てきて欲しい」
その言葉にシエルサの周りにいた令嬢たちがそっと背中を押す。
「行ってらっしゃいませシエルサ様」
呼ばれたのなら行かなければならない。シエルサはリカルドに向けて足を動かした。
シエルサが中央に現れたのを見て、リカルドは厳しい顔つきをした。
「シエルサ、君に話がある。ここにいるルエンナ・チェルシー嬢を知っているね?」
「お話したことはございませんが、存じ上げております」
一体なんの話だろう。ルエンナが何か関係しているのだろうか。いまだ状況を理解できないシエルサはただそう返した。
「……っ、ここでも嘘をつくのか」
「嘘、ですか?」
「君はルエンナのことをよく知っているはずだ。だって君はルエンナに嫌がらせをしていたのだから」
「いやがらせ……?」
王の一族である証の紫の瞳を罪悪感に震わせながら、リカルドは片手をあげた。すると傍に従者として仕えているユール・グランディスが何やら紙を用意する。
「これは君がいつ、どこでルエンナに嫌がらせをしたのか書いてある。これは証拠としてこの後陛下に差し出す予定だ」
「私は嫌がらせなど……」
「馬鹿にするな! 俺は全て知っている! ルエンナを迫害し、平民上がりの男爵令嬢風情と言ったそうではないか!」
聞いたことの無い罵声に思わず身がすくむ。リカルドはルエンナを抱き寄せ、その視界にシエルサを入れないようにしながら話し続けた。あどけない顔をしながら、ルエンナはなされるがままになっている。
「ルエンナは優しい子だ。俺のことを常に気遣い、分からないことを人に頼り、悪口など言わない。それなのにお前はどうだ。ルエンナの所有物を隠し、水を被らせ、あまつさえ階段から突き落としもした! 全校生徒が知っているぞ」
抱きしめながら、リカルドは言い連ねる。それが続くうちにシエルサの心はぱき、ぱきりとかけ落ちていった。
「本当は、君との婚約など心の底から解消したい」
婚約解消。その言葉で分かるようにリカルドはシエルサを見限ったのだ。
「そんな……そんな、ことは」
「しかし、運命の子であるシエルサとの婚約は破棄できない。だからここで宣言しよう」
ぞわりと背筋が凍る。心にひびが入る。
「俺は貴様を愛さない。俺が愛するのは未来永劫ただ1人! ここにいるルエンナだけだ!」
そしてシエルサの心は砕け散った。誰1人シエルサを助けることはせず、見捨てられた可哀想な婚約者として嘲笑する。
シエルサは今この場で悪役だった。リカルドとルエンナの仲をただ「運命の子」であるというだけで遮る障害だった。
「ご随意に。それが、御身の願いならば」
人形のようにシエルサは腰を折り、その場を後にする。
それが悪夢の始まりで、3年経った今のシエルサは淡々と仕事をこなす人形になっていた。
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