パスポートとビザ取得、いよいよ海外へ
パスポートの申請は案外すぐ終わった。
その時の僕はまだ20歳ではなかったため黒色の5年間有効のパスポートしか作ることができなかった。
わざわざ札幌まで行ってパスポートを作りに行ったのに親のサインが必要という欄があり、腹が立った。
なぜ18歳以上で選挙権がある大人が親のサインなしでパスポートが作れないのか
その時の僕には全く理解不能であった。なので
もちろん親のサインは自分で書いた。
書類提出の時、向こうが何かの問題だとか(言い訳)で親に電話をして『サインをしましたか?』と確認の電話を入れた。
その人は仕事なのでそのような行動をしたのだと思ったが僕にとってはイライラの頂点に立ちながらそれをこらえて最後に
『どーも』
と無愛想に言って帰った。
この通り、自分の思っている事を行動や言動にすぐに見せる面白い子であった。
その後はビザ申請であった。
エージェントにビザ申請のやり方を教えてもらいながらオーストラリアのビザを申請しようとしたがエージェントからの連絡は全然こなく、結局はほとんど自分で申請することになった。
わからないことがあればA君に聞いたりもし、結果的にはビザ申請も通った。
ビザ申請の内容では、自分の犯罪歴た病気、他には目的などを記入する欄があった。
めんどくさがり屋の僕は少しずつやり2、3日でビザ申請書を書くことができた。
そしていよいよチケット選び。
飛行機のチケットを買う事を決意。
とても緊張した。
なぜかというと片道だけでも5万から15万と一ヶ月やっと仕事をして手に入るレベルのお金をクレジットカードとワンクリックで支払いが完了してしまうので時間をかけて慎重に飛行機を選ばなければならなかったからだ。
僕はマレーシア(KL)経由の飛行機でオーストラリアのシドニーに行く事を決意した。
二週間後の飛行機を7万円で購入し、『もう引き返せない』『僕の冒険はもう始まるんだ』
というワクワクで夜も眠れないぐらいだった。(いつも通り8時間以上は睡眠をとっていたが)
そしてそれから、二週間が経ち、ワクワクしながら空港に家族で向かった。
母は『オーストラリアに住むA君にシドニー行く事、連絡したのかい?』
と聞いてきたので僕は
『もうしたよ!空港まバイクで迎えに来てくれるんだって』
と笑顔で言い、母と自分を安心させた。
その時はまさかA君が空港に迎えに来てくれないとは思いもよらなかっただろう。
僕は無事、チェックインすることができ、家族に
『ありがとう、行ってきます!』
と手を振って笑顔でゲートをくぐった。
家族は僕が見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。