【02 – 02】
……いちおう……幼馴染みなんだから……
……それぐらいは……わかるって……
頭のなかで、幼馴染みから告げられた言葉がグルグルとリフレインします。ドパドパと脳汁が溢れだして、ラッパを吹く天使が頭上から舞い降りてくる光景を幻視しました。ドコンドコンと、心臓が力強いビートを刻みます。我、天啓を得たり。刻は来た。いざ参らん。
「あっくん!」
カノンちゃんは本能の赴くまま、椅子から身を乗り出してアキラくんに抱き着きます。意中である異性のたまらなく香しい体臭と温度が、発情したJKの瞳と股をジュンジュンと潤ませます。スリスリと頬を擦り付けて、自分の匂いをマーキングです。
「あっくん好き好きらいしゅきぃ! 結婚してしてぇえええっ!」
「うぉいっ、離れろバカノン! クラスのみんなが見てるだろうが!」
アキラくんが叫ぶように、
教室の視線は一か所に集中しておりました。
「うわ、またあの二人か」「相変わらず仲いいよね~」「うらやましぃ~」「……ちっ、見せつけやがって」「おやおやコザキ氏、嫉妬ですかな?」「男の娘じゃなかったら呪っているところですな!」「リア充乙!」「ねー、あれ、ウザくね?」「だよね、男に媚びすぎだよねー?」「あ、ヒメっち。おはよー」「……おはよう」
ただしそんなクラスメイトたちの視線も、恋する乙女には届きません。必死に引き剥がそうとする幼馴染みに、コアラのように抱き着きます。いわゆる大好きホールドです。
「イヤだね絶対に離しません! 今日こそあっくんを私のお嫁さんにするんだぃ!」
「それ逆じゃねぇ!?」
「大丈夫、うちのパパは日頃から『娘に手を出す男は全員去勢してやる!』って息巻いてますけど、お嫁さんに関してはノーコメントですから!」
「そりゃあふつう娘が嫁をつれてくるとは思ってねえだろうよ!」
「あっくんぐらい可愛ければお嫁さんになれますよ!」
「なぜそこでおまえがキレる!?」
「では私をお嫁さんにしてくれると!?」
「断固として断る!」
「ほらっ! それじゃあやっぱり、あっくんがお嫁さんになるしかないじゃないですか! いいかげん観念してくださいよ! そもそもいったい私の、何が不満なんですか!?」
「馬鹿野郎、ただ俺は死にたくないだけだよ! いいから離せ、そろそろアイツが――」
「すとぉぉぉぉぉ~っぷ、ですっ!」
次の瞬間、椅子に座っていたはずのアキラくんの身体が、ふわりと浮いておりました。具体的には『すとぉぉぉぉぉ~っぷ』のあいだにカノンちゃんの身体が引き剥がされて、『ですっ!』の掛け声で視界がぐるりと一転です。
幼馴染みから解放されていたアキラくんは、束の間ですが、重力からも解放。然るのちに背中から教室の床に叩きつけられた無重力少年は、悶絶することしきりでした。
「く……かはっ……ふ、不意打ちで投げ技とか、ありえねぇ……」
「……ちっ。受け身をとりましたか」
アキラくんにしか聴こえない極寒の声音で呟いた襲撃者は、すぐに興味を失ったようにくるりと一転。先ほどまでの暗殺者もかくやといった無表情から、すべてを慈しむ聖母のごとき穏やかな微笑みを浮かべています。
「も~カノンさん。朝から、はしたないですよ? ほら、制服が乱れてしまっているではありませんか」
「あはは。くぐったいですよ~、マコちん」
過度のスキンシップにより乱れてしまったJKの髪や身だしなみを整えるのを許さるのは、同じくJKという人種のみ。照れるカノンちゃんに対して母親のように世話を焼くのは、この学園に通うもうひとりの幼馴染み、岩千奈真琴さんでした。
「おぉー、今日も見事に舞いましたなぁ」「相変わらず凄まじい技量」「そして凄まじい乳揺れ」「さすがクラス一の巨乳委員長」「眼福眼福」「美人で巨乳で岩千奈財閥の令嬢とか、盛り過ぎだよね~」「あー、まじ世のなか不公平ぇ~」「萎えるわ~」「……ふん、うっざ」「そこまでして目立ちたいとか引くわー。ね、ヒメっち?」「ど、どうかな……」
クラスメイトたちが囁くように、幼馴染みの制服をせっせと整える少女は、それは見眼麗しい美少女です。
カノンちゃんも一般的には整っているとされる可愛らしい容姿を持つJKですが、マコトさんはレベルが違います。氷菓で例えるならラクトアイスとアイスクリームぐらい違います。伊達にクラス委員長をしていません。
前者を小動物系の愛くるしさと例えるなら、
後者は万人が認める美の結晶と讃えるべきもの。
肩先を超える、流水のごとき黒艶髪に、おっとりとした垂れ目。すらりとした鼻梁は涼し気で、滑らかな白磁の肌には、染みひとつ見当たりません。一見して日本人形のように整った顔立ちを持つ美少女ですが、しかしその体格は、一般的な女子高生の標準を大きく逸脱しておりました。
具体的には胸部に、規格外の生物兵器をふたつも装備しているのです。赤くもないのにその戦闘力は、フラットスタイルなカノンちゃんのゆうに三倍以上……少なくとも『F』はあります。
女子からは羨望と嫉妬を、男子からは性欲と崇拝を一心に集めるそれらを今日も『たゆんたゆん』と豪快に揺らしながら、垂れ目巨乳セレブという属性特盛のクラス委員長は、ようやく床から立ち上がったアキラくんを『キッ』と睨みつけました。
「だいたい直江くんが、こんな人前でカノンさんを誘惑するのがいけないのですよ!」
「いや、男が誘惑する立場っておかしいだろ……!?」
「いえいえ、私はあっくんにメロメロですよ?」
否定の言葉も虚しく、カノンちゃんはまたしても幼馴染みの腕に抱き着きます。その背後ではマコトさんが、般若のオーラをまとっていました。輝きの消失した仄暗い瞳孔に見据えられて、アキラくんは全身に鳥肌が沸き立ちます。男の娘のオトコノコがヒュッと縮み上がりました。
「ひっ! は、離れろバカノン! お願いだから!」
「そうですよカノンさん! こっちのほうが絶対に気持ちいいですから!」
「ふわっ!? ふがふがっ……ばぶぅ……」
強引に幼馴染みから引き剥がされたカノンちゃんは、そのままもうひとりの幼馴染みの胸元へと誘われました。迎えるのは、圧倒的質量を誇る天然JK大山脈。そのフカフカとした柔らかさと温もりと甘い香りに、カノンちゃんの意識はあっさりと極楽浄土に旅立ったあと、輪廻転生して幼児退行してしまいます。
「ばぶぅ……あぅあぅ」
「うふふ……可愛い。わたくしの、わたくしだけの、カノンさん……」
同級生にバブみを覚えたJKと、そんな疑似赤ちゃんを聖母の笑みで抱き締めるクラス委員長。そのユリユリした光景に、同性ですら頬を染め、異性は慌ててポケットに手を入れ、ポジショニングを調整します。この瞬間、この空間にモラルなんてものは存在しません。グビリと、誰かが喉を鳴らした音が、奇妙な静寂に支配された教室に響きました。
「……あら、まだ着席していないのかしら?」
そんな形容しがたい空気を払ったのは、最後に教室にやってきたクラス担任の女教師、朝比奈薫子先生です。
「はいはい、いい加減席に着きなさい。もうすぐ予鈴が鳴りますよ」
御年二十九歳にして、学年主任という才媛。女盛りの熟れ切った肉体を今日もパリッとしたスーツに押し込んだ、眼鏡装備のクールビューティー。学園では男女問わずに人気の高い美人教師が落ち着かない教室を一瞥すると、生徒たちは次々と我に返って着席していきます。すぐにチャイムが鳴りました。
「はい、それでは出席を取ります。みなさん今日も一日、頑張りましょう。おはようございます」
「「「 おはようございます! 」」」
「あーっ!」
「……あー?」
聴こえるはずのない喃語に、首を傾げる学年主任。幼児退行したカノンちゃんの精神が現役JKまで復帰するには、もうしばらく時間がかかるようですね。
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次回の更新は7/27日(金)の予定です。