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カノンちゃんはタイヘンです。  作者: 陽海
〈chapter:01〉ジョージさんと対面です。
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【01 – 03】

 ご当地マスコット『にゃんころす』像のある駅前広場から離れ、ジョージさんが駐車場に止めていた跳馬のエンブレムが眩しいツーシート左ハンドルの外国車で移動すること数十分。周囲の景色は歓楽街から住宅街のそれへと変化します。しかも団地やアパートの並ぶ一般庶民のそれではなく、ハイソでセレブな一軒家が並ぶ、いわゆる高級住宅街。景観を意識しているのか路上には一定間隔で緑が植えられているため、空気までもがセレブな気がするオサレ住宅街を、JKを搭載した高級外車がドライブします。


「……と、だいたい目ぼしいショップはあれぐらいだと思うけど、もっと他に気になる店舗や、必要な生活用品店なんかがあれば、教えてくれるかな? あとでサーチしておくよ」

「は、はぁ……大丈夫だと、思います」


 ここに来るまでの道中、ジョージさんはまるで観光地を案内するバスガイドのごとく、歓楽街で人気の飲食店やアパレルショップ、はたまた老舗の銘菓店や歴史ある神社の鳥居などを、じつに淀みなく流暢に説明してくれました。その甲斐もあって借りてきた猫のようだったJKも、類まれなるイケメンフェイスの圧力に耐性を得て、ぎこちないですがなんとか会話ができるようになりました。小さいけれど偉大な一歩。こうして人類は少しずつ、成長してきたのですね。


(……というかこの人、本当にママの弟さんなのでしょうか?)


 とはいえいまだに直視することの難しいゴッドイケメンフェイスを横目で伺いながら、落ち着きを取り戻し始めたカノンちゃんは、その点に疑問を抱いてしまいます。


 なにせジョージさんは、あきらかに日本人離れした体形と肌の質感を有するオーバースペック男子。おそらくはハーフかクォーター。その点だけを見ても、純国産であるママとは血の繋がりを感じません。


(でもたしか、ママって孤児院育ちなんですよね)


 パパとはその頃からの幼馴染みであり、訊いてもいない馴れ初めや惚気を事あるごとに語ってくるママの悪癖に、普段から辟易としているカノンちゃんでありますが、そのような背景を踏まえると、このジョージさんは血の繋がった『実弟』ではなく、孤児院という疑家族における『弟分』という立ち位置なのかもしれません。


 だとすると、端的に言ってしまえば、赤の他人。


(……ママ、いったいどういうつもりなんでしょうか?)


 ジョージさんの写真を見せることをママが渋っていたのも、彼の容姿を確認すれば血縁がないことがバレてしまうからだとすれば、納得がいきます。いかに本人の希望もあるとはいえ、可愛い一人娘を血縁でもない美男子に預けるママの思惑に、カノンちゃんの疑念は尽きません。


「……やはり、不安かな?」


 そんな警戒心バリ高JKの胸中を、ジョージさんは察していたようです。車が赤信号で停車したタイミングで、カノンちゃんに顔を向けてきます。


「あ、いえ、そんな……」

「たしかに見てわかるように、ミューズと僕に、血の繋がりはない。でもエンジェルとは書類上、叔父と姪の関係だ。そのへんはいろいろあってね。話すと長くなるんだ」


 たしかママの実母は、じつに自由奔放な人だったとカノンちゃん自身も聞いています。良く言えば『恋に生きる女』で、悪く言えば『節操のない淫乱』といったところでしょうか。そんな女性を母に持つジョージさんが、どういう経緯でママの書類上の弟となったのか……こんな道端で暴露させるのは、さすがに野暮というものでしょう。


「バット、これだけは信じておくれ」


 なんと答えていいか躊躇うカノンちゃんに、

 ジョージさんは真剣な声音で告げます。


「僕はミューズのことを、心の底から敬愛している。彼女のためなら死んでもいい。むしろ死にたい。それでほんの少しでもミューズがハッピーになれるなら、それこそが僕の生まれてきた意味だと、胸を張って断言できる」

「お、おぅ……」


 告げられた宣言は非常に重いものでした。

 常識人であるJKは普通に引いてしまいます。


「当然、ミューズの娘であるエンジェルのことも、命を賭けて守るよ。約束する」


 これはいったいどこの騎士様のプロポーズでしょうか?


 ですがここは中世風の異世界ではなく、

 あくまでただの現実です。


「は、はぁ……」


 車内で身命を賭すことを誓われたJKは、かつてない種類の怖気に襲われていました。ヤバいです。なんと表現すれば適切なのかわかりませんが、とにかくヤバい人です、ジョージさんは。おそらく悪人ではないのでしょうが、かといって良識ある一般ピープルとも呼べません。精神メーターが彼方に振り切っています。なるほど、なぜこの親戚の存在をパパやママがひた隠しにしてきたのか、カノンちゃんは心の底から理解しました。


(だってこの人……さっきからずっと、目がガチですもの)


 これで「な~んてね!」なんてオチがつけば、まだ空気の読めないイケメンで済みますが、残念ながらその可能性は皆無です。きっとこの叔父さんは、ママが死ねと言えば喜んで死ぬでしょう。それほどの狂気を感じます。狂気とか、異世界ではない平和なジャパンにおいて気軽に使っていい単語ではありません。


(私……早まりましたか!?)


 いかに理由があるとはいえ、うら若き日本のJKが、このような異常者と同居することがはたして許されるのでしょうか。カノンちゃんはすでに、己の貞操を捧げる相手を決めています。乙女の純潔を守るためならば、ここでこのママ狂信者をはっ倒し、車から飛び降りて最寄りの交番に駆け込むことも辞しません。


「……ソーリー。少し、ヒートアップし過ぎていたね」


 すっかり強張ってしまった姪の表情に、ジョージさんが気付きます。青信号に切り替わって車が走り始めるころには、狂信者の口調が穏やかなものへと戻りました。


「ミューズのことになるとすぐ我を忘れる、僕の悪癖だ。ごめんねエンジェル、怖がらせてしまったね?」

「……はぁ。少し」

「ソーリー、心の底から謝罪するよ。許しておくれ」


 気恥ずかしそうに口元を隠すジョージさんに、先ほどまでの狂気は見受けられません。ただの超絶イケメンです。そしてイケメンに下手に出られるとほだされてしまうのが、女性の弱みというものです。


「エンジェルからしてみれば、僕は初対面の他人だろう。でも僕はずっと前から、ミューズを通してキミのことを知っていたんだ。だから少しばかり舞い上がってしまうことを、許しておくれ」


 聴きようによってはストーカーの言質ともいえる告白ですが、しかしイケメンが切なそうな声音で語ると、とたんに許してあげたくなるのが女心ですね。やはりイケメンは正義です。ブサメンだとこうはいきません。現実は残酷です。


「そういえばエンジェル、その制服とても似合っているね。ベリーキュートだよ。知っているかな、いちおう僕とミューズも、その学校のOBなんだよ」


 JKの警戒心が緩んだことを察したのか、ジョージさんはトークを再開します。ただ先ほどよりも少し、カノンちゃんとの距離は開いていました。狭い車内で限界までスペースを空けています。こればかりは仕方がありませんね。


「だけどキュート過ぎるのも考え物だね。近頃は、ジャパンもあまり治安が良くないと聞くし、ちゃんと防犯グッズは常備しているのかい?」


 今まさに傍らに潜む犯罪者予備軍がそれを訊くのかとツッコミを入れそうになるカノンちゃんですが、まだ早いです。生理的な嫌悪だけで、憧れの新生活を投げ捨てる時間ではありません。もう少しだけ、狂信者との異文化コミュニケーションを続けてみます。昨今のJKは目的のために辛苦を舐める、忍耐強さも持ち合わせているのです。


「いえ、とくには持っていませんね」


 と言いつつ先ほどポケットのなかで、念のため最新式GPS連動の防犯アプリを起動させたのは、ジョージさんには秘密です。有事の際にはワンプッシュで国家権力を召喚できる可能性を秘めたJKは、ある意味現代の魔法使いといえるでしょう。


「マイガッ、それはバッドだよマイエンジェル。キミはこれほどキュートなんだから、相応の対策は然るべきだ」


 そう言ってジョージさんは……ガサゴソ。ふたたび信号で停車したタイミングで、扉の内側に備えられたサイドボックスを漁り、『にゃんころす』型のキーホルダーを取り出します。


「これは?」

「防犯ブザーだよ。これなら携帯しやすいだろ?」


 たしかにこのサイズなら、通学鞄などにつけても違和感ないでしょう。見た目も一見そうとわからない可愛らしい見た目なのも、ポイントが高いです。ですが目下の犯罪候補者に防犯グッズを手渡されることに、JKはどこか釈然としません。


「あと、これも持っておくといい」

「これはえっと……もしかして、催涙スプレーですか?」

「イグザクトリー。エンジェルは聡明だね。あ、でも決して試しに人に使ってはいけないよ。それは特注品だから、その場で昏倒して、三日は目が視えなくなる」

「それ、もうちょっとした兵器じゃないですか?」


 そしてそんな物騒なものを仕入れることができるジョージさんに、カノンちゃんは慄きを隠せません。さすが海外に在住していた帰国者は防犯意識が違います。どうやって検問を通過したのか、謎は深まるばかりです。


「あとは……これなんかどうだい?」

「うっ、な、なんですかこれ? けっこう重いですね」

「スタンガンだからね」


【JK ハ スタンガン ヲ 装備シタ】


 脳内にRPG風のナレーションが流れました。


「じょ、ジョージさん!? いいい、いったいなんてものを、持ち出してるんですか!?」

「悪漢からエンジェルを守るためだ。これぐらいの武装は必要だろう?」


 帰国者の目には、この平和な街並みがいったいどんなスラム街に映っているというのでしょうか。興味深いところです。


「ああ、安心してほしい。極限まで軽量化しているが、電圧はカスタムしてあるからね。通電すれば、ベアーだってしばらく身動きできないよ」

「ジョージさん? まず日本では、熊さんと遭遇することはないんですよ?」


 道端で熊さんと出くわすのは、せいぜいお伽噺のなかだけです。明らかな過剰戦力に、カノンちゃんは一周回ってなんだかおかしくなってきました。


「……ぷっ。あ、あははははっ! もう、ジョージさんったらさっきから極端過ぎますよ! もしかしてアレですか!? ぜんぶ狙ってやっているんですか!? でしたらドッキリ大成功ですよ! ジョージさん、お笑いのセンスありますって!」


 ここで爆笑できるカノンちゃんは、なかなかの大物だと言えるでしょう。そんなJKに、車を発進させたジョージさんは穏やかな目を向けています。


「……ようやく、笑ってくれたね」

「え、ええ、まあ、ここまで馬鹿馬鹿しいと、逆に警戒心も薄れるっていうか……」

「バッド、それは良くない。エンジェルはキュートなレディーなんだから、メンズに対する警戒心は常に持つべきだ。見ず知らずの人間に、簡単にハートを許してはいけない」

「じゃあジョージさんに、心を開いてはいけないんですか?」

「うっ……まあ、僕は、特例だよ」

「あははは! なんですか、それ!」


 再度腹を抱えるJKに、イケメンは困り顔です。整えられた柳眉が垂れて、まるでご主人様に振り回される子犬のようです。そんなジョージさんの反応が、さらにカノンちゃんを爆笑の坩堝へと引きずり込みます。


(もう、ジョージさんったら意味不明過ぎ!)


 驚くほどイケメンで、ママ信者で、過保護で……


(……でもきっと、悪い人じゃあないですよね!)


 現役JKの可愛らしい笑い声が、解放された高級外車の窓から、のどかな住宅街に散りばめられます。



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