【01 – 02】
カノンちゃんの生まれ育った町から離れ、電車に揺られること数十分。制服に身を包んだJKは、数日後から通うことになる私立青羽峰学園のある猫招市へとやってきました。
「おぉーっ」
さすが市内の駅前なだけあって、カノンちゃんの地元よりも行きかう人混みが雑多です。行きかう人たちもハイカラです。オサレです。イケイケです。クリクリの瞳が輝きます。
(ついに……やってきましたっ!)
訪れた新天地と、始まる新生活への期待に、年頃乙女のテンションは嫌が応にもダダ上がりです。写真をパシャパシャと撮って、仲良しグループのラインにアップ。コメントは「到着なう」。すぐに既読と返信が更新されて、カノンちゃんはホクホク笑顔です。
(……って、浮かれている場合じゃありませんでした!)
液晶の時計を確認すると、思っていたよりも時間が経過していたことに気付きました。カノンちゃん、慌てて移動を始めます。待ち合わせ場所は駅前にある『にゃんころす』像。ご当地マスコットであるゆるキャラ像の前には、休日であることもあって、予想以上の人だかりができていました。
(っていうかこれ、人多過ぎませんか!?)
さすが市内。
さすが都会。
あまりの人口密度に、おのぼりさんは圧倒されてしまいます。
「ねぇねぇ、あの人どこの事務所の人だろう?」「たぶん撮影、だよね?」「カメラはどこかしら?」「つーかイケメンすぎてヤバい」「オーラがやばい」「今すぐ抱かれたい」
少し観察してみると、像の前に密集しているのはほとんどが女性でした。漏れ聴く会話から判断するに、どうやら芸能人か何かが、たまたま撮影にやってきているようですね。
(むぅ。タイミングが悪いですね)
カノンちゃんとて本来であれば、好奇心旺盛なJKらしく、野次馬たちに混じって普通ならばスクリーン越しにしかお目にかかれないレベルのイケメンにキュンキュン癒されたいところですが、今は待ち合わせの最中。残念ながらよそ見をしている暇はありません。
(いいですもん! 私には、あっくんがいますからね!)
心の操を立てることで、イケメンの誘惑を断ち切って、人探しを続けます。
(……あれ?)
ですが探しても探しても、探し人は見つかりません。
(おっかしいなぁ。たしかママは『花を持った人』だって言っていたはずですけど)
なにせカノンちゃんは、待ち合わせの相手であるジョージさんの人相を知りません。あちらはママが写真を送っているのでカノンちゃんのことを知っているようですが、カノンちゃんはけっきょくこれまで、ママからジョージさんの写真を見せてもらうことができませんでした。
ママ曰く、
『そのほうが面白いじゃない~♪』
ふだんはゆるふわなママですが、
ときどき小悪魔な面も持ち合わせているのです。
『でもジョージは目立つから、すぐにわかると思うわよ~』
悪戯猫のようにニマニマと笑うママの言葉を思い返しながら『にゃんころす』像がある広場をうろつきますが、されど探し人は見つかりません。広場をさらに数周ほどしてから、カノンちゃんのピチピチJK脳細胞が、ひとつの可能性を導き出します。
「ま、まさか……」
おそるおそる視線を向けるのは、
さきほどよりもさらに厚みを増した女性たちの集団。
(いやでももう、あそこ以外はひととおり確認しちゃいましたし……)
消去法を用いるなら、答えはひとつしかありません。
「す、すいませ~ん」
意を決して、カノンちゃんは興奮する女豹たちの群れへと突撃しました。後ろから割り込んできた子猫に先客は眉を顰めますが、そこは同じ牝同士。覚悟を決めたJKは、笑顔と謝罪を駆使して女の河を渡り切ります。
「……うはっ」
そしてようやく集団の先頭に顔を出したとき、漏れた感想がこれでした。
(えっと……外国の人? どこかのモデルさんかな?)
この広場のシンボルである『にゃんころす』像の前。
笑っているのか怒っているのか形容しがたいデフォルトされた猫の銅像を背後に、花束を抱えて佇んでいるのは推定百九十センチ越えの長身男子。遠目に見ても驚くほど顔が小さく、手足が長いです。整髪料で整えられた、烏の濡れ羽色の黒髪。目元はシャープな形状のグラサンで隠されていますが、整った鼻梁と薄い唇から、その下が間違いようのないイケメンであることを確信させます。身に着けているアクセサリや服装からも、そのへんの量販店に並んでいる大量生産品では醸せないブルジョアなオーラがプンプンです。これはヤバい。あきらかに一般人とは隔絶した存在感が、なんてことのない広場の一角を、まるで映画の一コマのように塗り替えていました。
(ふぁぁぁ……たしかにあそこまでのイケメンさんだと、気軽に声とかかけられませんよねぇ)
カノンちゃんとてあんな超ド級の美丈夫に、声をかけるなんて畏れ多くてできません。イケメンは正義。イケメンは至宝。イケメンとは女性たちの共有財産なのです。そんな有限である資源を独り占めする不遜な輩は、人類の半数から総叩きは必死。カノンちゃんは空気の読める女の子なので、大人しく周囲の女性たちのようにカシャカシャと写メを撮るに留まります。和を重んじ平穏を望む、撫子JKの鏡ですね。
(……ん?)
ですが――そのとき。
ふと、件の長身男子と目が合ったような気がしました。
(いやいや、気のせいですよね)
直後にこれまで微動だにしなかった黒髪イケメンが動き始めます。とくに何をしているわけでもないのに驚くほど優雅で長い歩幅が、まっすぐカノンちゃんに向かって距離を詰めてきます。
「……ようやく逢えたね、マイエンジェル」
そしてグラサンを外すと予想通り――いや、予想以上のイケメンフェイスを露わにした長身男子が、姫君に謁見する騎士のようにその場に片膝をついて、ゾクゾクと背筋を撫でるセクシーなハスキーボイスとともに、薔薇の花束を差し出してきました。
「……は?」
一方カノンちゃんは、決してJKが晒してはいけないレベルのマヌケ面です。アホ面です。これならまだ、豆を喰らったハトさんのほうがマシな表情とさえ言えるでしょう。
「おっと、自己紹介がまだだったね。ソーリー、僕は渋沢丈治。不肖ながらミューズ……キミのお母さんの、弟に当たる者だ。気軽にジョージと呼んでくれると嬉しい」
「は、はぁ……」
「ベリーグッド。とてもキュートな声だ。まるでかつてのミューズのようだね」
「はぁ……あ、ありがとう、ございます?」
「オーケィ、とりあえず場所を移動しようか。ここは人目が多すぎる。出会ったばかりで申し訳ないが、僕にエンジェルのエスコートを任していただけると嬉しいのだけど?」
「はぁ……じゃあ、おねがいします」
「サンクス」
本当に嬉しそうに、氷像のごときイケメンフェイスを春の雪解けのように溶かしたジョージスマイルは、目撃した女性たちをまとめて腰砕けにしてしまいます。もうメロメロです。トロトロです。大半の女性はこの時点でこのままご休憩二時間区切りのアダルトなキャッスルにエスコートされたとしても、問題ないほどに仕上がっております。
「それじゃあ行こうか」
「はぁ……」
そして背中に突き刺さる嫉妬の視線に、パニック放心状態のカノンちゃんは、最後まで気付くことができませでした。