【00】
クセの強い作品だとは思いますが、どうぞよろしくお願いします。
m(__)m
「いやぁあああああああっ!」
朝から今日も元気な女の子の声が響き渡ります。
歳早々に可愛らしい声の主は、茉莉花音ちゃん。
今年の春に晴れて念願のJKとなったばかりの、
フレッシュティーンエイジャーです。
「ジョージさんジョージさんジョージさんジョージさん!」
そんな花も恥じらう年頃の乙女が顔を真っ赤に染め、酷く切迫した剣幕で同居人に詰め寄ります。いったい、何事があったというのでしょうか。思春期真っただ中、自身の醜聞にはこれ以上なくビンカンなJKらしからぬ態度には、相応の理由があって然るべきだと推測できます。
「ん、なんだいマイエンジェル?」
荒ぶるJKを当たり前のように天使と例えた同居人の胆力と感性には、常人ならば慄きを隠せないことでしょう。しかしそこはカノンちゃん。変態にはすでに耐性があります。この程度の些事などスルーして、すぐに本題に踏み込みました。
「こ、これ! これ見てください!」
同居人にカノンちゃんが見せつけるのは自身のスマホ。JKにとって酸素と同じくらいなくてはならない文明の利器には、とあるサイトが表示されていました。
その名も『カノン・ダイアリー ~女神に捧げる天使の記録~』。
タイトルから犯罪臭しか感じません。
内容も、インパクトに引けをとらないものでした。
「こ、これ! これぇ!? な、なな、なんで私の盗撮写真が、堂々とグローバルな世界に毎日アップされているんですか!? しかも閲覧数が悲しいことになっているし!」
現代の情報社会において常に先端をゆかねばならぬ宿命を背負うJKは、もちろんインスタやラインなど情報収集ツールのチェックに余念がありません。もちろん、そこに己の自撮り写真をアップして、増えない『いいね!』に枕を濡らした夜も存在します。今回の一件は、そんな黒歴史にも直撃していました。
「ドントマインド。気にすることはないさ、エンジェル。これは会員制のサイトだからね、そもそもの閲覧者が限られているのさ」
海外からの帰国者である同居人は、じつにネイティブな英語を交えた独特な日本語で興奮するJKを宥めます。同居人の浮かべる慈愛に満ちた微笑みに、カノンちゃんは少しだけ、乙女のプライドを立て直すことができました。
「そ、そうなんですか……だったらむしろ、毎日安定して百件近いアクセスがあるのって、むしろすごいことになりますかね!?」
「ソーリー。そのアクセスのほとんどは同一人物……キミの、父親なんだ」
「いやぁあああああああああ!」
カノンちゃんは膝から崩れ落ちて慟哭しました。まさかの肉親によるマインドレイプに、繊細なJKハートは絶えられません。吐き気と鳥肌が仲良くラッシュです。
「クッ……あのゴミムシめ、何度アクセスを禁止しても、コードを変えてサイトに侵入してくる。最近ではいよいよ本格的なハッキングじみてきていて、管理者としての対応もベリーハードになってきているんだ」
「私の知らないところでそんな情報戦が!?」
道理で同居人、最近目の下のクマが濃いはずです。
「っていうかパパは、いったいなにやっているんですか!?」
たしかカノンちゃんのパパは、とあるプロジェクトを監督するため、お仕事で海外に転勤していったはずです。栄転です。断じて島国に残してきた娘の成長記録を監視するため、ハッキング技術を習得している暇などないはずなのです。
「あ、それよりもジョージさん! やはりこのサイト、あなたがオーナーなんですね!」
「イグザクトリー」
被害者からの詰問に、加害者は笑顔でウィンク。
これにはJKの堪忍袋もプッツンです。
「はぁ!? なんなんですかそのふざけた態度は!? 少しは反省してください! 目を潰しますよ!?」
「ホワッツ?」
怒り心頭のティーンエイジャーに、
三十路である同居人は困惑の表情を浮かべました。
「なぜ僕が、反省をしなければならないんだい? これは遠く離れたミューズに、エンジェルの日々の成長を報告するための、ベリーインポータントなオブリゲーションじゃないか」
「ママも共犯ですか!」
どうやらこの同居人、女神と崇めるカノンちゃんのママに娘の安全を報告するため、こうした盗撮サイトを立ち上げたようです。ちなみにカノンちゃんのママは、パパの転勤に同行するかたちで、海の向こうへ仲良く出張中です。ラブラブです。
(でもママからの指示だとしたら、あまり強く非難するのも気が引けますね……)
いちおう、同居人の犯行動機は理解できました。そして罪状に両親が絡んでいると判明した以上、起訴者にも同情の余地が生まれてしまいます。カノンちゃんは人の気持ちを慮れる、心優しい女の子なのです。
「だ、だとしても! べつに、こんな大仰なサイトまで作って写真をアップしないでもいいじゃないですか! 報告なら、電話一本かければいい話でしょう!?」
「そ、そんな……ミューズにテレホンなんて、恥ずかしいじゃないか……」
それ以上に同居人は乙女でした。
三十路を過ぎた男性の照れ顔に、カノンちゃんはイラっとします。
「だったらメール! メールなら問題ないでしょ!?」
「返信を待っている間に、僕のハートがストップしてしまうよ」
「じゃあライン! あれなら返信も早いでしょうに!」
「既読スルーのことを考えたら、手が震えて、ね……」
「あぁあ゛ああああああっ!」
ああ言えばこう言うとは、まさにこのことです。しかもそれがカノンちゃんを煙に巻くためではなく、正真正銘のガチ反応であることが、JKからストレスの行き場を奪ってしまいました。つい、ケモノのように吠えてしまいます。ガルルルル。
「というか……マイエンジェル」
頭を抱えるJKに、同居人は神妙に語り掛けます。
「できることなら……キミから直接、ミューズに連絡をとってあげられないだろうか。そのほうが、ミューズもきっと喜んでくれる」
「あっ……」
盲点でした。
でもたしかに、同居人の指摘はもっともです。
(そういえば私、しばらくママたちにお電話していませんでしたね)
海外に転勤してからというもの、パパからの一日十回を超えるテレホンアタックに辟易して、カノンちゃんは両親からの連絡を規制しました。そして世間一般の例に漏れず、年頃のJKというものはさほど肉親への関心は高くありません。今回の件がなければもうしばらくのあいだ、カノンちゃんからの連絡という発想は思い至らなかったでしょう。
だけど、親と子の考えは違います。
親というものはいつだって、
子が思っている以上に子のことを考えているものです。
そして子どもというものは、
自分で思っているほど完璧ではありません。
それに気づいたとき、カノンちゃんはちょっぴり大人になり、そしてとても恥ずかしくなりました。そんな当たり前の気遣いに気付けなかった自分を誤魔化すように、ポスポスと、同居人の引き締まった腹筋を殴ります。
「……もう、ナマイキ。ジョージさんのクセに説教とか、ナマイキですよ?」
「ハハ、ソーリー。許しておくれ」
「でもまあ……今回は、トクベツにその意見を採用することにしましょう。感謝してくださいよね!」
「サンクス、マイエンジェル。やはりカノンは、優しいね。さすがミューズの子だ」
「ま、ママは関係ありませんよ! それよりもジョージさん、そういうわけなので、この報告用のサイトは閉鎖してください! もう必要、ありませんので!」
「アンダースタン。仰せのままに」
そう言って同居人は深々と頭を下げます。
サラリと、烏の濡れ羽色の黒髪が、白磁の美貌に隠しました。
頭の位置を元に戻せば、カノンを見下ろすのは百九十センチを超える絶世の美丈夫。
端が垂れた色艶のある目元に、湖面のような藍の混じった瞳。異国の血が混じっているため肌は白く、鼻梁はシャープに整っており、色素の薄い口元には、異性を蕩かせる微笑みが浮かんでいます。
手足は均整がとれていて長く、見事な八頭身。ギリシア彫刻もかくやという美しい容姿と肉体は、そのまま切り取ってモデル雑誌に掲載してもなんら違和感を覚えません。
(……はぁ。ジョージさん、黙っていれば理想のイケメン叔父さんなのになぁ)
神に選ばれた隔絶の美貌と、
ママを女神と崇める残念な思考。
それらを併せ持つ三十路男性こそが、渋沢丈治さん。現在のカノンちゃんの同居人であり、叔父であり、そして目下の、心労の種であるのでした。
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これはそんなカノンちゃんとジョージさんの共同生活を綴った、ハート(あるいはハード)フルな物語です。