4.Althaea rosea
4.Althaea rosea
俺の人生は、一言で言うと「失うもの尽くし」だったと思う。失うものを数えるよりあるものを数えた方がいいというのは何かの曲で耳にしたことがあるが、それでもやはり頭を巡るのは失ったものなのだ。
親を失い、兄弟もいない。ましてや親せきなどというものは得体のしれないもので、たまに会った時には冷たい視線をよこしてくるだけの存在であった。幼い頃に遊んでくれたお姉さんも引っ越して会えなくなった。小学生の時にクラスで買っていたメダカは、俺が餌当番だった日に死んだ。中学生の時には懇意にしていた(彼にとって学校の先生を慕うというのはとても奇異なことであった)学年主任は、その旦那さんに不幸があってそのまま主任もノイローゼで出勤できなくなった。高校の時には拾った野良犬に噛まれて左足の小指が腐り、切り落とす羽目になった。
まあ、だいたいそんな案配で、運が付いていないと言えばそれだけなのだが、彼は「手に入れたものを失う」という経験を実に様々な場面で経てきたのである。そんななかで唯一、物心ついた時から失わずにあったと言えるものは父方の祖母であった。彼女は実にしっかりした人間で、自分の息子夫婦が置き去りにしていった子供を引き取り大学まで出してくれた。童話作家という職業の割には子供のことはあまり好きではないようで、最初は気をもんだこともあったが干渉しすぎないことが彼女のポリシーの一つなのだと後でわかった。俺もそんなに口数の多い方ではなかったが、大切なことはちゃんと口に出したし、彼女も聞いてくれた。俺たちは祖母とその孫というより、お互いによい相棒だったのである。
その祖母が倒れたという話を聞いたときは、ああ、また「ないもの」が一つ増えるのかなと思った。そして純粋に悲しかった。親戚には代わり者の祖母の面倒事の始末をしようとするものは誰一人としていなかった。俺に電話をかけてきた父の兄だと名乗る男は、
「あんた、ばあさんに育てられたんだろう。恩返しだと思って、頼むよ」
とのさばっていたが、自分だってそのばあさんに育てられたんじゃないのか、という言葉をすんでのところで踏みとどまり、入院だの家だの世話だののことは全て請け負うことになった。だが、それでいいのである。
カノコさん―俺の祖母は、俺が幼い頃から事あるごとに「自分に何かあったときにはこれを見なさい」といって一冊のノートを本棚から取り出していた。いわゆるエンディングノートというやつだ。そこには葬式の宗派から墓石の形まで細かく指示が入っていた。いざとなれば俺はただ、カノコさんが用意してくれたシナリオをなぞるだけで済むのだ。ちょっと肩透かしをくらったような気持ちだ。
心の準備も万全にして、カノコさんが運び込まれたという病院まで行くと、点滴を打たれているものの、祖母はぴんぴんしてにかっと笑って見せた。
「まあ、面会だって言われたから、来るならあんただと思ってたよ。よく来たね」
「カノコさん、大丈夫なの、倒れたって聞いたよ」
「うーん、年寄りに丈夫を求められてもね」
祖母は低い声でゆっくりうなずくと、ねえあんた、と声をかけて孫の腕をぎゅっと握った。まるで、迷子になった幼い子供がやっと見つけた母親にするかのように。
「私にはまだ思い残してることがあるんだがね」
「死ぬ気満々でどうするんだよ」
「いや、これはいつか話そうと思ってたことだ。それがたまたま今ってだけだよ」
祖母はそういって手を振るが、目は不安を隠しきれていなかった。俺はうなずいた。
「とりあえず、聞くよ」
丸い簡素な椅子を引っ張ってきて腰を下ろす。
「あんたさ、家が欲しくないかい」
「家?今住んでるところで満足だから、」
いらないけど、と続けようとしたが、バン、と音がして声が引っ込んだ。数秒ののち、その音は祖母が両の手を合わせて出たものだと気が付いた。なんだ今のは。人から出る音じゃなかったぞ明らかに何かの破裂音だったぞ。
「そうかいそうかい、お家が欲しいのかい。ばあちゃんちょうどいいのを知ってるんだよ。紹介してあげようね。実は家主移行の書類もここに用意してあるんだよ」
「・・・カノコさん、詐欺に遭ったの?」
「馬鹿だねこの子は。私がそんなへまするわけないだろう」
「じゃあ、なんで俺はその家に住まう必要があるのかな」
祖母は急にしゅん、と暗い顔をした。
「これは、あんたに背負わせるべきじゃなかったのかもしれないんだけど、実は私には代々受け継いできた家がある。まあ、家というより店だけどね」
「店?」
「その店には、道が開いたときにしか、入ることができない。そのくせ、人を(・)呼ぶ(・・)ときもある」
「店が人を呼ぶってことか?どんな人を?」
「端的にいうと、困っている人だね。悩みを抱えて、でもそれを話すことのできる第三者がいない人」
「じゃあ、カウンセラーみたいなもんなのか」
「いや、自由だよ。何をしてもいい。私の父は手先が器用な人だったから自分が作った雑貨を売っていたし、私は絵をかいて話を作ることしか能がなかったから、それらを売ったり絵を教えたりなんかしていた」
「それだけ?赤字にならない?」
「儲かるとか儲からないとか、そういうことを基準にしている店じゃないからいいんだよ。話したい人が来て、話しをして、帰っていく。まあ儲かることほど嬉しいこたぁないけどね。ただ、その店が存在していることが大切なんだ。その店が人を呼べる状態を、保つ必要があるんだよ」
「・・・それを俺は、継がないといけないってわけね」
「察しがよくて助かるよ」
「ほんとはいまいち状況が飲み込めてないんだけど」
「店を経営しろってわけじゃない。あんたはたまにでいいからそこにいて店を開けていてほしい」
「それだけ?」
「それだけ」
ふうんとどこか上の空で答えた孫に、カノコさんはありがとね、とうなずいた。
「でも、どうせ継がなきゃいけないならもっと前から言ってくれたらよかったのに」
「私は、できたらこのことはお前に押し付けたくなかったんだよ。でも、こうして死にかけてみるとさ、あの店を残していかなきゃなと思ったわけ」
反芻するようにうなずいてから、すっとカノコさんは俺のほうを見て話題を変えた。
「最近はどう?元気にやってるかい」
「うん。元気だよ。仕事もやりがいがあるし」
「なんか難しいことやってたね」
「難しくない・・・わけでもないか」
俺は否定してから日頃の仕事を思い浮かべて苦笑いで訂正を入れた。大学は農学部に進み、生物学系を専攻して今は製薬会社の研究室に籍を置いている。微生物から新薬を開発するグループに所属しているが、新しい技術に触れていけばいくほど原点に戻って植物や生物そのものの治癒力を生かすことはできないものかと悩む日々が続いていた。もともと彼はなにかを創造することが苦手だった。 だって、もしなくなったら困る。これ以上“なくしもの”をするわけにはいかないのだ。その点から考えると彼にとって大学というのは人生でも稀な“自分で手に入れた場所”であった。学費はカノコさんが払ってくれたが、それも社会人になってから少しずつ返している。教職免許も取ったので、いざとなれば国の税金をありがたく頂戴する身分に落ち着くこともできる。
「そうか。まあ元気なのが一番だからさ」
カノコさんは連絡をとったときの常套句をまた繰り返した。今まで何度聞いたことだろう。
「ご飯は?ちゃんと食べてる?」
「食べてるよ。俺、料理は割と好きだし」
割と好きどころか、カノコさんがあまり好んで自炊をしないので自分で作るほかなかった結果、それなりのスキルは持ち合わせていた。
「ほんとかねえ」
カノコさんは孫の細い身体をなめまわした。中学から高校にかけて急に伸びた身長に追いつかなかったのか、彼の身体の肉つきはあまり豊かなほうではなかった。それでも適度に鍛えられた身体は、持ち合わせた背丈に似合う背中の広さも相まって頼りがいがある。
孫は、カノコさんのぶしつけな視線を穏やかに笑ってやり過ごした。
「そうだ、退院したらさ、案内してよ、そのお店」
「乗り気だね」
「どこにあるの?」
碩人は祖母の言葉を躱して問う。
「あやめ通りの先だよ」
それなら、カノコさんの家から電車で二十分くらいだし、俺でも通うことはできる。思ったより店番をしろというのは難しい案件ではないかもしれない。
俺はどこか他人事のような気持ちで祖母からの宿題を持ちかえった。
祖母の退院の日、俺は車を走らせて祖母とともにあやめ通りまで来ていた。
「あ、そこを右に」
「右?ここに道なんてあったけ?」
とカーナビを見つつもゆっくりと右折する。すると、小さな草地に出た。小さな草地には家があった。タイムスリップしたような、日本の住宅街には似つかないこじゃれたウィーンの田舎町の家のような小さな家だった。
「こんなところがあったのか・・・」
つぶやきながら、エンジンを止め、車を降りる。
「ああ、懐かしいねえ」
祖母は孫を置いて小走りでポーチに向かう。いそいそと鞄から鍵を出すと、丸いドアノブがくるりと動いてドアが開いた。俺はその後ろをゆっくり歩いて付いていくが、早くもその“草地”の異変に気が付いていた。祖母はたった今、「懐かしい」と言った。ここに来るのは祖母とその関係者くらいだろうから、ここが長い間、ほったらかしだったことが窺える。しかし、どうだろう。この整えられた草地は。草も歩くのに邪魔にならない程度に揃えられ、ポーチ周りには花さえ植えられている。トマトのツタはその鼻にツンとくる独特の匂いが沸き立ち、エンドウ豆の蔓がネットに巻き付き、湿った土にはミミズが這っていた。中庭の奥には綺麗に巻かれた緑のホースもあり、玄関も綺麗だった。
「ほら、入りなよ」
カノコさんが手招きしている。恐る恐る玄関をくぐると、人がしばらく居なかったとき独特の空気が二人を包んだが、それでも床は掃き清められ調度品なども埃をかぶることなく置かれている。
カノコさんはにやっと口を開けて笑った。
「まあ座りなよ」
俺は近くにあった椅子を引っ張ってきた。カノコさんは安楽椅子にどっかりと座る。
「ここはね、私の生まれるずっとずっと昔から受け継がれてきた、とある方の預かり物なんだよ。ここに訪れる人に、日常の疲れを少しでも癒してもらう、そのための場所なんだ」
「とあるお方って?」
「それはわからない。というか教えてもらえなかった。そのお方は人の心が浄化されていくエネルギーを糧として生きていく生命体でね、それを集めるためにここが出来たらしい。手っ取り早くエネルギーを集めるために、人そのものを一か所に呼べばいいと考えて店を立てた。その時はせともの屋だったようだけどね」
それで大量の食器があるのか。俺は床に積まれた段ボール箱に「割れ物」と書かれているその中身を察した。
「ん?でも、その役目を俺が継がなきゃいけないってことは、そのお方っていうのはまだ人の力が必要だっていうことでしょ?それって、そのお方がまだ生きてるってことになるけど・・・」
「まあ、そういうことだ」
そういうことだって・・・、急に話がファンタジックになってきたぞ。俺は普段は微生物を相手に科学的に戦っているというのに、なんだこの落差は。
「よくわかんなくなってきたけど、外が整備されていたのも、ここが見つかりにくいのも、家が綺麗なのも、そのお方のおかげなんだね」
「管理人さんがいるからね」
「会ったことあるの?」
「呼べば来るんだよ。やってみるかい」
よっこらしょ、と言ってカノコさんが腰を上げた。安楽椅子がゆらゆらと揺れる。足元に積み重なった食器やら日用品やらの間を縫ってすたすたと歩く祖母の後ろをついていく。
左の廊下へ入ってすぐ左に、部屋があった。大人が五人いると少し窮屈に感じる程度の広さで、入り口はアーチ形になっている。まるで大きなかまくらのようだ。中に入って正面には壁をくりぬいて作られた棚があり、林檎が一つと金色のベルが置いてある。まるで祭壇のようで、置いてあるベルもただのベルではなくハンドベルのようだ。碩人は、小学校の学友会でクラスのみんなで披露したハンドベルの演奏を思い出した。もっとも、あの時使ったのはこんな立派なものではなく音階によって色分けされた安価なものだったのだが・・・。確か俺は、青色の「ラ」だったと思う。
カノコさんはハンドベルを、鳴らさないようにそっと手に持つと、ちりりーん、ちりん、ちりりーんと何かを奏でるように振る。碩人は懐かしい音色が耳にしみこんできたことと祖母がやっていることで何が起こるのか緊張しているのとで、肌が泡立つのを感じた。
ちりりーん、ちりん、ちりりーん・・・
ちりりーん、ちりん、ちりりーん・・・
ベルが同じリズムを三回震わせた時、二人の後ろから声がした。
「うわぁ、久しぶりだね」
カノコさんがふう、と呟いてベルを棚に戻す。碩人はゆっくり振り向いた。立っていたのは三十代後半ほどに見える小柄な男性だった。カノコさんが、顔をしわくちゃにして、にやっと笑う。
「ほんと、久しぶり。そうか、今は十一月だから、ぎりぎりあんたなんだね」
「失礼だなぁ。秋を守ってきた俺に労いの言葉はないわけ?」
「ああ、ありがとさん」
祖母はあっけらかんと手を振って笑った。祖母と知らない男のやりとりに口を挟む時機を失った碩人に、男が気づいて指を指した。
「カノコさん、こいつは誰だぁね」
「孫」
「孫!?なんだ、ってことは次はこいつが継ぐのか」
「そういうこと」
えっへん、とどこか自慢げに答えるカノコさんに、「そういうこと」になってたっけ、と碩人は半ば焦る。
「へえー、この人が新しい店主か」
男がしげしげと碩人を眺める。
「碩人、この人はここの管理人さんの一人の千秋だよ。名前の通り、秋の間はずっと中庭を守ってくれている。もちろん、この家もね」
管理人、というのは案外と若いんだな、と碩人はのんきにもそう思った。男の視線が気になるので、とりあえず挨拶をする。
「宇津見碩人です」
「初代店主と名前が似てるね」
千秋が顎をさすりながら言った。
「ああ、この子はバカ息子がどっかの娘さんをひっかけて産ませた子でね、急に私が名付けることになってさ。そういうのはよくわかんないから、系図を引っ張ってきてよさそうなのから選んだんだよ。生まれた原因の割にしっかりした子だから心配ないよ。で、初代は碩仁と書いてせきひとだったから、さすがにそのままは悪いんじゃないかと思ってひとの字を変えて、と、と読ませることにした」
碩人は初めて自分の名前の由来を聞いたが、あまりにも荒唐無稽な話に苦笑いを浮かべるしかない。
「あんたも大変だねぇ」
千秋の感情の矛先は、カノコさんへの呆れから碩人への同情へと向けられた。
「で、久しぶりに来たってことは、そいつの話?」
「あんたは頭が悪いなりに察しが良くていいね。そう、ほったらかしにしていて悪かったけど、この店のことを決めようと思って」
「一言余計だけど、いい心がけだね」
千秋はくるっと踵を返して小部屋から出てさらに奥の部屋へ進んだ。カノコさんのほうを見ると、付いてきな、とまるで先導しているのは自分だとでも言うような仕草で手を振ってきた。碩人もその後に続く。
「まあ、とりあえず座ろう」
千秋が開けてくれたドアの向こうは、驚いたことに畳だった。洋館のような出で立ちの店であったから、なんとなくテーブルとイスがある部屋を想像していたのかもしれない。
「なんか飲む?」
「私は緑茶でいいよ」
「俺もそれで」
二人の客人が応えると、はいはーい、と主人は返事をして電気ケトルのスイッチを入れ、急須と湯呑を用意した。カチッと音が鳴ってケトルの中の湯が沸くと、千秋は箱から水出しのお茶パックを取出し、急須に入れてお湯を注ぎこみ、だば、だば、だば、と三回に分けて湯呑に分配した。自分と、カノコさんと碩人の三人分である。
「はーい、おまちどう」
「どうもね」
カノコさんは受け取って、両手で包み込んだ。が、一人飲むべきお茶を前に、固まっている人物がいた。
「あれ、お兄さんどうしたの?猫舌?」
碩人である。
「これは・・・、なんですか」
「何って緑茶だけど?あんたが緑茶がいいって言ったんだろ」
「えーと・・・」
碩人はまじまじと自分の湯呑を覗き込み、意を決したように顔を上げた。
「すみません、お茶をお出しして頂いた身でこんなことを言うのも何ですが、あまりの惨劇に耐え兼ねました」
「なんだ、どうしたんだよ」
「これは、緑茶などとは言えません」
「は?」
「第一に、お湯は電気ケトルなどではなく、やかんで沸かすべきです。それになんですかこのパックは。お茶葉ではなく水出しのパックなど言語道断、もはや緑茶ではありません。確かに目覚ましい技術の進歩により、ある程度の緑茶らしき品質を保ったものはできますが、それでも本物には到底足元にも及びません。それに、千秋さん、あなた最後、湯呑に一度にお茶を淹れましたね?それでは味の濃さがバラバラになり、おいしさが激減します。数回に分けて注がないと、味が均一にならないのです。全くもったいない。このような緑のなんとなく緑茶の味がするかもな~?みたいな飲み物、飲めません」
突然マシンガントークを始めた、それまで静かだった成人男性にカノコさんと千秋は目を丸くして、半ば唖然としてその言い分を聞いていた。
「え・・・、何、君は緑茶マニアか何かなの?」
「いえ、違います。俺はただ、どうせ口に入れるならなるべくいいものをと思っているだけです」
「あんた、いつもこうしてお茶を淹れてくれてたの」
「うん。だって、この方がいいでしょ」
「それにしたって異常だよ」
「異常、ですか」
碩人はこてん、と首を傾げた。
「いや~、世の中にはこんな人もいるんだねぇ。カノコさん、あんたの孫、面白いね」
「そうだろ」
千秋に言われて、カノコさんはなぜだか嬉しそうである。
「仕事は何してるの?」
「製薬会社の研究員です。主に微生物の研究をしてます」
「へえ、じゃあ、植物か何かには詳しいんだ?」
「まあ、一応、大学では農学部でしたので一通りは」
ふ~ん、と吟味するように碩人を眺め、自分が淹れたお茶に初めて気づいたかのように湯呑を手に取り、ごくんと飲んだ。
「あ、ねえ、俺いいこと思い付いた」
「馬鹿が言ういいこと思い付いた、程あてにならないものはないよ」
「まあ、そういわず聞きなよ」
いいじゃないか、というように千秋はにやにやと笑った。
「ね、お兄さんが次にこの店を継ぐならさ、お茶屋さんやればいいんじゃない」
「お茶屋さん?」
カノコさんが聞き返してくれたので、碩人は敢えて何も言わず横で千秋の言葉を待つ。
「お茶に詳しいならさ、全国でも世界でも、おいしいと思うお茶を集めてお客さんが望むなら淹れてあげてさ、売ったらいいんじゃない」
「うーん、確かに面白そうではあるね」
「でしょ?」
「でもそれならいっそ、カフェにしたほうが早いと思います。見たところここはたくさん草花があるし、さっき通った道にあったものだけでもお茶に使えるものありましたよ」
碩人は自分が経営することになる店だということを忘れて、思わず口を出した。
「なるほど、カフェね」
「店の改造なら大丈夫な範囲だと思うよ」
「お兄さん、料理できる?」
「家では俺が炊事を担当していたので、そこそこは」
「この子の料理はおいしいよ」
「じゃあ、簡単なサイドメニューとかも作れるね」
カノコさんと千秋は顔を見合わせて、にっと笑い、声を合わせて言った。
「いいんじゃない?」
「まあ、そんなこんなで三年続いてます」
そういって「このお店はどうやってできたんですか?」と尋ねた環に、微笑む店主の顔には、隠しきれない誇りが混じっていた。
今日は、五月一日、この店「カフェ・アルテア」の開店三周年記念パーティーの日でもあり、朔と望の十七回目の誕生日でもあった。店内のテーブルには白いクロスが敷かれ、中央にはバースデーケーキが置かれている。昨年までは三人でささやかに祝っていた誕生日だが、今年はお客さんにも祝ってもらえたことが嬉しかったのか、二人はそっくりな顔を見合わせて少し恥ずかしそうにしていた。いつもは店の繁忙期にしか店内に顔を出さない双子のこういう表情を見ると、まだ子供なのだな、と碩人はどこか安心するのであった。
店内には、消したろうそくの煙の匂いが換気しても漂っている。このケーキはもちろん碩人の手作りであるが、これはほたるねえさんもかなり手をかしてくれた。お客さんはそれぞれ自分の名前を書いてその持ち主がわかるようにした紙コップに飲み物を継ぎ、保温プレートに乗せた料理から好きなものを選んで取る。希望者には店のロゴが入ったマグカップも販売している。このマグカップは軽いうえに電子レンジにかけることもできる優れものだ。最近は簡単にオリジナルカップが作れるから便利な時代になったよね、と言ったのは弱冠十七歳の望である。
いくつかの島に並べられた料理は、ただの料理ではなく店主と伊槻兄弟が考案したレシピのものだ。ドリンクで言えばアロエジュース、コリアンダーのミルクティーなどちょっと冒険して民族色の高いものを、スイーツ系はサフランを練り込んだスウェーデンのパンである「ルッセカルテ」やジンジャークッキー、オレンジケーキなど健康面を意識している。メインはソレルのサラダ、チコリとチーズのオーブン焼きなどと、新メニューのテストもちゃっかり組み込むのは望の知恵である。ちなみに、見やすいように工夫されたメニュー表や店のロゴ、名刺、「本日のおすすめ」黒板のデザインは、朔の担当だ。彼はぶっきらぼうに見えて、こういうことが得意なのであった。店主はドリンクカウンターに在駐して、お客さんからのオーダーに応える。店内には笑い声や人々の話し声が響いて、いつもの何倍も賑やかであった。アルテアには毎日縁のあるたくさんのお客さんが訪れ、店主が提供する様々なお茶に舌鼓を打つのだが、カウンター席の右から三番目に座る、いや、座ってしまう、もっと言い方を変えれば、座るためにきたお客さんは多くはない。
今日のパーティーの出席者はみな、一度この席に座った客たちである。その祝いの席で思い思いに楽しんでいたとき、店主は環に上記のような質問を受けたのである。環はあれから縁があって何度か店に顔を出したが、カウンターの右から三番目に座ったのは、あのタイムを飲んだときのみである。
環は、店主の説明に時折笑い声を上げながらも、最後はしみじみとこういった。
「たまには思い付きっていうのも大事なんですね」
「たまには、です」
店主は大人として、環の言葉に釘を刺した。
「私の場合は、もともと植物本来の力を借りて人の身体を変えたいと考えていましたし、それに関するハーブやスパイスなんかの資格も取りました」
「まあ、思いつきにはそれなりの代償がありますよね」
わかってますよ、という風に環が口を尖らせた。が、彼女の不屈の精神はすぐほかに興味が移るようで、あ、と声を上げた。
「その発起人の千秋さんって人に、会えたりしますか?」
「今は五月だから、今月までここは春なんです。だから、今は春太さんという方が常駐していらっしゃいますよ。あのときは秋だったから千秋さんがいらっしゃったという原理ですね」
「じゃあ、夏は?」
「夏は小夏さんです。同じような按配で、冬は小雪さん」
指を折って説明する店主に、環は目を輝かせる。
「素敵だなあ。あ、そうだ」
ちょっと待っててください、と言い置いて環は荷物置きのほうまでことことと駆けて行った。
「元気なお嬢さんだね。うちの娘と気が合いそうだ」
そう声を掛けてきたのは、アニスを漬け込んだリキュールを手にした男性である。彼は、娘との関係に悩み、この店のあの席に座った。確か、エルダーと一緒に売れ残ったカイザーゼンメルをお出しした記憶がある。後で名刺をいただいたが、藤崎さんという人だ。名刺はもらっても誰だかわからなくなるのでその場でメモしているが、そこには「エルダー&カイザー」と書かれていたから間違いない。
「今日は、ご出席いただきありがとうございます」
店主が頭を下げると、藤崎さんはいやいや、と笑んだ。
「こちらこそ、お招きいただきありがとう。三周年おめでとうございます」
「おかげさまで、ここまでやってこられました」
店主は心のなかで、なんとかね、と付け加えた時、環が戻ってきた。藤崎さんを見て、「こんばんは」と挨拶をする。窺うような視線に、藤崎さんは「構わなければ、どうぞ続けて」と促した。
「実は、来月、私の高校で文化祭があるんです。チケット持っているので、よかったら」
一人五枚ずつ配らなきゃいけないんです、と環は言い訳のように付け加えた。
「いいんですか?ありがとうございます」
二人は快くチケットを受け取る。チケットに書かれた高校名を見て、藤崎さんが「へー、開陽か。制服が可愛いんだよね」と漏らす。思わぬ発言に、店主と環の四つの目がつつっとニュースに放映された変質者を見るような鋭さで藤崎さんへ向けられた。藤崎さんはキョトンとしていたが、やがて合点がいったのか、はは、と照れたように笑った。
「うちの娘が言ってたんですよ。娘も高校生なんです」
ああ、と二人は同じ動作で肯定した。
「実は、私の母校も開陽なんですよ」
店主は、環が初めて訪れたときのことを思い出して、やっぱりとうなずきながら自らの情報公開をした。
「えっ!そうなんですか?じゃあ、美術室の幽霊の話、知ってます?」
「美術室の幽霊?七不思議みたいなものですか?」
「ええと、私も又聞きなので詳しいことはわからないし、尾ひれがついているかもしれないんですけど」
少々緊張した様子の環は、最初はどもりながらも何度も耳にした話なのだろう、徐々になめらかな口調になっていった。
「美術部の前の廊下に、夕方になると窓の方を向いたまま動かない少女の霊が出るんです。少女の霊は特に何もしてこないんですけど、噂では、一年生の音岸輪って子に似ているらしいんです」
「それって・・・、生き霊ってことですか?」
店主の言葉に、そうとも限らないぞと藤崎さんが唸った。
「似ているだけで、別人かも」
「そこまではわからないんですけど、ただ・・・、その子のお姉さんが数年前に行方不明になっているんですよね」
環のその言葉に、店主がぴくっと反応した。
「数年前って・・・、具体的には何年前か分かる?」
「ええと・・・、その音岸輪さんが中学生の時にお姉さんが居なくなったらしいので、多く見積もって三年前ですね」
「三年前か・・・」
「どうかしたんですか?」
疑問を呈したのは、環であったが藤崎さんも目で同じ疑問を店主に向けていた。
「いや・・・、これはお客さんのプライバシーですから、私からはお話しできません」
店主がこっそりその場から去ろうとするが環が逃がさない。
「あっ、オーナーさん、まだお話終わってませんよ」
「どうしてもお話しなくちゃだめですか・・・?」
「オーナーさんが先にぼろを出したんだから、もう負けなんじゃないか」
藤崎さんの目の端にも皺が寄る。二人の顔を見て、店主は悪いことをして怒られた幼稚園児のような、どこか憮然とした表情を浮かべた。彼のために弁明しておくと、総じて男性というのは年齢を問わずいつまでも子供なのである。
「三年前、とある女の子がこのお店にやってきて、カウンターの右から三番目の席に座りました」
二人が一斉にその席に目を向けた。最速で素晴らしい方向に早とちりしたのは環である。
「え、もしかしてこのお店、流行ってないんですか?私が来たときも一人だった気がします」
「俺もだな。潰れる前に知らせてくれんか。お酒もなかなかいけるんでもったいない」
穏やかな笑みが売りだがもともとはそこまで素行が良いほうではない店主は、二人の客から迫るように失礼なことを言われて苦笑いを浮かべた。まがりになりにも客を大切にする彼が、ここまで感情を見せるのはパーティーという特別な環境がそうさせたのかもしれない。
「潰れたりなんかしませんよ。潰すもんですか。あの席に座るのは特別なお客さんなんです。そういうときは、お店には誰も入れないんですよ」
説明になっているのかなっていないのか絶妙なラインで店主は応じた。
「入場規制?」
「意味が分からんが」
「いつもはどのくらいのお客さんがいるんですか?」
うーん、と店主は腕を組んだ。彼の長い腕が体に預けられる。
「午前中は三十人、お昼時とアフタヌーンティーの時はそれぞれ四十人、夕方は二十人くらいですかね」
「案外そんなもん?」
「場所がわかりづらいんじゃないか。私が来た時も迷い込んだくらいだし」
「あっ、私も迷いました!気づいたらいた、みたいな」
うんうん、と環も拳を握ってうなずく。お皿に盛ったままだったレモンパイを一切れ口にはさむ。
「そういう時は、道をいつもより閉じますので」
「一日で九十人以上も来店するのに、一人で回しているのか?」
「いえ、なんというか・・・、お手伝いさんがいるので」
店主は表情を崩さないが、できるだけこの店の仕組みを話したくないのもあって、内心ではかなり高いレベルの渋面を作り上げていた。
「オーナーさん、ローズマリーのローストポテトがもう切れちゃったぞ。あと、一旦お皿とか瓶とかバッシングした方がいいって、望が」
「ああ、ありがとな。望は大丈夫そうか?」
しっかりしていて大抵の人とコミュニケーションも取れる伊槻兄弟の兄だが、彼は根が人見知りで大勢の人に囲まれると人酔いを起こすこともあった。
「お客さんだからか、いくらか平気みたい」
兄を案じる様子を見せつつも、どこか誇らしげに言う。賢く、器用な兄の数少ない弱点を押さえることができて嬉しいのだろう。
「今日の主役はお客さんもだけど、朔と望もだから、あんまり気を遣いすぎなくていいからな」
「わかってるよ」
舌なめずりをした少年の手には、既に使用済みのお皿が乗っていた。
「ちゃんと望にもそう言って」
「あいあいさ」
朔は今にも駆け出しそうな様子でうなずいたが、ふと動きを止めた。
「でも、いつもは一人でやってくる<コンボルブルス>さんたちがこうやって一同に会してると、圧巻だね」
「コンボルブルス?」
朔の勢いにのまれていた環が、やっと口をはさむ。最も、藤崎さんは長い横文字が発音しきれるが不安だったために黙りこくった。そもそも聞き取れもしなかったのでどう転んでも聞き返すという選択肢がなかっただけでもあるのだが。
「俺たちは、縁があっていらした右から三番目のお客さんのことをそう呼んでいるんです。花言葉が、縁だから」
お客さんと話すときに敬語になるのは、店主の教育が朔の性格より勝ったことを意味する。環がどうも釈然としない様子で、朔に尋ねる。
「その、右から三番目っていうのは何か特別なことみたいなんですけど・・・」
「あれ?話してないの?あ、そっか・・・、まあ話すことでもないよね」
一瞬咎めるような視線を店主に向けた朔だが、何かを思い出したような光が彼の瞳に走る。
「なになに?隠し事があるなら聞きたいわ」
「言ったらもう隠し事じゃなくなるじゃないですか」
割り込んできたのは蛍で、耳が早いのは流石としか言いようがない。誰こいつ、という顔をしたのは碩人以外の三人である。蛍はそれを察して聞かれる前に自分から名乗った。
「どうも、碩人の姉の蛍です」
年齢の割に可愛らしい外見の蛍が、さっぱりした口調でぺこっと頭を下げると、今度は三人の目が一斉に点になった。碩人は、ころころ変わる三人の顔に、表情便覧のページを繰っている錯覚に陥った。
「オーナーさん、お姉さんなんかいたんだ。前にいるかどうかわからないって言ってたのに、いつの間に捕まえたの」
真っ先に問いただしたのは朔である。この中で碩人に一番遠慮がないのは彼だ。
「個人的な質問にはお答えできません」
いっそ演技的なまでにぴしっと手のひらを突き出し、お客さんの前で訊くな、と暗に碩人が言う。普段は敏い朔も、好奇心には負けてしまったようだ。だがそれを見事な速さでぶち破ったのは、ほたる姉さんである。
「あら、別にいいんじゃない。ここに招待したのって特別なお客さんなんでしょ」
「うん」
「俺らはコンボルブルスって呼んでます」
しめた、とばかりに蛍にのったのはもちろん朔だ。抱えていたお皿をカウンターに置いたのは話に集中するためだろう。
「もしかして、あなたはお店の関係者?」
「お姉さん鋭い。俺はオーナーさんの養子の一人です」
嬉しそうに朔が答える。
「養子?」
「の一人?」
環の言葉を、藤崎さんが継ぐ。
「碩人、あなた養子なんかもらう人格じゃなかったわよね」
もう勘弁してくれ、と諦めたようにこめかみをもむ碩人。
「ややこしくなってきたから、コンボルブルスのことだけ話すよ」
文句はびた一文も受け付けないからな、という店主の眼力に凄まれて、以下四人は黙る。
「朔たちがコンボルブルスと呼んでいるのは、縁があってこのお店に来られたお客さんのことです」
「つまり、このパーティーに招待されたお客さんね」
朔が得意げに捕捉を入れる。
「このお店は、そもそもがちょっと入りにくい(・・・・・)んですけど、中にはこのお店に呼ばれていらっしゃるお客さんもいます。そういうお客さんは、カウンター席の右から三番目にお座りになり、このとき店には誰も入ることはできません」
「それが、コンボルブルス、縁があってきたお客さんのことね」
朔が大事なことは言ってやったぞ、とばかりに料理を取りに行く。
「その縁があるっていうのは、誰がどうやって決めているんだ?」
藤崎さんの質問に、やんわりと微笑み返してから答える。
「コンボルブルスさん達は、どの方もなにかしらの悩みを抱えています。ただの悩みではありません。誰にも言えない悩みです」
店主はさりげなく、藤崎さんの最初の質問「誰が」をすっ飛ばした。
「それをここで吐いてもらって、癒されてほしいというのがこの店の主の願いです」
この店の主、というのは正確には碩人のことではない。
「素敵ね」
しんみりとほたる姉さんがうなずく。
「でもその、言い方が悪いんですけど、コンボ・・・、えと・・・、誰にも言えない悩みを抱えているかどうかなんて、どうやって間引きするんですか?」
ああもう。環の質問に碩人は思わず、くせのある前髪をなでつけた。この子はほんとに的を射てくるな。
「このお店がやってくれます」
「ここから先は企業秘密だね」
朔がぱくりとほうじ茶のシフォンケーキを頬張る。ほうじ茶は春太さんの好きなお茶なので、メニューに加えられたのである。
なるべくこのお店のことは内密にしておきたかった碩人は、最後の一つが見つからない間違い探しをしているような表情で、レモンパイを齧った。
記念パーティーの夜は、更けていく。
「いやあ、大賑わいでしたね」
お客さんが全員帰り、パーティーの片付けを始めたとき、にこにこと菩薩のような顔を下げてやってきたのは春太さんである。春太さんは中肉中背でそこら辺の駅のホームに立っていそうなほど、見た目はごく一般的な四十代男性だ。
「あ、春太さん。お疲れ様です。ほうじ茶のシフォンケーキ、残しておきましたよ」
残った料理は捨てずになにがどう余ったのか分析しようと望がデジカメと筆記具を用意している裏で、すかさず碩人がラップがかかったお皿をひょいと持ち上げる。
「うわあ、ありがとう。こんな時間だけど、いいよね?今日はお祝いだし」
春太さんが目を糸のように細くして碩人の持ったお皿まで歩み寄る。あんな目で見えてんのかな、と失礼なことを思いつつも朔はフォークを手渡す。その差し出した手を見て、春太さんの目はいよいよ顔面から喪失した。
「それ、私が贈った腕時計じゃない?嬉しいですねえ、つけてくれたんですか」
朔は左手に巻いた腕時計をかばうように右手で左手首を掴み、一歩引いた。
「えっ、そ、そりゃもらったもんだし、使わないわけじゃないし、望とおそろいだし、つけてもいいじゃないですか」
「はい、はい、そうだよね。ありがとう。ところで、フォークくれるのくれないの?」
朔のこういう性格も慣れっこの春太さんである。彼が朔をからかったのはそういう部分があるのを知ってのことであるが、この年代の男性は目に掛けている若手をからかって反応を楽しむことを趣味の一つにしていることがままあるので見逃していただきたいところである。
「あの、春太さん、本当に腕時計、ありがとうございました」
望がそういってその顔の横に掲げるのは右手である。彼は左利きなのだ。最も、金持ちの家に預けられたとき一通りの躾はされたし、施設の人も丁寧にみてくれたから右手で食事もできるし、字も書けた。だが、そういうこととは別に、彼の個性として聞き手は左なのだ。
「うん、こちらこそ。お誕生日おめでとうね」
十七歳の誕生日記念として、「みんなからだよ」と春太さんは二人に腕時計を贈ってくれたのである。どうやら春太さん、小夏さん、千秋さん、小雪さんの四人で相談して購入したようだ。最も、彼らがいったいどこで「会合」を開いているのかは、碩人にも伊槻兄弟には知らないことである。
朔の腕時計は、嫌みのないがはっきりとした茜色のベルトに、銀の文字盤が嵌め込まれている。文字もくっきりとしていて見やすく、針もなかなかしゃれたデザインだ。望のものは澄んだ瑠璃色の朔と同じデザインで、どちらも品の良い色をしている。
「春太さんのお誕生日はいつなんですか?」
「僕?僕はほら、<春>だから、そんな感じかな」
無邪気に問うた朔に返した春太さんの薄笑いに対抗する技術と精神力は、まだここにいる人間たちにはなかった。




