3話 その勇者、迷子
ギルドでの説明も終わったので、ヒキルさんに勧められるがままにパーティーを組んで採取依頼に出掛けることになった。ヒキルさんはBランクで、この王都でもそこそこ名前の知れた冒険者なんだそうだ。
初依頼はキトミ草と呼ばれる草の収集で、一束5本を五束分採ってくると言う依頼だった。報酬は銀貨3枚。余った物は一束銅貨5枚で買い取ってくれるそうだ。
何でも、回復薬の素材なんだそうで、余ってもすぐに余裕がなくなるとのこと。
そうこうしてるうちに、王都近郊の森についた。
森と言ってもそこまで木が多い訳ではなく、木がいっぱいあるなー森みたいだなーあ、森でいっか!レベルである。
「こっから森に入って、少し歩いたところで採取を始めるぞ。見つけた分は見つけた分だけ持ってこい。ギルドが買い取ってくれるからな!」
そう言って俺に背中に背負うタイプの篭と短剣、それと、少量の干し肉をくれた。
森にも少しだけ獣や魔物がいるらしく、護身用に短剣と腹が減った時用の干し肉だそうだ。
「じゃあ大体1時間後にこの入り口でな!」
「はい!」
そう言って俺は左の方の森へ入っていった。
歩いて5分くらい経っただろうか。取り敢えず貰った干し肉と篭はストレージに入れておく。
このストレージ、中々に便利なもので、道中色々試してみた結果、頭の中で強くストレージと思うか声に出して言えば発動するらしい。
しかも発動するとゲームの持ち物欄みたいのが出てくるのだが、これはヒキルさんには見えてないらしい。
操作として、ストレージから取り出すときは持ち物欄の中にあるものをタッチするか、強く思うか、声に出せばいいようだ。
しまうには、対象物に触れるか、自分を中心とした半径3m以内の“生命体”以外の物なら直接ストレージに送れるっぽい。
森までの道のりに死んだカエルと生きたカエルが居たので実験してみたのだが、生きたカエルは収納出来なかったのに対し、死んだカエルはあっさりと収納された。生命体の区切りの厳密な境界線は分からないが、生きているか、そうでないかが境界線だと断定しておくことにした。
続いて鑑定だが、発動方法は先程と同じなので割愛させていただく。主な効力は鑑定対象が鉱石などの非生物なら能力、希少度、産地、用途程度に対し、生物が鑑定対象となると、ギルドカードでは分からない種族や個体名称、レベル、スキルが丸分かりにになってしまった。
先程の説明に使った、生きたカエルを鑑定してみると、
《マダラガエル Lv.1 スキル 無し》
《いろんな所に出没するカエル。迷彩のようなマダラ模様が特徴的。一部の地域では食用とされているようだが、全く美味しくない。》
……だそうです。
「食用とされているのに美味くないとか悲しいな、お前。」
「ゲコッ」
カエルにうるせぇと言われた気がしたのでその場にポイ捨てして道無き道を歩んでいく。
少し開けた場所に出たので、生えてた草花を片っ端から鑑定していく。
《雑草 特に用途はない》
《雑草 特に用途はない》
《雑草 特に用途はない》
《雑草 特に用途はない》
《雑草 特に用途はない》
《ユーリ花 観賞用》
《雑草 特に用途はない》
《雑草 特に用途はない》
《雑草 特に用途はない》
《キトミ草 回復薬の素材 このまま服用しても多少効果はある》
《キトミ草 回復薬の素材 このまま服用しても多少効果はある》
《雑草 特に用途はない》
あ、キトミ草あった。いや雑草多すぎだろ。
ユーリ花っておいおい…アイスリンクでも滑るんですかねぇ?
取り敢えずキトミ草だけ回収してストレージに入れておく。
…しばらく経っただろうか。
地味な作業に飽きた俺は、鑑定とストレージを組み合わせた、最強の収集法を編み出した。
なにやら鑑定は、一度鑑定した物ならばかなりの広範囲で再鑑定が出来るようで、それに伴ってストレージを常時展開にしておく。
ストレージに収納するためには、それがあることを認識しないといけないため、鑑定と組み合わせて使うことによって、歩きながら鑑定→認識→収納を繰り返す。
そうして20分位経っただろうか。
ストレージを確認してみるとキトミ草の所持本数が130を越えていたので鑑定もストレージの収納もoffにする。
これだけ集まれば文句はないだろう!集めすぎた感はあるけど……大丈夫だよね?
よし、帰ろう。今から戻れば余裕で間に合うだろ。
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何てね?そう思ってた時期が俺にもありましたよ。
うん、まさか16にもなって迷子とか泣きそうだわー。こう言うときこそ“瞬間移動”とか“転移”とかの移動用スキルの出番なのに何で俺持ってないんだよ!
まあいいや。こういうときはパニクったらそこで試合終了ですよってなんとかダンクとか言う漫画であったなぁ。
どうでもいいなぁ。
いや今は足任せだからいいけど、夜になったりしたらどうしよう。
なんか……見知らぬ土地で一人って怖いな……。
………急に吐き気が………ウップ。
そんな感じで宛もなく歩いていると、なにかが通った跡のような道があった。周辺の木は力任せに叩き折られたとしか思えないほど無造作に倒れていた。よくみると、血の痕が点々と道に沿っている。
「なんだ……この木の倒れ方は…それに血まで…」
暑いわけではない。むしろ肌寒いくらいの気温なのに首筋に汗が流れる。不意に背筋が凍り付いていくかのような感覚に襲われ、後ろを振り向く。
・・・いる。
分かる。居る。あの凍り付くような寒さは比喩では無かった。
事実、よく見れば折れた木の中が凍っている。
本能と都会育ちの危機感が今すぐ来た道を引き返せと警鐘を鳴らす。
好奇心と混乱が前へ進めと命令を下す。
結果、俺の体は硬直して動かなくなった。
だが、それでもジリジリと体は後ろへ下がっていく。
ヒュッヒュッと誰かの掠れた呼吸が聞こえる。心臓の脈打つ音が妙に大きい。
恐怖と不安が心を蝕んでいく。今すぐ逃げ出したい。
だが意思に反して動けないと言う絶望的な状況がその気持ちを加速させていく。
何秒、何分、何時間経っているのだろう。1時間か?2時間か?もう半日は過ぎているんじゃないのか?
入口付近よりも薄暗く、木が鬱蒼と茂ったここでは、正確な時間がわからない。恐怖が心を染め、今にも壊れそうである。
━━━ガサッ
不意に、後ろで音がした。
俺は駆け出していた。
前に前に。
ただひたすらに。
本能と危機感と理性を恐怖で丸め込んで。
ただ、それだけ怖かったという事である。
多分今までで1番早い速度が出ているんじゃないだろうか?
文字通り、全力疾走、命からがらである。
自分としては、その場から一刻も早く動きたいと言う思いがあったのかもしれない。
だから頭では分かっていても、心がそれを許さなかった。
今自分が真っ直ぐに走っている道が、生き残るための本能が、なけなしの危機感が、
━━━━━━どれだけ警鐘を鳴らしていたかも。
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どれだけ走っただろうか?
道幅が広くなったことと、かなりの距離を走ってきたことで、恐怖と不安が薄れる。
「っ?!」
その途端、足がもつれ、地面にダイブする。
強制的に肺の中の空気が排出される。
「ガハッ…!!」
全力疾走でただでさえ酸素が足りないのに、息が出来なくなってパニックになる。
まるで死戦期呼吸のようなものしか出来ず、必死に解決法を探す。
ストレージからキトミ草を数本出し、直接噛みちぎる。
土の味と微かに甘い汁が出てくるが、お構い無しに咀嚼する。
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい!!!!!
こんなところで死にたくない!
訳の分からないまま放り出された異世界のような場所で、しかも初日。
死亡理由が、パニックで走ってこけた時に呼吸困難からの心肺停止とかダサすぎてもう1回死に直せるぞ?!
自動再生とかあるじゃん!発動しろよ!自動再生!自動再生!!
《一定値以上の苦痛を受けたのでスキルを開放します》
《一定値以上の息苦しさを覚えたのでスキルを開放します》
《スキル 苦痛耐性Lv.1 水中呼吸Lv.1を開放しました》
《スキル 自動再生Lv.1を常時開放状態に移行しました》
そう脳内に言葉が響いた途端、急に息苦しさが楽になった。
呼吸が落ち着いてき始め、思考がクリアになる。
「はぁ・・・はぁ・・・く、苦しかった・・・。」
まさか勝手に1人でに死にそうになるとは思ってなかった。
新しいスキルが得られたとか言っていたがその影響だろうか。
それにあの無機質な声、どこかで聞いたような?
ふぅ・・・まあ、今はその事は置いといて、ますます迷子になったことは間違いないな。
だいぶ薄暗くなってきてしまったし、日が落ちているのかも知れない。
どんだけ固まってたんだよ、俺。
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取り敢えず腹が減ったので、ストレージから干し肉を取り出す。
地面に出すわけには行かないので、俺の手の平にだが。
匂いを嗅いで見るが、なんかゴムみたいな匂いがしなくもない気がする。
味は・・・・・・ちょっとビーフジャーキーよりもしょっぱい感じだ。
結果、美味しくない。
小腹が満ちたことで、いくらか思考力と落ち着きが戻ってくる。
俺のいる森は、正門から見て西の方向にある比較的安全な森・・・ってヒキルさんが言ってた。
安全、と言っても、普通に獣も魔物も出てくるそうなので、『ほかの森に比べたら安全』の安全だそうだ。
今回受けた依頼のキトミ草の採集は初心者(Fランク)向けのクエストで、森の浅い所に群生地帯があるので、割と簡単な依頼だったそう。
初心者(Fランク)にとっては簡単なのに勇者は迷子になるとか笑えねー。
せめて貰ったナイフで道中生えてた木に、傷を付けながら来た方が良かったかもしれない。いや、かもしれないじゃなくてかっただな。
今更こんなこと考えたところで仕方ないかぁ・・・。
ま、教室でも家でもこんな感じだったから慣れっこだな。
ヒキルさん達心配してるかな・・・?
取り敢えず今日は寝ちゃおう。
肉体的にも精神的にもその他諸々にも限界が来てるので俺は寝る!
寝るんだ!やれば出来る!
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・。
俺誰に向かって話してんだろ。
《一定値以上の孤独を感じました。スキルを開放します》
《スキル 孤独耐性Lv.1を開放しました》
・・・・・・・・・。
やかましいわ!!!!
開始早々迷子になる勇者。
森の中で恐怖に怯えて何時間も震える勇者。
コケて死にかける勇者。
急に冷静になって森の中で寝ようとする勇者。
あれ?こいつ大丈夫か?