INSECURITY 2-5
部屋の一角。
奇麗に畳まれた女性物のキャソックと白いクロブークの上に、外装は酷く汚れてフロントサイトが折れているマカロフ拳銃と、NR-40と呼ばれる細身のナイフが置いてあった。
これらはかつてカインと共に活動していた相棒の遺品だ。外装こそ酷いものだが、マカロフは作動パーツ全てを徹底的に磨き上げられた上でスプリングも交換してあるためいつでも快調に作動するし、ナイフも刀身の全面を研ぎ直された上で表面処理やブレードも再度調整され、光を跳ね返さない闇のような黒の塗装を魅せる程に万全だ。
しかし、これらを使う者は誰もいない。
「世界を変えるどころか、気がつけば異世界にまで来てしまった。不甲斐ない兄で悪いが、マリーを助けて大人になるまで見守って、一通り終えたら……俺もそっちに行くよ、アベル。あの子はもう17だ。だからもう少しだけ待っててくれ。…………いや」
抱えていたオーガナイザーをテーブルに戻し、左袖を捲って腕に括られていたナイフを抜き、遺品のフィンカと持ち替えてしっかりとグリップを握った。カインが持っていたナイフは形こそ同じだが、その刀身は銀色に光っている。
順手、逆手と持ち変えて、今度はブレードを内側に向けた逆手に持ち変える。通常とは逆のS字型に作られた鍔はこの形で使われることを前提にされていて、内向きに持った時こそしっかりと手を守っている。
「お前と共に在る。そうして髪を真似ていたが、今回ばかりはそれだけだと寂しいんだ。だから、全てで共に在ろう。体も、戦いも、思い出も」
カイデックスで作られた腕のシースに黒いフィンカを納め、持ちかけたアサルトバッグ2つに先程のオーガナイザー4つを乱暴につっこんで、肩に引っかけるなり部屋から出てヴァースの下へと戻って行った。
「医療品と調理器具はお前が持って行け。戦闘用携行品と整備用品は俺が持つ。予備弾薬は半々にして同数だ」
「ハァ? なンで俺が医療品を。お前の方が使いこなせンだろ」
「基本は2人1組を2つで戦闘を考えているが、それを維持できない場合お前はあの子たちに就いて防衛撤退してもらう算段でな、必要になるだろう」
カインは工具と一緒にワークスペースに並んでいたダクトテープをオリーブドラブカラーのオーガナイザーに張り付け、「COOK」と大きくマジックペンで書き込んでタンカラーのアサルトバッグに詰め込み、赤いオーガナイザーと一緒にヴァースの足下に置いた。
残りの2つにもそれぞれダクトテープを張り付けて「B MOD」と「MAINT P」を書き込み、ウルフグレーのアサルトバッグに詰め込む。
「テメエはどうすンだ」
「暗殺に廻る。生きた囮が居るなら、詳細不明な敵性勢力相手でもそれなりに優位は取れるはずだ」
「違ェよ。テメェが怪我したらどうすンのか訊いてんだ」
「必要に思うか?」
溜息混じりに肩をすくめられて、ヴァースはカインがこれまで行ってきた数多くの戦闘を思い出した。
その犯罪と相手の性質上、カインは警備員や俗に言う傭兵、場合によっては私兵や特殊部隊との戦闘経験すら持ちながらに生きている希代の犯罪者だ。しかし、相対した人々に「即死」した人間は存在せず、急所を外して攻撃されているのが判明している。もちろんそれでも失血死してしまった者もいるのだが、これも影ながら支持者が尽きない理由の1つなのだろう。
だが問題はそこではない。それだけの戦闘を経験しながらに一度として捕まることはなく、彼の相棒が殺された際に残された書き置きから、カオナシの名がカインであり、ツラハガシはアベルである事が明らかになっている。ではそのカインであることのなにが問題なのか?
それはカインとアベルという存在と、アベルの死だ。アベルは対峙した部隊の持っていない装備で惨殺された事だけが確かであり、もしもそれが、かの書物の準えだとしたら……?
願掛けや祈りとも言えてしまうが、そういった加護があるのかもしれないと世界中は訴えていたのだ。
世論の実体はそれだけでもないのだが。
「そうでなくとも、俺は無茶無謀は避ける。安心しろ」
「……なンかあったら承知しねェぞ」
「ああ。マリーを助けるまでは一切油断しない。例え俺に刻印があったとしても」
カインが胸を押さえて宣言したのを見て、ヴァースは静かに「ならいいンだが」と呟き返した。
ショットシェルをマガジンへ詰め終えると、今度はバックアップに使う.357magの箱を探し出し、スピードローダーに6発ずつ差し込んでロックを掛ける。それを2つ作ってショルダーホルスターに押し込み、最後にコブラへ6発を装填した。
「こっちの弾頭は銀色じゃねえンだな」
「錆びたところでさほど問題がないからな」
「固着を防ぐためにケースだけは、ッてか」
「ああ。弾は140グレインのJHPだ」
少しして全てに弾を詰め終えた2人はアサルトバッグに荷物を入れ、細々とした備品を外側に、急務にならないものを下に、頻繁に使う物や即座に出せることが望ましい物は上の方にと配置を決めて、あれやこれやと済んだ頃には1人あたり10キロを超えていた。とはいえこの程度なら想定内なもので、格闘戦をしようとしなければ、弾を避けようとか走りながらの射撃だとか、動きの大きな事をしなければ問題はさほど無い。相手の射程の外側から落ち着いて撃てるのなら、この重量は戦闘の枷にはならないのだ。他に無線機などはベルト周りに装着しているものの、普段は使わないので電源を切ってあるようだ。
パッキングを終えてアサルトバッグの調整も済んだ2人はそれぞれ銃をホルスターに収め、ライフルとショットガンはスリングを使って担ぎ、背中にはアサルトバッグを背負い、 ヴァースだけは両手に弾薬箱まで持っていた。
「どうやって梯子登ンだ?」
「ついてこい」
そう言って壁沿いに部屋を歩いていると、先程カインが入った部屋のドアとは全く違う鋼鉄製のドアが佇んでいた。鍵を開けてヴァースを先に行かせ、武器庫の照明を消してから潜り、しっかりと施錠を確認して後を追う。
螺旋階段のような造りを進むと、聖堂にある祭壇の裏に出てきたのだ。きちんと荷物の運搬も考えてあるらしい。
「照準調整は瓦礫に向けてやる。2人を呼んでくるから、外で待っていろ」
「へいへい。そこまでやンのかよ」
「当たり前だ。適当に荷物を下ろしておけ」
カインはヴァースに自分のアサルトバッグを無理矢理抱えさせて、袋のような物を2つ取り出して泣き部屋へと向かった。開けたままだった地下へのハッチを閉じて部屋を直してからキッチンをへ向い、準備が終わったことを伝えるなりウォーターサーバーのタンクを1つ担ぎ上げた。
持っていた袋を2人にそれぞれ渡し、口を止めていたロックを外して水を注ぎ込んでいる。
「水袋でしょうか?」
「私の世界の、な。便利なものだ」
ハイドレーションと呼ばれる水嚢に水を入れ、きちんとロックをして準備が終わる。これを含めるとバックパックの重さは15キロ以上にもなるようだ。
本来なら更に野営具や様々なツールやらを追加して25キロも越えるものだが、今回の荷物は利便性を捨て置いて野晒し上等サバイバルな方向性らしく、主に戦闘関係の備品と調理器具くらいしか入っていない。
ハイドレーションのホースを繋げるアダプタに指を突っ込んで軽く空気を抜き終えたところで、カインはある事を思い出した。
「金貨は君たち2人で持っていてくれ。必要だと思うだけ持ちなさい」
「残りはどこに?」
「後で説明する」
カインがハイドレーションパックを置いて部屋の隅にあった金貨の袋を渡し、キッチンを出て行くと誰かの私室に思えるこじんまりした部屋に入った。木製の本棚と机と椅子くらいしかなく、置いてある物は年季の入った備品ばかりだ。
本棚から装丁の豪華な手の平ほどの本を1冊取ってキャソックの中に仕舞い、机の引き出しから半月形のポーチを2つ取り出すなり再びキッチンへと戻った。
「用意はできたかい」
「はい。いつでも」
「目がくらみそうになりました……」
「ああ……そういえば、エレインは知らなかったか」
あまりの大金にエレインは驚いていたようだ。確かに、道中これといって説明もしていない。
2人にハイドレーションパックを持たせ、カインは残った金貨を持ってキッチンを出た。途中で事務室の金庫に金貨を押し込み、開け放たれている正門から3人は外へ出てヴァースと合流する。
そんな4人を追い出すように風が吹き抜けると、サニアは唾を飲み込んで覚悟を決めたようだった。
「これから、旅が始まるんですね」
「まだ武器の調整がある」
「私の意気込みを返してください」
脱力して息を吐くサニアを無視して、ヴァースにハイドレーションパックを渡すようにエレインに伝えていた。それを見たサニアもカインに渡し、おっさん2人はそれぞれのアサルトバッグにハイドレーションパックを詰め込んでホースを接続して、肩紐にそって設置されている吸い口まで水が来ることを確認する。
カインが持ってきた半月形のポーチをヴァースに渡すと、その中身は高強度のサングラスだった。だが、どうやらヴァースは使わないらしく、ポーチに入れたままアサルトバッグの外側に設置してしまう。カインは気にすることもなくサングラスをかけたのだが、顔を覆う靄に呑まれた為に掛けているのかどうかも見えない。
「サニア、エレイン、今から話すことをよく聞きなさい。これは命に関わる事だ」
そう前置きをして片膝をついて目線を下げると、2人も事の重要性を察したのか顔つきが変わり、真剣な目でカインの靄に浮かぶ眼光を見返した。
というか、カインは自分より100以上も齢を越えたエレインすらも子供扱いしているのはどういった心境なのだろう。やはりどこか壊れているのかもしれない。
「なんらかによって戦闘が起きた場合、絶対に私やヴァースの前に出ない事。私たちの使う武器に触れない事。これは容易に命を奪うものであり、君たちも例外にはならないだろう」
「昨日、魔獣を倒した武器よりも強いんですよね?」
「そうだ。昨日は離れて見ていたからいいが、今後は近くに居ることになるだろう、あの時の音は覚えているな?」
「なにか、鉄を打つ音を間近で聞いたような大きな音でした」
「その何十倍も大きな音と共に私たちの武器は動く。人間なら数回で、場合によっては1回で死ぬほどの威力がある」
そこでだ、と付け加えて、カインは懐から射撃用の耳栓を2組取り出してそれぞれに持たせた。
カインも手に持ち、2人によく見えるよう掲げてみせる。
「私たちの武器は耳が痛くなる程の音が出る。だから、安全な場所以外ではこれを耳の穴に指しなさい。この蓋の部分を開いておけば声は聞こえるし、もし音で耳に痛みを感じたのなら、蓋を閉じればいくらかマシになる」
「耳に物を詰めて、声が聞こえるのですか?」
「その蓋を開けていれば。と言っても、普段よりは小さくなるが」
「不思議な物ですね……。えと、こうでよろしいのでしょうか」
「問題ない。サニアもつけなさい」
「わ、わかりました」
2人が耳栓をしたのを確認して、カインはアサルトバッグからやたらとゴツい双眼鏡を取り出した。
準備も済んだのでヴァースに声をかけようとしたが、離れた場所で煙草を吸っていたので放置し、先に双眼鏡を覗き込んで標的を探し始める。本来なら水平な位置の目標を探したいが、いかんせんここは元とはいえ町中だ、銃の調整ができるような距離の直線は存在しない。そのため丘の上から瓦礫までの距離を光学距離計付きの双眼鏡で計り、調整に都合の良い瓦礫を探しているのだ。
カインの持っているライフルと照準機の調整に最適な調整距離は100m。対してヴァースのショットガンは50m程度。これらの距離をとれる標的を探さねばならない。そのため、少しずつ丘を降りていた。
「これから何度か武器を使う。ついでに慣れておくといい」
「えっと、確か調整を行うとか」
「そうだ。これは……確か、おおよそ弓の数百から数千倍の威力があるが、調整をしないと簡単には命中しない、特に近く以外ではね」
1点式スリングでカインの胸元からぶら下がっているライフルを興味深そうに眺めるサニアはようやくこれが杖ではなく武器だと認識したらしく、注意された通り触れはしないが、間近で細かに観察している。
その様子もまたカインにとっては犬が臭いを嗅ぎに来たようにも見えるようで、何か手に持つとなんでもかんでも嗅ぎに来る姿を思い出していた。
「今朝は背負っていましたが、その紐はどうなっているんですか?」
「これは……ここで別れて、こちらにも繋がるようになっている。荷物を背負わない時は肩に掛けていればいいが、今後はそうもいかないからな」
1点、2点を切り替え可能なスリングを実際に切り替えて見せ、更にはワンポイントでライフルと繋がっている部分にあるサイドリリースバックルで切り離して「戦闘中はこうして自由に使える」と瓦礫に向けて構えて見せた。
カインの戦闘はその性質上、銃撃戦というよりは閉所かつ格闘戦の間合いが多い上に、とかくゲリラ的に動き回るために機動性と取り回しを要求されるのでスリングを付けたままの射撃を嫌うのもあるが、他にもいくつか理由があってあまりスリングを使いたがらない。そのため今朝も肩に掛けるだけで首には通さなかったのだ。
「魔獣の時といい、不思議な武器ですね……。こんなにも小さいのに」
「この世界にある魔術とやらはどうなんだい」
「そうですね。もしあの魔獣を倒そうとすると、森ごと焼けるようなものが必要です」
「とにかく火力、か」
「力は、ある種の正義ですからね」
それを聞いて、カインはある仮説を立てた。
おそらく、この世界において力学だのなんだのはほぼ浸透しておらず、力の扱いが素人の焚き火のそれなのだろう。沢山の薪をくべて大きな炎を出す、ただただ出力だけを増やす、だから威力も高い……と、その程度の研究しかされていないのではないか。
魔術というものがどんな原理で何をしているのかを見たことが無いカインは判断ができないが、それでも力の使い方が未熟であることだけは容易に想像できるモノで、これもまた文明の差なのかと思うしかない。
「悪ィ。待たせた」
「終わったか」
煙草を吸って戻ってきたヴァースは地下で渡された防弾防刃ベストを着ており、腹の辺りにはヴェープル12SP用の巨大なマガジンが3本、TACOと呼ばれるポーチに収められていた。ゴム紐を用いてマガジンを抑える形式のために大きなマガジンでも対応でき、抜く時は大きく開く事もできるために角度に制限が無く使い勝手が良く、やや窮屈に見えても問題なく扱えるのが利点だろう。左肩には無線機用のスピーカーマイクも付いている。
「そういや、KTR-08はどンな弾使ってンだ?」
「スチールケースにポリマーチップ、昔ながらの狩猟用だ」
「……なンでそれだけ普通の弾なンだよ」
「7.62x39ミリの肩身は狭いのさ」
カインの武器庫に存在する7.62x39mm弾はスチールケースのFMJかポリマーチップの2つしかなかったらしく、仕方なしにポリマーチップを選んだようだ。様々な種類の弾頭を要求される民間市場において7.62x39mmはその立場が微妙なモノで、反動の大きさや同口径にNATO弾があるという事実、他にも設計そのものへと不満などから他の口径と比べるとあまり種類が存在しない。事実、カインも軍用ラインの弾を横流しして貰っていたのが大半だっためFMJばかり倉庫にあり、ポリマーチップは既にあまり余裕が無いらしい。
「まあ、どうでもいい話だ。……用意しろ、調整を始める」
「おうよ」
丘の斜面でカインが手招くと、ヴァースはエレインに手伝って貰いつつ荷物を持って隣までやってきた。
アサルトバッグの1つを寝かせてその上にヴェープル12SPに装着されたライト付きフォアグリップを乗せ、マガジンを外してバッグの上に乗せたまま地面に伏せて構え、伏せ撃ちと呼ばれる姿勢を取っている。本来ならフォアグリップも外したいところだが、面倒なのでヴァースはそのままやることにしたようだ。
「先にこれで合わせろ」
「テメェ、ボアレーザーまで持ってきてやがったのか……」
ヴァースはトリガーの前にあるセーフボタンを右側面から押し込んでからボルトを後退させ、受け取った金色のシェルを廃莢口から装填し、ドットサイトを覗いてその位置を探し出して照準の差を確認するなりマイナスドライバーを使ってドットの位置を調整していた。
レーザーボアサイターは弾薬の形をしたレーザーポインターで、照準をおおよそ調整する際に使われるものだ。それなりの用意をしないと正確な調整はできずとも、照準の周囲に着弾させる程度にはできる。
「目標、方位0-1-0、距離50、標高差マイナス6。確認を」
「見つけた。……まァ、誤差レベルか。天辺の煉瓦から使っていいンだよな?」
「程度の誤差は出るが仕方ない。待ってろ」
再びドライバーで調整をしているヴァースの横でカインがサニアとエレインを呼び、自分の隣にいるように指示を出した。そうして2人が並んで座ったのを確認してから、ヴァースが構えているヴェープル12SPのガスブロックに付いたレギュレータを右へ45度捻り、側に置いてあった弾薬箱を開け白いケースのショットシェルを取り出して2人へ見せた。
「今から武器を実際に使う。2人は念の為に耳栓の蓋を閉じて、手で耳を塞いでくれ」
「そこまでですか?」
「念の為だ。平気そうなら自分の判断でやめていい」
「わかりました」
「き、緊張いたします……」
「……ヴァース」
「おう」
覚悟ができたのを見届け、ようやくカインがショットシェルを渡したようだ。
今か今かと待っていたヴァースは左手でボルトハンドルを引いてボアレーザーを抜き取り、開いたポートにシェルを半分だけ差し込んで手を止め、カインの指示を待っていた。
「装填」
「装填完了。いつでも」
「撃て」
ドッ───と、低く、低く唸るような雄叫びが一瞬だけ聞こえた。
何かが地面を叩いたような、それこそ魔獣が地を踏んだかのような体にまで響く低音は肌をほんの少し震わせたものの、耳ではなく胸を揺さぶられるような感覚にサニアとエレインは戸惑いながらに目を丸くし、眼下にあった壁の一部が吹き飛んでいることだけがかろうじて認識できていた。
セミオートのヴェープル12SPは廃莢をする事無く、ただ静かに佇んでいる。
「命中。50メートルで煉瓦に当たるなら充分だ」
「いや、思い切り動作不良してンじゃねえか」
「……してないが?」
「こいつァセミオートだろ? ボルトが動いてねえンだよ」
「ああ……仕様だ」
「意味ねェな!?」
不満そうなヴァースに溜息を吐きながら、カインはガスブロックに付いたレギュレータを左へ50度ほど回し、もう一度弾を渡して撃たせた。
今度は発砲と同時にシェルが吐き出され、再び瓦礫の一端を粉砕する。
「ガスプラグレギュレータを4面ホールのカスタム品にしてある。とりあえずはこのまま使え」
そのまま1発、2発と手動装填で撃ち続け、満足したのかヴァースがバッグから銃を下ろしてボルトを何度か前後させて後退位置で固定した。場所を渡すようにバッグの後ろから退き、隣に座り込んで今度は予備の照準機を調整している。
それを見て今度はカインが伏せってKTR-08を同じように構え、予め目星を付けていた目標へ照準機の中に捉えたまま、左手でストックを肩に固定し、セレクターを押し下げてから右手首の親指側にボルトハンドルを引っ掛けて後退させ、指で挟んでいた弾薬をポートから滑り込ませハンドルを解放してボルトを前進させ装填する。
2人の銃は操作や構造が似通っているが、装填の際に操作するボルトハンドルとセレクターにやや差がある。ヴァースのヴェープル12SPはハンドルを左右両方から操作できるのに対してカインのKTR-08は右側面にしかハンドルが存在せず、ヴェープル12SPはセレクタが存在せずセーフティ専用のボタンがあり安全状態ではボルトとトリガーの操作が制限されるが、KTR-08はセレクターと連動しないセーフティを別個に備えているため”セーフティを掛けたまま装填する”事が可能なのが大きな点だ。操作性が格段に改良される左右両面ハンドルについてカインは否定的であり、そのため過去によく使っていたKTR-08には装備していないらしい。
「以前使った時から動いていなければいいが……」
目標に照準を合わせてトリガーを絞ると、ヴェープル12SPとは違いパチンッと破裂音が響いた。
目標にしていた壁は砕ける事こそ無かったものの、表面は軽く抉れながら穴が空いている。特に調整が必要なかったのか、傍らに置いてある弾薬箱から次弾を取り出し、装填、発射、着弾痕確認と流れるように進めている。
5発も撃てばカインも満足したようで、ボルトを数回前後させた後グリップの左側面にあるセーフティを掛け、今度はハンドガード下に装着されているSIX12に手を伸ばした。
各パーツがユニット化された回転式弾倉散弾銃のSIX12を、アンダーマウント用のフラットなホリゾンタルグリップではなく垂直に立ったバーティカルグリップと10.5inchバレルを組み合わせる事により、構造上の相性で非推奨とされるAKフレームとのセッティングをレール前方にセットして無理矢理に行っているのだ。
AKフレームは基本的にマガジンを着脱する際に前方に捻る必要があるため、マガジンより前に何かを装着するにはサイズ等の制限を受けやすい。が、それを考えられていないSIX12を装着するために重心が前へ傾くのを承知の上で合わせたようだ。
「近寄らない方が良いぞ」
SIX12のグリップ根元にあるリリースレバーを操作し、シリンダーを外して6発有る内の3発を抜き取り、白いケースのショットシェルに入れ替えて装着した。
そのまま立ち上がって丘を降りていくと、目当ての距離に来たのかKTR-08を僅かに低く構えてACOGの上に乗ったドットサイトを覗き込み、SIX12のトリガーを引き絞る。
ドパン、ドパンと何度も音が辺りに響き渡り、その度に標的になったであろう瓦礫が形を変えていく。
そうして数発。突然、発砲音が変わると共にカインは丘を登って帰ってきた。
「フルばかり使っていると、ハーフの拡散率が気になってしまうな」
「チョークの話か?」
「ああ。即死は15、20メートル程度が限度だろう」
カインはいつの間にか手にSIX12のシリンダーを持っており、中身は空になっていた。どうやら道中で捨ててきたようだ。
そのまま弾薬箱から緑色のショットシェルを取って6発分差し込み、SIX12のシリンダーをセットしてトリガーの真上に付いたセーフティを掛け、KTR-08をワンポイントスリングと接続して胸から吊り下げた。
「街中は軽度警戒、それ以外は全域を中度警戒地域に指定する」
「まあそンなもンだろ」
「ああ。……全武器装弾状態へ。安全状態確認」
掛け声と同時におっさん2人が腰の右側にあるホルスターからそれぞれMP-443を抜き、眼前へ持ち上げてからマガジンを抜いて横の確認用窓から残弾を確認する。
ヴァースはマガジンを抜いたまま銃口を下に向けたローポジションでスライドの後部を順手で引いてロックし、手に持っていた追加の1発を薬室に直接押し込み、スライドストップを押し下げてスライドを解放、装填、マガジンを挿し直す。
カインは確認と共にマガジンを挿し、銃口を空に向けたままスライド後部を逆手で持って半分だけ引いて右手の人差し指で押さえ、同じく追加の1発を差し込みスライドを離して装填した。
そのまま2人はスライドを半分だけ引いて装弾を確認し、スライド後部とマガジンを叩いて最終確認を行い、ヴァースはセーフティを掛け、カインはハンマーを押さえながらトリガーを引いて寝かせる。
「あの、カイン? 2人でなにを……?」
「武器の用意だ。弓に矢をつがえるようなもの……と言うべきか」
「矢を……。戦闘準備にしては、少し過剰なような」
「私には何処が過剰かはわからないが」
MP-443をホルスターに収めたカインは同じようにKTR-08の銃口を空へ向けて、丘のふもとに見える黒い染みを眺めていた。
魔獣から流れ出た血が地面に付着し、それが酸化してできた恐怖を煽るような光景にも思えるそれは、ここが”危険だ”と判断するには充分に見えてしまう。
「た、確かにああいった例外はありましたが、普段は平穏な場所ですっ」
「普段がどうかは知らない。知らないからこそ、私は己の経験で測るしかない」
自分で見聞きしたモノに重きを置くカインの思考では、如何にここが呑気な場所だったとしても自分にとっては危険地帯そのものであり、戦闘に備えるべきに相応しいだろう。なにより、この地域だけでなく他の全てを知らないのだから。
カインはポケットに挿していただけのマガジンを左手で取り、銃口を空に向けたままKTR-08の左側面が見えるよう右手を返してマガジンを装着、今度は右側面が見えるよう右手を返し、フレームから突き出たボルトハンドルを左手で引ききって装填してグリップの親指にあるサムセーフティを掛けて銃を下ろしたものの、スリングに重量こそ預けてはいても右手はグリップをしっかりと握っており、即座に構えられる状態で保持していた。
「装填完了。ヴァース」
「こっちもだ」
「よし。ようやくだが、これで全ての準備が終わった」
やっと出発だ。
そう言おうとしたカインを遮って、ヴァースが何かを思い出したように声を上げた。
折角のタイミングを邪魔された3人が抗議の視線で見つめると、困ったように頭を掻いて苦笑いを浮かべているモノで、責めることもできず溜息を吐くばかりだ。
「で。どうした」
「ここって、紙巻き煙草置いてねェか?」
「……誰かの私物があったはずだ。サニア、エレイン、あいつのシワか白髪の数でも数えて教えてやれ」
「やめろ!?」
やれやれといった様子でカインは弾薬箱を持って正門を潜ってキッチンへ向かい、弾薬箱をテーブルに置いて確かこの辺りにあったよなと天上付近の棚を漁り始めると、目当てのモノはあったようで腕のように長く細くパッケージングされた箱を持って裏口へ向かう。そのまま裏口の鍵を閉め、正門から出て古臭い錠前を掛けた。
「俺を含め非喫煙者と子供の傍では吸うな。どうしてもと言うのなら死ぬ覚悟をして離れてからにしろ」
「っと。サンキュな」
ヴァースは投げ渡されたカートンと呼ばれる細長いパッケージを半分に切り分け、自分のアサルトバッグの隙間に詰め込んで背負い、カインもアサルトバッグを渡されるなりすぐに背負う。
2人は自分の装備した各種マガジンや他の武器類へ手が届き、かつ容易に取り出す事ができるかを今一度確認した後、カインが1発の弾をヴァースへ渡した。
見るに、.357magのJHPだ。
「慈悲の1発だ。死ぬ方がマシだと思ったなら使え」
「ンなもンいらねえよ。何があろうが俺ァ戦うぜ」
「なら、お前を始末する時に使おう」
弾をキャソックの中に戻したカインが一息吐くと、3人はいよいよかといった表情に変わった。
1ヶ月前に召喚されたヴァースにとっても、昨日召喚されたカインも、これより向かう全てが未知の場所だろう。彼らは探検家ではないし、冒険者でもなく、少し探せば現地の情報が手に入る現代からやってきたピークを終えているおっさんで、様々な経験こそあれど体も精神も人の域を出やしない。充分な装備も無し、信頼できる支援も無し。しかしそんな状況だからこそなのか、あるいは男に生まれた性なのか、知性を持つ種族が故の業か、2人はほんの少しだけ年甲斐も無く浮かれていた。
未知に踏み込む程の恐怖はない。されど未知を進む程の誉れもない。西部開拓時代の人々もこんな思いだったのだろうか。
ヴァースは誰かが書いた本を守るのではなく、カインは誰かが書いた本を変えるのではなく、2人はこれからまっさらな本へインクを落としていくのだと思うだけで、不思議と口元が緩んでしまう。
「こういった時、気の利いた掛け声は思いつかないが……ようやくだ。行くとしよう」
「はい。カイン様」
「キメようとする方がこっぱずかしいぜ」
「似合いませんね」
「知っている」
出鼻を挫かれた思いをしながらも、1歩目を踏み出したカインに続いて3人も歩き始めた。
こうして、勇者暗殺による戦争回避を掲げた不穏な旅が始まったのだ。
カオナシ
自称:カイン
本名:???
種族:人
職業:無職
特技:キャベツの千切り(料理が上手いわけではない)・スキニング
特殊技能:無顔の呪い(被害者)
サニア・ルルイラフ
種族:ハーフエルフ
職業:冒険者
特技:火起こし
特殊技能:神託
エレイン・カーボネック
種族:エルフ
職業:弓の教官→神官
特技:裁縫・交渉(笑顔ごり押し)
技能:神聖魔術・弓
ヴァーテル・スレイム
種族:人
職業:刑事
特技:錆落とし
特殊技能:刑事の勘
KTR-08
AKを素体にサイガのレシーバーを使って合衆国のメーカーが組み上げたフルカスタムコンプリートモデル。
信頼性をそのままに拡張性や使い勝手を引き上げた物。
外装を素のまま使うカインにしては珍しく、非常事態ということでゴテゴテと多量のMODを装着してサプレッサーまで付けている上に中も外もはカスタムパーツがモリモリでSIX12を無理矢理アンダーマウントされているためハイパーフロントヘビー。弾無しで計5kgオーバーがグリップより前にある。スリング必至。非常事態だから……(震え声)
弾は7.62x39mm
SIX12
リボルバー構造のユニット式ブルパップショットガン。
10.5inchバレルにバーティカルグリップを使用することでフォアグリップ変わりにしている。
本来AKにつけるものではないし想定もされてない。非常事態だから(ry
弾は3inchまでの12ga(12x70を使用)
ヴェープル12SP VPO-205-00
サイガの従兄弟に当たるAKフレームのセミオートショットガン。サイガとはマガジンの着脱が違ったりボルトがホールドオープンできたりする。サイガのマガジンを一方的に使える。
サイガほど口径バリエーションが無く、残念がらカインの要求を満たす7.62x39mmモデルは無かった。統一させろ。
ショットガンモデルは過去に使用経験が有るため、その際に使い勝手を考えて各部へカスタムパーツを組み込んである。追加でサプレッサーが装着された。
弾は12x70
MP-443
強装弾に対応したピストル。
衣服の下に収める事を想定された作りになっているが、秘匿目的の構造ではない。
強度面からフルスチールの国内向けモデルが選ばれた。