INSECURITY 2-3
2-3,2-4が装備回の予定だった。
だったんですよ。
2-5もなりそう。
それから少し。
エレインもいい加減立ち直ったようで、今は4人揃って教会のキッチンに居た。馭者達は後で食事にするらしい。
慣れた様子で戸棚を漁る2人の姿は完全に独身暮らしのおっさんそのものなのだが、実際カインはおっさんでヴァースもおっさんだ、なんら間違ってはいない。
「結構あるンだな」
「信者共が間食だの夜食だのと、適当に理由を付けては勝手に持ち込んでいたのを覚えてる」
そうして出てきたのは缶詰の数々で、品目はかなりばらけているものの、数としてはかなりの量があった。
カインは持ち込むこと自体は禁じていなかったが、期限にはうるさかったので並びはきちんと日付の近い順にされていた……のはいいとして、問題はその日付だ。はたして、世界間にどの程度時間のずれがあるのか。そればかりは誰にもわからない。
「期限は問題無いと思いたいな……」
「ま、死にゃしねェだろ」
「……。ストーブはあるが、さて。どう温めたモノか」
同じく棚から出てきたのは、キャンプでよく使われる小さなボンベ式の簡易コンロだ。
せっかく食事をするのなら、缶詰と言えども暖かい物が食べたい。おっさんでなくとも思うことだろう。
しかし、調理器具一式は揃っていても、水道も電気もガスも通っているか不明だ。冷静に考えれば存在するわけがない。
水は水道水が飲食には適さないために買い置きやサーバーがあるが、あまり浪費はしたくないとは言っても、おっさん2人からすれば今は非常時中の非常時にに該当するわけで。
可能な限り効率的に……。
「……缶詰は湯煎して、肉は煮るか」
「だな」
考えるのが面倒になったのか、2人は煮込むことにした。
電子レンジが使えない以上、手っ取り早く確実な方法だ。
「ヴァース、肉を頼む。ナイフに植物油を付けてやれよ。俺は缶と鍋をやっておく」
「なンで油なンざ」
「水の供給がわからない今、どうやってナイフを洗うつもりだ」
「あー……そうか。ンじゃあ俺は肉を貰ってくるぜ」
キッチンのナイフスタンドに刺さっていた中から一番大降りのナイフを抜き、ヴァースは渡されたオイルボトルを受け取って部屋を出ていった。
カインは棚から手頃な鍋を取り出し、調理台に並べられた缶詰の横に置いて銘柄を眺めている。煮物や発酵物、米やらソテーやらとカイン達の居た世界で一般的に売られている物ばかりで、サイズが1食分近くあるという以外特別珍しい物はない。よく見れば桃やオレンジなどのフルーツもあった。
「あっ、あの、それはなんなのですか?」
「それ? ……ああ、缶詰か。鉄の一種でできた容器で、私の居た世界では主に食品を密閉して長期間保存ができるようにしたり、話では小さな武器や道具もそうしていたことがあるらしい」
カインは缶詰の歴史なんてものを調べた事がないので、その辺りはあまり定かではない。
いつからか缶を開けるためのプルタブも生まれたものの、一説では缶切りが発明されたのは缶詰が生まれた大分後だったとかなんとか。
「こんなに色鮮やかな鉄ですか……」
「表面のはラベルで……まあ、いいか」
「カイン様、わたくしにお手伝いできることはっ」
「エレイン、待機」
「はいっ」
もはや顔を会わせることなく待っているように命じたカインと、それに従って微笑みながら端で立っているエレインを見て、この旅は失敗するのではと今更ながらに危機感を抱くサニアだった。
6個ほどの缶詰をカインが選び、今度は引き出しから小さなタオルを、棚からは瓶を1本取り出した。
タオルを手の平ほどの大きさに畳み、慣れた様子で瓶の中の液体を軽くまぶして缶詰を拭いている。ラベルを見ると、瓶に入っていたのは極端にアルコール度数の強い酒だ。
「気休めだが、やらないよりは、か」
1つを拭き終えて調理台に置き、今度は鍋を持って部屋の隅にあるウォーターサーバーから水をくみ、7割ほどの水が溜まるや否やコンロに置いてノブを回してみた。
カチカチと火花が散ると、カインの予想とは裏腹に火がついたのだ。一瞬ビクリと肩が動いたのがその証明とも言える。
すぐにノブを反対に回して火を消し、気になったことを確認するために部屋を出ようとしてピタリと足を止めた。と思えば、今度は急に帰ってくる。
「サニ……いや、エレイン。こっちに」
「どうかいたしましたか?」
「これを布にまぶして、缶詰の表面を拭いてほしい。拭き終わった物は……」
先程拭き終えて置いてあった缶詰を手に取り、未だ酒が揮発していないのを確かめた。
いくら直飲み厳禁レベルの酒であっても、この短時間では乾かなかったようだ。
「終わった物は置いておいてくれ。あと、間違っても口にしないように」
「お任せください」
「サニアは私と来てくれ」
「わかりました!」
一度は名を呼ばれて今か今かと待っていたサニアは元気良く返事を返し、カインはかつて町民の1人が飼っていた大型犬が飛びかかってきたのを思い出して気圧されてしまう。
どうしてかはわからないが、カインという男はサニアとエレインを犬かなにかの様に見ている節がある。というよりも、そもそもこの男にとって"警戒するに値せず"、"害するに値せず"といった相手は言葉の通じる動物程度の認識なのだろう。今まで、それでどれだけの女性から夜道を狙われたかすらもどうでもいいようだが。
2人は部屋を出て廊下と聖堂を通り、開け放たれている正門から昨日とは反対側の壁沿いに歩き始めた。丁度昨日は死角になっていた壁面にはカインの想定通りの物が鎖でまとめられ、不自然に教会から離れた位置には現代で使うことの無かった井戸がぽつんと鎮座していた。
竪井戸と呼ばれる垂直に穴を掘っただけの井戸には、滑車を介して容器がザイルに結ばれ、滑車の周りにくくりつけられている。
「…………管理を丸投げしていたから、気がつかなかったな」
ポリポリと首筋を掻きながら、カインが井戸へと歩み寄る。キャソックの内側から手に収まるサイズのフラッシュライトを取り出し、レンズを手で隠して試しに点灯させてみればバッテリーの有無がわかった。どうやら武器だけでなく、電子機器もそのまま持ち込んでいるらしい。
「カイン、あれは?」
「水くみ場。使えるかどうかはわからないが……。あと、壁際で鎖に巻かれてるのには触れるな。死ぬぞ」
そう言って脅したのは戸建住宅によくあるガスボンベだ。いつ頃交換したのかも、いつ補充されたのかもわからないが、とりあえず教会でガスが使えることだけは納得がいった。
そもそもこの教会はどこかの宗教組織が建てたものではなく、ましてやカインが建造するよう頼んだものでもなく、眼下で瓦礫と化した町と同時に町民達が勝手に建てたものなのだ。
かつてこの丘の端に墓場だけがあった頃、その横に墓守の為の小屋があった。それこそカインの潜伏地であり、この町の始まりでもある。
カインは権力を盾に悪事を働く者を裁くことを目的にしていたが、模倣犯や民衆の暴動、その他二次的犯罪を防ぐために、その思想、理念、要求を世に公表することはなく、本人にのみ殺害予告と理由、そして″法の裁きを受けろ″という要求を明かしていた。しかし、それでおとなしくお縄につくようなら、そもそもカインに狙われるほどの悪事に手を染めるはずがない。多くの者は笑い飛ばし、殺されていったのだ。
それが何度も続けば情報は仲間内で共有され、策を弄し、人を巻き込んで膨らんでいく。いつしか関係者間での暗黙の了解としてカインの存在は恐れられ、そうなれば当然報復を受けるものである。社会的に見てしまえばただの大量殺人犯。それも顔の皮を剥ぐという猟奇的かつ凶悪なものであり、証拠なんて物は彼らの得意とする改竄や捏造で、法の舞台で抹殺ができたのだ。
……力を持つ者に、カインの思想に賛同する者さえ居なければ。
どこからか漏れた情報によってカインの思想は権力者達に伝わり、私腹を肥やす者は逃げるか戦うか、腐敗の断罪を望む者はカインという象徴を掲げ、果てには国境を越えて″司法と呼ばれる正義″と″社会が望んだ正義″とが影で対立するにまで至った。
そこから先はあっというまに協力者が集い、掲げた象徴を守るために、あるいは悪を討つために、カインの活動を支援するための組織すらできあがってしまった。それがこの町だったのだ。
故に彼らはカインを正義の権化として崇めていた。彼は神罰の代行者であり、我らは聖ある者の信徒であると強く結束するために。
それこそが、この教会が建てられた理由である。
「水脈はあるのか……?」
カインが井戸の底をライトで照らすと、やや深いようにも感じるが水の反射が見えた。
どの程度水があるかはわからずとも、とりあえずは使えるだろうというだけで心の余裕は違うもので、今度は教会の屋根を見上げていた。
「なにを探して?」
「ここの設備の確認を」
屋根に見えた光沢のある黒い部分は横並びに続いており、ソレがお目当ての物だと確信するまで時間はかからなかった。
太陽光発電用のパネルだ。そもそもこの教会は、半分はカインの拠点を目的として建てられたのだが、いかんせんカインは自分の家を別に建てられていたのでそちらに住んでいたし、拠点としては地下室しか使っていなかった。
さらに地下室以外の設計は町の人々がやってしまった上、そもそも使わないのでこの教会になにがどうあるのかは知識としてしか知らないでいるが、どうせ作るなら徹底的にとなったらしく太陽光発電と予備の発電器、近場に井戸、多岐に渡る地下室の他にも様々な工夫が凝らされ、いったいどれだけの金が動いたのか想像もしたくない規模になった。他にも有事の際には籠城も前提とされ、災害時にも避難所として使える設計らしい事だけは覚えていた。
「確か、バッテリーは事務室だったか」
カインはこの教会で使われている電気は全て賄える程度には発電できているとかなんとか聞いた覚えがあったが、そもそも教会という形式上窓が非常に多く、その配置は採光を考えられたものになっているので陽が出ている間は電灯が必要無いほどに明るい。
かといって夜間は神罰を執り行う日こそ信者達が集っているものの、それ以外はもっぱら祭事で使われるばかりで普段は誰もおらず、それこそ電気は家具くらいにしか使っていない。つまるに、余る。とにかく余る。それによっての収益がどうたらと言われた覚えがカインにはあったのだが、そもさん丸投げしていたので、問題ないなら構わないと放棄していた。
2人が正門の方へ回り込むと、香草に包まれた肉を抱えてヴァースが帰ってきていた。なにをしていたのかと訊かれたので「電気とガスが生きていたのを確認した」と伝えた瞬間、その顔は年甲斐もなくはしゃいだものに一変した。
同時に、カインの中でヴァースの判定も犬になった。
「こうなりゃあ缶詰はレンチン祭りだな!」
「独身おっさん特有の電子レンジの過大評価はやめろ」
「ンだよ。実際便利じゃねえか」
「間違えて解凍モードにしてしまえ」
「……え? スレイムさんは独身だったんですか!?」
ヴァースの意外? な事実に、思わずサニアが食いついてしまう。
カインのような不可思議な人間とやっていけるだけの社交性があり、治安維持組織に長く勤め、男前な面構え。これで独身というのは些か信じがたい。
しかし、どうにもこの意外性は今に始まったことではないようで、カインは何度目かもわからないほどに聞き覚えがあった。
「おうよ。俺もコイツも婚歴無しの独身だぜ」
「カインも婚歴無し? なら、マリーという方は」
「拾い子だ。……この世界でも、子は結婚してからという風習なのか」
「基本的にはそうですね。特別、なにか制度があるわけではありませんが」
「そう……か。先に行っててくれ。缶詰は湯煎しろ」
そう言ってカインが途中の部屋に消え、サニアとヴァースがキッチンに戻ると、下準備として缶詰を拭かせていたエレインは戸棚を眺めて腹の辺りを抑えていた。どうにも待ちきれない……といった様子なのか、あるいは容器に差が有りすぎてどれが食品なのかの見分けもつかず、食欲を刺激されたのか。どちらにせよ早急に支度をした方が良いのは伝わってしまう。
「なンか気になンのか?」
「へぁっ!? あっ、いっ、違います! これは、えっと!」
「あー、いいっていいって。俺もこっち来た時は同じようなもンだった。なにもかもが見たことねえもンばっかだしな」
恥ずかしさにエレインが縮こまると、1人足りない事に気がついた。ヴァースに訪ねれば曖昧な返事しか帰ってこず、サニアに訪ねれば何処かに立ち寄ったとのこと。そも外見が突出して怪しいので不信感も膨らむものだが、それは不敬だろうと考えを切り替える。身も心も捧げたのだ、全幅の信頼をしなければ……と、己へ言い聞かせるように。
「お嬢ちゃンは肉を一口大に切ってくれるか?」
「わかりました」
「で、えェと……つか、なンで酒が置いてあンだ」
「カイン様がそれで、この鉄の容器を拭くようにと頼まれまして」
「みみっちィな、あいつは。別に死にゃしねえっつのに」
ぶつぶつと文句を言いながらも、置いてあった缶詰のラベルを剥がして鍋へ放り込んでしまう。
水は缶詰が浸るほどに入っており、コンロのノブを回したヴァースは火がついたことに喜んでいた。そのまま、鍋の底に火が当たらない程度の弱火する。
どうにもヴァースはこちらに来て火に苦労したらしい。安定した火力がどうたらとか、焚き火は苦手だとか、色々思うところがあるようだ。
「あとは暖まるまで待って、缶を出して肉ぶっ込ンで味調えたら終わりだ」
「お、大ざっぱなのですね……」
「道具も無え野郎の野営なンざこンなもンだ。肉は焼くか煮るかすりゃ食える」
「ヴァース、ついて来い。話がある」
「ンあ? ……平気だよな、たぶン」
キッチンの入り口に現れたカインに呼ばれ、渋々といった様子でヴァースは続くことにした。コンロの火加減を見てそう簡単に吹き零れないと判断して、そのままおっさん2人は部屋を出て行く。
向かった先は昨日サニアと入った泣き部屋だ。そのまま中央のテーブルをどかし、カーペットも引き剥がしてしまう。そうして出てきたのは昨日となにも変わらない鉄の扉だ。慣れた様子でカインが鍵を差し込み、飛び出たレバーを引いて開け放つ。
「ンなとこがあったのか」
「一応、極秘の場所だ」
縁に手をかけてカインが飛び降りると、暗闇に包まれていた地下室に灯りがついた。それでようやく見えたが、地下室の角、その天井にこのハッチがあったらしく、壁際には垂直に梯子がかけられている。
足下が見えたヴァースも飛び降りて、あまりの光景に驚くどころか、怒ればいいのか呆れればいいのかわからず難しい顔をしている。
広大な地下室にはスチール製の棚がずらりと並んでおり、その全てに様々な銃が掛けられていたのだ。部屋の隅には木箱に入って粗悪な銃が積まれていたりと、どう見ても個人規模の武器庫でないことだけは確かと言える。
感想を聞くまでもなくカインは歩きだし、目当ての棚があったのか拳銃を1つとって動作を確かめ始めた。どうやら銃身が極端に短いリボルバータイプの拳銃だ。シリンダーを取り出してエジェクトロッドを押し込み、シリンダーを戻してハンマーを起こし、抑えながらトリガーを引いてデコック。ざっと一通りの動作を確認して、それをヴァースに手渡した。
「最後の手段に使え」
「コブラたァまた古いもンを。弾はどこだ」
ヴァースは受け取ったリボルバー───コブラを尻側のポケットに指してしまい込んだ。
ベルトに付けられたホルスターには別の拳銃が納められている辺り、彼も自前で1つ持っていたようだ。
「後で渡す。主要武器はライフルとショットガンのどちらにする」
「お前がライフルもってンだから、俺はショットガンで」
カインの背負っているライフルを軽く叩くと、そうだなと鼻で笑っていた。
「……なら、あれが良いかもな」
2列隣の棚へ移動し、形の違ういくつもの銃の中から1つを選んだ。どうにも奇妙な形をしているが、その銃は少なからず狩猟用のものではなく、明らかに軍警察用途で作られたであろう事が想像できる。
2本のチューブマガジンを備え、ストックに内蔵された機関部を持ち、取って付けたように延長されたバレルはヒートカバーで覆われている、KSG-25という異質なものだった。
その選択にヴァースは納得がいかないのか、またしてもしかめっ面を隠せないでいる。
「今更テメエの違法所持は問わねえけどよ、なンでこれなンだ」
「交戦距離や対象が読めない環境で、かつ補給もままならない。なら、SGとFSDSが即時切り替え可能であり、かつ外部からの異物混入が少ないモノをだな」
「そりゃわかるが、だったらM500の方が使い慣れてるぜ。俺ァこンなのは使ったことがねえ」
「経験が無いのは致命的か……。慣熟訓練を行う余裕が無い以上、操作感の似ているモノ……。AKフレームはどうだ」
「お? それなら訓練経験あンな」
「なら……」
右隣の棚に移り、同じ様な形の銃を1つずつ見て選び始めた。
今カインが背負っているKTR-08と似ている外観の銃ばかりだが、どうにもその銃身は異常に太く、指が入ってしまいそうなほど。それもそのはず、機関部の設計こそ同じ系列ではあるが使用する口径は全く異なるもので、KTR-08は7.62x39mmライフル弾を使用するが、ここに並んでいるのはショットガンと呼ばれるもの。12Gという別規格の散弾を用いるのだ。
ようやく選び終えたのか、カインは1つを棚から掴み取る。
「ヴェープル12SP、バレルは430ミリスムースボアのフルチョークにマズルブレーキを付けてある。サイガと双璧を成すセミオートでありながら、内部機構はAKのソレと言っていい。マグウェルを標準装備し、伴って装着方法をローティングフックからバックレバーによる垂直着脱にすることで確実性を上げ、グリップ左側にはマグリリース用のエクステンドロッドも装備、セレクターは無いがセーフボタンに置き換え、ボルトハンドルは両面仕様、トリガー後部にはボルトリリースを備えオープンロックも可能。グリップはフィンガーチャンネル付きに変更し、ストックはARバッファーだが折り畳みアダプターを咬ませて自由度を上げ、収納付きストックに差し替えてある。中身はクリーニングキットだ。他にも内部に色々手を加えてあるが……まあ、撃つには関係のない話だ」
長々と説明をしながらヴェープル12SPを手渡し、棚に掛けられていた籠からマガジンを5つ取り出してこれも渡す。両手が一杯になってしまったのを見てか、カインは部屋の隅にあるワークベンチに置いてくるよう指し示した。
壁沿いに並ぶワークスペースに揃って向かい、おっさん2人は装備していた全ての銃をテーブルの上に並べ始める。ボルトハンドルが圧迫されないよう、カインはそっとKTR-08とヴェープル12SPを立て掛けるように置き直したが。
「口径がバラバラだな」
「揃っているのは.357マグと12ゲージだけか。7.62ミリは仕方ないが……」
「ピストルは22口径と45口径なァ。せめてこっちは揃えようや」
危惧しているのは弾薬の共有だ。本来なら車やらなにやらを使って行える物資運搬ができない以上、この先持っていけるのは4人が協力して持ち運べる分だけになる。
ヴァースは警察の関係で、カインは過去の経歴から、2人とも軍での訓練経験があるものの、それはあくまで戦闘訓練が主であって大規模な物資を背負っての長距離行軍は未経験だ。大人1人分と変わらない重さの荷物を背負っての戦闘行為はとてもじゃないが厳しいし、できる限り荷物は減らさねばならない、場合によっては弾薬とメンテナンスキット、それと予備の部品や食料だけを持って行くこともありうるだろう。
そうなれば、極力道具は融通の利くものが良い。弾薬は共有できる物を、可能ならマガジンすらも共有できた方が良い。しかし、そうなると今度は武器の種類が限られてしまう。野獣に襲われる危険すら有る環境でライフルのみというのは頂けず、敵はそれだけとは限らない。盗賊の類だって居るだろう。閉所で撃つ事もあれば、場合によっては主要武器が使えなくなることもある。そうしたら必ずもう1つの手段が必要なのだ。それも片手でも容易に扱える規模の物で。
「俺ァ断然45口径を推すぜ。お前は」
「………………」
「おいおい、まさかこの状況で22口径を使おうってンじゃねえだろうな?」
「いや……いっそピストルも7ミリに」
「PLRみてェな法的ピストルとか言い出したらはったおすぞ」
「………………」
図星を突かれたのか黙り込んでしまったカインを肘でつつき、折り畳み式の椅子を広げてヴァースは座り込んだ。
種類豊富なこの武器庫であっても、7.62mmを扱える半自動拳銃は置いていない。あったとしても、それは法的な分類がピストルなだけで、ハンドガンとはまた少し異なるものだ。そうなるとどうしても弾薬の共存はできず、拳銃弾を別に選定する必要がある。
カインが主だって使う22口径は入門用や訓練用、または射的用として広く親しまれているものの、対人戦闘用としては圧倒的なまでに火力不足であり、対人用途ではもっぱら戦闘用ではなく暗殺用として使われることが多い。
対してヴァースが使う45口径は比べて格段に弾頭が大きく、またその火力は対人戦闘用として多く推奨される弾薬だ。無論、弾薬も大きくなるため同数の運搬では重量も大きく異なり、同体積での総量も全く違う。
「9ミリはどうだ」
「パワーがなァ……。どうにも信用ならねえ」
ピストルの代名詞とも言える9mm弾だが、こちらは45口径と比べて弾頭が小さいために威力が劣り、それでは興奮状態にある敵を行動不能にできないと言われて長年論争が続いているのだ。それこそ、某国で続く「きのこたけのこ戦争」のように。
そもそも、9mmでも45口径でも当てるべき場所に当てれば充分な火力があり、そうするために高度射撃訓練があるものであるが、それが映画やドラマの様に簡単にはいかないからこそ、急所を外しても効果が高い物をと言われている。どちらもさほど変わらんという説もあるのだが。
「少なくとも、45口径を多量に持ち込む余裕は無いぞ。……ピストルは後で決めよう、そろそろ鍋が煮える」
「もうそンな時間か」
カインはKTRを、ヴァースは自前の拳銃を取って戻ることにした。
梯子を登って再びハッチを閉じて施錠をするのを見て「みみっちィな」とヴァースがぼやいていたが、他人が入れば危険な事この上なく、そもそも部屋の中央に穴があるのだから転落する場合もある。そういった辺りはカインの方がしっかりしているらしい。
「正直、補給や整備の面で言えば現地の武器が好ましいが、口径さえ気にしなければ弾薬はかなりの量がある」
「ほーォ。どンくれえだ」
「密売用に確保していた在庫を含めて数万はあるが……持っていけるのは俺とお前とで700程度だろう」
「一部は聞かなかったことにして、野営具を抜きゃもうちっといけンじゃねえか?」
「……テントも寝袋も無しで行くのか」
「この世界にゃそンなもンがねえのに、冒険者ってなァそろいも揃って野宿してやがる。いけるだろ」
カインは一夜しか、それもこの教会で過ごしただけだ。この世界の夜間がどういった気候なのか、そもそも季節があるのか、そういった事はまるでわからない。そのために野営具を持って行くことを考えていたのだが、言われてみれば確かにと納得させられていた。
ある1つの懸念を除いては。
「……しかし、俺たちの体で耐えられるか?」
そう、自分たちがそれで平気かはわからない。
きちんと鍛えているだけあって2人とも現役のように動けてはいるが、それでも若い人に比べれば体力は見劣りするし、免疫系だってどうかはわからない。
今でさえ慣れない荷馬車で尻が疼いているというのに、それで体が保つのだろうか。
「それでギブアップすンなら、あの子を助けるどころじゃねえだろうが」
「そうでは……あるが」
「しっかりしろよ。テメェの娘取られちまうぜ」
「……ああ。だが、どうしてそこまで前向きに協力する?」
2人がキッチンに戻ってくると、ふつふつと小さく泡立てている鍋と切り終えた肉が目に入った。
エレインとサニアは帰ってきた2人を見て「おかえりなさい」と声を掛け、おっさんたちは思わず見合わせた後、少しばかり慣れない様子で返事をしたのだった。
「あの子は犯罪者の娘である前に1人の市民だ。なら、そいつが拉致られたってンなら助けるのが警察だろうがよ」
「────……。本当に、お前は生まれる時代を間違えたな」
壁に掛けてあったトングを使ってカインが缶を鍋から取り出し、その間にヴァースは切り分けられた肉を軽く水洗いして空いた鍋に放り込んだ。
その後は2人が互いに指示を出すこともなくあっという間に進み、6種類の缶詰から出された品々と、ヴァースが有り合わせの調味料と香草で作ったスープが完成していた。ヴァースの場合食えればいいの1点に尽きる料理のため見た目はやや酷いのだが、どうしてか味は良いためにあまり不満を言う人がいないのが特徴だ。対してカインは料理ができないことはないし手さばきも中々なのだが、どうしてか味は感想が出てこないほどに普通になる。美味くもなく不味くもなく、かといって不満は出ず、しかし言葉にできない物足りなさ。2人共ある種の才能なのだろう。
エレインとサニアは缶詰に料理が入っていること自体が不思議だったらしく、さらには自分たちの知らない料理ということもあって率先して食し、逆におっさん2人は食べ飽きつつある肉を感想もなく食べていた。
カオナシ
自称:カイン
本名:???
種族:人
職業:無職
特技:キャベツの千切り(料理が上手いわけではない)・スキニング
特殊技能:無顔の呪い(被害者)
サニア・ルルイラフ
種族:ハーフエルフ
職業:冒険者
特技:火起こし
特殊技能:神託
エレイン・カーボネック
種族:エルフ
職業:弓の教官→神官
特技:裁縫・交渉(笑顔ごり押し)
技能:神聖魔術・弓
ヴァーテル・スレイム
種族:人
職業:刑事
特技:錆落とし
特殊技能:刑事の勘
コブラ
ハンティングや護身用としてヒットしたマグナムリボルバーの一つ。
2017年にリニューアルしたが、2人が使用しているのは古い方の2.5inchモデル。
弾は.357Mag
KTR-08
AKを素体にサイガのレシーバーを使って合衆国のメーカーが組み上げたフルカスタムモデル。
信頼性をそのままに拡張性や使い勝手を引き上げた物。
外装を素のまま使うカインにしては珍しく、非常事態ということでゴテゴテと多量のMODを装着している上に内部はカスタムパーツがモリモリでSIX12を無理矢理アンダーマウントされているためハイパーフロントヘビー。弾無しで計5kgオーバーがグリップより前にある。スリング必至。非常事態だから……(震え声)
弾は7.62x39mm
SIX12
リボルバー構造のユニット式ブルパップショットガン。
10.5inchバレルにバーティカルグリップを使用することでフォアグリップ変わりにしている。
本来AKにつけるものではないし想定もされてない。非常事態だから(ry
弾は3inchまでの12ga(12x70を使用)
ヴェープル12SP VPO-205-00
サイガの従兄弟に当たるAKフレームのセミオートショットガン。サイガとはマガジンの着脱が違ったりボルトがホールドオープンできたりする。サイガのマガジンを一方的に使える。
サイガほど口径バリエーションが無く、残念がらカインの要求を満たす7.62x39mmモデルは無かった。統一させろ。
ショットガンモデルは過去に使用経験が有るため、その際に使い勝手を考えて各部へカスタムパーツを組み込んである。
弾は12x70