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INSECURITY 2-2

やっとおっさんが揃った

「……その声は」

 なにか思い当たるものがあったのか、おもむろにカインは手を放して振り向いた。

 茶と白の混ざった斑模様の髪に、シワが深く残る厳つい顔、見た目に反しない恵まれた体格。最早その意味を成さない紋章の刻まれたバッジと、くたくたになった灰色のスーツ。

 かつて目的を同じくした敵が、目の前に立っていたのだ。

「なあっ!?」

「ヴァース……お前もか」

「テメェッ、なんでここに……!」

 驚愕に震える男、ヴァーテル・スレイムを前にカインはマスクを被り直し、特に驚いた様子もなく平然としていた。

 いつの間にやら店主はカウンターの影に隠れ、状況の読めない兵士とサニアは置いてけぼりだ。あまり目立ちたくはなかったのか、サニアが小さくカインの袖を引いて口を開いた。

「カインの知り合いですか?」

「話せば長く……ならないな。ともかく場所を移そう」

「なげえだろ! 俺とお前のウン十年はそンなに薄っぺらいのか!?」

「ここだと邪魔になる。行くよ、サニア」

「オイ待てテメッ! クソッ。俺ァあいつの事情聴取をしてくる。お前らは配置に戻ってくれ」

「わっ、わかりました。お気をつけて」

 サニアの手を引いて足早に立ち去るカインを追いかけ、慌ててヴァースも走り出す。

 残された店主と兵士達は呆然と後ろ姿を見守り、顔を見合わせては首をかしげるしかなかった。


 ずかずかと逃げるように歩き続けるカインに引かれてサニアが小走りになり、その真横に厳つい顔のヴァースが陣取ってぎゃあぎゃあと騒ぎ立てていた。

「いい加減待てよ! どこに行くつもりなンだ!」

「人を待たせてる。お前よりも優先だ」

「それならしょうが……ねェな。ねえけどだな!」

「いいからついてこい。この後時間ができる、そこで話そう」

「ッ〜〜〜! お前って奴はいつもそうだな、クソッタレめ!」

「人間、そう簡単に変わりはしないからな」

 建物の門をくぐり抜けて庭に出ると、石の壁に反射して響いていたヴァースの声も少しばかり静かになった。サニアはもはやわけがわからず理解も追いつかない様子で、ただただ手を引かれているだけになっている。

 服装は全く違うが、騎士団の人はヴァースと呼ばれた男に従っていた。つまりは騎士団の人間ということになる。そして、その相手に対してこの扱いをしているとなると、場合によっては難癖をつけて牢に入れられることも……。

 最悪の展開がサニアの脳裏を過ぎったとき、その考えは聞き覚えのある女性の声でかき消された。

「カイン様ー!」

 門前の人相がハッキリと見えた頃、大きく手を振ってカインを呼ぶ声が聞こえてきたのだ。

 3台の荷馬車と、他にもいくつか人影が見える辺り、カインは待たせてしまったことを少し心配していた。

「様だァ!? お前こっちでもそンななのか!」

「話すと長くなる」

「俺と扱い違えな!?」

「すまない、遅くなった」

「いえ、カイン様。今し方用意が整ったところです」

 ようやく全員が合流し、とりあえずはサニアが一息吐いた。この先も同じような心労が続くなら、やっていけるか心配なのは秘密だ。

 荷馬車は3台、馭者も3人。他に騎士団からの騎兵が2人護衛についてるようだ。魔獣相手には騎士団総出と言っていたのをカインが思い出したものの、おそらく倒したことも説明してあるだろうし、調査のために派遣されたのだろう。そう納得することにした。

「馭者に説明は」

「騎士団の方から」

「わかった。では南の廃村まで頼む」

「あいよっ。はよう乗ってくんな!」

 3台あったうちの一つに全員が乗り込み、カイン達を最後尾にして一行は動き出した。街中ではちょっとした見世物の気分ではあったものの、街を囲う壁を抜けてしまえば、田舎道を走っていた時を思い出すほどにはのどかなものだ。

 荷馬車では昨晩と同じようにエレインを真ん中にして3人が並んで座り、馭者側にいるカインの正面にヴァースが座る形だった。

 まあ、この時点で慣れない荷馬車にカインとヴァースのおっさん2人は尻を痛めているのだが、後日揃って痔になっていたのは言うまでもない。

「で? いい加減話してくれンだろうな」

「ああ。まずは2人に紹介しよう。こいつはヴァーテル・スレイム。私と同じ世界で治安維持組織に属し、犯罪者である私とは敵ながらに協力をしていた、いわば同士だ」

「よろしくな、お2人さン。このクソ野郎とは30年以上の付き合いだからな、なンでも訊いてくれ」

 紹介を受けたヴァースはニカッと笑って見せたが、どうにも2人の反応は薄かった。それは予想外だったのか、瞬く間に真顔へ戻ってしまう。

 思わずカインが慰めに肩を叩くほどには無残だった。

「で? お嬢さン方は」

「隣が神官のエレイン・カーボネック。奥のが冒険者のサニア・ルルイラフだ」

「どうも」

「以後、お見知りおきを」

「こちらこそ。……そンで? 俺たちは何がどうなってまァたここで巡り会ったのか、詳しく話そうじゃねえか」

「面倒な……」

 顔が見えずとも本気で嫌そうな顔をしているのがわかるカインの前で、それを意にも介さないヴァースが半笑いで睨み付けている。カインの説明では敵であり仲間だったことしかわからず、サニアとエレインもどうしたらいいのかはわからないため、助け船を出せず固まっているしかないのだ。

「……昨日、俺はこの世界で目が覚めた。その時からサニアは一緒だ。エレインとはその直後に合流してる」

「昨日って……。いや、それじゃ全然わかンねえ、もっと詳しく話せ」

「詳細は現地で追って話した方が良い。向かってるのは俺が目覚めた場所だ」

「そうじゃねえ。お前を召喚したのは誰で、なンでそンなことをしたのかってえ事だ」

「っ……」

「……目的は話せない。いいな」

 思わず身を強張らせたサニアに気づき、カインは回答を拒否した。

 無論、それに気がついたのはカインのみではないのだが。

「構わねえ。続けてくれ」

「俺を召喚したのはサニアだ。目的はさておき、身の程を分からせる相手が1人居る」

「お前の娘を囲ってるあいつだろ、察しはついてる。どうやら、俺よりも先にあの子が召喚されてたみてえだからな」

 曰く、ヴァースはカインの行動理由はわかっているらしく、馭者や護衛に聞かれないよう名前は伏せていた。

 実際、勇者を殺すなんて言い出したら大問題になるのはカインでもわかる。

 勇者とは、だいたいはその時代の正義の象徴なのだから。

「……ヴァース、お前はいつこっちに来た」

「27日前だ。噂じゃ2ヶ月くらい前からあの子は居るらしい」

「…………そうか……」

「全く。なンで俺までこんな目によゥ……」

 カインは静かに指を組み、額を押し付けるように思考の海へ逃げ込んだ。

 自分が目覚める、正確には召喚される約1ヶ月前、ヴァースはこの世界で目覚めたらしい。以前元の世界(あちら)で別れたのもそのくらい前だ、もし別れた後に召喚されていたというのなら、その時差は肯ける。しかしマリーはどうだ? 少なくともあの時、目が見えなくなる瞬間までは確かにそこに居たはずだ。だとすればなぜこの差が生まれたのか、なにか意味があるものなのか、信託とやらをサニアが受けてから行動するまでが遅かったのか、そもそもどうしてマリーとヴァースまでもがこうなっているのか。自分1人であれば人を殺め続けた罰だと、過去の罪からのものだと解する事もできるが……不可解な点があまりにも多過ぎる。答えに繋がる糸口はまるで見つかりそうもない。

「もし、これは仮の話なのですが」

「なんだい、エレイン」

「失礼ながら、誰かに怨みを買われたり等は」

「怨み?」

「異界生物召喚は不明な点が多いのです。ですので、多くの怨みを買っていたり、なんらかで神様に目を付けられた方が選ばれたのではないかと……」

「そうだとしたら、随分クリーンなシステムだなァそりゃ。俺たちゃ厄介払いされた訳だ」

 神官のエレインが発した言葉は2人が納得するだけのものがあったらしく、揃って頭を捻りだした。

 良い年のおっさん2人がうんうん唸っていると、半ば頭の心配すらしそうになるのはサニアだけの秘密である。

「怨み、なあ……」

「怨みっつってもよォ?」

「「怨まれない理由が無くてわからん」」

「……祈りましょう。一緒に」

 にっこりと青筋の浮かんだ笑顔を見せるエレインを前に、おっさん2人は物理的に神の御技を受ける予感がしたため丁寧に祈りを捧げていた。

 エレインはいつもうっすらと微笑んでいるが、実際の所は表情がころころと変わるのだ。主に物騒な意味で。

「(なンなンだこの物騒な神官は)」

「(昔は弓の名手だったらしい)」

「カイン様?」

「なっ……なんだ?」

「密談は、よろしくありませんよ……?」

 顔も見えないのによくもアイコンタクトができるなと感心するが、カインとヴァースはそれだけ長い間を共にしていたのだ。

 それを見抜くエレインの観察眼も恐ろしいものではあるが、そこは生きた時間のなんたるかというものだろう。見た目は20歳ほどでも、その齢は200を超えている。

「神は全てを視ておられます。ゆめ、お忘れなきよう」

「……おっさんのトイレも「言うな汚らわしい」だよなァ」

「とりあえず俺達のことは置いておくとして、お前は何があった」

「俺ァ大したこたねえ。気がついたらあの街の騎士団って奴等に召喚されて、大いなる災いから助けてくれェ〜なンて言われてな」

「無理だな」

「無理だろ」

 意見が揃うなりおっさん2人は小悪党のような高笑いを漏らし、荷馬車が一際大きく揺れたと同時に尻を押さえていた。

 エレインとサニアが慣れた者の様子で平然としているのを見て、おっさん2人はこれが歳の差か、あるいは慣れの問題かをしばし考えていたとかなんとか。

「とまあ、そンでもてはやされて、飯やらなにやら貰っちまったから、それなりにな」

「成り行きはわかった。その上で言おう、全面協力してくれ」

「いいぜ」

「報酬は出せないし離反した時はころ……ん? いいのか」

「ッたりめェだ。俺にできねえ事をお前がやる。お前にできねえ事を俺がやる。1人で届かねえなら2人で乗り越える。今までそうしてきただろ、相棒!」

 がばりと無理矢理に肩を組み、ヴァースは歯を見せて笑っていた。対するカインは隠す気の無い大きな溜息を吐き、見守っているだけの2人に「見るな」と呟いく程だ。

 余程嫌なのか、顔も見えないのに不機嫌なオーラが凄まじいことになっている。

「二度とそれで呼ぶな」

「今更なァに水臭えこと言ってやがる。何度も命を賭けたンだ、ここまで来たら死なば諸共よォ! ガッハッハッハッ!」

 ゲラゲラと豪快に笑いながらカインの背を叩くヴァースは笑ってはいたが、安堵しているようにも見えた。

 知らぬ世界へ飛ばされて、わけのわからないことを願われて、知る人の誰もいない場所で生きていく。帰る場所も守るものも見失った状態で、ようやく見知った人を、誰よりも深い関わりの相手を見つけたのだ。

 きっと、彼にとっては拠り所にも等しかったのかもしれない。正義を求める男からすれば、力でねじ伏せられて届くことのなかった正義を成した、誰にも挫けない絶対的な象徴でもあるのだから。

「声が大きい。黙れ」

「なンだよ! 頼むぜあい──」

 ──相棒。

 ヴァースが再びそう口にしようとした瞬間、空気が喉を逆流する音と共に制止した。

 下顎の骨をえぐるようにして首筋を捕まれた頭はこれでもかと真上を向き、顎が押さえられているせいで口を開くこともできず、更には手首から伸びる双頭の蛇がヴァースの眼前をゆらゆらと蠢いていた。

「二度と、それで、呼ぶな……!」

 黒い鱗に紅い瞳、純白の舌を覗かせる双頭の蛇は口を大きく開けて威嚇し、ヴァースの眼球へ今にも食らいつきそうに見える。

 言葉を出せないヴァースは力無くカインの腕を叩き、それを合意ととったのか、カインは魔素でできた蛇を霧散させて今一度指に力を込めた後に手放した。

 溜まっていた空気を吐き出すように咽せる勢いで咳き込むヴァースを見て、エレインは慌てた様子で心配していたが、手を突き返されて断られてしまう。

「テメェ、マジでやりやがったな……」

「警告はした」

「カイン様! いくらなんでもこのような仕打ちは度が過ぎます!」

「やめとけおじょう……あー、お嬢さン。怒らせたのは俺だ」

「ですが! 旧知の方にこのようなっ」

「やめとけ。あいつは俺に警告はしてたンだ。その上で言って怒られたなら、俺の責任だろ」

 喉を確かめながらヴァースがエレインをたしなめていると、酷い表情でカインを直視しているサニアが目に留まった。

 瞳孔はこれでもかと開き、瞬きすら忘れ、呼吸も慌ただしさを掻き立てるように荒い。ヴァースはエレインにその事を指さして伝えると、エレインはすぐにサニアを抱きしめ、背中をさすり始めた。

 発端とも言えるカインは金貨の入った袋に肘を起き、馬の尻でも眺めるようにして先の道筋を眺めている。これまでの面影などまるで無いかのようにその姿は冷酷で、カインのそんな姿を見たことがなかったエレインは戸惑うしかなかった。

「……あンた、何百年生きてるか知らねェが、ああいうのは初めてか」

「はい。カイン様は……ああも裏表のあるお方なのでしょうか? エルフは、その……人に比べるとおおらかな方が多いので、今まで出会ったことがなく」

「…………どれが裏とかじゃあねえよ。あいつは必要だからそうする奴だ。過剰な時はすぐ謝る」

 そう言ってヴァースがくしゃくしゃになった煙草を取り出すと、どうやって見ているのかカインがZIP.22を抜いて向けていた。確かに、カインは傍で煙草を吸うことを禁じている。が、こうした乗り物での移動中は例外だったはず。

どうしてダメなのかと抗議を申し出ようとした時、よく見ると小指で埃でも払うようにサニアを指したのだ。

「2人ともエルフだろ? 年齢なんてあッてないようなもンじゃねえか」

「……サニアは未成年だ。着いてからにしろ」

「ンあ、そうなのか、なら仕方ねえ」

 その辺りは自身の正義感からか、あるいは過去にこれでもかと躾けられたからなのか、妙に聞き分けの良いヴァースだった。

 ヴァースが煙草を仕舞うと同時にカインもZIP.22を戻し、何事も無かったように木々を眺めている。

「今もさっきも俺を殺す気ではいたが、空いてる手で制圧はしなかった。本気で殺すならそんなヘマはしねェのよ」

「あれで、お戯れと仰るのですか」

「遊ンでンのとは違う、相手に逃げ道を残してンだ。あいつは……そういう奴なンだよ。いざ殺そうとしても、一度目は逃げられるようにしてる。二度はねえけどな」

「神の慈悲だ。許しを請うて懺悔するならば神と世が裁く。悔い改める事すらできないなら、代わって私が裁く」

「……な?」

 いつもこんな調子なンだ。

 ヴァースが肩をすくめて溜息を吐き、沈黙が流れた。

 エレインは見たことのないカインに驚くばかりで、本当にこれが同じ人間なのかと疑うように見つめていた。出会って1日も経っていないが、こんな人ではないと思わされる印象を意図的に与えられていたのだ。あからさまな見た目で警戒させ、正反対の優しさで接する、そうすることで心の鎧には隙間ができる。そこへ忍び込んでさえしまえば……印象などどうとでもできてしまう。

 そんなエレインの腕の中で小さく震えるサニアは、目の前で見たカインの事を信じることができなかった。昨日初めて出会った時、サニアは確かに銃を向けられたのだ。手に持った何かが危険だとは感じたが、カインからそういった気配を感じることはなく、それでも死ぬことを危惧した。

「あっ……ぁ……んなっ」

「サニアさん? 大丈夫です、なにもありません、大丈夫」

 なら、今のはなんだ。

 自分に何かをされたわけでもない。こっちを見ていたわけでもない。武器を出していたわけでもない。

 なら、どうして。

 昨日と違って、あの人を恐ろしいと感じたのだろう。

「おい、テメェのせいで怯えてンぞ」

「……。元を辿ればお前が」

「るせェ。いいからどうにかしてこい」

「………………」

 カインは不満げな空気を隠すことなく中腰に立ち上がり、揺れる荷馬車の中を歩み寄った。

 サニアを挟むようにエレインの対面へとたどり着く頃には雰囲気が一変しており、そこにいるのは今までと同じ、なにを感じることもないぼんやりとした存在感になっていた。

「サニア。……悪い、怖がらせてしまった。見苦しいところをすまない」

「きのっ……。昨日は、なにも……感じなかったのに」

「昨日? なにかあったのですか?」

「私が目覚めた直後の事だろう。気が動転していて、サニアに銃を───武器を向けた」

「あー、てこたァさっきので驚いちまったのか」

 カインは裁きを与える時、あるいは目的があって害する時、おおよそ殺意や敵意と呼ばれるものを持ち合わせていない。結果として相手が傷つき死に至るだけであって、彼にその意思はないのだ。

 だが怒りは違う。明確に感情を表し、それを伝える事を目的にしている。カインの場合、この差が余りにも大きいために怯える人は少なくない。ヴァースもかつては言葉を詰まらせた1人だった。

 昨日魔素に呑まれていた時はほぼ無心だったらしい。

「サニア、心配は要らない。私は君を傷つけようとはしないし、誰にもさせない。その恐怖は、君の敵へ向けられるものだ」

「…………頭ではわかっても、恐いものは……恐いです」

「そうだ。だからこそ私はいたずらに力を振りまく者を許さない。君はその矛先にいるのではなく、柄を持っているんだ」

「大丈夫ですよ、サニアさん。いざとなったらわたくしが止めます!」

「……どうやって、です?」

「えっ? あ、ええと……力づくで?」

 にこりとエレインが微笑むと、心なしかカインの体がビクッと反応した。

 エレインの筋力が凄まじい事をサニアは知らない。だからこそ、そんなカインの反応を見てか少しだけ気が和らいだのだ。ああ、この人なら本当に止められそうだ、と。実際止まるのだろうが。

 サニアはエレインの腕を解き、ぽそりと礼を呟いていた。

「そいつ、体は脆いからエルフのお嬢さン2人はヤれると思うぜ」

「やめてくれ……骨数本どころで済む気がしない」

「栄養不足の不健康体を呪うンだな」

「私でも、ですか?」

「エルフならできるだろ」

「いえ、私はエルフじゃ」

「は?」

 先ほどとは違う沈黙が流れ、なにか誤解があることだけは全員はっきりと理解した頃。

 カインはエレインの顔を見て、どうやってか視線を感じたエレインが微笑みを返すと、さっと顔を反らされた。

 やや落ち込み気味のエレインを無視して今度はサニアを見て、カインは1つの疑問が浮かんでいた。

「エルフだと誰が言った?」

 そういえば、とエレインとサニアが気づいた。

 確かにカインがそれぞれざっくりと紹介はしたが、種族は明かしていない。エレインの場合は耳を出しているからまだ判別ができるが、サニアは耳を隠しているし、外見通り未成年だとも伝えてある。不老長寿のエルフとはそぐわないはずだ。

「言われなくとも見りゃわかるだろ」

「わかるわけがないだろう」

「今まで見た目でエルフなんて言われたことありません。ハーフエルフですけど」

「ああ、そら人間とエルフの気配が混ざってわけだ。すまねェなお嬢ちゃン」

「待て。待て。まさか、見てわかるのか」

「おう、わかるぜ。刑事の勘ッて奴かもな」

 あっけらかんと言ってみせるヴァースに呆れつつも、カインにとってはある意味で行幸とも言えた。

 確かにヴァースは刑事としての歴も長く、戦闘においても人としてもそれなりに信用ができ、おっさんである事を除けば戦力として逸材だ。その上、見ただけで種族を感じ取れる程の直感。きっとこれは他に応用も利くのでは──と。

「それは……知らない種も見分けがつくか」

「名称はわかンねェが、違うってのはわかるな」

「そう……か」

「カイン様といい、異界から召還された方にはなにか能力があるものなのでしょうか……?」

「……年老いた功績?」

「ヘァッハッハッ。そいつァ歳くった甲斐もあるな」

 サニアの呟きにヴァースが笑って返すと、ようやくサニアにも笑みが戻った。

 それを見た2人はほんの少し安堵して、心の内でヴァースに感謝したのは言うまでもない。

「私のこれは能力と言えるのか……?」

「いえ、魔素と共生する人は初めて聞く偉業ですので」

「疑う余地なく異能です」

「こいつァ魔素って奴なのか」

 カインの手首から指2本分程度の太さの黒い蛇が現れると、ヴァースを脅したときの迫力はどこへやら、呑気に真っ白な舌を出して欠伸していた。

 試しにとヴァースが触れようとするが、魔素はそもそも触れることができないため透過してしまう。

 今度はサニアとエレインが手を伸ばすと、誰が予想できただろうか、蛇自ら2人の手へと擦りついたのだ。あまりの出来事にヴァース以外の3人が驚いていた。

「かっ、カイン様っ! お戯れがすぎますっ」

「そうです! 急に蛇が来たら!」

「……私はなにもしていない。ただ出てくるように力を込めただけだ。物へ触れられるようにもしていない」

「あン? 本来は触れねえのか?」

「ああ。通り抜ける」

 思えば、出てきてすぐに欠伸をしていた。それにヴァースを脅したときは勝手に出てきていたように思う。

 とすれば、よもや?

「自我がある、のか」

「とすりゃあ……可愛くねえ蛇だな。相手選んで媚び売りやがって」

「おお、言ったそばから威嚇を」

「シッシッ。こッちくンじゃねえ」

「あのぉ、カイン様? 昨晩は蛇ではありませんでしたよね……?」

「ん? ああ。……だな?」

 カインが昨晩魔素を使って薪を弄っていた時は、ただの触手だった。夜明け前に色々試した時も同様だ。

 が、しかし。それから半日と経たずに今はこれだ。図体こそ大きくはないが、艶のある黒い鱗に紅い瞳、純白の牙と舌、どこからどう見ても蛇そのものだった。

 どんな代謝で変化をすればこうも変わるのかと悩ましいものではあるが、カインはここである事を思いついた。

「威嚇をした……なら、訊いてみるか」

 わからないなら本人に訊けばいい。

 実に呆れるほどシンプルな試みだ。

「訊くってェのは、これに?」

「それに」

「通じンのか?」

「蛇にも耳はある。物は試しだ。お前についてなにか説明できるか、手段は問わない」

 魔素の蛇と目があったカインが直接訪ねてみると、蛇はじっとカインを見つめ、またカインも蛇を見つめていた。

 ゴトゴトと荷馬車が音を響かせ、馬がくしゃみをぶちまけ、4人が固唾を飲んで見守っている。

「…………」

「…………」

 その時だ。

 ピクリと蛇の鼻先が動き、カイン達がより一層注視した瞬間───

「zzz……」

 ──鼻提灯が膨らんでいた。

「寝るな」

「!? ……!!??」

 ペチィンッと良い音を響かせたカインのデコピンが鼻提灯を叩き割りながら鼻先に直撃し、威嚇をするでもなく、蛇は大口を開けて驚いたような仕草でカインを見つめていた。

 これにはヴァースとサニアがツボに入ったようで、口を押さえて必死に笑いを堪えている。

「ぷふっ……!」

「ンッぐ……ぐふぁッ……!」

「カイン様、本当にお戯れが……。んふっ」

「エレイン……君もか」

「申し訳ありません……あまりにも……その……っ」

「はぁ……」

 ついぞ決壊した3人が笑い始めると、蛇は混乱したように辺りを見回してカインの袖の中へと隠れてしまった。

 軽く袖を覗き込んでみるが、もはやその姿は無い。どうやら消えてしまったらしい。元々がカインの中に共生する魔素なのだから、あまり不思議は無いのだが。

「楽しそうな所悪いんだが、廃村に着いたぜ」

「丘の頂上に教会が見えるだろう、そこのふもとを目指してくれ、姿が見えるはずだ」

「あいよ。中に入って丘のふもとまで行くそうだ!」

 馭者が前を行く他の馭者に伝えると、返事代わりに手を振っていた。了承ということだろう。護衛で居る先頭の1人もそれに習い、真後ろにいるもう1人はヴァースが目を合わせると頷いていた。

 そのまま一行は瓦礫の並ぶ廃村の中を突き進み、できるだけ広い通りに迂回して丘の方へと進んでいく。

 そうして目線より高い瓦礫がなくなった頃だ。地に横たわる黒ずんだ影が見え、カイン、サニア、エレインの3人以外が一斉に声を漏らした。

「……マジであンなデケェのが」

「なんて大きさだ……このまま来ていたら街がどうなっていたことか」

「お前、アレどうやったンだ」

「転倒させて焼いた」

「ケッ。簡単に言うぜ」

 転倒させて焼いた。確かに言葉だけなら簡単だが、実際は命懸けで危険度も高い。

 カインもギリギリまで引きつけて背骨を狙い、運良く当たったのだ。それを簡単と言われては腹が立つもので、カインも反論することにした。

「簡単なはずがあるか。5.56ミリの完全被甲弾(FMJ)が肺にも届いた様子が無いから、わざわざサーメートまで使って焼いたんだぞ」

「まずなンでそンなもンを持ってる」

「鉄扉を破るためだ」

 サーメートとは、カインが使った炎を吐く手榴弾のことだ。手榴弾としては効果範囲は小さく、燃焼兵器としては時間の短いものではあるが、その代わり4000度を超える熱を生み出す事で、敵のバリケードやトラップ等を溶かして破壊したりするのに使われている。

 カインは主にバリケードを破壊するために用いていたのだが、昨日は魔獣の懐で起爆させることで体毛を焼き、内蔵を溶かし、即死か酸欠での殺害を試みたのだ。

 もしもこれが通用しなかった場合、エレインの命は無かったことだろうし、街も今頃は大惨事だと思われる。

「奴の首は落として、肉は2つに割いてある。一部肉が欠けているのは食った」

「はっはっ。とんでもないことをさらりと」

「死に物狂いでなにかをすれば、それなりになったりするものだよ」

 丘のふもとに、魔獣の死体の真横に荷馬車が並び、一行はその巨大さを今一度実感するのだった。

 人の頭すら噛み砕けそうな顎に、鎧すら穿てそうな角、恐怖を煽る黒き毛皮……は焼かれてしまったが、その巨体ではそれだけで畏怖にもなろう。

「恐ろしや、恐ろしや……」

「どうか神官様、共に祈りを」

「ええ。魔に墜ちた獣に安らかな眠りを、我等が糧となりゆくことに最上の感謝を、我等が神に御身が召されますように」

「どうか、彼の御霊に平穏を……」

 護衛と馭者、エレインの6人が魔獣に祈りを捧げ、それからようやく解体作業が始まった。

 そもそも宗教的な行為に興味が無いカインとヴァースはさておき、サニアもこの国教の信徒というわけではなさそうだ。今もただ静観しているだけだった。

「サニアは違う教徒なのかい?」

「冒険者の多くは神を信じていないだけです。助けてくれませんし」

「フッ……そうだな」

「カインこそ、どうなんですか」

「私はあくまで神罰の代行者だ。祈りを捧げる者ではないな」

 カインはキャソックの内側に隠れていたボールチェーンのネックレスを取り出し、十字架をサニアに見せていた。

 一緒に出てきた契約の指輪が見えたが、軽く鼻で笑いながらも″自分が道具である事″を強く思い出さざるを得ない。

 昔から誰かの道具で、悪となったのも他者の為で、今は娘の為で、自分の為に道を選んだことはあったのだろうかと考えてしまう。いや、あるいは───誰かの為だと言い訳をしているだけか。

「そういえば、スレイムさんも召還されたんですよね?」

「おうよ。契約の証って奴だったか? えーと……」

 ヴァースは上着から順にポケットへ手を突っ込んでは裏返し、どこだあそこかと散々探すがそれらしき物は見あたらず、最後には苦笑を返してきた。

 どうにも、どこへしまったのかわからないらしい。

「ボケるのはマリーを助けてからにしてくれ」

「ンお!?」

「節穴か? それとも耄碌か」

 首紐に繋がってシャツのポケットに入っていた警察手帳を引っ張り、その横で揺れる指輪をカインが眼前に晒しあげた。カインと同じく、一緒に下げていたようだ。

 サニアにも見せるなり2つを戻し、今度はベルトにつけられた彼の象徴を、バッジを叩いてみせる。

「老いたならコイツは返した方がいい。お前には重すぎて、パンツがずり落ちるぞ」

「ヘッ。こっちにゃ受け取る上司なンざいねえだろうがよ」

「運が良かったな、万年刑事殿」

「テロリストにもしてもらえないシリアルキラーがよく言うぜ」

「それを改革するのが俺たちだったろう」

 おっさん2人が悪巧みでもしているんじゃないかと思うような笑い声をこぼしていると、解体作業を見守っていたエレインが戻ってきた。……のだが、その顔はどことなく元気がない。

 いつも絶やすことがなかった、一歩間違えれば不気味ともとれる微笑みはそこに無く、よく見れば活力がない……といったところだろう。

「……どうした?」

「いえ、あの……その」

 どうにも歯切れの悪い様子に3人が視線を集めると、同時にエレインの腹に住まう悪魔が産声をあげたのだ。

 飯をよこせ、と。

「そんな時間でしたか」

「陽は……まだ頂点にも達していないが、朝に歩いたからな」

「時計じゃまだ10時なンだが、この世界ってのは周期同じなのか?」

「知らん。少なくとも時計の文明は無いな」

 カインとヴァースが空を見上げるが、太陽はまだ傾いていた。

 腹が減ったら腹が鳴る。ただそれだけの事なので、おっさん2人はどうとも思っていない……

「丁度そこに肉がある。食える時に食事としよう。……エレイン」

「わたくしの事は卑しい豚とお呼びください……」

 ……のだが、当のエレインは相当に恥ずかしかったようで、両手で顔を覆ってしまっている。

 これにはサニアも内心賛同するしかなかったのだが、そんな事など知らんとばかりに突き進むのがカインだ。

「豚、彼らにも食事にするか訊いてきてくれ」

「ブヒン……」

「ぐぶはッ」

「ちょっ……卑怯です……っ!」

 サニアとヴァースが再びツボに入ったのか笑い始めてしまい、余計にエレインが縮こまりながら行ってしまった。

 別段今のやりとりをおもしろいとは思わなかったカインは平然としたもので、むしろヴァースが咽せている事の方が悦に感じるようだ。彼の育ってきた環境のせいもあるだろうが、真っ当であるのは表面だけで、内面はミキサーにでもかけられているのかもしれないくらいにどこかがおかしい。

 他人の不幸が好き、というわけではないようだが、そもそも大衆的意味において正常なら、人を殺し続けられるはずはない。

「しかし、飯か……。昨晩と今朝に続いてまた肉だと、流石に胃腸が死にそうだ」

「こっちゃあ味付けが天然頼りだからな。ビールと化学調味料が恋しくなるぜ」

 ヴァース曰く、こちらの世界にはエールという酒はあるらしい。

 清涼感は無いそうだ。

「なにを作るにも水飴からになりそうだな。……待て、そうか。あるぞ。元の世界(あっち)の食い物が」

「ンだと!? そりゃどこだ!」

「慌てるな、この後案内する予定だった場所だ」

「あン? まだどっか行く予定だったのか。……まあいい。どこだ?」


俺の教会(セーフハウス)

ヴァースは全力で嫌な顔をした。

カオナシ

自称:カイン

本名:???

種族:人

職業:無職

特技:キャベツの千切り(料理が上手いわけではない)・スキニング

特殊技能:無顔の呪い(被害者)


ZIP.22

おおよそピストルという概念の壊した上に性能も悪い意味で壊れている拳銃。

グリップは無く、スライドも無く、動作不良が伝説のイギリスライフルすらも越えて発生する半自動拳銃。

弾は.22LRを使用。



サニア・ルルイラフ

種族:ハーフエルフ

職業:冒険者

特技:火起こし

特殊技能:神託



エレイン・カーボネック

種族:エルフ

職業:弓の教官→神官

特技:裁縫・交渉(笑顔ごり押し)

技能:神聖魔術・弓



ヴァーテル・スレイム

種族:人

職業:刑事

特技:錆落とし

特殊技能:刑事の勘


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