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ANXIETY 4-5

検証用の実験室等を借りるにも件のウイルスで進まず時間がかかりました。

「まあ、このぐらいか」

 各員がそれぞれの装備品を揃え、カインがそれらを一通り説明し終えたところだった。

 ソフトアーマーからプレートキャリアへと変更されたヴァースはベルト周りとレッグリグに装備を増やされ、アベルはチェストリグとファストベルトへ集約、反対にカインはベルト以外に変化が見られなかったが、そのベルトもおおよそは2人と共通性のある作りだ。というより、オーソドックスな組み合わせをしていたカインに合わせたといった形か。

 本来なら2人も最低限のソフトアーマーであったりと相応の防護をするべきなのだが、彼らはその構え方(スタンス)や戦術の関係で、硬質軟質共に防護類との相性が極めて悪い。意味を成さないか、あるいは邪魔をしてしまうかだ。

 そんな憂いを抱くヴァースは最終準備としてカインが組み直したライフルを眺めながら、重心や操作感を今一度確かめている最中らしい。

「やっぱ散弾も持ってくンだな」

「お前の場合、閉所に適した装備ではないからな。可能ならアッパーを交換する際にも付け替えろ」

「……ボクのは追加武装ついてないね」

「軽量化と簡素化が第一だ」

「ンで、テメェのにゃ榴弾投射機(ランチャー)か」

「ああ。生憎と40ミリではないがな。ついでに言えば、配備したグロックも9ミリではない特殊な口径だ」

 ヴァースのライフルにはSIX12が、カインのライフルには単発式の37mmショートバレル榴弾投射機(ランチャー)がそれぞれアンダーマウントされ、今回の装備がよほど重厚なものであることを強調していた。

 本来なら40mmが欲しかった、などとぼやくカインも冗談なのか、誰も言及はしてこない。

 持っていたらそれはそれで問題だが。

「7.62x35ミリ弾──.300BLK(ブラックアウト)黒帯(アーマーピアス)を2本、ベルトの左背面に携帯しろ。青帯(R.I.P)の携帯場所は各人に任せる。最低1本は携帯しろ」

 樹脂製のマガジンに黒いビニールテープを巻いていたカインがそれを3本ずつ分配し、続けて青のビニールテープを巻いたマガジンを2本ずつ配った。

 テープの色以外は同じに見えるが、どうやら微妙に細部が異なっている。それを気にせず分配したあたり、製造時期による違い程度なのだろう。

「青が対人兼消音用でいいンだな?」

「そうだ。主に使うのは黒帯だけだろうが、一応な」

「……なあ。この配色といい、やっぱテメェらの出身(ホーム)は──」

「詮索は無しだよ? スレイム刑事」

「この世界では役にもたたん情報だ、やめておけ」

「…………そうかよ。あくまで秘密なンだな」

 指示された通りのマガジンにそれぞれの弾を詰める中で、カインだけが一際大きなマガジンを取り出した。

 主食用の缶詰ほどの大きさだろうか。同じく樹脂製であることは間違いなさそうだが。

 当然、そんなものを用意していれば目にもつくもので。

「おいおい、ンな使いにくいもン持ってくのかよ」

「なにそれ、不格好」

「5.56ミリ用単列螺旋式弾倉(シングルドラムマグ)。元々はブラックアウト向けのものではないが、快調に動作するように調整済みだ」

「……以前はドラムが2つついてなかったっけ?」

「あれは使い勝手が悪すぎる。これでも過剰だが、4列式拡張弾倉(ファットマグ)は調整が面倒でな。消去法でこれだ」

 Dー60と呼ばれるドラムマガジンを装着したカインは不満でもあるのか、溜息混じりにマガジンキャッチを押しながら振り落としてしまう。

 なぜそんな物を用意したのかはわからないが、彼なりに理由があったのだろう。保管場所や諸々の利便性を考えた場合、彼らにとっては邪魔にしかならないはずだ。

「ピストルの弾薬に関しても配分は同じだ。左正面に黒帯を2本、青帯は各人の判断に任せる。どちらも指示が無い限り黒帯を使え」

「APは対人も兼ねてるンだったか?」

「ライフル用もだがそれなりの殺傷力はある。青帯はサプレッサーをより効果的に使うためだと思えばいい」

「ンで。肝心の弾はどれを使えばいいンだよ」

「各自でこれを詰めろ」

 ヴァースが空のマガジンをひらひらと振って見せれば、溜息混じりに抱えるような大きさの箱を取り出してきた。樹脂製のそれに入っていたのは、弾頭が黒い、なにやら妙な雰囲気を纏う.300BLK弾だ。

 携行弾薬を説明された時にもちらりと目にしたが、よく見るとAPにしては先端のラウンドが緩やかすぎ、かつ弾頭そのものも短く見える。まるで非殺傷用途に使われるゴム弾のようだ。

「……それがAPなの?」

「銃弾型装弾筒付徹甲弾(APDS)。実態は砲弾とサボットスラグ弾の間のようなものだがな。これの6.5x25ミリ版がピストル用にあり、グロックはそれに口径を変更(コンバーション)してある」

「テメェはほンっと珍妙なモノを見つけンの得意だよな」

「元々は軍用に開発されたものだが、売上か……あるいは私に同調する者が居たか、ともかく声が掛かってな。口径をブラックアウトに変えるのもあって都合が良かった」

 そう言って樹脂製のケースをベンチに置くと、そこには大量の同弾薬が乱雑に詰め込まれていた。各々は指示されていた通りのマガジンにそれを詰め込み、続けて取り出された異なる弾薬をそれぞれのマガジンへと押し込む。

 会話の1つもない静かな中、小さく鈍い金属音が鳴り続けるのもさしたる時間ではないはずだった。

 道端に転がる石を蹴散らすようなものか。己の目的の為に散る道具か。超え難い一線を断ずる覚悟か。指先が彼らに委ねるものは等しく易々たるものなれど、彼らが指先に委ねるものは天より彼方に、地よりも重くその心を阻むだろう。

 天秤の移ろう先に何を仰ぎ一望するも、今はまだ知る由もない。

 生を受けたモノにとって、未来とはそういうものだ。

「俺ァ終わったぜ」

「アベル、どうだ」

「んー。テープない? マガジンを巻きたいんだけど」

「用途は」

「ほら、よくやったでしょう? マガジンを上下にくっつけて固定するの」

「あー。なンか昔に流行ったよな。ウチにも居たぜ」

「ダクトテープはベンチにあるが……」

 アベルが言っているのは大戦期に生み出されたであろう古い細工だ。マガジンを束ねる事で脱着の隙を減らし、全体での携行数を増やす昔ながらの知恵と言っていい。

 今ではあまり見かけなくなったそれを聞いて何を思ったのか、カインはしばし考え込むように俯気ながら息を飲んだ。

「────……。アベル、ライフルのマガジンを全て出せ。2人でそれを全て脱弾しろ」

「はァ? 無駄にすンのかよ」

「ボクのこの苦労はなに」

「"それ"をやるならより適したマガジンがあるのを思い出した。常用するには使い勝手が極めて悪いが、局所的には有用なはずだ」

「ンだそりゃ……」

「出発までには用意しておく。お前らは今のうちに休んでおけ」

「……寝ていいの?」

 さっさと寝ろ、という指示に驚く2人は顔を見合わせ、どこか安堵したような息を吐いた。

 試射だなんだとやっていた時には徹夜を覚悟させられたものだが、あれは脅しだったとでも言うのだろうか。

 2人には本気としか思えなかったものだが。

「あまり時間はないがな」

「本気で徹夜を覚悟してたぜ……」

「明日からは見通しの利かない"旅"になる。最低限、食事、休息、睡眠、これらを確保しなければすぐに崩壊するだろう」

「健全に、ってことね」

「そうだ。わかったら寝ろ。私も終わり次第休む」

 追い出すように2人を上へ帰してしまうと、カインはようやく気を抜けるとでも言わんばかりに大きく深い溜息を吐き──膝を付いて崩れ落ちた。

 無事に見えるはずもない。はずもないが、何があったかはわからない。

 何度か荒い呼吸を繰り返せばやがて立ち上がり、何事も無かったように別室へと向かってしまう。そこで、先ほど言っていた"より適したマガジン"を5本となにかの部品を取り出してベンチへ放り捨て、彼も地上へと戻っていった。

 ……が、寝室に戻るでもなく、2階の部屋にある窓から身を乗り出して屋根の上で腰掛けた。彼なりに人目のないところで休みたかったのだろうか。

「全く……。見知った場所から見知らぬ土地を眺める日が来るとは、生きていればこうも奇妙な体験もするのか」

 夜天を覆う帳は端を白ませ、やがて来る朝日に染まろうとしていた。

 眼下に広がる町はもう存在しない。かつての在りし光景を重ねたところで、そこに見えるのは無残にも破壊された瓦礫ばかりだ。

 決して彼はここを守ろうとしていたわけではない、彼を利用せんとしていた人々がここに集い、それを彼もまた利用していただけの、ただの相互利用の関係だ。

 それでも、その町は平和だった。

 変わるかもしれない未来があった。

 今となってはただの残骸だ。なにも残ってはいない。

 得体の知れない事象に巻き込まれた末に得た景色に、何を抱くのが正常だというのか。

「星は違うが、月だけは同じか。あれが私の知る月かも怪しいが」

 少しでも知るものを見つけて安心感を得たいのか、彼は自然と天を仰いでいた。

 夜に月らしきものが姿を現し、昼には太陽らしきものが世を照らし、空には星が舞い続ける。それは彼らが居た世界で、地球から見える景色とあまり変わりないものの、夜に見える星々の並びは彼の知るものとは違う。

「……いや。あれは…………───盗み聞きが良い趣味とは思えないが、出てきたらどうだ」

 星の並びに疑問を抱いたのも束の間、視線は屋根で隠れた向こう側へと向けられた。

 人が優に隠れられるような場所はない。這えばかろうじて影になるかもしれないが、声をかけられた相手は体の一部がはみ出ている事に気がついたのか、それとも発覚したから諦めたのか、溜息混じりに頭を屋根から生やした。

「狩で極めた潜み足も、お主には通じぬか」

「尾が出ていたが」

「……お主には通じぬか」

「尾が……。…………で、何の用だ」

「ようやくお主が1人になったでの。吾輩の戯言にでも付き合わせてやろうとな。──悪くない眺めじゃのぅ」

 失態を認めようとしないヤコが隣に座り、失われた町を一望していた。

 知る由もない彼女からすればただの瓦礫なのだろう。感想を漏らすわけでもなく、口から出てきたのは自身のことだ。

「お主は説明を好かぬじゃろう、要件から申すがよいな?」

「訳は後で聞こう」

「うむ。しからば申すが、勇者の処遇は吾輩に預けてくれぬか。無論、最後はお主に引き渡す」

「……。仔細によっては頷けないが」

「お主も彼奴に用があるらしいからのぅ。弁えておるよ」

 2人の動機は似たようなものだ。

 "身内への行いを恨み、晴らすために復讐をする"。他者が見れば同類に違いない目的も、当人たちからすれば大きな隔たりのある違う目的になる。

 軋轢となって阻むか、同調し新たな力となるかは危険な賭けだ。最悪の場合は敵対すらしかねないというのに、ヤコが分かっていないはずはない。

「可能ならばこの手で息の根を止めてやりたいものじゃ。しかし、それはお主も同じことじゃろう、便乗しておる手前、そこを貰い受けようなどとは言わぬ」

「確かに殺害は至るであろう結果だが、私の目的ではない」

「うや? ちごうたか」

「衆目からすれば同じ事だろう。しかし、私にとっては異なるものだ」

「なれば僥倖よ。頼む。彼奴の介錯は吾輩に譲ってはくれぬか」

「…………」

 ヤコと視線を交わしながらもどこか遠くを見るような眼光が揺らぐことはなく、ただじっとその瞳を見つめ返していた。

「……訊きたいことがある」

「なんじゃ。言うてみ」

「それは内に抱える正義のためか、あるいはただの私怨か」

「……。さあ、のぅ。胸を張って堂々と断行できるほどもなく、今となっては諦めることも叶わぬ渇望には違いない」

 居心地が悪そうに顔を歪ませたヤコが笑みを作って見せたものの、誰であろうと分かるほどにおざなりなそれは何を誤魔化せるわけもない。

 そんな思いがカインにもわかるのか、知りたがりな彼にしては珍しく静かに見届けていた。

「お主と出会う以前、吾輩は彼奴を許しこそせぬものの何をしようともせんかった。勇者の目指す道の果てに、世のより良い未来のために必要な犠牲じゃとどこかで歯止めをかけておった」

「随分な心変わりだな」

 至って平坦に、茶化す素振りもない言葉に気を良くしたのか、少しばかり彼女の顔は柔らかくなっていった。

「うむ。どうしてか、お主に出会いその道先に彼奴が居るとわかった途端、此れが間違いと確信を得た。まるで悪い夢から覚めたようじゃ」

「……なるほど」

「呵々々。珍妙なものよの。今ではこの身を賭してでもと思うておる」

「妙なものか。私も、血の縁も無く衝動で言葉を紡いだ1人だ、ある種の親心とでも呼ぶものだろう」

「うゃ……。そうじゃったな。全く、魔族共との戦が終われどもこれとは、平和は儚いものじゃのぅ。争わぬ世代はいつ訪れるやら」

 ころりと寝転がったヤコが空を眺める横で、ぼんやりとした眼光は彼女を捉え続けていた。

 敵意も何も感じない。ただそこに灯されただけの紅い眼差しは無慈悲に霞みながら「ありえない話だ」と呟いていた。

「それが可能ならば、この身に血を浴びる事はなかった」

「平和は続かぬと?」

「無理だろう。……無理だった。世に生きる生命が他の生を食らう事でしか生きられない以上、根源たる平和は存在しない、そこには必ず争いがある」

「菜食に生きる者もかや」

「草木に命は無いとでも言うつもりか?」

 その一言がどれだけ意外性に満ちていたことだろう。驚愕に染まった顔は疑うまでもない。

 瞳孔に収められた姿は動かず、さも当然とばかりに続けた。

「鳴くもの、泳ぐもの、飛ぶもの、漂うもの、歩むもの、這うもの、聳えるもの。如何ような形をしていようとそれらに命は宿り、世に生きる全ては命を奪い己の糧とする、我々が足蹴にする雑草も、それからすれば虐殺か蹂躙だ」

「…………稀有な見識じゃの。まるでお主が人ですらないように思えるわ」

「私はただの人間だ。だからこそ気がついた。誰かの言う平和などというものは、そいつにとって都合の良い時間に過ぎないと」

「詭弁を宣うでない。全てが殺生を行わぬ世など不可能じゃ」

「ああ、不可能だ。それが答えだ。生物の在り方が根本から変化しない限り、根源的平和などというものは望めない。その上でもう一度問う」

 左腕に鞘ごと括り付けられていたナイフを抜き、拳1つほどしかない小さなハンドルをヤコに向けて突き出した。直線の刃がカインを見据えて離さない姿は、自分を刺せとでも言い出しそうなほど微動だにしない。

 さすがのヤコも体を起こし、再び互いを正眼に捉え直した。

「お前の言う平和を乱す不埒な輩を討つのか、お前に害を成した敵を討つのか。その心をどちらかに定めろ」

「…………吾輩に何を求めておる」

「言葉通りだ。大義名分で殺すのか、己の意思で殺すのか、それすらも曖昧なままで歩めば必ずどこかで迷いが生まれる」

「覚悟を決めろ……といったところかのぅ。全く、回りくどい奴じゃ」

「定まったなら、それを私に示してみせろ」

 小さなハンドルをヤコが握るなり、カインは刀身を自分の胸に向けさせた。

 勇者を殺す。結果だけを見れば共通かもしれない目的のためならば、協力者すらも乗り越えて到達せんとする強い決意を示せと。

 それができない者に、刃を預けることはできないと。

「例えお主であろうと、必要とあらば吾輩は構わぬ。よいのかや」

「できるのなら、な」

「後悔しても知らぬぞ──!」

 両手を添えたヤコが躰ごとナイフを突き出せば、抗うことなくカインは倒れ込んでしまう。

 刀身は十分な長さだった。カインは特別胸が厚いわけでもなく、ナイフは胸骨をすり抜けるように寝かせられ、それを押し込んだのは体躯に見合わない筋力を誇る獣人だ。

「……やはり、回りくどい奴じゃ、お主は」

 身体に隠れた刃先は寸分も揺らぐことなく、彼が狙わせたままの位置に定まっていた。

 手加減などない。僅かだがカインが浮きかねない程の力を込められた突きは、確かにその心臓を穿つものだった。

「馬鹿げた真似をしよる……」

 惜しむように顔を上げたヤコは月を仰ぎ、ナイフを手放してしまう。

 目的のためならば協力者すらも殺す覚悟。それを確かめようとしたのだろうか、あるいは確固たるものに仕立て上げようとしたのかはわからない。

 それでも、彼が望んだ通りの結果だったのは間違いないだろう。

「斯様な手で吾輩を謀ろうなどと、不敬にも程があるわ」

「我ながら趣味の良い手段ではないと自覚している」

 何事もなかったようにカインが身体を起こしてナイフを拾い上げ、刃先を確認して鞘へと収めてしまった。

 確かに貫く勢いだったはずの胸を弄れば、その右手には文庫本のようなものが1冊、妙な装丁を月明かりに照らされていた。

「迷いは晴れたか」

「うむ。お主のお陰というのも癪じゃがな。して、それはなんじゃ」

「聖典。と呼んでいるだけの記録だ。強化合金……特殊な板を表紙に使い、局所的な防具にもなっている」

「奇妙な物じゃな。お主の信じる神の言葉かや」

「いや、神罰の手記だ」

 見た目に対してやけに重量のあるそれを左手でパラパラと適当にめくって開いて見せたものの、当然だがヤコには書いてある内容が読めないようだ。

 生き写しと言えるほどに精巧な似顔絵と、数頁に及ぶ文字の羅列。それらが繰り返す内容はわからずとも、彼女の知る限り聖典と呼ぶには不相応なものに違いない。

「神罰とはよもや、これは」

「私が裁き、殺した奴らだ。……同時に、私の罪の記録でもある」

 どれだけ捲ろうとも続く最後を探そうとヤコが頁を進めていけば、辿り着いた果てはやけに記載の少ない人物だった。

 と言っても他に比べればの話で、似顔絵と共にある頁は埋め尽くされていたが。

「……それは私がこちらに来る前、最後に罰を与えた相手だ。まだ子細を書いていなかったな」

「顔に傷とは……この者は戦士か何かかのぅ」

「他者を顧みず己に酔い続けただけの阿呆だ。己で戦う事すら知らん」

「こゃ……。しかし、どこか見覚えのあるような」

「全体的に整ってはいるが、傷以外に特徴のない顔だ。そういうこともあるだろう」

 聖典を取り上げて懐にしまってしまい、それ以上はカインも話そうとはしなかった。

 言葉にせずとも伝わっているのか、ヤコも静かなまま隣に並び夜景を眺めるばかり。用件が無くなってしまえば話題も無いのか世間話すらせず、ただぼんやりと空の色が変わりつつあるのを視界に収めているだけ。

 貴重な時間を無為に削るのは彼らしくないが……。まあ、そのぐらいの情緒は持ち合わせているという事だろうか。

 実際には顔が見えないからと半分寝ているかもしれないのは、あくまで可能性の話としておこう。



 そうして翌朝。

 カイン、ヴァース、アベルを除いた全員分の耳栓(イヤーチップ)を新調した上で発砲音のチェックを終え、装備を新たに荷物を纏めた彼らは開拓街の南門に集合していた。

 ヴァースとアベルのバックパックにはライフルのアッパーセットが括りつけられ、カインはヴァースが手に持つライフルと同じ程度の長さをしたライフルが括られている。これまでに比べると極めて大きい荷物だが、それだけではない。

 ヴァースはソフトアーマーをプレートキャリアに変えた他にレッグパネルを増やし、増設されたマガジンは見た目そのものからして重厚になった。

 アベルはチェストリグとベルトに多数のマガジンとナイフを備えている。対してカインはベルトの左背面に大きなポーチのようなものをぶら下げている他に変化はないものの、キャソックに隠れたハーネスには背負ったライフル用の巨大なマガジンが2つ備えられていた。

 そんな彼らが集うこの場所、戦後に作られた街に大それた門や壁があるのは主に魔獣や魔物対策らしく、それだけ開拓地では警戒の対象なのが伺える。よく見ればそれ用と思しき兵器が散見できるあたり、それなりにポピュラーな存在なのか、予測不可な天災に近いのだろう。

 しばしの観察をしていれば2頭引きの馬車が現れ、彼らの正面に止まったそれを繰るのは見覚えある魔族だった。

「よっす。兄ちゃん」

「……まさか2頭引4輪荷車(ワゴン)を用意して来るとはな」

「いくら俺様が魔族って呼ばれてても、徒歩で魔王領(あそこ)まで帰るのは無謀ってもんだぜ。せめて荷馬くらいはいねーとな。……ちぃと数が多いな、手狭になっちまう」

「馭者席に1人回せば問題ないだろう。構わないか」

「もちろんよ。誰が来る?」

 1人用にしては幅の余りある馭者席の端に魔族の男が詰めるなり、カインは最初からそのつもりだったのか迷わず1人の背を押し出した。

 その本人もどこかで察していたのか、抵抗する様子もなく手すりを掴んで振り返る。

「一応訊いとくが、なンで俺なンだ」

「お前の専有面積が最も大きいからだな」

「本音は」

「建前が要るのか」

「だよな、テメェはそういう奴だ。素直過ぎる言葉ってのは時に刃物になるンだぜ」

「いいから早く乗っちまってくんねーか? 後ろが詰まっちまう」

「急ぐとしよう」

 天幕が剥がされ骨組みだけが残った荷馬車にカインが乗り込むも、いつぞやの様に中を確認するようなことはなく、続く面々の手を取って引き上げていた。まあ、サニアは手を払いのけていたが。

「奥へ行け」

「ありがと、カイン」

 丁寧にもライフルを左手へ持ち替えたアベルは差し出された手を掴んで魔族の男の後ろに座り、最後部に陣取ったカインが全員が揃っていることを確認して小さく手を振って合図を出し、それをアベルが伝える事でようやく荷馬車が動き始める。なんとも回りくどいがそういうものなんだろう。


 鉄輪で覆われた車輪が石を蹴る音をしばし聞きながらぼんやりとしていれば、徒歩とは比べるべくもない程の速さで街の門が見えなくなっていった。

 そんな頃だ。特に会話も無かった中、魔族の男が耐えきれないといった様子で「今更にはなっちまったが」と口を開いた。

「そろそろ自己紹介でもしようぜ? 誰をなんて呼びゃいいんだかさっぱりだ。特に兄ちゃん、アンタな」

「……えっ? ちょ、ちょっと待ってください。2人は知り合いとかじゃ?!」

「2度ほど会話をした程度だ」

 サニアにとってはよっぽど意外だったのか、飛び上がりながらも足場の悪さにすぐさま座り込んでいた。

 それでもつのりは収まらない……というより、納得がいかない様子だ。いや、おそらく大半の者は彼女同様納得しかねるだろうが。

 当事者2人はさも平然としながら、過去にした会話を懐かしむように頷くばかりだ。

「詩人の1曲にも満たないくらいじゃねえか?」

「それでどうしてこんな立派な馬車まで用意してくれるんですかっ!」

「俺様たち大人ってのは、金と酒を貰うとなんでもしちまうのさ……」

「そんな大人にはなりたくもありません」

「ヘヒャヒャヒャッ。ならないほうがいいぜ!」

「しかし、呼び名が不明で困るのは事実か」

「だなー。俺様はヘラーダ。何かと面倒だから普段はハイドって名乗ってんだが、兄ちゃんにゃ恩があるから特別だ。そこの獣人の婆さんやエルフなら聞いたことはあるんじゃねえか?」

「っ───!」

「……貴様、偽りは申しておらぬな?」

 男が名を告げた途端、空気が凍りついた。

 ヤコだけならば知識の幅からしても様々な名を知っていておかしくはなかろうが、反応したのはカインたち3人を除いた異界の存在全員だ。年若いサニアまでもが聞いたことがあるのか、小言を飲み込んで黙ってしまった。

 なにか思い当たる存在でも居るのか、ヤコに至っては今にも手を出しそうな程に目を尖らせている。

「2腕2足に無毛の体躯。その姿でその名を語るなぞ、虚偽であれ首を断たれても文句は言わせぬぞ」

「おお。好きにしてくれ。俺様がやったことを正当化する気はねえ。だからってお前さんらに同胞が殺されたのも許しちゃいねえけどな」

 振り向きもせず淡々と返す言葉に過去を探る必要もなく、それがなにを意味しているのかなどこの地の歴史に疎いカインとヴァースにも容易に把握できるものだ。

 かつてこの地はヒト種が率いる連合軍と、魔王の配下にある魔族とが戦争をしていた。それは遠い昔などではなく、種によっては当時から生き続けている者など少なくない。

 そして、彼は魔族だ。

 彼女はそれと戦った種族の1つだ。

 姿無くも名を知らしめたというのなら、それは───

「兄ちゃんたちはわかってなさそうだな。わかりやすく言うと、俺様は魔王軍の元幹部、ヘラーダ・ブル様だ。戦後はただの酒飲みだけどな」


 ───それは、恐怖によって知れ渡ったのだろう。





カオナシ

自称:カイン

本名:???

種族:人

職業:無職

特技:キャベツの千切り(料理が上手いわけではない)・スキニング

特殊技能:無顔の呪い(被害者)


ヴァーテル・スレイム

種族:人

職業:刑事

特技:錆落とし

特殊技能:刑事の勘


ツラハガシ

通称:アベル

本名:???

種族:人

職業:無職

特技:お姉ちゃん特権ワガママ

特殊技能:???


ヤコ

種族:獣人(妖狐?)

職業:獣人集落の長

特技:???

特殊技能:千里眼(?)


ヘラーダ・ブル

種族:魔族

職業:元魔王軍幹部・現無職

特技:???

特殊技能:???



柄の短いナイフ

片手ですら握るのがやっとの、極めて柄の短いナイフ。

カインが腕に装着していたナイフに代わって採用された。

切る、突く、どちらにも使える刃の形をしているが、ヒルトは無くグリップも短いためどちらにも向かない。

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