WYVER(N) 3-5
お久しぶりです。
ゲームのイベントって重なりますよね。そういう事です。
後に出す予定の銃を検証したりしてたら遅れました。
波乱の1日を終え、その翌日。
未だ祈祷が残っているエレインにはカインと入れ替わりでヴァースが、それと引き続きサニアとヤコの2人が同行していた。
カインは「やる事がある」とだけ言って森の中に消えてしまい、アベルはさも当然の如くそれについて行ったのだ。
宿に置いてきたバックパックは初日にヤコの居るテントまで案内をした獣人──カインが人質にした奴──に任せていたものの、1度は命を握られたカインと全身ナイフまみれのアベルに脅さ……もとい頼まれ、更にはヤコから諦めろと言わんばかりの同情の視線を受けてしまい、死守することを涙目で誓っていた。
「気になるもン全部つったってな……」
そうして2つのグループに別れたのだが、ヴァースはといえばヴェープル12SPをスリングで肩に下げ、祈祷を横目に見ながらも手に隠れてしまうようなカメラを操作している。
カインが一昨日使っていた小型のカメラを渡されたのだ。何がいつ必要な情報になるかわからないからと、推理や捜査が本職であるヴァースに頼んだらしい。カインも粗探しには慣れがあるが、彼のは特定の情報を見つける技術であり、漠然とした中から”違和感”を見つけるには確かにヴァースが適正だろう。
「…………ま、いつも通りにやるしかねェか」
どうせなら女の子たちの写真でも撮っといてやろう。
気遣いか嫌がらせかはともかく、ヴァースがその小さなレンズを女性陣に向けている姿は刑事としてはいかがなモノなのか。盗撮という概念はこの世界に存在しないだろうが、知られれば文句の1つでも言われることだろう。
ヴァースは3人の他にも木々を写したり、より近づいて樹皮や葉の形、枝付きだけでなく藪や草花と、目に入った物体の全体と部分毎のアップを納めていく。ファインダーが無くとも、カインとの共犯で得た長年の経験による技術は綻ばないのだろう、その手際は見事なモノだった。
「この広さじゃ、どこに着目すりゃいいンだか」
ぶつぶつと文句を言いつつも的確に被写体を探している辺り、流石としか言い様がない。
高い所から低い所まで、目につく殆どを順番に撮っていた時だ。カインが先日見つけた不自然な獣道の最端に辿り着いたヴァースは、茂みの中でキラリと何かが光を反射したのを見逃さず、すぐさま様々な角度からレンズを向け始めた。数枚撮っては近づき、また数枚撮ってはと繰り返し、少しずつ距離を詰めていく。
「ンだこりゃ……。なンかの結晶……っぽいが」
茂みの中で光を反していたのは粒状に散らばる白い破片だった。
1つ1つは砂のように小さなものから指先程の大きさもあり不揃いではあるものの、全てを合わせたら拳ほどだろうか、それは明らかに”自然にここに行き着いた”とは思えない量だ。そもそも道中で何かに踏み砕かれてるならともかく、どうして荒らされてもいない茂みの中、それも他に鉱物の姿が見えないこんな環境に何らかの結晶片が……?
ヴァースの勘がなにかを訴えるのか、懸念を抱いてから体が動くまでは早かった。
これでもかと写真を撮ったと思えば、ジャケットからチャック付きの小さな袋とゴム手袋を取り出し、ハンカチのように使って散っていた欠片をひとつまみ程度回収していたのだ。
「俺たちにゃ無関係そうだが……ま、何でもっつったのはアイツだしな。文句言ったら殴ってやろう」
ヴァースは土産が1つできた事に満足しつつ、気がつけばサニアたちから離れてしまっていたことを思い出して小走りで来た道を戻り始めた。あの2人は下手な大人よりしっかりしているから──というか、人間から見れば片方は大人なんてものを超えた年齢だ、保護者面する必要は無いかもしれないが、カインから身の安全を頼まれてる事に変わりはない。
万が一の時は身を挺してでもサニアだけは守れ、なんて言われているものだから、2人が契約で命を繋いでいることを知らないヴァースからすれば勘違いもしてしまいそうになる。あいつにしては気を回してくれていると思っているんだろう。
「む? 戻ってきおったか」
「おう。変わりねェか?」
「平穏そのものじゃの。監視を密にしておるが異変は無い、疑えるのは地中くらいなものじゃ」
「千里眼? つったか。便利なもンだよな」
「……好きで得たモノではないがのぅ。どんな力にも責が生じ、それを違えば罰が下る、世の常じゃ」
木陰で足を崩して座るヤコはしばしばまどろむ様に目を細め、その度に頬を撫でるような柔い風が通り抜けていくのは何か関係があるのだろう、そう思わせるほどに同じタイミングで同じような強さの風が吹く。
そういえばと、カインがヤコを妖狐と呼んでいたのをヴァースは思い出していた。
おっさんたちの居た世界、その極東に位置する幾つかの国では化妖と呼ばれる”生物の理から外れた存在”が度々確認され、その中には祖を狐とする存在があった。なんでも、動物からその道を外れ、知を求める途中で人の世に紛れ、やがて命持たぬ最果てに至るのだとか。その最中にある狐を指す言葉が───
「野狐、なァ……」
「んむ?」
「いや、ちと考え事だ」
ヤコ。
もしもカインの言う通り彼女がそうだというのなら、千里眼だなんだと超常的な力を持っててもそれほど不思議はない。その化妖は人の世で知を貪る際に人の言葉を覚え、姿を映して溶け込み、その末に様々な伝承を残す化妖の代名詞とも言える存在だ。
もしそうなら、どうして人里ではなく獣人に紛れ、それを率いているのやら……。
ヴァースは疑問が生まれても答が視えない事を察したのか、区切りをつけようと煙草のパッケージに手を伸ばして躊躇った。以前より続くカインとの約束では、自分の周り、それと未成年の傍で吸わないようにと言われ、ヤコの場合はどうカウントされるのかわからないからだ。姿は幼く中身はかなりの歳の場合どうなのだろう。
ちなみに、昔の話ではあるがヴァースがこの約束を破った際、吸っている最中に根本から煙草を千切られ、フロントチョークよろしく首の自由を奪われてそのまま鼻の穴にねじ込まれそうになったとか。以来、軽いトラウマらしい。逆に言えば”武器を向けてきた時はただの警告”という経験談でもある。
「元の世界でもこの世界でも、肩身が狭えなァ……」
「なんじゃ、家族にでも嫌われたか」
「そりゃ嫌われる相手がいねェよ、アイツのせいで家庭すら持てちゃいねえ。……肩身ってのは、煙草の話な」
「たばこ、とな? 何やらよくわからぬが、彼奴とは誰のことかや」
「まっ黒白髪のアイツだ。昔から色々あンだ、アイツたァ」
主にめんどくせえことばっかだけどな。
思わず愚痴が零れてしまう辺り、相当に鬱憤が溜まっているようだ。協力関係にあったとはいえ職務上は明確に敵なのだから、さぞ見えない苦労も多かったことだろう。
それでもと力を借りていたのは本人の意思に他ならないが。
「呵々。縁とは時に奇妙なものよ。しかして無意味なものなど無し、自ら放棄せぬ事じゃ」
「……まァ、俺もアイツを利用してっからそう簡単にどうこうはしねェけど」
「それでよい。彼奴のように無明と──魔素と共生するヒト種なぞ、1000年経とうと見れるかわからぬでな。善悪は別じゃが」
煙草を諦めたヴァースがヤコの隣に腰を下ろして祈祷の見物に加われば、エレインの他に立ち姿は見当たらない。サニアはどこへ行ったのやらと思っていたが、その思考を読んだようにヤコが頭上を指さしていた。
ぷらぷらと両足を放りながら太い枝に座っている姿は年相応に見えるような、見えないような。ともあれサニアはエレインの舞を眺めてうっすらと微笑み、いつしかヴァースの視線に気がついて小さく手を振っていた。
ヴァースも釣られて手を返したものの、あまりの気恥ずかしさに口元が引きつっているのは慣れていないせいだろう。過去、彼に甘い青春は無かったのだ。
「まっこと、奇妙な縁じゃ。如何様な歪みが生じればこうも交わるのか」
「……なンか、その縁ってのを見てるような言い方だな」
「位の高い獣人は、ヒト種が見えないモノを見れるらしいですよ」
「うむ。干渉できはせんがの」
縁と呼ばれた何か。ヴァースにとってはどこかの島国で運命に当たる言葉だったような、という程度の認識しかなく、いまいち掴めていない。
しかし、こうして話すのだから気になる所でもあったのだろう。
「見る限り、吾輩を含め此処におる全員が彼奴と縁を交えておる、本来ならばありえぬ強引さでのぅ」
「そのあたりはアイツの呪いなンじゃねえのか?」
「無明に左様な力は無い。ヒトに憑いたとて、命を喰らうばかりで何ができようか」
「野生の獣は魔獣になる時もありますけど、大抵は多くの種族と同じように死にますしね」
度々言葉を挟むサニアは知見があるような物言いだ。
昨晩の話し合いでもそうだったが、サニアは(本人曰く)見た目通りの年齢でありながら、局所的に深い知識を見せる時がある。中でも魔獣と周辺の宗教についてはエレインよりも詳しく、一部ではヤコすらも驚くほどだった。
そんなサニアによれば、魔獣になるのはおおよそ牛や熊、一部大型の鹿や猪などが主らしい。更には同じような体格、住処であっても魔獣になるとは限らないのだとか。
細かいことは彼女にもわからないようだが、それこそ突然変異体と呼ぶに相応しい程度なのだろう。ヴァースとて元の世界でその手の情報に通じていたわけではないが、遺伝子異常個体だとかは稀にネットニュースなんかでは見る話だ、これだけ自然豊かな環境なら目撃する可能性もあるかもしれないと納得していた。
「昨晩も言うたが、無明は本来、体の内に潜むものじゃ。それを纏うておるなぞ……」
「鼻と口から出してるんじゃないかとすら思いました」
「ブフッ」
顔にある穴という穴から靄を出す姿を想像してか、ヴァースが耐えきれずに吹いてしまった。
確かにそれなら体内に収まるはずの魔素が顔に纏わりついているのも理解できるが、もし本当にそんなギャグ全開な光景だったらと思うと脇腹が痛くなってくる。その姿で至極平然とした口調で話されたら、それこそ呼吸困難になりかねない。
「そういや、昨晩と言やァ……。確かあの子がやってンのはエルフ式の儀式なンだよな? 改宗してたンじゃねえのか?」
「アイラストリアでは神官それぞれのやり方があって、神に祈りを捧げる点さえ満たしていれば、禁に触れない限り自由にしています。私の父は黙々と何かの本を詠んだり儀式をしていました」
ヤコが諸々の事情を説明していた際に宗教関係の話題になったのだが、その中でエレインの祈祷がエルフに伝わるやり方だとハッキリしたのだ。
曰く、慣れた手段の方がより神への祈りを届けやすいからとかなんとか。型式よりも要点を大事にしているらしい。内容さえ逸脱していなければ許されるとは随分と寛容な宗教である。
「自由過ぎンだろ……。アンタらはどンなだ?」
「吾輩たちは専ら贄を捧げるのぅ。主には祈りじゃが、時には命を」
「命ってなァ、アレか? 毎年1人、生娘を生贄にとか」
「呵々。左様な贄を求めるのは、加護を享受する者共が欲に走った時じゃ。多くを求めず、己が力で生きておる分には神も大事を要求せぬ」
「神に命運を委ねるのは、自らの命を投げ出しているようなものです」
怪訝そうにサニアが吐き捨てた。
過去に何かあったのだろうか、どうしてか不機嫌そうになったサニアは祈祷の舞に視線を戻し、何度か口を開いては閉じてを繰り返ていたと思えば、最後には諦めたように噤んでしまった。
不思議そうに眺めていたヴァースの袖をヤコが引っ張り、それとなく視線を外させる。放っておけということだろう。
神託に応じてカインを召喚したのはどうなのかと訊きたいところもありそうだが、今は問い詰めてもロクな答えが返ってこないと判断し、ヴァースはヤコに従うことにしたようだ。
「神を偲ぶも鬼を偲ぶも斉しき事、各々が信を持てばそれでよい。心の在り方に異を唱えるのは無粋じゃぞ」
「そりゃわかるが……。…………ワリィ、忘れてくれ」
「うむ、うむ。物わかりのよい小僧は好ましいのぅ」
にんまりと悪戯のような笑みを浮かべたヤコとは反対に、ヴァースはやや苦い顔だ。
口元を歪めたままヤコを一瞥すると、今度は意を決したように口を開いた。
「小僧ってなァやめてくれ。アンタからすりゃそうかもしれねェが、俺たちからすりゃ人生後半なンだ、アンタも婆さんたァ言われたくねえだろ」
どうやら呼び方が気になっていたらしい。
場合によっては孫が居てもおかしくない歳だ、確かにそれで小僧などと呼ばれては違和感も凄まじい事だろうし、なにより誰を指しているのかもわかりにくい。
「ぐっ……。そうじゃな、改めよう。お主の名は……確か、彼奴がばあすと呼んでおったか」
「俺をヴァースなンて呼ぶのはアイツだけだ。ヴァーテル・スレイム、親しい奴はヴァーニーとかヴァリーとか呼ぶが、発音は気にしなくていいぜ」
「ふむ。なれば、吾輩もばあすと呼ぼうかのぅ、名が増えては覚えきれぬ」
「(言えてねえンだよなァ……)」
BとVの発音が区別できていない他にも色々と思うところはあるようだが、そのせいで子供に言葉を教えている時のような気分にもなっているヴァースだった。
まあ、カインがヴァースと呼ぶのはイニシャルから拾ったためではなく、彼の知る多言語から”有象無象”と”しつこい奴”、そして”裏切り者”と複数の意味を持つ「ヴァリアス」という単語を省略したものでしかない。言語が違うために本人にも周りにも通じないのが幸いだが。
「この際だしお嬢ちゃンもどうだ、スレイムなんて呼ばれンのは慣れてねえンだ」
「…………遠慮しておきます」
「呵々。フられたのぅ」
「子供相手に妙な事言うンじゃねえよ。俺の娘だっつっても通じる歳だぞ」
からからと笑うヤコの隣で、ヴァースは呆れたように深々と溜息を吐いていた。
カインはこんな面倒な奴と駆け引きをしてたのかと思うと毛ほどの尊敬も生まれそうなものだが、そもそもカインが単純かつクソ面倒な性格なのを思い出し、面倒な奴ら同士で気が合うのかもしれないとすら思えてくる。実際、悪巧みだなんだでは相性が良さそうだ。
「そういやァ、あの2人が何してっかは千里眼ってので見えンのか?」
「んむ? あの……ああ、容易いが、盗み見るのは好まぬ」
「何してるかだけ見てくれねェか? なんも言わずに行っちまって」
「気が進まんのぅ……」
渋々といった様子でヤコが目を細めると柔い風が吹き通り、いくらかの落ち葉を空高くへと巻き上げた。その際、真上にいたサニアの服もまくり上げたのをヴァースは見逃さなかったが、サニアも咄嗟に反応したせいで視線が交差してしまったのは事故だとしておこう。
それからしばらくヤコがうつらうつらとしていると、その耳が急に空を指し、表情を変えることなく脂汗を頬に滴らせていた。口元は波打ち、どう反応したものか迷っているようにも思える。
「なンか……あったか?」
「……近う寄れ。よいか、動じるでないぞ」
「お、おう」
ヤコに手招きされてヴァースが耳を寄せると、震えたような、あるいは擦れても聞こえる小さな声で続けた。
「彼奴の気配で隠れておった故、気づかなんだが……どうやら魔獣と対峙しておる。毒蝙竜を討てる奴らじゃ、心配は要らぬと思うが……」
「…………ンな簡単に入り込まれてて、監視もクソもねえな」
「彼奴の持つ魔素は異質での。どうにも気を上塗りされておるような……ともかく、彼奴が居ると辺りの気配が読み取れぬのじゃ」
「アイツが目立つってのはわかるけどよゥ。ンで? その魔獣ってのは」
「うむ。異に育ちよる狼の成体と───」
時を僅かに遡り、一行が2手に別れた頃。
カインとアベルはと言えば、投棄してしまったピストルのマガジンとライフルを回収しに毒蝙竜と交戦した場所へと向かっていた。
「ふっ、ふふふっ」
「…………」
「ん〜。良い天気。こんな日は外でご飯にしたいねぇ」
「…………」
「あっ、お姉ちゃんをじっと見たりして、もしかして見惚れてた?」
「莫迦な事を言っていると舌を噛み千切るぞ」
カインは溜息を吐きながらKTR-08のスリングを肩にかけ直したものの、隣でニヤニヤと笑みを浮かべている相手を見てか、どうともしがたい脱力感に襲われてしまった。
お互いに長い付き合いだ。声音だけで本気かどうかはわかってしまう。
だからこそなのだろう。
「だって、やっと会えたんだもの。2年ぶりくらいなのかな」
「私の方では30年以上だ。……時間と言えば、あの時より成長したな、随分と大きくなった」
「ん? なにが? 胸が?」
ハーネスで寄せられていた胸を持ち上げて見せるも、返ってきたのは恥じらいや狼狽ではなく、莫迦にするような嘲笑が1つ。
そんなやり取りをお互いに懐かしんでしまうのは、誰よりも時間を共にしたからなのかもしれない。
「胸筋の間違いだろう、よく鍛えられてる。……雰囲気はいくらか大人びたが、言動は変わらずか」
「女の子に向かって胸筋を褒めるとは……さっすがカイン、乙女心をわかろうとしないねー」
「わからずとも、目の眩んだ莫迦な女は寄ってきたからな」
「まさかっ、女遊び!?」
「するように見えるか」
「んーん、そもそも性に興味ないでしょう?」
「全くだ」
空白の時間を埋めるように、過去との較差を正すように、記憶の姿と眼前の姿を互いに補完しながら交わされる言葉は各々を再び再構築し、やがてそれは現実へと変わってゆく。
そうして行き着いた先は、至極単純でありながら2人が望んでいたものだった。
「あの頃から変わらないな、お前は」
「カインこそ変わってないでしょう」
「……ふん」
「くふっ」
2人の口元がニヤリと歪み、声を押し殺すようにして笑い始めた。
30年。
それまで生きてきた時間よりも長くの時を超え、果てには異世界とおぼしき地に放られた末に果たした再会だ、カインといえどもどう反応すべきかがあまりわかっていないらしい。
顔を支配する魔素の影響か、まるで死神にでも刈り取られたかのように「生者」と認識するモノの首──喉とでも言おうか──だけが見えず、またその「死者」の首も見えずにいる。そのせいもあろう。
未だ彼には、目の前のアベルが化けて出た類いでないかと思えてしまうのだ。
──だが、だとするならば。
「もしこの再会が神を脅した結果なら、ついぞ認めるしかないか……」
人々が神と云うモノ。
人々が主と云うモノ。
人々が導と云うモノ。
およそ己に関与しない不明確な存在に伏して乞い、時に矛を向ける行為を冷ややかに見つめていたカインではあるが、こうとなっては一端の価値はあるのだろうかと思ってしまう。
──神よ、神為る者よ。
「正教会育ちで、よく無神論者で居られたよねぇ」
「いない、と言ったことはない。私は人の云うモノを信仰しないだけだ」
「それ、違うの?」
「大いに違う。もし存在を確認できる神為る者が在り、利をもたらすのなら祈りでも贄でも捧げてやる」
それは信仰とは違う気もするが。
昔からこのスタンスなのか、アベルに驚く様子はなかった。むしろ一貫した姿勢に安堵すらしている。
──どうか、無辜なる人々を救い給え。
「ふうん。それで、これってどこに向かってるの?」
「昨日、ワイバーンと対峙した場所だ。投棄したピストルの弾倉とライフルを回収したい」
「それならあっちだけど……そうだ! ボクの分って用意できる?」
「……同型はもう無いな。可能なら諸々共用可能な物にしたいが、調整済みで3つも保存してあるピストルは……覚えがない」
「イージスかP220は」
「ああ、それなら……あるには……あるが、いかんせん古すぎる」
苦々しく曲がった口元を狐面から覗かせ、カインはそのまま考え込んでしまった。
その表情すらも楽しんでいるのか、アベルは横から覗き込んではニヤリとほくそ笑み、しばらくしてはまた覗き込み。何度も繰り返される行為の意味はさておき、珈琲の1杯でも淹れられそうな時が過ぎた頃、ようやくカインが再び口を開いた。
「諸条件を満たす物は思い当たらないな」
「あら……。ところで、今回の選定条件って」
「9ミリか45口径、悪環境を想定して動作性を第1に、次点で予備の部品の有無、操作性、特殊弾薬への対応……まあ色々あるが、今回のはこれだ」
カインはMP-443を抜くなりマガジンを外し、装填されていた1発もスライドをホールドオープンしながら取り出してアベルへと渡した。
受け取ったアベルはスライドリリースレバーを押し下げ、マニュアルセーフティを掛けては外したり、スライドを何度か動かしたりと一通りの操作をしては「へえ」だの「はー……」だのと、無意識なのか何度も感嘆の息を漏らしていた。
「ハンマーはスライドに埋まってるんだ? 変な形。ああでもおかげでスライドは掴みやすいし、ダブルアクションだけどトリガーもピークがわかりやすくてプルもストロークも良い感じ。……って、そっちはカインが詰めた?」
「そのままだと長すぎてな。シングルの撃発位置を1.5ミリに詰めてる」
「それ暴発しそう」
数度、ハンマーを指で支えながら空撃ちを試したアベルは満足したようで、MP-443を返した後も手の感触を思い返すように握っていた。
受け取ったカインはスライドを引いて直接チャンバーへ1発を装填し、マガジンを挿して各種確認の後ハンマーを降ろしてホルスターへ納めてしまう。
珍しくあまり警戒していないようにも見えるが、よく見ると2人の手が武器に掛かっている辺りは癖なのだろう。アベルは左手をベルトのナイフに掛け、カインは右手をMP-443のグリップに乗せたままだ。
「……そういえば、この世界の武器はどうなんだ」
「物理的技術や発想は世以前に見えるけど、材料が現代を凌いでる時があるかな。昨日のワイバーンとか、そういうのを使ってると特に」
「原生生物を素材にしてるのか……。言われてみれば、サニアに買ったダガーはドラゴンの素材を使った魔剣とか言っていたような」
「えっ、なにそれ。色は?」
「色? ……刀身は白かったが」
「違う違う。ドラゴンの色」
「ああ……」
言われて、当時の会話に入ってそんな内容もあったなと記憶を掘り返し始めた。
正直なところ、カインはその辺りが曖昧だ。いくら特異な活動をしていたとしても、顔面に素知らぬ呪いを受けていたとしても、その身が人間の域を出ることは無い。会話の全てをつぶさに記憶しているわけではないのだ。
つまり、ろくに覚えていなかった。
「魔法? ……魔術? だったかが効かないと言っていたような……」
「なら、ブルーかな。魔剣の材料には適さないはずだけど」
「ああ。不完全な物らしい」
「やっぱりねー。手軽に使うなら、それこそワイバーンの爪とか牙が便利かな」
「よくわからんが……トカゲモドキはそんなに捕獲できるのか?」
「エルフの商人から定期的に売りに出されてるし、他にも危険度の低い魔物の素材はエルフが安定供給してるねー」
話を聞いていく内に、少しずつだがこの世界にある3国の役割が見えてきた。
商業と学問によって栄えるアイラストリアを中心に、西から南側へ食い込み気味に領地を持つエルフが魔物と呼ばれる自然資源を売り込み、東側にある他種族国家が技巧や鉄工によって成り立つようだ。
中でも、現在地からエルフ領へはそれほど距離がなく、昨日は長い距離を飛べるワイバーンが逃げてきたのでは? という事らしい。
「エルフ領に住んでる魔物が領域を抜け出すなんて、まず聞かないんだけど」
「珍しいのか」
「うん。あったとしても、すぐにエルフ達が狩るから」
「……あんなのをそう簡単にか。恐ろしいな……」
「ボクらの世界で科学や技巧が担ってた部分を魔法や魔術と肉体の進化で補ってるみたい? 彼らの弓なんて、弦が重すぎてびくともしないし」
「化け物か? ……化け物だな」
弓は程度の力があれば技術で引くこともできるが、より力のあるアベルすら使えない弓で、しかもそれの教官をしていたエレインに筋力で対抗できないのは納得するばかりだ。見た目こそ華奢なものだが、やはりあれで筋肉の塊なのだろう。難なく制されていた覚えもある。
自覚するだけでも中々に恐ろしいもので、今度からは物理接触を避けようと決心していた。なにかあったら抗える自信がないのだろう。
「けど、もう少し規模の大きい町なら対空兵器も見るかな。基本は対地の柵とか刺壁ばかりだけど」
「……妙な方向に進化してるな」
「生態が違うしね。対地兵器はどこにでもあるけど、対空兵器は開拓地との境と中心部に多いかな。もちろん内側にも点々とあるよ」
「空飛ぶ竜に対空兵器か……ファンタジーより、大戦時の飛行船を思い出す」
「あー……。焼夷榴弾をばら撒いたから、ドラゴンとか言われてたね」
かつて歴史に名を残した乗り物を思い出しつつも、アベルの興味はそこに無かった。
自分で言った通り、本来であればエルフの狩猟部隊が追撃なりして討つはずだというのに、昨日のワイバーンは小さな個体にも関わらず放置されていたのだ。脅威としてみられなかったのか、あるいは価値が無いとされたのか、どちらにせよアベルが旅をしてきた1年間でそんな経験は無い。
「…………ねえ、カイン。この村を出た後の予定って」
「予定? 細かくは決まっていないが、ヤコに廃村まで案内するくらいだ。その後は情報に沿って勇者捜しだな」
「うん……。あの子が言ってた場所の途中にエルフの集落があるんだけど、そこに寄ってもいい?」
「立ち寄るくらいなら構わないと思うが」
「ならお願い。ちょっと気になることがあって」
「ああ」
アベルの提案に潔く頷いたのを見て、内心では安堵していた。
経験からして、目的をこれと定めたカインの行動は他を顧みない。却下される可能性が高かった。
そういう点では昔と変わったのだろう。自分に頼っていた頃とは違う姿に僅かな寂しさすら感じるが、それはそれとして受け止めるアベルだった。
「最終判断はしかねるがな」
「……カインがリーダーじゃないの?」
「一応、サニア──小さいハーフエルフにその立場は任せているつもりだ」
「あれ、意外。てっきりカインなのかと」
「この世界の住人に判断させるのが最善と思った。情報の無い地での判断は……自信がない」
「そういうことなら、後で訊いてみるね」
これまでの経験とは違う部分に戸惑いつつも、いつも通りの合理的な判断にアベルは安堵していた。
そうしてしばし森の中を歩んでいると、僅かだが鼻につく刺激が2人に届いた。
腐敗臭ではない。血臭とも違う。生臭さでもないそれは、ともすれば恐怖そのものにもとれてしまうような……感覚ではなく本能に訴えかける類のものなのか、平然としているアベルとは反対に、カインは狐面から覗く口元をしかめさせていた。まるで不愉快なモノを噛み締めているようだ。
「この辺に死んでると思うんだけど……」
「……この臭いは、ワイバーンの死臭なのか?」
「ワイバーンのっていうより、魔物全般。一晩もすればこういう臭いを出すの」
「さっきも言ってたが、魔物か……また知らない単語が増えたな」
「詳しい分類はボクもわからないけど、ファンタジックな生物はだいたい魔物かな? たぶん。あと殺してこの臭いがしたら魔物。殺せばわかる」
「随分とまあ、お前らしい判断基準だ」
アベルがこの世界を旅して身につけた感覚を頼りに進んでいると、予想通り大型車のような陰が木々の隙間から見えてきた。
膜を持つ翼にトカゲの身体、切って焼いたら脂の乗っていそうな尻尾と、いかにも伝承通りのワイバーンだ。……伝承よりは小さいように見えるが。
「以前、バイスーンと呼ばれたヨーロピアンバイソンの巨体に出会ったが、こんな空想の獣もこの世界にはいると思うと頭痛がしてくる」
「首を落とせば死ぬよ?」
「お前と同じにするな。こいつ相手に死にかけたんだぞ」
「お姉ちゃんだって楽勝じゃないですー」
首から上を分離させられた死体を指し示すように足で小突き、ぴくりとも反応がないことに安堵しながら少し距離を取っていた。
怯えているのか、それとも未だに警戒しているのか、珍しくも見えるカインの姿にアベルはにんまりと口元を曲げて見せた。
昔からコロコロと表情の変わるアベルではあるが、カインと再会してからは磨きが掛かっているようにも思う。この顔と持ち合わせた社交性、それにやや高めの身長やプロポーションも相まって何人の男が騙されたことか。
「人の身体より太い首を両断する奴が何を……」
「カインが撃った時点でほとんど死んでたの。それに、背にある鱗は強靱だけど、腹の周りは柔らかいし肉もそんなに。断面見ればわかるよ」
「飛ぶ以上は軽量化しているとは思うが……。ああ、確かに……これは」
言われてカインが首の断面を覗き込んでみると、中央近くに太い背骨が通り、腹のある方──正面側には随分と大きな気道や食道だろうか、おかげで断面の4割近くは密度の低いものだった。
うなじは鱗に守られ非常に強固な印象があるが、喉側から骨まで到達できれば千切れそうな程には比率が偏っている。
だとしても、あの短いカランビットナイフで両断できるのはどうなのか。
「あ、マガジンこれじゃない?」
「──それだ。相変わらず捜し物が得意だな」
「まーねー。……なにこれ、銀の弾頭の殺傷弾? 相手が化け物だから?」
ワイバーンの近くに落ちていたMP-443のマガジンを拾い上げたアベルが1発抜き取り、伝承にしばしば登場する弾の名を挙げた。
確かに、カインが用意した対人用弾薬は薬も弾頭も銀色をしているが、銀を用いたお伽話の弾ではない。
「それはただのクロムメッキだ。化け物相手なら銀よりも劣化ウランか12.7x99ミリを使った方が希望がある。……いっそ持ち出すか?」
「久々にカインの長距離狙撃見たいなー?」
「そんな射程はこの世界で要らないだろうが、装甲持ちが居るなら念のためにより貫通力のある武器は持つべきか……。とすれば50より30口径の方が使い勝手もいいが、レバーアクションしか倉庫になかったような。そもそも予備のパーツも──」
ブツブツと呟きながらにMP-443を抜いたかと思えば、ロクな構えも無しにカインがワイバーンの背に向かって発砲していた。目で追っていたアベルに驚いた様子はなく、カインは気にせず2発目を尾の付け根に撃ち込む。
銃声に驚いた野鳥が周囲から飛び立ち、辺りは元の静寂に飲み込まれた。
「……なんだ。垂直ならAPで貫通可能か。程度、角度が付くと怪しいようだが……」
着弾した背の鱗には小指より小さな穴が空き、尾の方には強く引っかいたような跡がついていた。
痕跡からするに、尾の方は弾かれてしまったのだろう。
「勇者が相手をしてるようなのだと、肉も鱗もこれより硬いのばかりだよ?」
「なんなんだこの世界は……。しかし、そうなると大口径が要るな……」
抜き取った1発を詰め直したマガジンをアベルが投げ、カインは見向きもせずに受け止めて盛大な溜息と共に肩を落とし、どうやら今以上に貫通力のある強力な弾を用意することにしたようだ。
そんな化物を倒して回っているという勇者こそが化物じゃないかと気にはなるが、まずもって自衛ができなければ目的も果たせない。そのためには戦う能力を身につけるか、通用する武装をするか、あるいはそれらの危機を回避するか。現状の彼等に最も容易なのは武装の再選択だろう。
元々、カインが選定した今の武器は”彼の知る獣”と”防具屋で見た鎧に守られた人間”を撃つことを前提に選ばれているため、ワイバーンなどの想定外相手では効果が不明確なところがある。
念の為にと持ってきたAPマグナムも、これより硬い相手では通用しない可能性が高い。
「しかし、そうなると弾薬の選定からやり直しか……。庫内の残数確認と口径の選出、銃も選び直さないとな……」
「弾、足りる?」
「持っていく程度の量ならどの口径も残ってるが、クロムやスチールケースの高耐久弾はどうだったか……。ともかく、一度倉庫に─────正面に何か来るぞ。おそらく2個体」
「隠れて。ボクが囮になる」
ほんの僅かな音を聞き取ったカインが警告すると、すぐさま役割分担が為された。
微かにも躊躇うことなくアベルを置き去りにして向かったのは、死体となって尚もその存在感を放つワイバーンの陰だった。辺りにある茂みや木々の方が隠れながらに銃を撃てそうなものだが、なにか考えでもあるのだろう、後ろに隠れるだけでなく翼を力づくで動かし、その姿を翼膜で太陽から遮った。
対するアベルはなにをするでもなく、ただそのまま立ち尽くしているようにも見える。
「………………うん、よく知る雰囲気だ。魔獣特有の……カインと同じ、生きてるのか死んでるのかよくわからない感じ」
懐かしさを噛み締めるようにゆっくり瞬きをしていれば、その気配を持つ主はアベルにも草をかき分ける音が聞き取れるほどに近づいていた。
この世界に命を紡がれて1年余り。名も知らぬ誰かによって「続き」を与えられ、その際に厳じられた言葉が脳裏を過ぎる。
“務めを果たせ。貴様が手放した者のために”
「果たすよ、今度こそ必ず」
誰に聞こえるでもない言葉は風に溶け、あるいは木々を挟んで立ち向かう何かに聞こえたのか、地に転がるワイバーンと同じにも思えてしまうほどの巨大な影が枝葉の隙間から覗き始めた。
カインはなんと言った? 2個体、つまりは独立して動いているなにかが2つだ。ならこの後ろに同規模の何かが? あるいは有数の召喚術士か?
アベルがこの世界を旅して身につけた知識を総動員しても辿り着く答えは不穏なモノばかり、そうしていくつかの可能性を考えついたものの、やはり最後には生前と同じ答えに辿り着いた。
「刃として、ただ望まれるがままに」
過程など関係ない。彼が望むのならその結果を叶えるまで。殺せと言われたら殺そう。制圧しろと言うのなら生かそう。ただ戦えというのなら使える全てを以て戦おう。兵器が無いのなら銃で、弾が尽きたなら剣で、刃が折れたなら拳で、腕が千切れたなら足で、首しか残らないなら牙で。
いつかの日に果たせなかった覚悟を今一度思い返していれば、影の主はアベルの視界にその姿を現していた。
「……ここ、ノーチラス号の寄港地じゃないはずなんだけど。それとも船長が居るの?」
警戒した様子でゆっくりと歩を進め草木をかき分けて現れたのは、元の世界では見ることも適わなかったであろう程に巨きく、あるいはワイバーンすらも倒せたのではないかと思えてしまう程の狼だった。
アベルを睨み付けたまま歩む背には人の身を超える長剣を携え、続けて後ろに隠れていた人間のような影が前に出てきた。
「え……。ちょっと、えっ、すごい。安心できないのに安心感が凄い。UMAでも巨大生物でもない、アレって───」
───それは、KTR-08を携えたゴリラだった。
カオナシ
自称:カイン
本名:???
種族:人
職業:無職
特技:キャベツの千切り(料理が上手いわけではない)・スキニング
特殊技能:無顔の呪い(被害者)
サニア・ルルイラフ
種族:ハーフエルフ
職業:冒険者
特技:火起こし
特殊技能:神託
エレイン・カーボネック
種族:エルフ
職業:弓の教官→神官
特技:裁縫・交渉(笑顔ごり押し)
技能:神聖魔術・弓
ヴァーテル・スレイム
種族:人
職業:刑事
特技:錆落とし
特殊技能:刑事の勘
ヤコ
種族:獣人(妖狐?)
職業:獣人集落の長
特技:???
特殊技能:千里眼(?)
ツラハガシ
通称:アベル
本名:???
種族:人
職業:無職
特技:お姉ちゃん特権(ワガママ)
特殊技能:???
MP-443
強装弾に対応したピストル。
衣服の下に収める事を想定された作りになっているが、秘匿目的の構造ではない。
強度面からフルスチールの国内向けモデルが選ばれた。




