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WYVER(N) 3-3

フロムが忍殺したりアズレンの長門が建造できなかったりDauntlessのヒロイックが予想外の強さだったりでも私は元気です。

夏前にPCの掃除しなきゃ。

「何も起きないか……」

 翌日。

 数日掛けて行われるらしい祈祷の2日目を終えたばかりの4人は陽の紅く灯る森の中を淡々と歩き、姿の見えないヴァースは宿で荷物番をさせられているようだ。昨日は背負っていたバックパックをカインが身につけていないのはそのためだろう。その分、身軽そうにKTR-08を持っている。村を出ているからか、邪魔な狐の仮面も側頭部に回して戦闘可能な状態だ。

「あるわけなかろう。神は人のために動きやせぬ」

「……滅多な事を言う」

「事実じゃろうて。故、お主も神罰を代行しておる。民は祈るしかないものよ」

「私の代わる神は人の云うものとは違う。が、まあ……そうだな」

 4人は横1列に並び、左からサニア、エレイン、ヤコ、カインの順で歩いている。なんでも、カインとサニアがそれぞれ端を望んだのだとか。

 当たり障りのない言葉を選んだのか、カインの声は素っ気なさすら感じさせた。当のヤコは気にした様子もなく、これが年の功かとカインに思わせる。どうにも器が大きいというか、寛大というか、細かなことは気にしていないようにしか見えない。

 これがもし、自分と同じように”そう見せている”のだとしたら自分はもう術中だな、などと不安を抱いてもいるが。

「ところでお主、ちと話があるのじゃが」

「確認をとる事か」

「うやむやに話す事でもないのでの。……昨日今日と山が騒がしくなっておる、心当たりは」

「無い。それこそ神の動きではないのか」

「加護のそれではないのぅ。むしろ、お主に感応して拒絶しておるようにも思える」

 一昨日、ヤコから渡された狐の仮面は頭に括ってあるものの、昨日と同じく郊外で顔に付ける気は無いようで飾りに徹している。僅かにそれを見た辺り、身につけてないことに不満もあるようだ。

 黒い服に黒い仮面と黒い靄、正面からではベタやトーンの塗りつぶしになってしまいそうな姿だが、靄から覗く紅い眼光を静かに細めたカインが鼻で笑い飛ばした。

 狐面に刻まれた金の模様が救いだろうか。

「そうだとすれば面白い。大洪水でも見れそうだ」

「経験のある物言いじゃのぅ……まったくお主は」

「私は神の怒りなんぞ買った覚えはない。資料からの引用だ」

「カイン様の世界では、そういった出来事があったのですか?」

「その時代については諸説有るが、一説としてな。私よりヴァースが詳しい」

「……スレイムさんが。意外ですね」

 よほど見た目に合わないのか、3人は各々に何かを納得させようとしていた。

 そうして一通り飲み込み終わったかという辺りで、ところでとヤコが切り出した途端、カインの眼光が険しいものになった。

 それだけでも十分だったのか、ヤコはしたり顔だ。

「のぅ、お主。もしかせんでも異界の者かや?」

 そうなんだろ? と言わんばかりのしたり顔に頬をつねりたい衝動を堪え、隣で聞こえた失言を思い返しながら、今後この手の話題は避けるよう心に決めるカインだった。

「カイン様の世界では」等と言われては、異世界の人だと証言しているようなものだ。これでは簡単に誤魔化しようもない。

「……そうだ。私はこの大陸とは違う所から来た、呪いを除けばこの大地に立つ人間と変わらない、ただの人間だ」

「此処ではない大陸? 他に大地があると?」

「あるな。遥かに遠い地ではあるが」

 しれっと規模をすり替えたが、ヤコは疑問に抱く事も無くそれを受け入れた。

 無理もない。ここの住人にとって世界とは大陸の事であり、外洋など想像も及ばぬ領域。未だ海の先へは進出されていないのだから。

 カインはそれを見越して虚を吐いたわけではなく、咄嗟に誤魔化せるのがその程度だっただけなのだが。

「なるほどのぅ。道理でその杖は知らぬ臭いがするわけじゃ」

「油の一種だそうですよ」

「呵々。お主も気になっておった口か」

「獣人の方々程ではありませんが、エルフも多少鼻が利くものですから」

「……この大陸では、人間は劣等種か何かか」

 ぽそりと、カインは思ったままを口にしていた。

 寿命は短く、身体機能は劣り、特別な力も無い。そう考える人々は決して少なくはなく、昔から人間種の間に蔓延る軋轢だったのだろう。

 サニアは会話に入ろうともしないし、エレインは困り顔だ。しかし、それに気づいたカインが取り繕おうともせずにいると、慣れた様子でヤコが口を開いた。

「かつて魔王はこう言ったそうじゃ。”精霊族(エルフ)は草木を富み、混獣族(ケモノ)は大地を富み、魔族(われら)は法理を富む。しかしてヒト種は弱く命短き種なれども、その焦燥によって生まれる技巧は何をも凌駕するのだ”と。事実、多くの種族が人間の生み出したモノで生活をしておるし、如何なる技術の発展にも人間は欠かせぬ。誇る事じゃろうな」

 ヤコの頭上でカインがエレインに視線を送ると、黙って頷く辺り、今の話に嘘はないのだろう。

 先の魔王大戦の時、3国の主要地を占領し事実上の勝利を遂げた魔王はそれぞれとの終戦協定を結び、幾らかの視察や猶予を儲けた後に占領地全てを手放したのだ。多くの民草は戸惑いを隠せず魔族への不信感が募ったものの、魔王は「魔族だけの発展は狭く閉ざされた未来になる」と言い切り、多種多様な在り方をよしとした。それからは3国間での交流も増し、魔王領から魔族も流れ込むようになり、この大陸は開拓と進歩を大幅に勧めているらしい。

「吾輩も賛同するが、現状ヒト種を含め優劣などありはせん。向き不向きに過ぎぬ」

「……大局として見ればな。しかし人間の多くは頭を空回りさせるばかりで、知恵を持つ者は少ない」

「そうかもしれん。して、お主はどちらじゃ?」

「大莫迦者の類だろう」

 その返答に満足したのか、ヤコは楽しそうにからからと笑いだしてしまった。

 何がそうも面白いのかわからないでいるカインは、そんな事よりも浮かない顔をしているサニアの方が気になっているらしく、珍しく気遣うように横目で様子を見ていた。個人の抱える不安ならまだしも、もし今後の行動に繋がるものなら放っておきたくないようだ。

 流れで自分が指揮を執っているものの、カインの中ではこのグループの中心をサニアに添えたいと思っているらしい。

「ところで──」

 声を掛けるべきか。

 僅かばかりカインの視線も揺らいだが、隣のエレインが寄り添うように肩を寄せていたのを見てやめた。2人の仲が良いのは知っているし、なによりエレインは神官であり、自分に比べれば永くを生きた存在だ、人付き合いやその機微にも慣れがあるだろう。

「噂に聞く勇者とやらはどうなのか、少しばかり興味がある」

 あまり話題が反れないよう、少しでもと捻り出した話題は思いの外直接的なものだった。

「勇者についてはどの程度知っておるのじゃ?」

「凄まじく強い、とだけ」

「ふむ……。なれば、その認識でよかろう。彼の者は強い、其所に間違いはない」

「…………。なるほど」

 何かを避けるように言い淀んだ中に込められた意味を汲み取れたのかそうでないのか、溜息を吐きながらも納得したようだった。

 あえて言葉にしないのであれば、それは言い表す事そのものが憚られるからだ。互いに深入りを避けている現状で一方的に越えようとするのはよろしくない。

 ……というのは配慮できるというのに、なぜカインは暴力的なのだろう。

「噂は知らないが、仲間は居るのか」

「我輩は3人しか知らぬがな。狼を授かった獣人の戦士と、奇妙な武器を使うエルフの娘、それとどうにも臆病なヒトの魔術師じゃ」

「臆病? 目につく程に?」

「うむ。お主のような慎重が故でなく、あれは怯えそのものじゃろう。悲鳴こそ聞かなんだが、間違いない」

 目を閉じたまま空を向き、思い出すようにうんうんと唸るヤコの姿は大人の真似をする子供のように思えたが、どうにもカインには情報のズレが拭えずにいた。

 勇者一行に魔術師がついている事は知っているし、それが我が子たるマリーである事もエレインからの情報で判明している。だからこそ余計に似つかないのだ。少なくとも、知る限りマリーは人見知りではないし、なによりやたらと怯えるような姿も知らない。

 だとすれば、何か怯えなければならない要因が? そもそも何に対して? 異世界に来た不安? 未来への不信? 絶望の重圧? あるいは──

「まさか……」

「───カイン様っ!? いけません!」

 黙り込んだカインの手が魔素に包まれたのを見て、エレインは咄嗟に腕を掴んで呼び止めた。

 先日のように完全な具現化こそしてはいないが、魔素を操って何かをしていた事はヤコにもバレてしまったらしく、その目は驚愕と仰天の混ざったようなモノに変わっていた。

 ──あるいは、無理矢理に従わされているのだとしたら?

「…………今更」

「な、なんじゃ?」

「……今更だ。ここまで露呈しておいて、もう取り繕うつもりはない。勇者について知っている事を全て話せ。特徴、年齢、装備、技能、経歴、仲間についても一切をだ」

 カチリとKTR-08のサムセーフティを切るなり、荒ぶる気配を隠す素振りも無くスリングから切り離して銃口をヤコへと向けた。左腕をマガジンとSIX12の間に腕を差し込み、以前と同じく右腕は直角に肘を曲げてストックを浮かせている。違うのはSIX12に手を掛けないことでより近接戦での取り回しを重視している辺りだろうか。

 どちらにせよ、この鉄の杖が銃という武器であり、その構えの1つであると知らねば抱きかかえているようにも見えてしまうのだが。

「呵々。武器も無しに吾輩を脅すか?」

「必要があればな。これでも私は心配症だ、不安に駆られたらお前を殺さないとは保障できない」

「カイン! なにを!?」

「カイン様!」

 2人の静止を聞くはずもなく、KTR-08は僅かな振動でも撃発してしまうほどにトリガーを引き絞られていた。

 元々単発発射(セミオート)しか使わないカインはそのレスポンスを高めるために、指先が震えただけでも暴発する程度に引き白を詰めているせいで、脳が反応して指が動きトリガーを引き切り撃発するまでが異常に速い。

 その時間はおよそ無改造の軍用品(サービスライフル)の5分の1以下。己のために限界まで擦り込んだパーツ群は要求された速度を出すために選び出され、その為だけに徹底的な慣らしを行われた上で初めて現場で使われる物。その感覚は手足を操るのと同じで、ある種の境地という奴だろう。他人が使えば暴発は免れない。

「吾輩を殺めたとて何も変わらぬ。無用な殺生はよせ、小僧」

「なら、要求に応えろ。無意かどうかはそれ次第だ」

「普通に訪ねればよいものを……」

「普通? 平和的にか? 莫迦を言うな。お前相手にそんな余裕は無い」

「魔素を見られたから、かの?」

「さてな」

 カインを止めるようにしてサニアとエレインが2人の間に割って入ろうとしたが、ヤコは「退いておれ」と言わんばかりに手で払って下がらせてしまった。

 かといって傍観していられるわけもなく、何かあればすぐにでも飛びつける程度の距離で各々身構えていた。拘束ができずとも、大事を避けるくらいなら……と。

「つまらぬ程に起伏のないお主がここまで取り乱すとなれば、話の流れとしては勇者関連じゃろうが……。して、事を話す気は」

「お前が話せ。次第によっては開示してやる」

「呵々! お主のような小僧が吾輩を討てると思うとるのか」

「分の悪い賭けは好まないからな」

「大きく出たのぅ、小僧。灰燼に帰してくれるわ」

 サニアがどうにかして2人を止めようと様子を伺う内に、最も悪いタイミングで──いや、2人にとって最も良い瞬間にパキリと音が鳴り響いた。

「っ───」

「ッ───!?」

 それを合図と取ったのか、ヤコがKTR-08を払いのけると同時にカインが鮮血にも思える紅い炎で包まれた。日を遮る木々にも届きそうなほどに巨大で、明らかな火力を見せる猛々しい炎だ。

 その体躯からは想像もつかない力でとばされたKTR-08は投げ捨てられた棒の如く宙を舞い、自らが生み出した炎に自身の勝利を確信したのだろう、集中するためなのか止めていた息を吐いたと思えば、肺の中の空気はヤコの意思とは関係無く過剰に吐き出されたのだ。

 そうしてようやくKTR-08はストックから地面に落ち、カインを包んだ炎は何事もなかったように消失した。

「ぐっ! ……ぅ」

「この程度……ごほっ、ブルー程にも焼けやしないぞ。髪は焦げたが」

「おぬ……し、なにゆえ……!」

 確かにカインは炎に呑まれ、そしてKTR-08は一切の動作をさせずに弾き飛ばした。確実にそれはカインの反応速度を上回り、かつ炎の火力も服は愚か皮膚表面を焼いて戦闘不能にするには十分な火力であり、故にヤコは気を抜いてしまった。

 だが、その時だ。

 端々が炭化した長い白糸を翻しながら、炎の中からこの男は現れた。右腕で顔を守りながら飛び出し、左手でヤコの左手首を掴んで首元まで捻り上げると同時に腕を顎下に押し当てつつ、右手で胸元を摑み上げて最も近い木の幹にヤコを叩きつけたのだ。

 強く圧迫された影響でヤコは肺の空気を押し出され、その隙に左肘を右上腕に強く押し当てる事で上半身の動きを封じてしまっただけでなく、叩きつけると同時に右手ではMP-443を抜いて銃口を骨盤に向け、地面から放されて自由になった両足の間に自身の腰を横向きに押し付ける事でまともに蹴れない姿勢にしてしまう。

 カインは肉付きの良い方ではないが、それでも元々の体格差がありすぎる。これでは肉体的な反撃は難しい。

仕掛け(トリック)は何も無い……お前が火加減を違えただけだ」

「戯けっ! 吾輩は確かに、十分な炎で!」

 十分な炎。

 確かにそうだ。だが、それはヤコの知る限りでしかない。

 現代科学の生み出した難燃繊維は、この世界の衣服よりも燃えづらかったというだけだ。

「この距離で”殺すのに十分な火力”など考えるから程度を間違える。陸上生物を低火力で殺すのなら高熱を飲ませて気道を焼け。外側から焼くのなら水が瞬時に蒸発するより強く焼け。扱う知能がなければ如何なる力も勝因に成りえない。不明確な相手に打算を持ち込むのは2流の証だ」

 身動きの取れないヤコに向けていたMP-443を右腰のホルスターに戻し、そのまま跳ぶようにして1歩下がる。

 突如自由になったヤコの体は当然落下するが、片膝を付くこともなく着地していた。それほどの高さがあったわけでもないが、それでも気道を押さえられていた状態からこの反応ができるのは本人の強さとも言えるだろう。

 よろめく様子はないが、喉を圧迫されたせいか咳き込んではいた。

「カイン様!? 大丈夫ですか!」

「いっいまっ燃えて!」

 ようやく反応できた2人に見えたのは、自分たちの後ろでヤコが開放された瞬間だけだった。運悪くサニアが踏み折った枝に振り返っている間に火柱は上がり、その明かりに気がついて視線を戻す頃には入れ違いでカインが抑え込み、炎が消えた所でようやく後ろの声に耳が機能したのだ。

 まるで顛末が読めないままではあるが、ヤコとカインの間に先程までの剣呑な雰囲気が無いのだけは確かで、訊きたいことは幾つかあれどほんの少し安堵を漏らしてしまう。

「こほっ、こふんっ。全く……お主、殺し慣れておるな?」

「人間相手なら、な。お前が人の形でなければ難しかったろう」

「言いおるわい」

 心配で声を荒げる外野を無視した2人は鼻を鳴らすように短く笑いあうと、何事も無かったかのようにカインはKTR-08を取りに行き、ヤコは喉の違和感を気にしながらも大きく欠伸をしていた。

 まるでどういう事かもわからないままの2人は終始置いてけぼりで、無視されているのもあって呆然と立ち尽くすばかり。それを見かねたのかどうかはさておき、ヤコはサニアをその場に足を組んで座るように伝えるなり、その上にちょこんと居座ってしまう。

「え、ええと……これは?」

「まあま、ちぃとばかり貸してはくれんかの? つかの間の休息じゃ」

「エレイン」

「……はっ!? はいっ、カイン様! カイン様はこちらに!」

 この流れはもしや!

 等と混乱した頭で都合良く考えたエレインが膝を揃えて座るなり、自分の股を軽く叩いてアピールするも

「焦げた髪は治せるか」

「はい! どうぞいつで───……髪、ですか? 申し訳ありません、それは……できません」

「なら、焦げた所を手櫛で取ってくれると助かる」

「ええ。はい。お任せください……」

 その行動に一瞥するわけもなく、カインはエレインの横に座り込んでKTR-08を置いてしまった。かといってMP-443を抜くわけでもなく、普段よりも警戒が薄いのが見てとれる。

 先を読んだつもりが、予想していなかったわけでもない未来で確定してしまったエレインはほんの少しでも期待してしまったためか、やや落ち込みながらも、それでも丁寧に手櫛で炭化した髪をすくい取っていた。

 遠目に見ればサルのノミ取りに見えなくもない。

「お主が勇者に対して何を抱いておるのかは知らぬ。じゃが、並々ならぬ事情もあると見た」

「前置きはいらん。話せ」

「雑談も無しとは、急かすのぅ……。まあよい。お主とて同じじゃろう、吾輩は勇者に反感を抱いておる」

「理由は」

「言動が勇者などと言えたものではないのでのぅ」

 溜息交じりにヤコが苦い顔をすると、カインの後ろでぷつりと白糸が千切れた。どうやら髪が引っかかってしまったらしい。

 大して手を掛けていたわけでもなし、ましてや半ば焦げているのだからとカインは気にもしなかったが。

「申し訳ありません、カイン様」

「構わない。……ヤコ、続きを」

「うむ。奴はとある魔物を討つべく我等の集落を訪ねてきたのじゃがな? 助力が欲しいと言うて戦士を1人見繕っていったのはよしとして、ちと面倒な置き土産までしてくれてのぅ」

「土産……。悪いが、お前達の言う隠語はよくわからん」

「2人ほど手篭めにして孕ませおった」

「「──────っ」」

「だっ。……つぅ」

 ブヅリ。

 サニアとエレインが息を飲んだかと思えば、思わず握り込んだであろうエレインによってカインの髪が数本千切られていた。

 それがヤコの放った言葉への反応故に起きた事故なのはわかっているので、カインは振り向くだけで何も言わないがエレインはそうもいかず、程度遅れて平謝りを初めてしまう。それを微笑ましく眺めているヤコの心境は計り知れないものだろう。

 サニアは目を見開いたまま硬直してしまっているし、エレインも半ば信じられないといった顔だ。

 カインはといえば、軽く溜息を吐くだけなのだが。

「我が子同然の仲間を連れて行かれた上に、強姦か……確かに、穏やかではないな」

「まあ、戦士の方はまだよい。道案内だ助太刀だと、手は貸すつもりでおったしの。じゃが後者は別じゃ」

「しかし、それでどうすると」

「うむ、礼もせず捨て置くわけにもいかぬのでな。いかぬが……吾輩ではどうともできぬ。他の子らでは刃が立たぬ。情に訴えようにも、あれで勇者じゃからな……個々の同情は得られども、それでは一矢にもならぬ」

「よもや、表立って反勇者を掲げる莫迦は居ないだろうしな」

 勇者は神の御子である。

 正確にはアイラストリアが掲げる神の加護を受けた特別な存在であり、その力は正義がためであり行いもまたしかりとされ、それを相手取るというのは社会的にも政治的にも立場が危うくなるというものだ。

 ヤコのように恨みを抱く個人ならまだしも、集落や村がそれを掲げるのは非常に難しい。それに、一面はどうあれ大局的に見れば人の側に立っていることは間違いない。言い換えてしまえば反乱にも近しい。

 最悪なのは理由が乏しいというか、民心に響き難い辺りだろう。なにせ悪行が知れ渡っているわけではないし、無理に子を産まされたとしても神の加護だとか言い出されかねない。そうなったらどこまでも面倒だ。

「疑う……わけではないんですが、その、本当に勇者はそんなことを……?」

「信じられずとも仕方あるまいが、事実じゃ」

「……そうですか」

「うむうむ。半人の娘は聞き分けがよいのぅ。お主も見習えっ!」

「断る。それより、勇者がやったという照査はあるのか」

「獣人の嗅覚を侮るでないわ」

「証拠は無いわけか……いや、当然か」

 カインとしては映像だの写真だの、あるいはDNA鑑定だのと考えもしたのだが、この世界にそんな高度なものはありやしない。当事者から検体をとって照合する機材くらいなら教会に戻ればあるものの、そこまでしてやる気は毛頭無かったし、そもそも勇者を捕まえることが難しい。

 かといって、裏付けもなくはいそうですかと信じる頭もしていない。敵と思わせ迎え入れ、油断した所に同情を被せて擦り寄り潜り込む、そんなものは潜入工作の常套手段にも等しい。誰を信じればいいのかはわからないのだ。

 正直なところ、カインという男の頭に信頼できる味方などというものは現状存在していない。ヴァースはいつ自分を裏切るかもわからない、ただ目的が一致しただけの者。サニアは自分を必要とはしているが、神託などという不明確なものにすがっている不安要素。エレインに至っては別行動を提案した時点で口封じの必要性すら視野に入れられている。

 そんな現状で更に不安要素を増やせばどうなるか。今でさえ慣れない集団行動で胃を痛めているというのに、このままでは食道が全てを逆流させるのは想像に難しくない。

「吾輩とて形は違えど神の御言を授かる身、偽りを吐く事は無いぞ?」

「真偽は私が判断する。……それで、お前が同胞だとして、それがどうした。何を求めて私に取り入る」

「お主な……もう少し色々あるじゃろうが。傷物同士舐め合うとか」

 たった数秒のやり取り。人によっては先の殺し合いを一瞬だったと言うかもしれない。

 あまりにも強引で不器用なアプローチではあったが、そこは年の功というものか、ヤコは理解した上で相対したのだ。命懸けの応酬を経たのなら信頼に値するとでも言わんばかりに。

 まあ、本当に双方がその思いかはともかく。

囀る(コトバ)ばかりで羽ばた(うご)かない(ヤツ)(ミライ)はない。私は奴に用が有る、お前は奴を一発殴ってやりたい、なら行うべきはなんだ?」

「焦るな小僧、逸り過ぎじゃ。ここまで来てお主を疑いはせぬし、助力も惜しまん。じゃが、道筋は見えておるのか」

「……いや、それは」

 ようやく互いに理解を得たのはいいとしても、肝心の事はなにも決まっていないばかりか手段すらも不明確だ。

 勇者がどこに居るのか、どの程度強いのか、何を持ってるのか、どう行動しているのか。

 手掛かりと呼べるようなものは何1つありやしない現状を見透かされたのか、歯切れの悪いカインの返事にたまらずヤコが溜息を漏らしてしまう。

「なにも知らず、こうも派手に行動しておったのか……」

「ぐっ……。以前と勝手が違いすぎるのが問題だ」

「さぞ楽な所におったのじゃろうなぁ。……さておき、勇者の居場所なら知っておる。おそらくはまだその辺りに滞在しておるはずじゃ」

「本当ですかっ!」

「こゃっ!?」

 突然声を上げたサニアに驚いてか、ヤコの体がほんの少しだけ浮いていた。

 頭上に見える狐耳が本物なら耳元で急に声を出されたわけだ、人種関係なく驚きもするだろう。

 それに対してなのか、サニアの腿を小さな手でつねっていた。

「急に声を荒げるでないっ、戯けめ!」

「いたっ、痛いです!」

「それで……勇者の居場所とやらは」

「追って話す。今はそこな神官の事情で滞在しておるのじゃろう? 焦ることもあるまいて」

「……そうか」

「申し訳ありません、わたくしのせいで……」

「いや、おかげで僥倖が巡ってきた。ここでの情報収集はアナログだろうからな……」

 誰かを暗殺するにしても、あるいは拉致するにしても、計画を以て行う場合に重要なのは初めの情報集めだ。

 必要な種類は多岐に渡るものの、この世界ではその初歩である個人の特定すら難しい。住所なんてものは不明確、氏名も勇者としかわからない、年齢や職業もさしたる意味を為さないだろう。しかも、カインの居た世界のようにそれらの情報を保持するデータベースすら存在しない。全く知らない異文明の中で誰かを意図的に探すなんてのは、そもそもの仕組みから違うのだから簡単な話ではない。

 覚悟はある、実行もしている。けれども雲を掴むほどに実感のないもので、考え過ぎて思考が無限回廊に巡るのを避けるためにカインは足を動かしていたのだが……。

 その不安の中で思わぬ光を見つけたからか、少しばかり気分も良いようだ。

「問題は山積みだが、ここから先、急に尾を見失う事は少ない。ようやく動ける」

 なにか1つ、本懐につながる枝葉さえ掴めてしまえば簡単に見失う事態はそう簡単に起こらない。それこそ相手が逃げようとしない限りはだ。

 その点、今は有利な立場にある。相手はこちらの存在を知らず、一切の接触(アプローチ)すらしていない上に勇者は有名人でもある。そんな相手が簡単に雲隠れできようはずもないのだ。

「して? 如何様に事を成すつもりじゃ」

「実状を見てからになるが、今の所は荒立てずに済ます予定だ。奴らが脅威として認識する前に態勢を整え、暴動が起きない形で勇者を衆目から消し、各々の目的を達する」

水爬虫(タガメ)か……。まあ、真正面から動けばどうなるかわからんからのぅ」

「……タガメ?」

「隠密行動の事じゃよ」

「ああ……比喩か」

 潜入工作員(シピオン)絶滅危惧種の土竜(ヴィーフホリ)と呼ぶようなものか。事柄を生物に例えるのはどの世界も変わらない。

 この世界でも人の──言葉の通じる生物の思考回路がある程度の共通性を持つことに安心したのか、それとも思いがけず勇者の手掛かりを得たからか、カインは何かを納得したように肩の力を少しだけ抜いていた。

 サニアもサニアで自分が座椅子にされていることに疑問こそ残っているものの、その顔からは幾分か荷が下りていた。

 大した計画性もなく思いきりでカインを召喚したはいいが、その先を考えてはいなかったのかこうして手探りになっていた辺り、余程の思いではあったのだろうが。

「話は夕餉でもつつきながら詰めるとしようかの。お主に紹介せねばならぬ相手がおる」

「……被害者か?」

 ここまできて他者を介入させようという魂胆に嫌気さえするが、必要な情報を得るためだからか、先程までとは違ってカインも矛を収めていた。

 ヤコも声音が変わったのを感じたようで、近所の子供でも眺めるような曖昧な顔をしていた。彼女からすれば、カインといえども幼子同然なのだろう。

「朋輩じゃよ。吾輩の集落で起きた事をつぶさに覚えておる輩がおるでの」

「事情の説明って事ですか?」

「平たく言えばそうじゃな。夕刻に使いを寄越す故、宿で待っておれ」

「従おう。……それで、山が騒がしいが……心当たりは」

「なにを呆けておる。それは吾輩が先に問うたじゃろう」

 少し前に自分が質問されたことも忘れたのかとヤコが頬を膨らませていると、返事代わりに溜息を1つ漏らしてKTR-08のグリップに手をかけた。

 そのままボルトハンドルを半ば程まで引いて弾の装填具合を確かめ、セレクターをセーフティの位置に届かないまでも跳ね上げては下ろし、パチリ、パチリと何度もセレクターを弄っている。手慰みの様に繰り返されるそれはある種の"鯉口を切る”動作でもあり、ぶっちゃけた話が消化不良で鬱憤が溜まっている上に暴れ足りないので、正面切って煽っているようなものなのだ。

 残念ながら銃の存在が無いこの世界では通じないが。

「それは神とやらの話だ。この感じは空か……? 等間隔で何か音がするが」

「どんな音かはおわかりになりますか?」

「いや、そこまでは。私も耳が良いとは言っても、せいぜい音がしたという事しかわからん。判別は君のほうが利く」

「空で等間隔……もしやっ! お主ら、今すぐ支度をするのじゃ! 村に急がねば!」

 慌てた様子のヤコが声を上げると事の大きさを感じたのか、他の3人は質問を返す前に立ち上がった。

 心当たりのある様子でああも慌てられては、なにか大事であると即座に判断もつこうもの。カインはKTR-08のスリングをツーポイントに切り替え、背中に廻してスリングを縮める事で暴れないように密着させる。

「急ぐなら担ぐが」

「頼む! 吾輩はちと集中せねばならんのでの!」

「こちらです! お早く!」

「道すがらで構わん、説明しろ」

 ヤコを左脇に担いだカインが走り出し、エレインが先導するようにして一行は村へと急いだ。

 事情がわからない3人は指示されたとおり村へ向かうしかないのだが、言い出した本人はカインの腕の中で目を瞑って何やら唸っており、とても説明ができるような姿ではない。

 手足を投げ出しているせいで、いっそ揺らされて吐きそうになっている様に見えないでもないが。

「それで、なにがあったんですかっ?」

「ええい、焦らすでない生娘が! 逸る女は嫌われるぞ!」

「きむっ……!? 今は関係無いでしょう!」

「男性的にはどうなのですか!?」

「私を世俗の代表にするな」

 緊張感のない会話に救われたか、それとも事足りていたのか、ヤコは唸り声ではなく言葉とは思えない声を漏らしていた。

 絞り出すようにして聞こえるそれは腹部を圧迫されているからなのか、それとも恐怖かなにかなのか。身の震えを腕で感じているカインだけが事態の深刻さを理解していた。

 言葉に出来ない程の何か、いわば生物的本能から生じる恐怖に襲われた者の行動というのは、人間も獣もそう大差無い。なら、おそらくは獣人も同じだろうと、そう解釈しているようだ。

 これでは解決には至れないと察したのか、カインはヤコにだけ聞こえるよう小声で話しかけた。

「……2人は先に行かせたほうがいいか?」

「……………………無駄じゃ……。斯様な森でなければ吾輩でも倒せるが、状況が最悪に近い……!」

「何が起きてるのかは知らんが、今更避難は間に合わないと?」

「うむ、うむっ……。せめて、草木がなければ吾輩が!」

「まずは落ち着け、会話をしてくれなければ理解できん。是か否で答えろ」

「こやっ!? 何をする!」

 ヤコの頬を緩くつねると、それで少しは気が回ったのか、手を払い除けてカインの眼光を睨み返していた。

 先程までの動転した様子とは違い、今はきちんとカインを見れている。それが狙いだったのだろう。

「村人の避難は必要か」

「……騎士団も開拓者もおらぬ。逃げても間に合わぬじゃろう」

「相手は単体か?」

「うむ……。じゃが、この立地では吾輩は戦えぬ……!」

「……なら、そいつに目と耳はあるのか」

「あろうが……如何にするつもりじゃ。呪詛でも吹き込むのかやっ」

「相手は飛んでいるのか?」

「あ? う、うむ。翼での」

「そう、か……」

 現状のヤコや村人には対処できず、かといって見捨てれば勇者への糸口を失う。いや、そもそも倒せるかもわからないが……。

 どちらにせよリスクは高い。この怯え方を見るに、およそカインですら敵うかは不確かだ。逃げたとして助かる保証は無い。


 《我々だけなら逃げ切れる可能性もあるだろう》

 《どうせ死ぬのなら足掻いてからでも遅くない》◀◀


 妙に落ち着いているカインは必要な事を訊き終えたのか、しばし無言のまま走り続けていたと思えば急に盛大な溜息を吐き、全く隠す気のない舌打ちをかましていた。

 面倒なのか諦めなのか、それともただの悪態なのか。

「サニア、エレイン、2人は先に村へ戻って”何も知らないフリ”をしろ。ヴァースには援護に来るよう伝えてくれ」

「えっ? ちょっ、カイン!?」

「なにをなさるおつもりですか!」

「何ができるかはわからん。相手が何かも知らん。ただ……まあ、なんだ。いいから従いなさい」

 どうにも歯切れの悪い様子に2人が顔を見合わせると、互いに小さく頷いた途端、エレインの走る速度が目に見えて早くなった。同時にサニアは足を止め、カインも釣られて立ち止まる。

 エレインは人の身であるサニアとカインに合わせていたのだろう。エルフとしての身体能力を見せつけるように、その姿はすぐに木々で遮られた。

「頼むのが下手すぎです」

「……脅し以外の頼み方は不慣れでな」

「物騒な……。帰ったら必ず説明してもらいますから」

「ああ。こいつが」

「吾輩に丸投げかの!?」

 カインが見せつけるようにヤコを持ち上げると、サニアはくすりと微笑んでいた。

「なら、待ってます。……絶対に無事でいてください」

「善処しよう」

 約束はしない。

 それをわかっていたのか、サニアは満足したように走り出した。

 何が起きているのかも、どうしてそんな提案をしてきたのかも、2人は一切を知らずとも信頼して従ったのだ。それはカインという人間へのものなのか、それともヤコの在る立場に対してなのか、あるいはその両方か。何故かはわからずとも信じるに値するとされた。

 そうあっては、託された者として気も入るというものだろう。

 いや、説明が無いのはヤコがパニックを起こしていたせいもあるのだが。

「そろそろ落ち着いたか」

「……すまぬ。取り乱した」

「……。非常に危険な飛行生物が迫っているのは理解したが、具体的には」

毒蝙竜(どくへんりゅう)と我らは呼んでおるのじゃが、その若輩が此処へ向かっておる。彼奴の鱗には鉄の武器が効かぬでの……生半可な手段は自殺行為じゃぞ」

「だが、生物に変わりは無い。相手が目と耳を持っているのならどうにかなるだろう。……私の知る限りでは、たぶん」

 エルフや獣人を見た後では「異世界だし竜とか出てきても今更な……」と諦め気味なようで、カインとしてはもう何が起きても受け入れられるような気さえしているらしく、せめて生物的構造がある程度同じなら他は望むまいといった心境だ。

 相手が何かもよくわからない現状では危険度も判断できず、その気楽さたるや周りの人が更に焦るほどと言えよう。

「しかし……姿が見えないが、まだ随分と距離があるのか?」

「策を練るのなら今のうちじゃぞ。人の耳にも届く頃には手遅れじゃ」

「音の気配ばかりで気味が悪いな……。まあ、策と言うほどのものでもないが、少し協力しろ」

「こうもなれば従うほかあるまいて。して、吾輩は何をすればよい? 勝算は?」

「その前に訊きたい。お前の炎で燃やす事はできないのか」

「無理じゃと言うたろう」

 聞き分けのない子供でも見るかの如く溜息交じりに否定され、ついぞ我慢しきれずにカインはヤコの額を小突いていた。

 ついさっきまでは慌てふためいてきちんとした会話も出来ていなかったのに、少し落ち着けばこの態度、むしろ銃口を向けない事の方が驚きだ。

「……なら、もしここでそいつを討伐、あるいは撃退ができなかった場合は」

「運が良くて、村人が数名生き残る程度じゃろうなぁ」

「……食うか食われるか、か。殺し屋に狙われた時の方が気楽だったな。殺し屋と言えども所詮は人間、他の如何なる生物よりも悪どくとも、その手口は人間の域を出ない。未知の生物……竜なんぞ、伽話にしか知らないものを相手にするのは、こうも怖いものなのか」

 言って、ようやくヤコを解放したカインは自分の掌を眺めて、先日から胸の内に渦巻いていた恐怖をハッキリと自覚した気分になっていた。

 ここは、異世界。自らの生きた世界の歴史とは大きく異なる、右も左も摂理も法則も様々な要素が違う、自分が全く知らない世界。そんな場所に放り込まれ、初めは「生きる理由が無いから」と自殺すら考えた。

 今になって思う。あれはそんな理由ではない。ただ単純に「未知の世界が怖かったから」なのだろう。

 だからこそ、あの夜に昔の事を思い出したのだ。己の定義を今一度確認するために。

「お主にも恐怖があるのじゃな……?」

「これでも怖がりだ。……前にも言わなかったか?」

「どうじゃったかのぅ。呵々」

「……。とりあえず、お前は私の耳になってくれ。これをそいつの目の前に投げ込む」

 カインがベルトの右後ろから掌大の丸型フラスコのような物を取り出すと、ヤコは興味深そうにそれを眺めていた。

 以前使った筒状の手榴弾───傷痍手榴弾(サーメート)とは違い、その形はテニスボールにアイスの棒を差したような形だ。

「なんじゃこれは」

視聴覚無力化兵器(スタングレネード)。……近場に居る相手の目と耳を潰す道具だ。これでおそらく墜落すると思うが……」

「ほぉー……珍妙な物じゃのぅ。度々それらしき姿を見ておるが、お主の大陸では神官と言えど護身はできるという事かや」

「……私は非武装ではないが?」

「神官なのにかの? 確かに鉄杖も武器にはなろうが」

「私は人も獣も殺すぞ」

「…………」

 嘘を突き通す気があるのか無いのか、なんかもう考えるのが面倒に感じたヤコはじっとりとした視線を向けることしかできなかった。

「まあ……よい。そろそろ奴も近い。訊きたい事は山ほどあるが、後回しじゃ」

「遅延信管は4秒に設定してある。上空を通り過ぎる6秒前に知らせてくれ」

「ろくびょう……? びょう、とはなんじゃ?」

「…………」

「…………?」

「万策尽きたか……」

「吾輩のせいなのか!? そうなのか!?」

 後に残されたカインの記録曰く「考えてみれば異世界で時間の単位が同じなわけがないな」だそうだ。

「こうなったら、危険を承知で無理矢理に当てるしかないか……」

「う、うむ!? 吾輩はどうしたらよい?」

「………………座ってろ」

「あっ………………はい」

 指示が思いつかなかったようで、カインは投げやりに吐き捨てるしかできなかった。

 それを真に受けて本当に木の根元で膝を抱えて座り込んでしまうヤコを見てか、その見た目故に罪悪感を感じる事ができる程度には、未だ良心が生きているらしい。

「ああ、ようやく聞こえ……───羽ばたいている音だったのか」

 判別はできないが、なにかしらの音がする……ような気がする。そんな経験はないだろうか?

 どこかで音が鳴ったような気がする、何かが聞こえたような気がする。カインはそんな勘違いとも思えてしまう識別不能な音を感じる領域が広く、それはエルフや獣人を凌駕するほどだ。単純に怖がりの影響かもしれないが。

 ようやく判別ができた音の正体が理解できたと同時に、それが未だ遠く、だというのにハッキリと聞こえる事にも納得せざるをえない。なにせ相手は空にいるのだ、その音を遮る物は少ない。

「餌は無い、策略も無い、情報も無い、装備も無い。それで空飛ぶ獣相手とは、ついぞ自棄にでも……なってたか、最初から」

 カインが閃光音響手榴弾をベルトに戻し、背負っていたKTR-08を降ろすとろくな構えをとる事も無く銃口を空へと向け、サムセーフティを解除するなりトリガーを引き絞った。

 先の役目を全うするかの如くKTR-08は十全に、瞬間的に動作し、ヤコがこれまで聞いた事も無い破裂音を鳴り響かせる。

 あまりの音に毛を逆立てている様はなんとも動物的で、生命の危機にでも直面したかのような反応だ。

「ななななななんじゃ!? 何が起きた!!」

「これで助からなければ、全ては儚い夢で終わりか……本当に夢オチなら気楽でいいんだが」

 パチン、パチンと強烈な音を響かせながら、4つほど薬莢を吐き出したところでKTR-08を地面に置いたと思えば、今度はMP-443を抜いてマガジンを取り出し、ベルトの左側に並ぶ予備のマガジンから1つ選んで入れ替えていた。

 廃莢口(ポート)を手で覆うようにしてスライドを引き、手の中に転がり込んできた弾をポケットに放り込み、装填を確認してからMP-443もホルスターに戻してしまう。そうして再び、手には丸型フラスコのような樹脂製の手榴弾───閃光音響手榴弾(スタングレネード)を構えたのだ。

「合図をするまで耳は塞いで……」

「う、うむ!? 何か言っておるのか!? 音が聞こえぬのじゃ!! せめて口を見せい!!」

「………………そういえば、耳栓(チップ)、渡してなかったか」

 なにやら騒いでるのが気になって目線を向けてみて、ようやく気がついた。

 いくら減音機(サプレッサー)を装着しているとはいえ超音速弾の、ほんの数メートルしか離れていない距離で、一切の心構えも無く、更には獣人という人の域を超えた聴力で発砲音を捉えてしまえば、集音に適した獣耳の聴覚を一時的に破壊するなど造作もないことである。

 ヤコは銃声のせいで耳鳴りが酷く、今やろくに音が聞こえていない。それを察してか、カインは即座に近寄ってヤコの狐耳をくしゃりと押さえつけた。

「うゃんっ!?」

「そのまま塞いでいろ」

「ななっなにをする! 我が耳に触れるなぞ求愛の1つでもしてからにせんか!」

 ピクピクと反応する耳と、どうしてか朱に染まった頬、加えて上目遣いで反抗されたカインは思わず率直な感想が漏れてしまった。

「……ババアに色気づかれてもな」

「噛み千切るぞ?」

「お前聞こえてるだろう」

 急にドスの効いた声色に驚きもしたが、それはそれ。

 耳の聞こえない相手に耳と目を塞いでいるよう伝えなければならないため、ヤコの両手を取って耳を押さえさせた。

 容姿のせいもあって、耳を押さえてしゃがみ込んでいる姿が怯えている子供にしか見えないのはご愛嬌、カインも内心複雑な心境だ。

「目も閉じておきなさい。……なんだ、やはり聞こえてないか」

 その姿に意図せずして口調が変わってしまったが、ヤコに従う様子はない、先程のは偶然か。

 そうして2人がじゃれていると、聞こえてくる翼の音に違うものが混ざり始めた。よほど低空を飛んでいるのだろう。風圧に負けた木々の擦れる音が鳴り響き、やがて2人の周りの枝葉すらもがざわめき始めたのだ。

 カインは急いでKTR-08を拾い上げ、片手で1発だけ地面に向けて撃ち込んで手放してしまう。

「これで釣られてくれ……」

 風を薙ぐ音に耳を澄ませ、少しでも正確な位置を割り出そうとすればするほど、その心は乱されつつあった。

 カインが思いついた策は単純だ。ヤコから聞き出した情報からある程度の知性を持つ獣である事は推測でき、それが翼を持ち空を飛んでいるものであり、目と耳を持ち剣では刃が通らない生物。これらから思いついたのは、スタングレネードで墜落させて麻痺しているところに、生物的急所である眼か口から最も貫通力(MP-443の)の高い弾(APマグナム)を撃ち込んで脳を破壊しようという試みだ。多くの生物は頭蓋骨の目や口、鼻の位置に脳へ繋がる穴を持つため、これらの部位からは何に邪魔されることもなく弾が届くだろう。

 だが──

「…………くそ……」

 ──それは、想像を絶するプレッシャーを与えていた。

 手順は2つ。たったの2つだ。

 今までこなしてきた幾百の裁きと比べても圧倒的に単純な策は、成否の全てを最初の投擲に委ねられていると言ってもいい。

 タイミングを計り、相手の正面で起爆させるだけのこと。今までに何度も人を相手に繰り返し、その全てを成功させてきた事だ、焦らなければ失敗する事は無い。ただ風の隙間を縫って投げ込むだけでいい。それだけの事。

 それだけの事が、スタングレネードを持つ右手を小さく震わせる。

 津波のように押し寄せる不安の中で、一層強く風を感じ取ったカインは安全(セーフティ)ピンを抜き取り、上空に向けて大きく振りかぶった。

「あ──たれッ!!」

 パンッ、と小気味よい破裂音を響かせながら遅延信管が起爆(ファイアリング)レバーを弾き飛ばし、頭上に放り投げられたスタングレネードは極僅かな曲線を描きつつ、迫り来る風の主の眼前で鼓膜を突き破らんとする轟音と共に2つ目の太陽と化した。

「ッ……!」

「目があああああ!?」

 この世のものとは思えない爆音。太陽を直視するよりも激しい閃光。それらを不意に、かつ同時に得た脳はただただ混乱し、多くの生物が立っていることすらできなくなる非殺傷の一撃。

 毒蝙竜(どくへんりゅう)と呼ばれた巨大な影もその例外ではなく、広げていた翼を乱雑に振り回し、まるで火山から吐き出された岩石のように木々を薙ぎ倒しながら地面を抉って墜落していた。

「ふおおおお……目が……耳がぁ」

「ハッ……。ファンタジーも大した事が無いな」

「おるのか? のぅ、お主はおるのかぁ〜?」

「…………子供かお前は」

 両手を伸ばしてふらふらしているヤコの頭をぐしゃりと押さえつけ、カインは足早に毒蝙竜の下へと向かって行った。

 木々を数本挟んだ向こう側に佇む姿はおとなしいものだ。暴れるわけでもなく、腹と顎を地面に預けてただ静かに横たわり、嗚咽にも思えてしまうか細い鳴き声が静かに響いていた。

 クルル、クルルと息を荒くしている様はなんとも無様なもので、墜落したときに巻き上げたであろう土塊にまみれた姿はある種の迷彩のようにも働き、深緑の姿も相まって天敵から隠れて怯えている様にも見える。

「人間なら丸呑みにでもできそうだな」

 よほど大柄でない限り、大人でも噛まれたら上半身がさようならか。

 カインはあまりのスケールに静観してしまいそうになったが、暴れ始める前に息の根を止めるべく、万が一に備えてやや離れ、脳があるであろう部位と相手の眼球を挟んだ位置でMP-443を抜いた。左膝を立て、右膝をつき、両手でしっかりと保持された銃口はカインの呼吸に合わせて僅かに揺れ動きながらも、撃ち抜くべき1点を捉えて外す事は無い。

 うっすらと目元で涙のような物が光を反射しているが、瞳孔がまともに機能している様子もなく、トカゲのような頭は静かにその時を待っていた。

 罠に掛かった獲物を殺す猟師は、こんな時に何を思うのだろう──ふとした疑問が浮かんだが、MP-443のトリガーは迷いなく絞られた。

 KTR-08よりも大きな銃声を響かせると、呼応するように毒蝙竜の全身がビクンと痙攣する。

「…………届いた、のか」

 数秒ほどそのまま待つが、なにも反応が無い。おそらくは脳を破壊したのだろう。荒かった鼻息や嗚咽も聞こえてこない。

 生態構造がわからないせいで生死確認の方法も不明ではあるが、多くの生物は眼球か喉からなら頭蓋骨を避けて脳に到達できる、そうすれば心停止は不確実でも脳は破壊できるはず。剣が通らないと言われ、そのために選んだ手段は成功したらしい。

 念のためにもう1発を同じ所へ撃ち込むが、今度はビクリともしなかった。

トカゲ(ドラゴン)の身体に深緑(OD)の鱗に膜と爪のある翼。なるほど……紋章で見るワイバーンの1つか、易いファンタジーだな忌々しい」

 立ち上がって全体を見回してみれば、尾先から頭までは3……いや4メートルほどだろうか、翼膜は所々が切れていて青い体液がにじんでいるものの、広げれば全長以上、おそらくは7,8メートルくらいにはなるのではと思わせた。

 ともあれ、あとはヤコの介抱をして、素知らぬ様子で帰れば一件落着だ。

 踵を返し、カインはMP-443のスライドをオープンロックしながら薬室(チャンバー)からAPマグナムを抜いてポケットに押し込み、マガジンをHP弾の入ったものに差し替え、AP弾のマガジンをリアサイトに引っかけるようにスライドを更に引いて解放する。

 ポケットに2発も弾がある事に落ち着かないながらも、その足取りはしっかりとしたもので───後ろから吹き荒れる突風に飛ばされることなく堪え凌いのだ。

「…………死亡確認の手筈を教わっておくべきだったか」

 荒れ狂う強風に事態を察しているのか、 カインは何を驚く様子もなくMP-443のマガジンキャッチを押し込んだ。

 自重と強風に煽られたHP弾のマガジンは足元の地面に刺さり、それを拾う素振りも見せずもう一度AP弾のマガジン挿すなり、今度は廃莢口(ポート)を覆わずに力強くスライドを引き切る。

 装填されたばかりだったHP弾は宙を舞い、そのまま風に乗せられて森の何処かへと消えてしまう。

「しかし、眼窩から脳に撃ち込んだはずなんだが……。まあ、諦めが悪いのはお互い様か!」

 完全に後退した所でスライドを離し、AP弾が装填されると同時にカインが振り返って銃口を空へと向けた。

 ぼたぼたと片目から液体を滴らせながら毒蝙竜(ワイバーン)は力強く低空で羽ばたき、残されたもう1つの眼球から放たれる虚ろな視線はカインを捉えている。襲ってこないのは警戒しているのか、それとも余力が無いのか。どちらにせよ充分な威圧を放っていた。

 その姿に本能が恐れを抱くが、それでもと銃口は揺らがせない。

 きっと弾は当たらないだろう。髪が引きちぎられるようなこの強風では、たった数メートルでも弾道は大きく暴れる。仮に風の隙間を縫って直撃したとしても、その上であの外殻を貫けるとは限らず、更には筋肉と骨まで待ち構えているのだ、不明確な生態相手を致命傷に至らせる確信は抱けない。ましてや再び眼球を狙うことは不可能だ。

「全く、どうやればお前を倒せるのか、勇者にでも御教授願いたい気分だ」

 必死に見栄を口に出して己を奮い立たせようとするも、たった今失敗した手段しか現実的な活路が無く、再度試すこともできないのを理解しているせいでカインの気分は上がらなかった。

 勇者なら教えてくれるのだろうか、なんて考えて、それどころじゃないなと現実に戻される。

 不安が拭いきれず、次に口から漏れたのは後ろ向きなものだった。

「いや、まあ、その前に死ぬか」

 どちらかと言えば、カインは自己評価が低い。だからこそこの状況を楽観できないし、自身が窮地に陥っていることを正しく理解した上で半ば諦めており、唯一の希望は噛みつきに来たときにカウンターで口内に乱射するくらいしかないだろう。ある程度の犠牲は覚悟する必要がある。

 他の手段で攻撃された場合、どうにもならないだろうなと思い至った時だ。

「大丈夫、死なないよ」

「は────?」

 思わぬ時に後ろから声を掛けられたからか、カインは振り向くのが遅れてしまった。

 視線と入れ替わるようにして灰を被ったような長髪がたなびき、後を追うようにして再びワイバーンへと視線を向けると思いがけない光景が飛び込んできた。

トカゲモドキ(ワイバーン)なんかにお姉ちゃん(ボク)は負けないんだから」

 声の主は強風の中を軽々と跳躍し──



 ──剣も持たず、ワイバーンの首を切り落として見せた。


今後も点々と選択肢出てくるけど、もう一方ではどうなるんだろうとか想像していいんだヨ。



カオナシ

自称:カイン

本名:???

種族:人

職業:無職

特技:キャベツの千切り(料理が上手いわけではない)・スキニング

特殊技能:無顔の呪い(被害者)



サニア・ルルイラフ

種族:ハーフエルフ

職業:冒険者

特技:火起こし

特殊技能:神託



エレイン・カーボネック

種族:エルフ

職業:弓の教官→神官

特技:裁縫・交渉(笑顔ごり押し)

技能:神聖魔術・弓



ヴァーテル・スレイム

種族:人

職業:刑事

特技:錆落とし

特殊技能:刑事の勘



ヤコ

種族:獣人(妖狐?)

職業:獣人集落の長

特技:

特殊技能:千里眼(?)





KTR-08

AKを素体にサイガのレシーバーを使って合衆国のメーカーが組み上げたフルカスタムコンプリートモデル。

信頼性をそのままに拡張性や使い勝手を引き上げた物。

外装を素のまま使うカインにしては珍しく、非常事態ということでゴテゴテと多量のMODを装着してサプレッサーまで付けている上に中も外もカスタムパーツがモリモリでSIX12を無理矢理アンダーマウントされているためハイパーフロントヘビー。弾無しで計5kgオーバーがグリップより前にある。スリング必至。非常事態だから……(震え声)

弾は7.62x39mm


SIX12

リボルバー構造のユニット式ブルパップショットガン。

10.5inchバレルにバーティカルグリップを使用することでフォアグリップ変わりにしている。

本来AKにつけるものではないし想定もされてない。非常事態だから(ry

弾は3inchまでの12ga(12x70を使用)


MP-443

強装弾に対応したピストル。

衣服の下に収める事を想定された作りになっているが、秘匿目的の構造ではない。

強度面からフルスチールの国内向けモデルが選ばれた。


閃光音響手榴弾(スタングレネード)

みんな大好きクソデカボルト&ナットのM84"ではない"。樹脂製の小さな丸型フラスコのような形をしたЗаря-2М(ザリャドヴァーエム)で、信管は4秒に設定されている。

爆音は非常に強力で、最大で4-5時間は難聴が続く時もあり、距離によっては耳の内部から出血を伴う場合も。

ファイアリングレバーが耳に心地よい着火音で飛んでいくのと、見た目がダサいシリコンカバーがお気に入り。

みんな調べろ!

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