WYVER(N) 3-1
ゲームのイベントが幾つもかぶってた。つらい。
クリーブ姉妹可愛い
一夜明けて昼下がり。
時折、荷馬車に乗った行商人とすれ違いながらも延々と未舗装の道を歩いていると、カインとエレインが何かに気がついたようだった。
それが”なに”かは2人共口にはしないが、敢えて言葉にするのならこう言うだろう。
「空気が違うな」
「カイン様も感じられますか?」
「具体性は無いが……差違がある事だけは」
違和感にも近い空気の変動。
気圧や風向き、気温といったものではなく、肌に感じるものが変わったことだけしか認識できない。
しかし、それにヴァースとサニアは気づけないらしい。
「これは他の神様の領域に移ったからなのですよ」
「他の神? 神が複数居るのか」
おっさん2人の召喚された国、アイラストリアが宗教の盛んな国家なのはすぐにわかった。であればこそ、神が複数居るのを認めるというのは珍しい。元の世界では唯一神の宗教が多数を占め、多神教は数える程度故だ。
カインは何処かの教えを重んじているわけではないし、そもそも神などというモノを信じてすらいないため、言葉にした通りの感想しか持っていない。
「はい。3国にそれぞれと、魔族の方々の方にも。魔王領にも別のがあると聞いたことはありますが、噂程度に」
「……神は唯一の者、ではなく?」
「アイラストリアではそう教えられております。ですが、わたくしは改宗した身で、今でこそこうして立場を得ていますが……知見から唯一無二かと言われると、頷く事はできません」
「なるほど。嘘は言えないからな」
それでとりあえずは納得したのか、次の疑問点を投げかけた。
「では、領域とは。それぞれが領地を持つのか」
「はい。国の力が及ぶ街ではその隔たりが強いのですが、未開拓地付近や魔族領、魔王領近くですと、在籍する国と加護を授けている神が違うという事は珍しくありません」
「……随分と曖昧な境だな」
「だからこそ平穏もある、という事だと思っております。国政機関がある所以外はどちらかが所有するのではなく、共有地とすることで開拓者の皆さんも活動しやすくなりますし」
曰く。
アイラストリアを中心とした3国は大陸の北の端にあるらしく、果たして南にはどこまで続くのかは判明していない上に、アイラストリアから見て南西から南側までは魔王の治める魔王領らしいのだ。だが、互いの間に未開拓地もあったため今ではその穴埋めや南東側の開拓など、かつての敵とも協力して資源を得ているらしい。
南東側は流浪の民や未開拓地の塊のようなモノらしいのだが、今はまだ穴埋めと進出が始まったばかりとかなんとか。めぼしい成果は無いようだ。
「しかし、軍隊や統治の類はどうなる。過去に魔王に襲われた時や、その昔も何かと戦争があったろう」
「軍は一部を互いの主要都市に交換し、技術研修としてその力を与え、あるいは得ることと同時に、互いの中腹に武力を迎える事で抑止にもなっているそうです」
「下手すりゃァ死なば諸共ってとこだな」
「弱ったところを魔王に攻め込まれて大陸掌握……も夢ではないか」
カインの呟きにサニアとエレインが苦笑する辺り、どうやら冗談にならない程度には可能性があるらしい。
事実、万全の状態を取っていた3国は開拓のついでに魔王軍に手を出した結果、2ヶ月程の短期間で主要都市を奪われた上にその国政の未熟さを散々に魔王からダメ出しされ、果てには税の軽減と開拓の協力を条件に占領地を全て返還して軍も撤退、復興支援までされていたというのだから頭を抱えるしかない。
今の世があるのはひとえに魔王の采配であり、その気になれば滅ぼせる文明を見逃したという事らしい。というか、3国相手にこの圧勝ぶりはどうなのか、魔王軍。
「どうにも、この世界の外交は我々の世界に似ている所が散見できるな……」
「似ててほしくねェとこばっかな」
「共有領地も経済特区のようなものだが、実体はどう違うやら……──ヴァース、後方警戒。エレインは敵性識別」
先頭にカインとサニア、その後ろにヴァースとエレインが並んで進んでいる最中、時折似たフレーズをカインが口にする。
カインは識別はできないものの、物音へは異常に敏感だ。反応だけなら野生動物並み、識別できる範囲や大きさは人並み、それを生かして雑な広範囲レーダーの様に用いている。そこから視力の良いエレインに目視で敵性かどうかの判別をさせ、ヴァースには遠距離攻撃に備え警戒をするように声を掛ける。
まあ、この道を歩き始めてからというもの、それこそ行商人か無害な野生動物にしか出くわさないのだが。
「ありゃ荷馬車じゃねェか?」
「……と思われます。馬2頭に人影が1つ、天幕付きの荷馬車ですね。急いでいる様子もありません」
「気を張りすぎです。賊の類なら、それこそ物陰や駆け馬で」
「笑みは最大の殺意、という言葉があってな。相手に近寄る基本は無害と思わせることだ」
「そうですか……」
気疲れしそうな程にピリピリしているおっさん2人についていけないのか、サニアはあきれた様子で平然と前を見て歩いていた。つい一昨日魔獣に出くわしたばかりだというのに、よくもまあこんなに落ち着いていられるものだとカインは感心してしまうものの、それだけこの辺りが本来は平穏だという証明なのだろう。護衛も付けない行商人とすれ違う事からも、その必要がない程度だという事がわからなくもない。
それでも、カインは恐れているのだ。一昨日魔獣を狩れたのは本人からしても運が良かっただけで、今は武器こそ違うが驚異に違いはないし、人が相手なら魔術という未知の技術を使ってくる可能性すらあるのだから。
「殺傷範囲に入った」
「安全装置を切れ。高度警戒」
おっさん2人はそれぞれセーフティを解除し、トリガーには指をかけないままグリップを握り、銃は構えずにスリングで吊しているものの即時発砲可能な状態だ。
どうにも、こういう時の緊張感は何処かへ潜入している時のようだと2人は思っているのだが、妙な話ここは敵地の中とも言えなくはない状況のため間違ってもいない。
昨日、教会を出発してからというものサニアとエレインにこの世界についての話を延々と教えてもらったおっさん2人はそれなりに理解したようで、この世界は聖樹歴という暦を持つ事、勇者自体は先の魔王大戦の時には居た事、勇者は魔王に「1人が強いだけで戦争に勝てる訳ないだろプフー!」と大爆笑されて敗北して以来どこかへ姿を消していた事、最近現れたと思ったら開拓地等に出没しては手が着けられない大型の魔獣や強敵を薙ぎ倒している事、しかし勇者そのものが同一人物かどうかは不明な事等々、様々な話を聞かせてくれた。
「接近します」
「エレイン、頼む」
「お任せください、カイン様」
そう言ってエレインは荷馬車に乗っている商人に小さく手を振ると、ほんの僅かに頬を緩めて手を振り替えしていた。これだけでも防犯の点からは多少の効果が見込めるもので、相手から存在を認識されているのは1つの不安要素になり得る。が、しかし。エレインは普通にしていればただの美人のため狙われる危険も増える。その場合は目標がエレインに絞られるので、餌にする前提なのがカインでもあるが。
聞かされた話の中で興味深いのは3国それぞれの風習というか住人の意識のようなもので、これには元の世界に通じる部分が多かったようだ。中央にある王国、アイラストリアは主に商業で成り立つ国家であり、金でやりとりができるのなら相手を選ばないという人が多く、種族間に理解があるというよりは無関心、どうでもいいといったようにカインは思えた。言葉が通じる、金銭が通じる、同じ神を信仰している。このどれかさえ当てはまれば、ある程度信頼ができるとしているらしい。
西側にあるのは自然を第一にするエルフの国……らしいのだが、ここには明確な行政があまり存在していないようで、王族を守る近衛以外に軍と呼べるものはなく、基本的にはエルフに伝わる信仰で結束しているだけで各々の集落毎に暮らしているらしい。それこそ、魔王大戦の時やそういった大事でしか種族での召集は無いのだとか。
「やあや、神官様。この先の村に異動ですかい?」
「ええ。わたくしとこの方が祈祷の為に。お2人には護衛をお任せしています」
ついぞ追いついた荷馬車は馬の速度を落として4人の横に並び、やんわりと声を掛けてきた。カインは振り向く前に魔素でマスクを作り、それから振り向いて軽く会釈してやる。
カインの様相に商人は多少なりとも驚いていたが、ここは開拓地や魔王領も近いとあってかそれほど反応はしていなかった。どうやら魔族ないし魔王関係者に見えるらしい。
「気をつけてくんな。なんでも、魔獣が出たって話だ」
「森の方が荒れていると聞いておりますので、その為に」
「そりゃご苦労なこった。……あ、そんなら乗ってくかい?祈祷へ向かう神官様の手助けができるってなら、多少の御利益もあるかもだ」
「良いのですか?」
「乗り心地を勘弁してくれるならなっ」
「ええと……」
エレインが3人の顔を伺うと、それぞれが頷いたため商人の提案に乗ることになった。
合図もなくショットガンからピストルにヴァースが持ち替え、荷馬車の裏に回って天幕を捲って中を見渡したものの、蓋のない木箱や中身の見える荷物があるばかりで人が隠れられそうな場所は無かった。空いているスペースもそれほど無いが、4人が座る事はできそうだ。
その様子を見守っていたエレインにヴァースが合図を送ると、すぐに向き直った。
「では、お言葉に甘えて」
「あいよ。馬、止めるかい?」
「いえ、このままで」
「そか。気をつけとくれ」
商人の了承を得た所で、カインはライフルをスリングから切り離して持ち、ヴァースと共に荷馬車へと飛び乗った。
奥まで入れるように両脇へ荷物を積まれた中をライトで照らしながら索敵し、誰も潜んでいない事を確認したのをヴァースの肩を軽く叩いて共有、その後ヴァースからも合図があってからようやく残りの2人を引き上げた。サニアはそこまでする必要があるのかと呆れ顔だ。
「この姿だというのに、助力に感謝する」
「あんた、魔王のとこの人だろ?だったら恩を売っといて損はねえからな」
「……商いが上手くいくよう、願っておこう」
「はっはっ、頼んますぜ」
荷馬車の奥から商人に声を掛けると、陽気に返事が返ってきた。
昨日エレインたちに聞かされたように、少なからず商人は魔王関係者に協力的らしい。単純にその勢力もあるが、やはり戦勝国という事、他にも技術力の違い、隔離されていた他国というだけもあって互いの調度品が高値で売れるのだとか。そんな種族とは顔を売っておくに越したことはない。ようは商売の為だ。
「ここから村まではどの程度かかる」
「そんなにかかりゃあしやせんよ。もうじき森が見えてきて、 そこに入ったらすぐにでも」
「……そうか。では、よろしく頼む」
「もしよかったら、向こうで店を出すんでなんか買ってくだせ」
「ああ。食料があれば是非に」
何気ない会話をしているが、カインは天幕に隠しながらもKTR-08の銃口を商人に向けたままだった。
会話を終えて3人の方へ戻ってきてもカインは立ったままで、何故かヴァースも立ったまま荷物に寄りかかるようにしている。2人とも銃に手を掛けており、未だに商人を疑っているようだ。
「カイン様? お座りになられては……」
「いや、(尻が痛いから)遠慮しておく」
「俺も(痔が悪化しそうだし)このままの方が楽なンだ」
「そう……ですか」
器用にも荷馬車の中で立っている2人はそれぞれのスタイルで銃を持ったまま、サニアが捲っている天幕の隙間から景色を眺めながら自身の装備を弄り、脱落の有無や配置を今一度確認していた。
ソフトアーマーを身につけているヴァースは腹の辺りにヴェープル12SPのマガジンを3本、右端がスラグ弾になっており、左脇正面には無線機が納まっている。残りの備品は殆どがベルトだ。
対してアーマーを装備していないカインはその細身を活かし、ベルトの内側と外側の両方にマガジンを配している他に戦闘用のボウイナイフを持ち、左腕には暗殺用のナイフとバックパックで隠れた背中にこれまた戦闘用の手斧まで持っている。
初期手当て用の止血キットは共通の位置にあり、手榴弾も2つずつ腰の右後ろ側に配置されている。
「榴弾投射機も持ってくるンだったか?」
「そんな余裕は無い。なにより、その必要があるような障害があるとは思えん」
「……防御措置っつったら矢避けの板とか盾くれェだしな」
2人が持っているのはショットガンとライフルだ。どちらも矢に比べればかなりの貫通力がある弾を使うが、障害物ごと吹き飛ばすために手榴弾だけでなく投射用の物も欲しく感じるヴァースだった。
とはいえ、このテクノロジーレベル相手で貫けない防護壁があるのかとの疑問もあるが。
「せめてもう1人荷運びが居れば……とは思う」
「だったら私が持ちましたけど」
「この文明に住む者に異世界の物品を与えるべきではない。一時的であってもだ」
「……変なところで律儀ですよね、カインは」
「私の評価を改める事を勧めておく」
自身の認識に不満があるカインだが、それは難しいだろうと全員が思っていた。
結果のためには考え得る最善の手段で事を成すカインではあるが、命を軽視しているわけではないし尊ぶ節も散見されるものの、残念ながら彼にとっての最善の中に命の勘定や法律は入っていない。敵か味方か、利用できるか否か、利は損を上回るのか、その算段の結果として相手が死ぬだけであり、そんなものはどうでもよいと思っているのがカインである。
それさえなければ幾分か人当たりも良いのだが。
「世界とは、そこに住まう者たちによって発展すべきであり、超過した技術は文明を滅ぼすだけだ」
「経験でも有るような口ぶりですね」
「元の世界には、過去の記録にそういったものが幾つか有る。高望みをした種族がどうなるのか……などというのは、我々からすればそう難しい話ではない」
それを聞いて思わずサニアがヴァースに視線を送ると、ただ静かに頷くもので信じる他無かった。つまり、彼らの文明において滅亡や種の消滅はさほど珍しくはなく、その上に成り立っているものなのだと証明するも同じことで、ともすればどれだけの犠牲の上でその世界が存在するのか。それを考えれば、カインの非情さもわかるようなわからないような、それにしても行き過ぎている気がしないでもない。
この世界がどれだけの時を存在しているのかはさておき、今現在のレベルで言うのならおっさん2人の居た世界とは比べ物にならない程劣る環境であり、その差は数千年レベルは有るだろう。鉄製品はとかく高熱で鉄を取り出しただけの粗雑な純鉄で、最近になってようやく鋼が生まれたとかなんとかを武器屋で話していた事、それらから考えるに技術の差は圧倒的だ。力任せでもこの世界の剣をボウイナイフで断ち切れたのがその証左と言える。ましてや、エレインの話では弓はあってもクロスボウは無いとか。
これでは道具での戦闘は圧倒的におっさんたちの有利だ。無論、魔術という謎の技術を捨て置けばの話ではあるが。
「カイン様の世界はどのような場所だったのですか?」
「……そうだな。太古はこことさほど変わらないが、最後には指先1つで大地が変わり、国が消える兵器が生まれた」
「どうしてそれで滅んでいないんですか……」
「それを互いに保有しているからだ。死なば諸共とわかっていれば、それを先んじて使うことは躊躇われる。……そういう体で仮初めの平和を演じながら、陰では所属不明の民間人同士が殺し合っていたな」
「所属不明の民間人?」
「雇われの兵士だ」
溜息交じりに吐き出された言葉に、サニアとエレインは半ば納得していた。
この世界においても傭兵という存在はあるし、それを使っての探り合いもそれほど珍しくはなく、冒険者への依頼も大きく見てしまえば傭兵だ。
指先1つで国が滅ぶ兵器とやらに興味も有るものの、それこそ今の自分たちには過剰なものに変わりは無い、それなら聞くだけ野暮なのだと思える辺りは2人も良識が有るようだ。
「なに、上辺だけならそれほど大した事はない。常に何処かの国が戦争していた程度の話」
「大した事ありますよ!?」
「……規模の感覚が違うせいだな」
「途中で悪ィけどよ、見えてきたみえェだぜ」
「もう、か」
カインがからかって遊んでいると、どうやら目的の村に近づいていたようだった。
再び天幕の隙間から景色を眺めてみれば確かに森が存在し、それと同時に何か視線のようなものを感じたカインはそっと天幕の裏に隠れ、今まで感じた事の無い奇妙な感覚を思い返すように深呼吸していた。
誰かに見られているという感覚の他に、なにかぞくりと感じるものもあった。敵意や殺意ではないのは感覚で分かるが、興味や怨みの類とも思えない纏わり付くような気持ち悪さと、まるで万華鏡の様に多方向から同時に見つめられているような感覚がした。天幕に隠れて緩和はされたものの、奇妙な視線は感じたままだった。
「どうかされましたか?」
「いや……慣れないせいか酔ったのかもしれん」
「でしたら、到着までお休みになられた方が……」
「……悪いな、早々に心配させてしまうとは。歳かもしれん」
誤魔化すようにエレインの頭を撫でると、カインもようやく荷物に寄りかかって少しばかり休む事にしたようで、KTR-08をスリングに繋いでMP-443へと手を掛けた。確かに負担は多少減るだろうが、やはり警戒を解く気は無いらしい。
髪に触れた手が震えていたのが感情によるものか体調によるものかがわからなかったエレインは、ただ静かに微笑みながら、目を離せば消えてしまいそうな何かを見つめていた。
そうしてしばしの時を荷馬車の揺れに身を任せていると、いつしか森に大分近づいていたらしくもう間もなくといった様子なのだが、どうにも雰囲気がおかしい。
「あれ見てみろ。歓迎の出迎えってワケじゃァなさそうだぜ」
「松明に……武器?狩りにでも行くんかね?」
ヴァースと商人の会話を聞いてか、カインもすぐにその様子を見るため天幕から頭を出した。森の入口が薄暗いからこそ灯りをつけているとわかるが、豆粒ほどの大きさで何を持っているかまではわからない。ここぞとばかりに双眼鏡を取り出してようやくその全容が見えた。
「武器を持った……あれは、なんだ?獣と人のキメラか……?」
「獣人だろ、そりゃ。まンま人と獣の間だ」
「女しかいないが」
「そういう種族らしいぜ」
「……どういう生態だ」
松明に槍と剣と斧に弓数人。確かにこれは歓迎の様子ではないし、かと言って敵対されていると断定するには早すぎる。この辺りで魔獣が出たのだし見張りがいてもおかしくはない。
いや、見張りにしては大仰か。
「まあいい。ヴェープルの射程手前で降りるぞ。徒歩で接触する」
「だな。ありがとな大将、村の中で会ったらなンか買うぜ」
「最後まで乗って行かれないので?」
「ああ。この見た目で隠れていたら怪しいだろう」
「あっはっはっ。難儀ですなあ。そういう事なら、お気をつけて」
森の入口に陣取っている集団との距離が目測で150mを切った辺りでカインは別れを告げ、ヴァースはサニアを、カインはエレインを小脇に担いで荷馬車から飛び降りた。
同時にパキポキと2人の膝が悲鳴を上げたのは余談だろうか。
「偽装隊列に移れ。自由射撃を許可する」
「へっ。最初っから敵認定かよ」
「穏やかでない相手に付き合う義理は無いが……」
荷馬車に乗り込む前と同じように縦横2人ずつに並び、プライマリを即座に発砲できるようセーフティを切った状態で両手で持ちながらも銃口は下を向け、神官とその護衛に見えない事もない様に並んだ。
先行していた荷馬車が森の入口に着くや否や検問を受けているのが見えた。なにをそこまでする必要があるのか見当も付かないが、魔獣が出たと言われている村に来る商人など珍しいものだろう、賊と警戒してもそれほど不思議は無い。カインたちとはまた違った理由での懸念だ。
『そこの4人組! 止まれ!』
「まあ、避けられそうな戦闘は避ける。従うぞ」
「あいよ」
「それがよろしいかと」
目の良い人なら顔まで見分けが付くような距離まで来ると、森の入口に陣取っていた数人がカインたちに近づいてきた。
この距離ならカインもヴァースも殺傷圏内であるが、おそらくは弓でも腕が立つ者なら当ててくるだろう。それを示すように弓を構えた者は近寄らずに矢をつがえている。臨戦態勢と言うべきか。
「俺たちゃあ神官とその護衛だ! そンなに警戒して何があった!」
「エレイン、村の住人と面識は」
「挨拶程度でしたらそれなりに。わたくしは先日より滞在していたエレイン・カーボネックです! 村の方に確認を取っていただけないでしょうか!」
『そこで待っていろ!』
4人へ向かっていた内の1人が森へ戻る頃には、剣やら斧やらを持った5人組がすぐ近くにまで来ていた。
カインとヴァースからすれば最も厄介な距離だ。数字にして約7m、この距離は刃物と銃の有利性が入れ替わる距離ともされ、互いに構えていない状態なら刃が襲う方が速く正確だ。できればもう少し距離を取るか、あるいはピストルを抜いておきたい所だが……下手に動けば本当に開戦してしまうため、おっさん2人は動けないでいた。
カインとしては皆殺しにするのも構わないようなのだが、弾の浪費は避けたいのだろう、さほど邪魔をしてこない相手に銃を使う気はあまり無いようだ。
「随分と閉鎖的な村だな。旅人はお断りか?」
「お前は何者だ。人の子の気配じゃないな」
「……ああ、私の事か」
即座に銃口を向けられるようにしながら片手でスリングから切り離し、格闘戦に備えたカインは敵意が自分に向いている事に気がついたのか、呆れたように息を吐いていた。
エレインとサニアは亜人と呼ばれる種のため、カインは自分の事だとは思わなかったらしい。
「私は神罰の代行者。この神官と共に、大地への祈りを捧げるためにやってきた」
「神官をしております、エレイン・カーボネックと申します。昨朝、森の奥へ祈祷に向かった際、魔獣に襲われた為に避難しておりました」
「そんな事は訊いてない。目的じゃなくお前の素性を話せ」
剣を抜いて威嚇してきた獣人に対して体がピクリと動いたものの、なんとか堪えているカインを見てヴァースは一安心していた。
カインは戦場で味方がいない孤立無援の状態に慣れすぎているせいで、なりふり構わず邪魔者は全て排除しようとする節があるため、今もいつ撃ってしまうのやらと肝を冷やしているのだ。本来、孤立していれば慎重になるべきなのだが、狙われるのが自分1人ならどうなろうと構わない……という思考回路のせいで、無茶や無謀をしてしまうからこの男は困る。いや、困らされている。
その反面、もし素直にカインが素性を話したのなら聞いてみたい好奇心もあるようだが。
「素性と言われても、私はただの神官で」
「ただの神官が魔素を身に纏うはずあるか! さては魔獣を使って何か企てているな!」
「何をするつもりもない。ただ通してくれればそれでいい」
「あくまで話す気は無いと。そんな者を通すわけにはっ」
「……。そうか……まだ通さないと言うのなら、全員の首で通行証代わりにしてくれようか」
会話で穏便に、というのはカインには些か難易度が高かったのか、それとも我慢の限界が来たのか、ついぞ両手の人差し指がKTR-08とアンダーマウントされたSIX12のトリガーに触れてしまった。
雰囲気で交渉決裂を感じ取ったのかヴァースもトリガーに指を掛けると、獣人たち5人もそれぞれ武器を構えた。剣と槍が2人に斧が1人。組合せとしては悪くない。
「2度だけ警告する。そこを退け。まだ争いは避けられる」
「我等誇り高き獣人が神官の脅しに屈するとでも?他者に戦わせる腰抜けめ」
「……最後の警告だ。そこを退け」
「義を果たすまで、お前のような者に退く事は───」
「おやめなさい!」
カインと獣人たちが今にも殺し合いをはじめんとしたところで、森の方から違う声が響いてきた。
慌てて走ってきたのかその息は途切れ途切れで、両者の間に割って入った獣人は肩で息をしながらなんとか間に合ったのを確認し、既に銃口を向け終わっているカインに視線を合わせた。
武器を持っていない辺り、戦う気は無いのだろうか。
「申し訳ありません。我等が戦士は魔獣に襲われた後のため、気が立っていて」
「邪魔立てするな! 奴が不安要素である事は明白で!」
「カイン様っ! 神官が人を傷つけるなど、あってはならない事です。どうかお怒りを静めてください」
「……テメェ、このままだと悪者だぜ?」
「元からだろう」
呆れも混ざった溜息を吐くと、カインは銃口を相手の足下に向けながら「それで?」と続けさせた。
割って入った獣人は自分が促されていることに気がついたのか、ぎこちなさの残るまま4人に一礼し、ようやく事を話し始めた。
「我々は先日、魔獣に村を襲われここまで逃げてきました。昨晩到着してからというもの、この村の方々に場所を貸していただく代わりに警備を申し出ているのです」
「私は討伐対象か」
「いいえ。我等が長が、貴方から魔の力がする……と口にしてしまったもので、戦士たちが奮起してしまった次第です」
「血の気の多い連中だな。……通して貰えると思っていいのか」
「はい。ただ、我等が長が謝罪をしたいと申しておりまして、お目通り願えませんか」
提案がてらカインがサニアに視線を送ると、悩む事も無く頷いたので素直に乗ることとなった。
5人の獣人は未だに納得していないようにも見えるが、自らの長が認めたのでは手出しはできないと歯を食いしばり、なにか粗相をしたら刺してやろう……なんて事を眼で訴えながら後ろについている。早とちりで飛び出したというのに認めようとしないのは、戦士としての誇りが許すのか問いたくもなる姿勢だ。
「……案内を」
「ありがとうございます。では、こちらへ」
一礼して歩き出した獣人に案内されてついていくと、森に入ってすぐにいくつものテントが見えてきた。方牧民や流浪の民が使うような、木の骨組みと布だけで作られたであろう簡素な物で、4人は案内役が口にした”逃げてきた”という言葉に半ば納得もしていた。
エレインは昨朝には無かった獣人たちのテントに驚きつつも、犠牲が出たのかが気がかりのようだ。怪我をした人が居るのなら手当てをしたい、心を病んだ人が居るのなら支えたい、そんな甘い事ばかりを考えているのが純然たる優しさとすれば神官にも相応しいのかもしれない。
しばし進むと、テントとは違う木組みの骨に石と泥を詰めて作られたような民家が見えてきた中に、1つだけ少し豪華なテントが鎮座していた。おそらくはそれが長とやらのテントだろう。
生物が踏み固めた獣道に差し掛かった辺りで、はたとカインが足を止めた。
「待て」
「……なにか?」
「お前らの長というのは、どうやって我々と奴らのやり取りを把握した」
ここに来て1つの疑問がカインを支配していた。違和感というよりは、商人の馬車に乗っていた時のようなまとわりつく嫌悪感、それか拭えない疑問にも近い。
というのも、カインは視界に入った全員の動きを監視していたが、森の奥へ向かった1人は諍いが起こる前に姿を消している。
しかし獣人というくらいだ、人にはわからない何かで意思疎通をしていても不思議は無いものの、未知を相手にする程の恐怖はない。それに、わざと警戒させた相手に両手を開いて懐へ誘い込む……なんてのは、駆け引きにおける包囲殲滅の常套手段。今はまさにその最中とも思えてしまう。気がついてしまえば最後──ヴァースも警戒心を剥き出しにして後ろの戦士たちを睨み付けた。
「俺ァいつでも撃てるぜ」
「お待ちください! わたくしたちが戦う理由はどこにもっ」
「我等も戦いは望んでいません。必要であれば、此の身を使うとよいでしょう」
「……カイン、何かあれば外は私たちがどうにかします。何も無いとは思いますけど」
案内役を含め4人に決断を委ねられてしまったカインは一度だけ後ろの戦士等を流し見て、それから仲間の3人と視線を交わし、最後に案内役へと向き直った。どうやら答は決まったようだ。
カインが左手を頭の横に掲げ、次々と仕草を変えて特定のシグナルを伝えると、それを読み取ったのかヴァースは鼻で笑い飛ばしていた。
「俺たちゃあここで留守番だ」
「えっ? 今のは?」
「いいから、じっとしてな」
「案内を続けろ、行け」
「手出しはなりませんよ! 長からの命令ですからね!」
戦士たちへ釘を刺した案内役の後ろにカインがついていったのだが、その振る舞いは招待された客ではなく、むしろ人質を取って脅しているような者のそれだ。
右肘を直角に曲げることでストックを肘の辺りで浮かせ、SIX12のグリップは握り混むのではなく半開きでトリガーに指をかけることで身体と水平にKTR-08を構えるという独特の姿勢をとっているが、端から見れば抱きかかえている様にも思えてしまうからか、戦士たちも僅かながらに気を抜いていた。
戦士たちは3人と共にその場に残り、カインは案内されるがままに長の物と思われるテントへと向かう。入口に着くと案内役は外で待っていると言い出したのだが、よもやカインがそれを許すわけもなく突き飛ばすようにして中に入れると同時に膝裏を蹴倒して膝をつかせ、体をやや斜めに向ける事で後ろから銃口を首元へ添えた。
「動けば殺す。───……お前が獣人の長か」
何が待ち構えているかわからないカインは即座に人質を取ったが、これが有利に運ぶとは微塵も考えていないのか、注意はテントの隅へと注がれていた。
入口の正面奥にある椅子は空席で、中央から外れた右端に置いてあるタンスに人影が重なっている。薄暗くてわかりにくいが、その形は四肢を持ち、同時に獣人であることを強調するかのように尾と耳を揺れ動しながらニヤリと口を歪めていた。
「呵々。旅人がこの姿を見て迷い無く吾輩を長と呼ぶか。奇怪な奴じゃのぅ」
「目がよいものでな。いくら小手先で化かそうと、その内に秘めた気迫は隠せまい」
「さすが、と言うべきかの」
からからと楽しそうに笑っていた人影がひょいとタンスから飛び降りると、テントの中にアルコールで灯されたような火球がいくつか浮かび上がり、辺りが明るくなった事で互いに子細を視認する事ができた。
獣人……と呼ぶにはあまりにも人間的で、もはや人に狐の耳と尾がついただけにしか見えないその姿は幼いものの、目尻に指された紅と稲穂のような薄茶色の毛並みが生むコントラストか、あるいは華美ではないが魅せる事を忘れない服装と妖艶な笑みのせいか、どうにも見た目通りの年齢には捉え難い。
急に火の玉が浮かび上がった事にカインは驚きもしたが、魔術だなんだという話を聞いていたので「まあそんな事も起こりうるんだろう」と理解はできないが無理矢理に自分を納得させていた。
「吾輩の不注意での、奴らに誤解させてしもうてこの様じゃよ。主に手出しはせん。外の3人もじゃ」
「信憑性が無い。お前は人質が通じるような相手とは思えん」
「この村におる獣人は皆、吾輩の子に等しい。その子の命に見合うだけの要求は従うに決まっておろう」
「誤解するな。人質は外にもう5人居る」
それを聞いた狐の長は両目を見開いて驚いたものの、すぐにまたからからと笑いだしてしまう。
怒りや恨みではなく、むしろ呆れにも近い笑みにカインは内心焦りもするが、極力表に出さないようにしながら長の返事を待っていた。
「……ほぅ。よい手際じゃの。要求はなんじゃ? 吾輩を廻すか?」
「要求と言うほどのものはない。変な誤解を解け、それだけだ」
「それは確かに要求にはなっておらんのぅ。此度の諍いは吾輩に原因がある、その責任も」
「……ならいい。人質は即時解放、要求は……そうだな、情報はどうだ」
「ふむ……よかろ。吾輩も訊きたいことがある故」
「取引成立だ」
言うなりカインはKTR-08をスリングに接続して手を放し、片膝をついて案内役の手を取り共に立ち上がらせた。そのまま長も連れてテントを出れば、外に居た一同はそれだけで和解したのだと察したのか安堵した様子で3人を眺め、同時に獣人たちは長へと一礼している。どうにもそれなりに強い力関係らしい。
戦士と呼ばれていた5人も剣を納め、カインとヴァースも銃から手を放し、元々この村を案じていなかったサニアとエレインは溜息を吐いていた。
「私の名はカイン。君は」
「吾輩はヤコ。見ての通り狐の獣人じゃ」
「ヤコ? ……見ての通りでその名は使わんだろう」
「呵々。お主、色々知っておる口じゃな?」
「少ないが知見がある。村の事は他に任せ、私と君は話をと考えているが」
「うむ。お主等の事は村の者にも伝わったようじゃからな」
ヤコが見据えた先、エレインの隣には獣人ではなく普通の人間が数人居た。親しげに話している様子からは見知った仲なのがわかる。つい先日まで滞在していたというのだから当然だ。
「エレイン。祈祷は明朝で構わないか」
「はい。まずは村の方々に無事をお伝えしたいので」
「サニアとヴァースはついてやれ。私は少しばかり話をしてくる」
「待ち合わせはどうします」
「問題ない。ヴァース」
名を呼んで自分の左肩を指先で指し示すと、それだけで通じたのかヴァースは左の脇腹に手を廻し、上着の下に隠れていた無線機の電源を入れてスピーカーマイクのスイッチを数回カチカチと押し込んだ。カインもキャソックの左胸に隠れたスイッチを数回押し込むと、ヴァースのスピーカーマイクから雑音が走る。
「感あり。周波数はロックしてある、動かす必要は……まあ、まず無いだろう」
「他に使う奴も聞く奴も居ねェだろうしな」
「この優位性は失いたくないものだ」
「違ェねえ」
お互いに無線機の接続状況を確認したところで、一行は2つに別れた。片方は人々の住む村の方へ、もう片方はヤコと名乗った長のテントへと向かったのだが、その空気は大局的なものだ。片や陽気に、片や陰気に、すれ違いがあったにしてももう少しどうにかならないものかと辺りは心配していた。
カインは結果を求めて行動するため他者からすれば経過の理解が難しく、また矛盾した行動を同時にする不可解な存在故に手放しで受け入れる人は非常に少ない。なので仕方の無い部分もあるが……どうしてか敵を作りやすい事ばかりをする。もう少し手段による弊害も考えるべきというのに。
「お主のやり口は性根かや?」
「……なんの話を」
「潔い、と言えばそれまでじゃが、もう少し後先考えるべきではないかの」
テントに入ってヤコが椅子ではなく布1枚敷かれた地面に座ると、不意にカインの後ろへと視線を向けた。
暗に呼ばれた案内役は苦笑を返しているが、自ら勧めたとはいえ命を握られていたのだ、突然有効的に……なんてのは難しい。そのせいだろう、手が届かない程度にカインから離れていた。
「この村からの好感は意義を持たない」
「神官が滅多な事を言うもんじゃのぅ……」
「事実だ。もう1人の神官のために立ち寄っただけで、この村に用は無かった」
「お主、友がおらんじゃろ」
「必要無い」
「虚しいのぅ……。あーほれ、お主も座ったらどうじゃ」
言われて、ようやくカインも地面に腰を下ろした。と言っても、入口とヤコの両方が見えるよう正面から外れて横向きに座っている。
しかしKTR-08のストックを折り畳んでサムセーフティを掛け、組んだ足に乗せてスリングから切り離しているのだから多少の信頼はしたようだ。格闘戦に備えている辺りはどうにもならないが。
「ん。順が変わってしもうたが、まずはお主に謝らねばならん。此度の誤解を招いた事、集落の長として謝罪する」
「……その容姿で額を付けられると、痛烈な違和感があるな」
「我輩とて好きで此の姿ではないわ。その顔、お主もそうじゃろう」
「互いに苦労があるらしい」
地につくほど深く頭を下げたヤコを見ての感想を呟いて2人が意気投合していると、続けて指示を出された案内役は村へと出て行った。ヤコがカインの事を要注意として広めてしまっていたらしく、その誤解をきちんと解くためらしい。
「何もせずにあそこまで毛嫌いされたのは初めてだ」
「それについてはすまなんだ。なんせ魔素を纏う者なんぞ伝説にも聞かぬ上、魔獣の群に襲われた直後でのぅ、よもや此奴が……などと早とちりを」
「魔獣に……。それはいつ頃」
「5日ほど前じゃ。負傷者の手当てに2日、移動に3日、ほいで昨晩着いたばかりでの?」
「……妙だな、我々も魔獣に襲われている」
「こやっ!? それは本当かや!」
「ああ。一昨日、単独の個体に」
尾を跳ねさせながらヤコがドタドタと四つん這いでカインに近寄ると、子を引き剥がすように顔を左手で押し返され、カインの右手は反射的にKTR-08のトリガーへ指をかけていた。
押し返された事で気がついたのか、ヤコも咳払いをして座り直す。長と言うだけあって自分等の危険に当たる情報である事にすぐ気がついたらしく、「早う話せ」と言わんばかりにそわそわしているのが隠せていない。
「情報は共有する。が、先に質問に答えろ」
「なんじゃ。大した事は知らんぞ?」
「どうやって私が魔素を持つことに気がついた。それも、森に入る前に」
カインは一番の疑問をぶつけることにした。
エルフでさえ具現化させるまで魔素だと気がつかなかった呪いを、具現化させるまでもなく長距離で発見されたのだ。勘が鋭いでは説明がつかないし、なにより集団を動かせる理由にはならない。
心当たりとしては荷馬車で感じた視線くらいなものだが、ここは異世界なのだからとんでもない事を言われてもおかしくはない、カインはそんな心構えだけしていた。
「……千里眼、というのは知っとるかの?」
「っ……話は聞いた事がある」
「吾輩のはその一種での。それにて人を覧るのじゃが、お主の事はその靄が邪魔をしてか覧れぬ。故、先の事も含め警戒させたのじゃ」
「そんな機能があったのか……」
顔の呪いは便利なのか便利でないのかよくわからないという認識しかなかったが、新たな効能がわかってもやはり便利かどうかは微妙だった。
筒抜けになるのでは困ったものだが、千里眼とやらがどの程度を可視化するのかは探らねばわからない。これがもし、本当にただ覧るだけならば大した弊害にはならないし、カインからすれば些細な違いでしかない。
「吾輩は話したぞ。次はお主の番じゃ」
「……。我々が襲われたのは一昨日の夕暮れ時、正確には一昨日の朝にエルフの神官がこの近くで襲われ、その後巻き込まれた形だ」
「なんとっ。魔獣はどの種じゃった!」
「バイスーン……といったか? それの稀有な巨体だ。手を挙げても届かぬ程に」
「ほおっ。ほおおお……」
今度は這い寄ってくる事は無かったものの、尾を立たせ目を見開く様は動物の様相そのままであり、その時にふとカインは気になったものがあった。
ヤコは瞳の色が左右で違うのだ。自然界において虹彩異色は珍しくないが、機会があれば訊いておく事にした。
「それでっ、駆除か無力化はできたのかや!」
「今頃は人々の胃の中か……あるいは糞にでもなってるだろう」
「ぉう……そこは言い換えて欲しかったんじゃが」
「ともかく、そういった経緯だ。此処へはその固体によって邪魔された祈祷を執り行うために来た」
「う、うむ……。して、その固体は如何にして討伐を」
「護衛の冒険者が居たろう。彼等と協力した」
「呵々! ここに来て嘘はやめい。彼奴等に斯様な気概は無かろうて」
気概が無い。
しれっと嘘を吐いたものをそう的確に返されては、カインといえども観念せざるを得なかった。
力が無いと言われたならば反論もできるが、精神の有り様とは視る者が視ればわかってしまうもので、自分の他にあの魔獣へ立ち向かおうとする精神を持った者はあの場に居なかったのを認めるしかない。しかしそのまま認めてしまえば”認め合った体でさぐり合ってる最中に嘘を吐いた”事実が生まれてしまい、つまりは築き始めた信頼を大きく損なう亀裂になる。それだけは避けるべきだと判断したカインは、少しだけ訂正を挟む。
「確かに、彼らにアレと戦う思考は無い。だが精神というものは指導者がいれば大きく変わる。協力して事に当たったのは事実だ」
「お主がそうだと?」
「その時ばかりは。しかし見ての通り、私はただ呪われただけの者、特別なものではない」
「力ではなく有り様で人を変える、か。そういう事にしておくかのぅ」
ニヤついた笑みからは見透かされているのが明白ではあるが、ヤコもまた組織間での付き合いというのを心得ているため、互いに裏をわかった上で表面の言葉を事実として受け取る事にしたようだ。
話も一段落して互いに息を吐くと、ヤコが再び口を開いた。
「して、此の異常事態をどうとる」
「魔獣に襲われるなんぞ希有な事……らしいからな。それが立て続けに、そう遠くない地で複数」
「吾輩等の取りこぼしが被ったか、あるいは”左様な流れが生まれた”か。こればかりは神に祈ったとて収まらんぞ? ん?」
「私には関係無い話だ。事が済めばこの地からも立ち去る」
「薄情じゃのぅ。お主それでも神官か」
「神は情で揺るがぬものだ」
「呵々。言いおるわい。その辺は好きにせいとしか言えぬが、人の世を出歩くならその呪いは隠せ。丁度よい物があるでの」
そう言ってヤコがタンスを漁り始めると、白地に黒い模様の描かれた物を取り出した。
狐の姿をした長が手に持ったのは、同じく狐の頭を模したであろう仮面だ。似たのか似せたのかはさておき、ヤコと同じように目頭へ紅が指されてている他、鼻から下のない半面のデザインになっている。
それを放り投げるようにカインへ渡すと、ちゃっちゃと付けるようにせかし始めた。
「それは呪いを抑える護符のようなものじゃ。此度の謝礼とでも思え」
「……毒の類は無いか」
「用心深いのは構わんが、苦労するぞい」
「性分だ。だが、ありがたく試してみよう」
靄に隠れていたサングラスを外して渡された仮面をカインが顔に合わせると、まるで靄が吸い込まれるかのように仮面の内側に溜まっていき、やがて白地だった仮面は黒塗りに金の模様へと様変わりしてしまった。
それを見ていたヤコも声を漏らしながら感嘆し、両端にあった紐を頭に回して結ぶと靄は完全に仮面の中に隠れ、奇妙な話だが生まれて初めてカインの口元は生物の目に映ったのだ。
「ほっほぅ……よい面構えじゃが、お主、意外と歳じゃな」
「顔で評されるのは初めてだ」
「いやなに、目元が見えずとも良きものとわかる。顔も無しに人を動かすなぞ希代の才じゃが、此なら納得もいこうものよ」
今まで誰かに素顔をどうこう言われた経験の無いカインからすれば、褒められようと貶されようと歯痒いモノがある。
失っていたとするべきか、あるいは持ち得なかったモノとするべきかは定かではないが、なんにせよカインが明確に動揺しているなど珍しいものに違いはない。
「……実感が無い。本当に見えているのか」
「外に出ればわかる。それを付けておれば吾輩の知人とも知れよう。今までよりは無用に疑われんはずじゃ」
「そう……か」
「うむうむ。どうにも息子を得たような気分じゃのぅ。ほれ、早よう見せびらかしに行くぞ!」
「はしゃぐな、老体め」
子供が親を呼ぶように飛び出たヤコが手招くと、カインも渋々ながらその後ろについてテントを出た。普段のカインなら従うことはなかろうが、彼も初めてのことに浮かれているのかもしれない。
陽の色は変わらない。聞こえる音も変わらない。何が変わったとも思えない景色になんの感想も出てこないが、それでも人の視線だけは明確に変わるモノで、今までの畏怖が混ざった奇異の目というよりは多少ポジティブなものになっていた。
変わり者が来たぞ、といった程度だろうか。
「もしや、さっきの黒い人か」
「ああ。お前達の長にこれを渡されてな」
「長の作る呪具は一流品だ。良いモノを貰ったな」
「そうらしい」
先程は武器を向け合った戦士の1人もまるで対応が違い、それこそ旅人や客人に近いと言ってもいい。
和解の為か仮面の為かはわからないが。
「ほれ、お主の仲間にもお披露目じゃ!」
「浮かれ過ぎだ。……ヴァース、今どこだ」
『宿の部屋を取ったとこだぜ。迎え行くか?』
「……いや、案内させる。待ってろ」
『あいよ』
短く通信を終えてヤコに話すと、待ちきれんと言わんばかりに手を引いて駆け出してしまった。思ったより強い力にカインは為す術もなくただ引かれるばかりで、なんとかKTR-08を手に取りながらに歩調を合わせるのが精一杯、まるで子に手を引かれる親のようだ。
どうしてこうも他人の事で一喜一憂できるのかを理解できないカインは困惑しながらも、自分が多少なりとも浮かれているのを自覚している。未知への進行ほど心躍るモノは無いが、これもまたカインにとっては未知の1つ、生まれて初めての事だ。
「見えるかや。お主の生きる世界が」
「……見えている」
「つまらん返事じゃのぅ」
「……だが──」
ひと騒動あった村はざわめきを完全に隠すせてはいないものの、着実に平穏を取り戻しつつあるというのにも関わらず、カインには気になるものがあった。
「──少し、うるさく感じるな」
他者からの視線が僅かに変わった、そんな日になった。
カオナシ
自称:カイン
本名:???
種族:人
職業:無職
特技:キャベツの千切り(料理が上手いわけではない)・スキニング
特殊技能:無顔の呪い(被害者)
サニア・ルルイラフ
種族:ハーフエルフ
職業:冒険者
特技:火起こし
特殊技能:神託
エレイン・カーボネック
種族:エルフ
職業:弓の教官→神官
特技:裁縫・交渉(笑顔ごり押し)
技能:神聖魔術・弓
ヴァーテル・スレイム
種族:人
職業:刑事
特技:錆落とし
特殊技能:刑事の勘
ヤコ
種族:獣人(?)
職業:
特技:
特殊技能:千里眼(?)
KTR-08
AKを素体にサイガのレシーバーを使って合衆国のメーカーが組み上げたフルカスタムコンプリートモデル。
信頼性をそのままに拡張性や使い勝手を引き上げた物。
外装を素のまま使うカインにしては珍しく、非常事態ということでゴテゴテと多量のMODを装着してサプレッサーまで付けている上に中も外もはカスタムパーツがモリモリでSIX12を無理矢理アンダーマウントされているためハイパーフロントヘビー。弾無しで計5kgオーバーがグリップより前にある。スリング必至。非常事態だから……(震え声)
弾は7.62x39mm
SIX12
リボルバー構造のユニット式ブルパップショットガン。
10.5inchバレルにバーティカルグリップを使用することでフォアグリップ変わりにしている。
本来AKにつけるものではないし想定もされてない。非常事態だから(ry
弾は3inchまでの12ga(12x70を使用)
ヴェープル12SP VPO-205-00
サイガの従兄弟に当たるAKフレームのセミオートショットガン。サイガとはマガジンの着脱が違ったりボルトがホールドオープンできたりする。サイガのマガジンを一方的に使える。
サイガほど口径バリエーションが無く、残念がらカインの要求を満たす7.62x39mmモデルは無かった。統一させろ。
ショットガンモデルは過去に使用経験が有るため、その際に使い勝手を考えて各部へカスタムパーツを組み込んである。追加でサプレッサーが装着された。
弾は12x70
MP-443
強装弾に対応したピストル。
衣服の下に収める事を想定された作りになっているが、秘匿目的の構造ではない。
強度面からフルスチールの国内向けモデルが選ばれた。




