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ウェルカム・トゥ・初老の執事さん

「コリン、お前に合う仕事、マジでないかもしれん…」


ミズキは神妙な顔で頭を抱えていた。


「まさか、マジで走ることしかできねぇとは……」

「な、なんか、すみません…」

「ちょっと、何勝手に諦めてるんですか!コリンさんだって頑張ってるんですから、ミズキさんもしっかりしてくださいよ!」


 依頼人の目の前で既に諦めモードに入っているミズキを叱責し、コリンのフォローをするリア。しかし、


「じゃあ、お前はこのコリン君に適した仕事って何があると思う?」

「え…?それは、えーっと…」


 ミズキからの予想外の逆質問にリアもタジタジ。

リア自身、態度には出さないまでも内心ミズキと同じ気持ちだったらしい。


「コイツの俊足を活かせそうなことを思いつく限り試してみたが、まさか一つもできないとはな…」


 そう言ってミズキは大きなため息をこぼした。

 偶然にもコリンの特技が判明してから、ミズキは嬉々としてコリンに様々なことをやらせてみた。


しかし、結果はどれも散々…。


 出前サービスが適任かと思い、料理を運ばせてみれば、スピードの加減ができず、数十メートル走っただけで料理の大半がこぼれ落ち。


 飛脚のような仕事ができるかと思い、リアカーにハルカを乗せて走らせれば、その非力さ故に数十メートル進んだだけでリタイア。


 さらに、配達員として働かせられるかと思い、『営業屋』の宣伝ビラを街に配りに行かせれば、街中を猛スピードで走るのは危ないと苦情が殺到。


 …とてもじゃないが、売り込みに行けるような状態ではなかった。


「さすがにこれ以上、コリンの特技を活かせる仕事なんて思い浮かばんぞ…」


 厳しい現状に深いため息をこぼすミズキ。


(こいつの脚力は魅力的なんだが…それを活かせないんじゃ需要ないんだよな…。――まぁ、交渉して無理矢理雇ってもらうことはできると思うんだが…それじゃあ意味ないしな…)


 しっかりとした働き口が欲しいコリンにとって、強引な手法が得策ではないことは明白だった。


「や、やっぱり難しいですよね…」


 自嘲しながら呟くコリンの言葉に、上手い返しを見つかけることができず、ただ黙りこむことしかできないミズキ達。室内に気まずい空気が立ち込めていた。

 と、そんな時…


カランコロンカラン


「営業屋というのはここで合っていますかな?」


 不意に店の扉が開き、執事服を身に纏った初老の男が入ってきた。


「い、いらっしゃいませ!営業屋はここで大丈夫ですよ!!本日は依頼ですか?」


 普段は丸っきり客の来ないこの店にとって、一日に二人の来客という異常事態に一瞬動きが遅れながらも、慌てて応対に向かうリア。


「ええ、少々重い案件で、できればすぐに対応していただきたいのですが…」


 初老の執事は先客がいることを察して困り顔。


「す、すみません…」


リアも申し訳なさそうに頭を下げる。すると…


「あの、僕のことなら気にしないでください。元々そこまで急ぎというわけでもないですし…そちらの方の後で大丈夫ですよ?」


 状況を察したコリンから申し出が。


「本当ですか!?」


その申し出を聞いて嬉しそうに目を見開く執事の男。


「いいのか、コリン?」

「はい、勿論です!その代わり、あちらの方が終わるまでここで待たせていただいていいですか?」

「あぁ、別に構わんぞ。残念ながら水しか出せんがな」

「ははっ、お気遣いなく」


 こうして、平和的に急遽依頼人が変更された。


「それでは改めて、こちらへどうぞ!」

「ありがとうございます、お嬢さん」


 リアに促され、執事は笑顔で席につくと、丁寧に頭を下げて自己紹介。


「改めまして、私、ウィリアムス家の執事ウィル・トンプソンと申します」

「ウィ、ウィリアムス!?」


 突然老執事の名乗った肩書きに驚きの声をあげるリア。


「おいおい、急に大声出すなよ。情緒不安定かよ」

「ウィ、ウィリアムスって、あのウィリアムス様の家のことですか!?」


 ミズキのいじりを完全スルーし、目を見開きながらウィルに問う。


「ええ、多分あなたが想像している通りだと思いますよ。ーー私は領主に仕える執事です」

「「なっ!?」」


 笑顔でリアの問いを笑顔で肯定する執事に、今度はミズキも驚き声をあげた。


「今回は私というよりも領主様からの依頼と捉えて頂ければと思います」


 そう言って丁寧に頭を下げる執事ウィルにミズキも驚きを隠しきれない様子。しかし、


(領主からの依頼…恐らく面倒臭そうな依頼なんだろうが、当然報酬も良いはず!借金返済の大チャンスだ!)


 すぐに冷静になり、目の色を変え、


「黒崎ミズキ…この店の店主だ」


フッと笑いながら手を差し出した。


「ほう…これはこれは。こちらこそ宜しくお願いします」


 その切り替えの早さにウィルも一瞬目を見開いた。


「り、り、リア・オルグレンです!よ、宜しくお願いします!!」


 そして、リアも動揺と緊張でガチガチになりながらも後に続き名乗り。


「ええ、宜しくお願いします」


 ウィルは柔らかな笑顔でそれに応じると、


「お二人とゆっくりお話ししたいのは山々ですが、先程も申し上げたようにあまり時間がないもので…早速ですが今回依頼させていただく内容をお話しさせていただいても宜しいですかな?」


早速本題を切り出した。


「ええ、勿論」

「私からの依頼はーー」


 そう言って話し出したウィルの説明は、さすがは執事といったところだろうか。誰が聞いても一発で理解できるほど、端的で分かりやすく丁寧なものだった。

 そして、その依頼の内容はというと…


①2週間後に開催されるラムズ祭というこの国の中でも屈指の規模を誇る祭りのメインイベントが未だ決まっておらず、早急に考えなくてはならない。

②昨年までは国の魔道士達によるバトルトーナメントが行われ、大盛況だったが、今年は魔王軍幹部の討伐で実力者達が不在のため実施不可能。

③領主も代替案を考えているが、全く良い案が浮かんでいない。

④これらの状況を踏まえ、盛り上がる祭りのメインイベントを考案し、主である領主を説得して実現。そして、一緒にそのメインイベントを成功させてほしい。


「これが私からの依頼内容になります。勿論依頼を達成して頂いた場合はそれ相応の報酬と御礼をお支払い致しますーーどうかお力添えを!」


 一通り説明を終え、再度頭を下げるウィル。


「分かりました。それじゃあ具体的な条件をーー」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」


 それに対し、依頼を引き受ける方向で話を進めようとするミズキを慌てて止めるリア。


「は?何だよ、急に?トイレだったら気付かないフリしといてやるからコッソリ行ってこいよ」

「このタイミングでトイレなわけないでしょう!ーーウィルさん、ちょっとすみません」

「あ、おい…」


ミズキの言動に律儀に突っ込みつつ、一言ウィルに断りを入れると、ミズキ共々背を向け…


「ちょっと、何考えてるんですか!?今回の依頼、領主様絡みですよ!?もう少し慎重に考えないと!!」


小声で問い詰める。


「あ?いいじゃん、領主。依頼内容は若干面倒臭そうだが、報酬はデカそうだし…ここはどう考えても引き受ける一択だろ。今、うちには金が必要なんだよ!」

「確かに現状お金は切実な問題ですが、今回は例外です!あなたは死にたいんですか!?」

「は?」

「この街の領主と言ったら些細なことで増税だとか…下手したら人身売買とか処刑なんてことも簡単に命じる暴君って噂ですよ!?しかも国内でも屈指の規模を誇るうちの街の祭りのメインイベント関連ですよ!?もし失敗でもしようものならーー」

「あ~、なんだ、そんなことか」


必死にこの依頼を引き受けることのリスクを訴えかけるリアの話を遮ると、


「ウィルさん、とりあえず具体的な条件を詰めましょう」

「依頼を引き受けて頂けるということでよろしいのですか?」

「ええ、条件次第ですが基本的には引き受けるつもりですよ」

「ちょ、ちょっと!ミズキさん!?」


ウィルの方を向き直り、依頼を引き受けるミズキ。


「私の話聞いてました!?もし失敗したらーー」

「"失敗したら"…の話だろ?ーー心配いらねぇよ。失敗なんてしねぇから」


 さらに食い下がるリアに自信満々に言い切って見せた。


「凄い自信ですね。頼もしい限りです」

「うちは依頼達成率100%、失敗なしが売りですからね。あなたもその謳い文句を見てうちを訪ねて来たんでしょ?」


 少し試すような言い方で皮肉混じりな台詞を吐くウィルにさらに皮肉で返す。不敵に笑い合う二人。


「もう!何かあったら絶対責任取ってもらいますからね!!」


 そんな二人が醸し出す空気に依頼断る派だったリアも折れるしかなかった。


「はいはい、失敗したら結婚でも何でもしてやるよ。家のことなら俺に任せろ!」

「え!?け、結婚……って、いやいや!それ責任取らされてるの私の方じゃないですよね!?さり気なく養われる気満々しゃないですか!!」


と、適当な発言に一瞬動揺しながらも相変わらず律儀に突っ込むリアをスルーし、


(さっさとこの借金生活とおさらばするためにも、この依頼は逃すわけにはいかん!ーーたとえ見るからに怪しいと思われる依頼でもな…)


ミズキはこっそりと全く別のところに疑いの目を向けていた…。そして…


(まぁ、何事もなければ今回はスムーズに達成できる依頼だしなーー幸い達成するための武器は既に手元にあるわけだし…)


「悪いな、コリン!もうすぐ終わるからもう少しだけ待っててくれ!」


ミズキはその"武器"に対して声をかけた。


「いえ、お気になさらず!僕のことは気にせず、ウィルさんの依頼を優先していだいて問題ありませんので!」

「いや、大丈夫だ!多分お前の依頼も同時進行でイケるから!!」

「…え?ど、どういうことですか…?」


 突然の宣言にキョトン顔の面々をよそに、ニヤリと笑ったミズキは一人呟いた。


「さぁ、営業の時間だ!」

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