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仕事を探す快速少年

「はぁ…このままじゃ、本当に今月乗り切れないですよ」


 自分の席で頭を抱えるリア。

 ミズキと出会って三カ月。ミズキの交渉能力を活かすべく、二人で始めた"営業屋"…。

 当初は何件か依頼をこなせば、評判が独り歩きして、嫌でも客が来るようになると踏んでいた二人だったが…

 商売というのはそんなに甘いものではないようで、店内は絶賛閑古鳥が鳴いている。リアの借金返済もあるというのに、早くも店の経営は破綻寸前である。

 しかし…


「ちょっと!いい加減ミズキさんもお客さんの勧誘手伝ってくださいよ!このままじゃ本当にこのお店潰れちゃいますよ!」


 リアが、隣にある来客用のソファでダラダラしながら雑誌を読んでいるミズキに訴えてみるも…


「あ?客の勧誘はお前の担当だろ?俺の仕事は客が来た後だ」


 面倒臭そうに顔だけ向けて答えるミズキ。

 まるで危機感というものが感じられないどころか、ほんのわずかなヤル気さえ感じられない有り様…。


「た、確かに開店する時にそう決めましたけど…。どうせ暇なんだし、ちょっとくらい手伝ってくれたっていいじゃないですか」


 この店に客が来ない理由の一つ。それが、ご覧の通り、黒崎ミズキの怠惰っぷりである。

 確かに、当初決めた自分の仕事はしっかりやっている。

 リアが依頼人を連れてこれば、持ち前の機転と交渉力をフル活用して相談事を解決している。

 しかし…依頼人の勧誘やビラ配り等の仕事は全てリアに任せっきり。普段はこの通りぐうたらしているだけでニート同然。

 そして、その姿勢は店の経営が危機的状況となっているこの時でさえ、全くブレることはないらしい。


「あの、せめて店の経営が軌道に乗るまでは、手が空いている時くらいビラ配りとか手伝ってほし――」

「断る。そもそも俺は暇じゃない。次の仕事に備えて英気を養うのに忙しいのだよ」


 リアが言い終わる前に即答するとソファの上で寝返りを打って背中を向ける。


「養わなきゃいけない程、英気消耗してないでしょうが!」


 そんな怠けた態度の店主に、リアのツッコミの口調も自然と荒くなる。


コンコン


ーーと、そんな中、不意に店の扉をノックする音が聞こえてきた。

 久し振りに聞こえてきた音に、二人同時に扉の方に目を向ける。そして、二人が注目する中…


「あ、あの…すみません。僕、相談事があって来たんですけど…商品の販売を代行してくれるっていう『営業屋』ってここで大丈夫ですか…?」


そっと扉を開けて、一人の少年が恐る恐る入ってきた。


「はい!こちらが交渉・商談・商品の販売などなど幅広い相談事のニーズにお応えする『営業屋』です!ようこそお越しいただきました!!」


 久し振りの接客で一瞬反応が遅れるも、慌てて少年を出迎えるリア。 しかし…


「どっこらせっと…。なんだよ。俺が勧誘行かなくてもちゃんと客来るじゃ――ちょっ!痛っ!」

「呑気なこと言ってないで早くこっち来て接客してください!」


 一方、店長はというと、客が来たにも関わらず、体だけ起こしてソファの上で気だるげ…。

そんなダメ人間を見かねたリアは…


「ちょっ!痛い痛い!!マジで脱臼するって!!」


 無言のまま彼の腕を強引に引っ張り、強制的に少年の前に立たせた。


「俺がこの『営業屋』店主の黒崎ミズキだ」

「『営業屋』店員のリア=シュテーゲルです!どうぞ、座ってください!」


涙目で右肩を押さえる店主と必死の笑顔の店員。


「あの、コリン=スペードです」


 そんな二人に不安気な表情を浮かべつつ、とりあえずリアに勧められた席へと腰かける少年。


「本日はどういったご用件ですか?」


 そして、自分達も彼の対面の席に腰かけると早速本題を切り出した。


「あ、あの、このビラに書いてある『使えるものであれば何でも代わりに販売!』って本当ですか?」


 コリンがポケットから一枚のビラを取り出し、その一文を見せ、


「はい、大丈夫ですよ。ちなみに商品はどのようなものですか?」


そのビラを確認したリアがもうすっかり覚えたマニュアル通りに問いかけると、その問いかけに対し、コリンはすっと自分の顔を指さした。


「売ってもらいたい商品は、僕自身です」

「…え?あなたが、商品、ですか?」


予想外の回答にフリーズするリア。


「はい。僕仕事場を探してるんですが、どうにも雇ってくれるところが見つからなくて…。そんな時、このビラを貰ったんです。――さすがに、ダメですか?」


そんなリアに縋るような目を向ける少年。


「え、えーっと…」


想定していなかった事態に、オロオロし視線でミズキに助けを求めるリア。


「ああ、別に問題ないぞ」


 助けを求められたミズキは、やれやれといった様子で口を開いた。


「だ、大丈夫なんですか?」

「当然だ。要は人材派遣的なことをやればいいんだろ?問題ねぇよ」

「人材派遣っていうのが何かは分かりませんが、久し振りのお客様を逃さなくて良さそうで良かったです!」


ミズキの答えを聞き、安堵の表情を浮かべるリア。

そんな少女にミズキは小さくため息をこぼすと、今度はコリンに向かって問いかける。


「それで、仕事の希望とかはあるのか?どこまで希望通りにいくか分からんが、とりあえず聞かせてくれ」


 ようやく具体的な話に入り、コリンもほっとした様子で問いかけに答えていく。しかし…


「しっかり給料を支払ってくれるところなら特に贅沢は言いません。――あ、でも、僕、魔力も戦闘力も低いのでそういった職種はちょっと…」

「なるほど。ちなみに、以前やっていた仕事とか得意なことはあるか?」

「いえ、実際に働くのはこれが初めてで…。仕事に役立ちそうな特技も…」

「…ここに来る前にはどういった仕事場を?」

「は、はい…一応、街の大通りにある店はほとんどあたってみたんですが、どこにも雇ってもらえなくて…」


 コリンからの答えを聞くにつれて、ミズキの表情も次第に引きつっていき…


「ミズキさん、ミズキさん。もしかしてですけど、これ、かなり厳しい感じですか?」


そんなミズキの様子を見て、リアが小声で尋ねてみると…


「あぁ…正直既に敗色濃厚だな…」

「まだ試合は始まったばかりなのに!?」


 既に半ば諦めたミズキの目はほぼ死んでいた。


(見た感じ接客とかは難しそうだし…かといって力仕事も向いてなさそうだしな…。何か特技でもあれば話は簡単なんだが…)


 部屋には嫌な沈黙が流れる。


「や、やっぱり難しそうですか…?」


 そんな空気を察してか、コリンが沈んだ声で問いかけた。すると…


「はっきり言ってお前を推薦できる仕事はない。まぁ、“見習い”くらいなら可能性もあるかもしれんが。正直、俺は、お前が見習い以上に昇格できるとは思えんな」


 ミズキは少し考えた後、コリンの目を見てはっきりと厳しい口調で事実を伝えることを選択した。


「ちょっと、ミズキさん。少しは言い方ってものが――」

「いいんです。はっきり言ってもらえて逆にすっきりしました」


 厳しい言い方を注意しようとするリア。しかし、リアの言葉を遮り、コリンは力ない笑顔を浮かべながら逆に頭を下げる。


「自分の現状をちゃんと知れたたけでも来て良かったです。――あの、僕、お金がなくて依頼料は払えないんですけど…何かお礼をしたいんですが…」

「い、いえいえ!私達はお話を聞いただけで、まだ依頼を引き受けたわけじゃないので、お礼とかは――」

「うむ、そうか。じゃあ、腹減ったから何か街まで行って食うもの買ってきてくれ。勿論金は出す」


 健気にお礼を申し出るコリンに、慌てて断ろうとするリア。

 しかし、それを遮り、ついさっき厳しい言葉を浴びせた相手に図々しくもお遣いを頼み、さっと500バリスを手渡すミズキ。


「ちょ、ちょっと!何を勝手に――」

「分かりました。それじゃあ行ってきます」

「おう、急ぎで頼む。」

「はい!」


 慌てて止めようとするリアは完全に無視され、ミズキに頼まれたコリンは走って店を飛び出していった。


「あの…少しは遠慮とかしたらどうですか?」


 コリンが去った後、二人取り残された部屋で、あまりに無遠慮なミズキの態度に呆れた表情でジト目を向けるリア。


「いや、でもアイツもお礼がしたいって言ってたし」

「いやいや!何でそういう時だけ無駄に素直なんですか!」

「は?俺ほど自分の気持ちに素直な奴、そうそういねぇぞ?」

「…お願いなので少しは自分の気持ちに以外にも素直になってください」


 しばらく、そんなやり取りをしていると、不意にバタンと勢いよく扉が開かれる音がした。


「ただいま戻りました!」


 二人が同時に扉に目を向けると、そこにはつい先ほど出て行ったばかりのコリンの姿が紙袋を抱えて立っていた…。

 目を丸くし、言葉を失うリアとミズキ…


「あの、何を買っていいか分からなかったんですけど、パンとかで良かったですか?」


 一方、二人を尻目に何の気なしに買ってきたものをテーブルに並べるコリン。


「あ、あの…本当に街まで行って来たんですか…?」


 そんな彼に、驚きのあまり顔を引きつらせ、動揺しまくりの表情で問いかける二人。


「はい。ここら辺にはお店は見当たらなかったので。すみません、お待たせしてしまって」

「あ、あー、もしかして魔法とか乗り物とか使ったのか!それなら――」

「いえ、さっきも言った通り、僕には魔力はありませんし、特別な移動手段もありませんので、その分、全速力で走ってきました」


 一方、そんな二人の問いにきょとんとした表情で答えるコリン。


「お、おい。お前本気で走ったらこの短時間で街まで行って戻ってこれるか?」

「さ、さすがにちょっと…。私、一瞬のスピードには自信あるんですけど、長距離の移動はそんなに速く走れないんで。っていうか普通に歩いたら片道30分はかかりますよ!?まだ、彼が出て行ってから5分くらいしか経ってないんですけど…」


 そんな状況に、顔を見合わせ、小声で話し合う二人は、


「…あの、もう一回聞くけど…本当に今の短時間で街まで行って戻ってきたのか…?多分、普通の人間じゃ不可能だと思うんだが…」


 遂に、意を決して改めて問いかけた。息を飲み、コリンの答えを待つ…。すると…


「ああ、そういうことですか」


 そんな二人の様子に、ようやく状況を把握したコリンは、


「走って街まで行ってきたのは本当です。――僕、獣人とのハーフで、生まれた時から走るのだけは得意なんですよ」


照れくさそうな笑みを浮かべて答えた。


「……」

「……」


 コリンからの答えを受け、部屋には再び数秒の沈黙が流れ…

 そして、次の瞬間…


「「特技、あるじゃん!!」 」


 部屋には二人の大音量のツッコミがこだましていた。

次話は4/8(日)12時頃更新予定です。

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