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白夜のポーラスター  作者: 橘ミト
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とある雨の日

 微かな雨音が響く車内。

 後部座席に座る僕は何気なく外に目を向けた。

 

 傘をさして歩く人々は皆一様に俯きがちにしている。

 何か嫌な事があってそうしているのだろうか。

 今は街全体が沈んでいるのだろうか。

 そうであれば、僕はこの街の住人として役目を全う出来ているに違いない。


 「着いたぞ」


 運転手から声を掛けられる。

 僕は軽く会釈をすると車を降りた。


 眼前には大きな屋敷がある。

 レンガ作りの堅牢そうな洋館だが、所々に苔が生え、庭もだいぶ荒れている。

 自分の背丈より高い鉄柵は、嫌に閉鎖的でもあった。

 いかにも町はずれの幽霊屋敷といった趣きだ。


 門に備え付けられたインターホンを鳴らしてみる。

 スピーカーの付いていない古い型のものだ。


(……)


 暫くしても何の反応もない。


(あれ、今日行くことは向こうも知っているはずだけど……)


 何か手違いがあったのだろうか。

 家に誰もいないのであれば僕はこの寒さの中待ち続けなければならない。

 後ろを見てみるも、先程まで乗っていた車はすでに走り去っていた。

 これは長くなりそうだと、長期戦の覚悟を決め始めていた頃。

 ゆっくりと扉が開く。


 中から現れたのは、憔悴した様子の一人の女性だった。

 上等な服を召してはいるが、目元に出来たくまや、乱れた髪などが高貴な印象を打ち消す。

 また、一見するとだいぶ年齢がいっているようだが、顔立ちは妙齢の女性のそれだ。


 彼女は訝しげに僕を見ているだけで口を開こうとしない。

 やはり僕が今日来ることを知らないのだろうか。


「あの、今日からここでお世話になる安達貴市なんですけど……」


 すると彼女はようやく得心がいったようで、おもむろに口を開く。


「あぁ、あなたが貴市さんでしたか。すいません、今日いらっしゃることをすっかり忘れていました」


 どこか疲れたような笑顔を浮かべながらそう言った。

 彼女もまた、この街の住人なのだ。


「どうぞ、お入りください」

 

 彼女に促され門をくぐる。

 僕はこれからのわが家へと足を踏み入れた。


                    ***


 長い廊下を経てリビングへと通された。

 リビングといっても、軽く運動が出来そうなくらい広い。今までの2LDKのマンションとは大違いだ。

 こじんまりしたあの雰囲気が好きだった身からすれば、あまり快適とは言えないが。


 隣接するダイニングにいた彼女が戻ってくる。


「どうぞ、寒かったでしょう。これで温まってください」


「お気遣いありがとうございます。頂きます」


 彼女の用意した紅茶に口をつける。

 紅茶の良し悪しはよく分からないが、相当高価な茶葉を使ったであろうそれがあまり美味しいとは思えなかった。安いティーパックの紅茶が恋しくなるのは、僕が庶民であるという証拠だろう。


 リビングに紅茶をすする音だけが響く。

 僕も彼女もそれ以上口を開こうとはせず、気まずい沈黙の時間が流れた。


 紅茶を飲み終えてまもなくすると軽く館内を案内され、やがてある部屋の前まで来た。

 

「こちらが貴市さんの私室となります」


 彼女がドアを開け中へ入る。

 そこは殺風景な部屋だった。

 他の部屋と比べたら些か狭く、調度品も質素なもので揃えられている。

 でもそのありきたりな雰囲気が、僕には返って好印象だった。


「ありがとうございます。良い部屋を用意してくださって」


「気に入っていただけて良かったです。私はこれで失礼しますので、気兼ねなく過ごして下さい」


 そう言うと早々に部屋を掛け立ち去ろうとする。

 と、咄嗟に僕は彼女を呼び止めた。

 そういえば聞いておかなければいけないことがあったのだ。


「そう言えばまだ名前を伺っていませんでした。教えていただけますか」


 彼女は僅かにこわばった声音で言う。


「安達京子。安達泰広の妻です」


 それは、僕の母の名だった。




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