ぶらり幻想郷 境界線の古道具屋
曇り 十二月
やぁ 私だ。前回の散歩からえらく時間が空い
てしまったな。読者の諸君には申し訳ない。
この一ヶ月、紫について調べていて里の外に出かけられなかったのだ。しかし結局これといった情報は手に入らなかった。里にいる妖怪にも聞いてみたのだがそもそも紫という妖怪を知らなかった。しかし紫は存在する。私はこれからも調査を続ける。もしこれを読んでいる諸君の中で紫について知っているものがいたら是非話をしたい。手紙も大歓迎だ。どんなに些細なことでもいい。私は里の道具屋 霧雨店の隣に住んでいる。来るときは家の前に置いてある狐の石像を目印にしてくれ。情報提供待っている。
さて今日は魔法の森の入り口に佇む古道具 香霖堂にお邪魔しているぞ。行くには里から魔法の森への道を歩いていけばまず迷うことはない。ちょうど里の道と魔法の森の境界にある。
諸君は なんでまた古道具に?紫とは関係あるのか?等と思っているだろう。すぐにわかる。そう焦らないでくれ。
ここは里には置いていない外の世界の物がある。そして店主の森近霖之助は幻想郷にとても詳しい。また私の友人でもある。重い木の扉を軋ませながら開けると店主はすぐに私に気付いた。
「いらっしゃい、おや教授かい、久しぶりだね」
彼は私のことを教授と呼ぶ。別にアホ弟子と同じように私の弟子というわけではない。むしろ私が彼の弟子のようなものだ。どうして教授と呼ぶのかはわからない。いつの間にかそう呼ばれていた。彼は私の何倍も生きており、私の何倍も幻想郷に詳しい。彼は人妖なのだ。
「本当に久しぶりだな 霖之助、変わりはないかい?」
霖之助との出会いは今から十年以上も前になる。その頃、彼は私の家の隣の霧雨店で働いていた。私はいつもそこで筆記用具や生活雑貨を買っていたためよく話をしていたのだ。このときから私は幻想郷散歩をしており、その体験を霖之助に話していた。そして彼は私に道具について話してくれた。彼の道具への愛は尋常なものではない。私は霖之助が人でないと知ったとき、きっと付喪神の化身だろうと思った程だ。
「妖怪に変わりなんて起こるはずがないだろう。教授の方こそどうなんだい?なんかあったんじゃないか?」
霖之助は読んでいた本を閉じると私の方を向いた。私は彼なら紫について知っていると確信していた。そう私は彼に紫について聞きにやってきたのだ。
店内は所狭しと様々な物が置かれている。私には使い道がさっぱりな物が殆どだ。床に置かれている木箱の上に私は腰掛けた。
「実は最近ある妖怪について調べていてね……でもなかなか情報が出てこないんだ。霖之助は八雲紫という妖怪を知っているかい?」
霖之助は黙ったまま立ち上がると店の奥に入って行った。そして手に何かを持って帰って来た。なんだいそれは?
「これは[ちゅーいんがむ]というものでね。つい最近手に入れたんだ。噛むだけに作られたという不思議なものだ。まだ僕も食べたことはないんだが良かったら一緒にどうだい?」
ちゅーいんがむは爽やかな味だった。大分昔に菓子屋で飲んだラムネに似た味だ。食感は柔らかく、ふにふにしているが決してわた飴のように消えたりはしなかった。 店内は静謐だった。
「紫は謎が多い妖怪だ。僕も多くは知らない」
霖之助はちゅーいんがむを新聞紙に包み、ゴミ箱に捨てた。時計の振り子の音がやけに大きく聞こえる。彼は言葉を続けた。
「彼女の能力は境界を操る事だ。どこに住んでいるのか誰も知らない。ただ、式神を使うらしく、その式神は里にも来ているそうだ。……僕が知っている事はこれが全てだ」
私たちはそれから数刻に渡り道具について、本について語り合った。おかげで私が腰を上げた頃にはすっかり夕方になってしまっていた。別れ際、じゃあ と私が扉に手を掛けた時 霖之助は唐突に言った。
「教授、彼女に関わってはいけない。これは幻想郷のルールだ。人里に住む、人のルールなんだよ 」
私が驚いて振り向くと、次来るときは酒を持ってきてくれよ、朝まで飲み明かそう ぼそりと彼は呟いた。向こうを向いているので私には彼がどういう表情をしているのかわからなかった。
外は非常に寒い。いつの間にやら粉雪が降り出していた。