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はまやらは!V ζμゝ^ヮ゜)μ

作者: 桜林路 ぴこ

 宇宙のすべての陽子が光子の嵐となって揮発し続ける時を迎えて、二人の少年が光明を身に飾り、おぼろげな光であつらえた透かし模様の調度を眼下に眺めている。

「われとなれとはすでに、一つ名のともがら。同じ名で呼び交わして寄り慕い、人もそう呼んで久しい」

「それだけが、なにもかも変わって行く中で誇らしい」

 二人の少年は、一跳ねする度に星が生まれた界域で、あらゆる物質の光への揮発の始まりとともに、随所の空間の曲率が幾光年にも亘って変容し、曲率の変わり目で、光の中のさらに激しい白瀬のような光の流れが散華し続ける壮観の中、はぐれ雲が雲散するように、宇宙のすべての物質が互いに離れ行き始めた往時より、新たな世界の始まりも共にしようと思い定めている。




 はまやの戦闘機が夜空へ離陸し、操縦席の楕円窓内面に反射する、後尾の空の駅の窓明かりが、昴星のように凝集し始める。はまやは最終加速で、空の駅を星景の希少な黄金の一粒の様に輝かせて置き去りにする。

「はまや、アラビアまで飛んでから、どうやって入国するの」

「国境があやふやな所に進出して、バビロンに向かうよ。あの辺りには、息子になれと話を持ちかけてくる族長が、大勢いるから」

「じゃあ、はまやはまことと双子なんだね!二人は完全に等しく並び立つ一心の存在!揺らめくように抱きしめる幻と陽炎みたいに、吹き付ける風の中でも常に密接する同体!」

「風通しが良い仲だと思うけどね!」

 はまやは白藍の雲海に浮かび上がりがてらに、左右へ機体を超過加速急旋させて、まことの心身を離間させようと揺さぶり掛けて、直線航路に移行する。



「エレベーター、来るの遅いね。もしかしたら、自我を持った機械都市の反乱が始まったのかも!映画みたい!」

「先に行くから」

 はまやは、まことが物事をいちいち面白がっているから、なにかしら夢見勝ちに見えると思いながら、階段を登り始める。

「はまや、返事遅いよ。ちょっと前までの衛星中継みたい」

 まことが階数表示を眺めながら、はまやを呼ばわる声が階下で響く中、はまやは御伽月の鞘を握り、腰から左手に持ち変えた。

 煌びやかで細密な植物模様の装飾が夕波間のように、長水晶を束ねた、壁面の廊下灯の明かりをはね返す階段を、はまやは駆け上がり始める。はまやの足音は調子が速く、囁きよりも小さい。

 宴が催されているらしい階と擦れ違った刹那、はまやは進路の踊り場からの、衣擦れと共に金属と鉱物の小さな塊が、絨毯に落ち込む音を聞き取った。この楼閣は、二つの階段が隣り合い、各階と踊り場とで合わさる作りになっている。

 はまやは、誰かが隣の階段を上っていて、小さな落し物をして、そこに追い着いたのだろうと、歩みを緩めた。

 小さな、透明の石が嵌め込まれた白金の指輪を、踊り場で摘み上げ、はまやは隣の階段を辿り始める。指輪から、とても明るく爽やかで太陽を愛しているペペロミアのような甘い残り香が、微かにはまやの許に行き渡る。

 水色で着衣の意匠をまとめた少年が、二人の幼い使いの者と共に、階段を上っている。ターバンの余り布を優雅になびかせ、アラビア風にくるぶしですぼめたゆるやかな襦袢に銀鞘の刀を佩き、白いサンダルで歩いている。少年はうっすらと、指輪と同じ甘さを香らせている。

「この指輪をそこでひろったのだけれど、君のだよね」

 使いの者に促された少年は振り返り、あらゆる光陰をもてあそぶ、青い瞳の流し目で、はまやが摘まみ出す指輪を一瞥して薄く微笑む。少年ははまやに向き直りながら、強く完成する前の華奢なたおやかさが残る右手を差し出す。

「ありがとう。嵌めて下さいますか」

 桜貝の様に艶やかな、少年の細い爪先が、ほんの少しは揺れるので、心の奥へ融け行く、美のみを脳裏に振起する張りのある声を浴びながら、はまやは幻惑に誘われかける。

 凄く子供らしい美人で、高飛車で高慢ちきな感じだけれど、先ず正直にお礼を言っていて好感が持てるし、どうせ親切で持ってきたのだから、確保しやすいところに渡すのが、相手の手間も省けるから理に適ってより良いかなと、はまやは述懐して申し出を諒とする。

 指輪の径も、声を掛ける前の見立てどおりだなと、はまやは御伽月を腰に佩かせ、少年の手を取って指輪を納めにかかる。

「本当にありがとう。大事な物だったんです」

 水中のようにゆるやかに、水色の羽衣めくターバンが、はまやと少年とを囲んでゆらめいている。少年は脱帽して礼を述べるために、ターバンをほどいていた。

 返礼をしようと顔を上げたはまやの両眼に、銀色の長い髪を顎まで波打たせる少年の笑顔が宿る。

 天球を巡る星が天頂の高御座を争うのも、流れ過ぎる川面が煌き焦るのも、この少年の姿を待ち受けてのことだろうと心象を抱いた刹那に、頬を紅色に霞ませて健やかに弾む少年の面貌が、はまやの眼中に急速に沁み入った。

 はまやは返礼のために少年の笑顔に追随しようとするが、自己の笑顔の極限に達して後、歓喜の心事が生んだ白い光の中ですぼまる目路は、少年の瞳だけを映す。はまやの視野は太陽の中で透明な宝石を見届けるように全てが輝き始め、言語を絶し、全ての感情を失っていく。

「はまやー。やっと追い付いた」

 まことの眼前のはまやの顔は、少年の胸と腕との中にたたえられ、ターバン布に絡められ、甘い夢をむさぼる様に安らかである。はまやは人事を失う直前に、笑いかけ続ける少年の胴に両腕を回して支えにしていた。

 まことは困惑と焦眉の表情をあらわし、すばしこくはまやの腰から御伽月を奪い取って、到着音を鳴らしたエレベーターへ駆け去る。

「はまやの風船男!もうどこにでも行っちゃえ!」

 少年は含み笑いの横目を、まことからはまやへと反す。

「君ら二人は、いつだって虹の左右の根元にいるのさ。二人の間がいかに離れて見えようと、傍目には鮮やかな絆が感じ取れるよ」

 はまやは、かすかに伝わる少年の声を聞き分けるよすがに、少年の背中へ回した両腕に力を込めていた。

 浮遊する心地から目覚めて、天井に首を巡らせたはまやは、青く壮麗な装飾の模様から、自室とは別の部屋にいることを悟る。憶えのある香りだと、はまやが寝そべったまま首を反すと、眼前に少年の小麦色の胸がある。はまやは失神した時のままの姿で、少年の横腹にしがみ付いていた。

「何をした、って顔だけど心外だね。そっちから身を寄せて来たのに」

 身を起したはまやは腰を探り、寝台の上で少年に御伽月の所在を訊ねようとする。

「ありがとう。御伽月は!」

「明日にしなよ。夜は必ず明けるのだから」

「どのくらいこうしてたんだ」

「はまや、君の吐息が胸を熱くする程の間さ。あの三日月刀は、はまやの友達が持って行ったよ。そのとき叫んだから、はまやの名前も分かるのさ」

「そのまことは、今どこにどうしてる!」

「俺の名前は、アル・ナスル・アル・ワキウ。はまやはさっき良くしてくれたから、ベガと呼んでいいよ」

 アル・ワキウは、付っきりで寝台を扇いでいた使いの者に、風筋のような優美な浮き彫り模様と宝石とで飾られた銀のカップに果汁を注がせて、はまやに勧める。

「お友達のまことの消息は、アル・ルウルウに追わせてる。じきに朗報が届いて、はまやの胸を冷やしてくれるよ。はまやにとって、まことは特別な友達なんだね」

 カップを受け取ったはまやは、今、脇にいる、世俗のことなどどこ吹く風のおもむきの澄ました童子のほかに見かけた、おっとりとした垂れ目気味なので怒っても怖くないというか、むくれたら却って可愛らしそうな印象だったもう一人の童子が、アル・ルウルウだな、と追憶して見当をつける。

「そんなこと。ただの友達」

 アル・ワキウは、違いは判っているぞと言いたげな、訝しげな流し目ではまやに微笑んで問い詰める。

「ふうん。心が溶け合えば、日の光でさえ甘く感じる、って雰囲気だったけれどもね」

 どこかに離れているまこととの、世界で二人きりの気分に今一瞬なりかけたと、アル・ワキウの目を見つめていたはまやは、アル・ワキウが放つかぐかわしさの移り変わりに接し、青空の輝く頂へ上り詰めるような涼やかな爽やかさと、そこで待ち受ける甘い果実と花の園のような香り立ちから、今新たに栄光と共にもたらされる安息のような清新な微香、この一連の香りはアル・ワキウが高みに生きるありようの表徴なのだろうとの思いすがらに、二人が過ごした時を悟る。

 はまやは、アル・ワキウと邂逅した状況がこの香水のトップノートの、そして今がミドルノートの持続限界と見積もり、アル・ワキウと初めて出会ってからの経過時間は、差し引きおよそ二時間弱と判断する。

「おいとまするよ。まことを探しに行きたい。一刻あれば、ここでは溶けきる前に燃え上がってしまうさ」

「最上階のここに、出口があればよかったけれどね。ここの扉は全て続き部屋行きだよ」

 アル・ワキウは両掌をはまやの両手に重ね合わせる。

「それにね」

 アル・ワキウは背を合せたはまやの肩口にうなじを載せ掛けて、流し目ではまやの目を見つめて話を進める。

 はまやはアル・ワキウの香水と体香とが混交する、体の芯まで蒸気になって飛んで行きそうな、甘い呼吸を繰り返す。

「ここにいれば、はまやのまことを探すこの手は、すぐにまことを掴む手にかわるよ。多分まことははまやを誘うためにここを求めている。最上階。花盛り星空を望む緑の空中庭園で、はまやを待ち受けるために。だからはまや。立ち入った話だけれども、友達なんだから、ベガの香りが今あえかに届くこの胸先で、ここでゆっくりくつろいでいって」

 はまやはあたかも、音楽を鑑賞しながら、醒めても昼夜をたがえる眠りに入る時、音盤の針が甘美な楽曲から中心の静間へと吸い寄せられるように、己が、目の前で甘い惑溺の香りを放つアル・ワキウの親切振りに耽りかけていると自省する。

「二人で叶える一つの願いがあるのならば、この世に必要なのは二人だけ。だからはまやと心を一つにしておきたいのさ。まことをここに迎えるその前に。はまや。今更思い出だけを抱いて生きてゆく人間になれるかい?」

 アル・ワキウの、薔薇の花弁のように、潤い、肌理が細やかな顔容は、銀の髪とともに灯明に映え、余人より明るく肌重の光を調えるので、はまやは、鼻先で見詰め合うアル・ワキウの顔と、徐かに間が狭まっていくように錯視する。

「ザウジー」

「アル・マール。フィー ハーザル ワクティ」

「ヤムナフ アッサイエデゥ マァクゥトゥ シャラファ ルワリーマティ ビサイフィヒ ッシャッファーフ、 サヤウーデゥ アル・ルゥルウ イラー フ」

「ハッサン」

 旦那様。アル・マール、こんな時に。まことさんが透明な刀を伴って、饗宴に栄誉を与えられます。アル・ルゥルゥが戻りつつあります。よろしい。

 まことがここに来るのかと、はまやは聞き取った、アル・ワキウと童子の一人であるアル・マールとの会話の大意を吟味する。

「はまや。折角だから庭で涼もう。今の話だけれど」

「まことがここに」

「御明察」

「なぜ表へ?」

「すぐに分かるよ」

 はまやとアル・ワキウが、アル・マールの手で花びらが散りばめられ始めた寝台を離れ、居間に敷かれた、模様に遠近が伴う広大な絨毯の向こうの、瑞々しい花の香が満ちる庭園へ進み出る。

「なんの音だ」

 開豁で茫漠と色がかすむ景観の庭園の彼方から、低花木の一振りの枝に猫の姿が揺らぐ。

「まこと」

「ようこそ」

 猫と花葉とが描かれた柄の、赤みがかった生地のアロハシャツ姿で歩み寄るまことは、御伽月を左手に提げて、はまやと並び添い歩いて来る、邸内の淡い光を背に受けるアル・ワキウを睨み据える。

「勝負だ!」

「手駒はお好きに」

「アルッ!アフマールッ!」

 まことの背後の庭園の外縁で、金色の炎の壁が立ち上り、金熾の羽根に湧き出る赤い炎の艶がぬめる、光輝く八尋の丈の美禽が、叫声を天上に響かせ、身を捻りながら黄金と炎の羽毛を撒き散らして上空に舞い上がる。金熾の美禽の瞳は直向きにアル・ワキウを狙い続けている。

 アル・ワキウの指輪の透明な石が赤い光を放ち、赫々と輝き始める。

「これはベガからまことへの贈り物」

 全天から夜の世界全てへ、星からはだけた微細な火の粉が降りかかる。空中庭園の直上を中心に天空では、八輝星の紋様の頂点を模した光が明るみ始める。

「八輝星の二つの方陣は、地上の四つの方角と、天の国へ至る四つの方法を示しているのさ。あの八つの光は、大切な御客様への御進物。一名にメテオ・ストライク。ベガが砕いてあげるよ。一つになろう。まこと」

 あれは御伽月で破壊した月面のかけらで、誘った相手を攻め滅ぼすのが、アル・ワキウの性分だと、はまやは悟る。月のかけらが八つこの庭園へと落下しつつあり、今は大気圏の第四層、熱圏の二千度の大気の中で、大気圏全域へ拡散した爆煙上部ともども断熱圧縮により、光輝く火球となって燃焼しているのだと、はまやはまこととアル・ワキウとを注視しながら、星空に思いを致す。

「この指輪の宝石の名は、アフ・ア・サマー」

 はまやは、天空の兄弟という意味だなと、水晶の天窓のように透き通るアル・ワキウの完璧な青い瞳を見据えて、輝きの移ろいを看読する。

「白日の中で空を青く彩っているとされる宝石さ!」

 はまやは、窓際を離れてアル・アフマルへ歩み寄り、上天の月で挟む。はまやがアル・ワキウの瞳に先見した、白月の黒獅子模様の内から、はまやが二日前に倒した機械の黒いライオンと同じ吼声が響き出る、黒薔薇をかたどったマントが、アル・アフマルの一億度の烝風へ突入すると、熱風がマントのくるみを解いて黒衣の少年をはじき出す。

 はまやは、黒い藤の三束の花房のようにつややかな旋髪を、黒紐で後頭に飾り締めている、黒い肌の全身に密着する、肩を出した黒衣の少年が、黒い瞳ではまやを狙いながら体をひねって着地する間際に、黒衣の少年の左くるぶしを足ですくいながら、右足前へ押し込む。

 はまやは、表徴に因んで黒獅子と仮称した少年の挙作は、高速で突拍子、そして重い、全身が機械だ、と看破した刹那に、砂上で片膝を曲げて体勢を整えた黒獅子の後ろ脇腹に、徐かに圧着した拳から、瞬間に最大の撃力を伝え、鎧通しの技を、鋼鉄の体へ応用させる。はまやは、黒獅子の平衡作用が優れているのならば、と当たり勝ちする為に、口を閉じ、鼻と首と鎖骨と胸の奥、脇と脇腹と背中の筋肉を、腹式吸気とともに引き上げて体幹を安定させて、半身同士で背を押し飛ばし、腰をあわせて僅かに揺り立つ黒獅子が体勢を微動させた方向へ、呼気とともに、黒獅子の顎と手首とを捻って、地面へ投げ打つ。

 はまやは庭の端の黒獅子から駈け離れ、アル・ルウルウとアル・マールが両側に控え、はまやへの接客の為にしつらえていた籐椅子へ歩み寄る。はまやは、アル・マールが差し出した青い宝石のグラスを盆から浮かせて、黒獅子に砂煙の先を雄叫ばせつつ駆け寄らせながら、アル・ルウルウが注いだ果汁を飲み干す。

「お前もこれで、一服するといい」

 はまやは、アル・ワーキウが、二人の童子のアル・ルウルウとアル・マールとを、使いの者とするべき美点を、初見の際に感得していた。

 はまやは、黒獅子の眼前に青い宝石のグラスを投擲して、黒獅子の視界の焦点を、アル・ルウルウとアル・マールの二人の姿が立体錯視して結像する地点に強要し、青い瞳で、銀色の長髪と、水色の尾ひれと羽の生えた人魚の幻像を見備わせる。

 はまやは、青い宝石のグラスの向こうから、羽の生えた人魚の幻像を警戒した黒獅子へ近接し、優しげに拳で触れると、黒獅子の側頭部を鎧通しで激震させる。

はまや:真南 (まみなみ) はまや

まこと:金子 まこと

御伽月 (みかづき)


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