北洋燃える~HI作戦発動~
昭和18年9月 -トラック 連合艦隊司令部-
「軍令部からだ。率直な感想を聞かせて欲しい」
連合艦隊司令長官山本五十六大将は本土から空輸された書類綴りを宇垣中将に手渡した。
あまり楽しい状況ではない山本長官の表情に「なだめるのが大変だ」と心中でぼやき書類を読みながら長官への対応を考えることにした宇垣中将は書類綴りをめくり始める。
就任以来、山本長官との関係が最悪だと言われていた二人だったが、両者の関係は急激に改善している。(原因は「宇垣中将がひたすら戦艦の主砲をぶっ放せたから」だと言われているが真偽の程は定かではない)
かなりの時間をかけて宇垣が書類綴りに目を通し終えるのを待って山本長官は従兵に茶を用意させた。
書類綴りを閉じた宇垣中将は「鉄仮面」の渾名の如く無表情で私見を述べた。
「「面白くない」の一言に尽きます。ダッチハーバーの攻撃とシェミア島(?)の航空基地「殲滅」ということですが、GFは攻略に一切関わってない。それどころか攻略の日程まで決められている。加えて上陸作戦と兵員輸送は陸軍と海上護衛総隊が担う。GFの旨みが全くありません。なぜでしょう?今のGFならば米国本土以外ならどこが相手だろう互角以上に戦えると思うのですが?」
何事にも否定的な意見から入ってると思われたのだが「面白くない(=山本長官と同意見)」という反応を示した宇垣中将に山本長官は半ば意外に感じながら、その様子をおくびにも出さず心からの同意を示す。
「俺もそう思う。ただし「GF全力」でならだ。上陸戦なんてちまちましたものは陸助に任せておけばいいが、「最小限の戦力かつ最小限の被害で」というくだりが問題だ。オマケにケツまで切られている。連中、GFを魔法使いか何かと勘違いしとらんか?」
「開戦からこちらGFに目立った損害はありません。そのように評価されても仕方ないでしょう。良い意味自業自得です」
「軍令部は(サイコロの)ゾロ目が連続して出ているのに気が付かんのか?今の状況はまぐれ以外の何者でもないんだ。お目出度い連中だ」
「詳細はこちら(GF)に全て任せるというということは我々が信頼されているということでしょう」
「ものは言いようだ。俺は責任も含めて丸投げされたと思っててたんだがそう考えると幾分気が楽になるな。参謀長の言う通り妙な横槍が入らない分マシだと考えるべきだろうが何とも釈然とせん。殲滅目標のシェミア島には大規模な滑走路が建設されている。例の新型爆撃機(B-29)を配備して本土を直接叩くつもりだろう。であれば叩くしかない。(叩くのは)GF以外では無理だ」
「慰めにもなりませんがシェミア島は「殲滅」を指示されています。艦砲射撃で簡単にカタがつくでしょう」
宇垣中将の言葉に山本長官は苦笑した。あれだけ派手にやってもまだ足りないらしい。
「参謀長の好きな戦艦も在庫がないぞ?「扶桑」「山城」は怪しげな改装されて護衛総隊行きだし「伊勢」「日向」は内地で改装待ちだ。動員するには時間がかかる。「比叡」以下の4ハイは航空艦隊のお守りで引き抜けない。となるとこれ(武蔵)と「大和」「長門」「陸奥」の4ハイでやるしかないんだが?」
「シェミア島は3キロ四方程度で遮蔽物も少ない様ですので戦艦3隻で滑走路の大半は破壊は可能でしょう。半日で更地です」
「いや、やるなら4ハイだ。俺も出る。そもそも最強の一角がGF司令部のホテルというのは贅沢すぎる。戦い(いくさ)の趨勢は今や航空機になっている。空母は今後の一大作戦のため温存しなければならん。シェミア島は戦艦でやるしかない。ダッチハーバーは「攻撃」ということだから正規空母なら1ハイ。軽空母なら2ハイでお釣りが来る。さっさと飛んでいってさっさと帰ってもらおう。(攻撃は)申し訳程度でかまわん。であるから1、2、3航艦は除外だ。奴らにはもっと面倒な場所で働いてもらう」
「山口少将は長官に直談判する前に必ず私のところに怒鳴り込んでくるのですが・・・。それを思うと気が重い」
「仕方がない。何せ「軍令部様」からの命令だ。従うしかなかろう。切り札(空母)はそうそう使うわけにはいかん」
山本は困ったような(大嘘だ)笑いを見せた。
「例の御前会議ですか」
「今言えることは無駄な消耗は極力避けることだ。ダッチハーバーは黒島にやらせる。参謀長は作戦案を添削してくれ。奴さん、最近正攻法の立案しかせんから面白くないんだ」
用兵家としての宇垣中将は基本正攻法だ。悪く言えば硬直した戦法しか採らない。反対に黒島参謀は奇を狙った作戦立案が多い。戦力的に米海軍に劣る連合艦隊が勝利するには奇策を採用するしかない。このため山本長官が黒島参謀を重用し宇垣中将との間に軋轢を生むことになったのだが、ソロモン乱戦、ポートモレスビー攻略を境に黒島参謀と宇垣中将の用兵手腕が逆転してきている。
やはりこの人(山本長官)を理解するのは難しいと思いつつ宇垣中将は黒島参謀への「添削」について無表情で自ら思うところを述べた。
「私も頭は硬い方です。添削と言っても正攻法しか思いつきません」
「何を言ってる。山脈越え射撃、(戦艦で)戦車撃破「連合艦隊宇垣参謀長の鬼謀」は海軍だけでなく陸軍でも有名だ。もしかすると米海軍にも鳴り響いているかもしれん」
「長官も人が悪い。あれをGFにやらせたのはヤツです」
「うん。今回もヤツに働いてもらう。海軍に頼ると高くつくと思ってもらわないとな。頼り癖を付けられちゃ困る。軍令部も(GFの)味方だから難しくはない」
「とりあえず、黒島参謀に作戦立案を。猶予はどのくらいで?」
「さしあたって立案までに3日。出撃準備は今この時点からだ。悪いが命令だ。「ダッジハーバー攻撃、シェミア島航空基地殲滅案」を直ちに立案せよ。作戦名は「HI」とする。洒落だ。どうせ早晩米軍は嗅ぎつける」
「了解いたしました」
宇垣中将は敬礼すると踵を返した。変人参謀黒島大佐と作戦を立案、煮詰めるためだ。
後ろで山本長官の「おい、誰か一局やらんか?」の声がした。




