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閑話2 - 詫間空の受難(2)- 

 瀬戸内海を臨む荘内半島。既に陽は高く日中の暑さを感じさせるような陽気だ。その陽気を集めるかのように漆黒に塗装された詫間航空隊の二式飛行艇2機と、通常塗装の1機は訓練のため離水を始めた。

 訓練は「爆撃機迎撃訓練」。つまり二式飛行艇は「仮想敵」または「的」である。

 訓練とは言え、多数の戦闘機に取り囲まれて嬲られるのはいい気がしない。おまけに今回は訳のわからない装備を搭載しての「出撃」だ。機関士予備席に陣取った東芝の技術者と左右の銃座から翼下の噴進装置の様子を観察している別府造船の技師以外の「やる気」は全くもって低い。

 今回は新機能確認のため、3番機からの逆順の離水だ。3番機は難なく離水したが2番機はやや離水に手こずる。塗料と翼下の荷物に起因するのは間違いないだろう。

 そして1番機は更に離水に手こずった。ベテラン搭乗員。それゆえ教官に任ぜられるだけの力量でありながらも1番機はかなり長めの滑走後、無様な離水を航空隊の学生に見せつけながら空に舞い上がる。


 離水から約一時間。3機の二式飛行艇は日本海、対馬の北端に達しようとしていた。



「反応が重いな。燃料は半分なんだろな?」

「きっちり半分です」

「発動機の調子が悪いなってことはないよな?」

「快調です。これで調子が悪いのなら航空隊の大半の機体は飛行不能です」

「やっぱ塗料か・・・最大荷重で飛んでる様な気がする。操縦桿が重いのもあるが、機体の反応がかなり遅い。魚雷抱いているときの方が速いくらいだ」

「翼下のあいつは空気抵抗大きそうですし。それじゃないですか?見た目80番よりもでっかいし」

「重さはそれほどでもないんだが・・・。機内の電探も結構な重さがあるからな。電探様のご機嫌はどうだい?東芝さん」



 東芝から派遣されてきている技師はスコープを睨みながら返事をしてきた。



「いい感じです・・・大荷物扱いされてますけど、こいつ(機上電探)は絶対に役に立ちます。見といてください」

「期待している。陸海軍の戦闘機が大挙して飛んでくる。きっちり観測してくれ。俺たちは米軍の爆撃機役だがタダでやられてやる訳にはいかん。戦闘機を視界外で把握できれば少しは回避も楽になる」

「任せてください。ウチ(東芝)は通信部門は日電(日本電気)や日本無線に後れを取ってますがこの電探だけは別です。コイツは最高傑作です」

「心強いな。ぼつぼつ訓練開始だ。頼りにしてる。おーい別府(造船)さん。ぼつぼつ搭乗員にも噴進装置の説明をしてやってくれ」



 機長の声で銃座に張り付いて翼下の噴進装置を観察していた別府造船の技師が操縦席までやってくると、翼下の「怪しげな物体」の説明を始めた。

 


「翼に下がってるのは、別製噴進補助装置二型改。我々は「門松(改)」と呼んでいます。重さはおおよそ800キログラムで、両翼での推力合計は合計4.8トン。おおよその馬力に換算すると時速600キロで1万600馬力になります」



 二式飛行艇の馬力合計を3千馬力も上回る数値。文字通り桁違いの数値に機内がどよめく。



「ただし、燃焼時間が12秒程度です」

「だぁぁ!12秒!小便してる時間の方が長い!」

「で、何キロまで出るんだ?」

「搭載機体の形状に関係するんでなんとも言えないんですが、エンジンと合わせると600キロはいくんじゃないかなと」

「600(キロ)か。速度差が100(キロ)あれば燃焼が終わるまでにおおよそ300mは引き離せる。どれだけ速度が出るかわからんが期待できるな」

「日出(航空隊)ではこれより小型の噴進装置で700キロ出してます。気をつけないといけないのは加速度です。門松点火の際は身体が後ろに持ってゆかれますので身体の固定が必須です。実際やってみないとわからないんですけどね」

「やっぱ俺たち実験台な訳だ・・・」



 機内は微妙な空気になったのを察して機長が声を上げた。



「いいじゃないか。俺は常々こいつ(二式飛行艇)で戦闘機を馬鹿にしてやりたいと思ってたんだ。気乗りがしなかったがこいつの最高速度記録に挑戦できるというのはいい。さて、ぼつぼつ訓練開始だ。音声通信。周波数5.55メガサイクルに。こっちに回してくれ。回した?よし。あ~こちら「カラス1」。両子山応答せよ」



 一瞬の間を置いて5.55メガサイクルの回線から(聞いた目)若い女性の声が返ってきた。



「こちら両子山管制。カラス1。現在位置申告願います」

「女・・・?あ~こちらカラス1。現在位置対馬北方10キロ。高度3500。速度350で博多湾に向かって3機編隊で飛行中。訓練開始を宣言したい」

「え・・・?えーと・・・カラス1。機種報告をお願いします」

「カラス1。聞こえなかった?二式大艇3機だ」

「こちら両子山。あのぉ~機体が1機しか見えないんですけど・・・おかしいな・・・」



 無線の向こうから当惑した様な様子が伝わってくると、今度は男性の声が割り込んできた。



「カラス1。こちら日出迎撃管制室。そっちは電探から消えている。「見えなく」なってるんだ。目視されなきゃやりたい放題だぞ。健闘を祈る」

「・・・カラス1了解した。両子山。その「見える」やつと一緒に飛んでいるから心配すんな。訓練を開始を宣言する」



 通信を終わると機長は満面の笑みになった。



「3番以外は電探に写らんらしい。列機に繋げ。繋いだか?よし、1番から各機。俺と2番は電探に探知されんそうだ。3番。悪いが囮になってくれ。散開して各自博多を目指せ」

「東芝さん。迎撃機の方向と進路を頼む!・・・面白くなってきた・・・」








 九州近辺の陸海軍航空隊を集結させて実施された「爆撃機迎撃訓練」は敵機に扮した二式飛行艇3機のうち2機は撃墜判定されたものの、残りの1機は戦闘機部隊をあざ笑うかのように翻弄して博多上空に侵入。この結果、「博多は爆撃の被害に遭った」と判定される。

 特に問題になったのは有視界に頼り切った迎撃態勢で、迎撃に成功(撃破判定)したのは芦屋飛行隊の三式戦のみであった。

 芦屋飛行隊は実験部隊である日出飛行隊の両子山の電探による誘導で仮想敵の迎撃に成功しており、迎撃戦における電探および無線(電話)通信の有効性が改めて確認されることとなった。






 博多への侵入に成功した二式飛行艇は芦屋上空を東に向かって飛行を続けていた。(前方のみの狭い範囲ではあるが)戦闘機の接近を遠距離で把握できた事は大きい。博多上空への侵入成功で訓練は終了した。無論赤軍(爆撃機側)の勝利である。

 博多上空一旦北方に進路を取ってから一気に高度を下げて山肌を舐めるように東に進み瀬戸内海に達した「カラス1」の機内は1名を除いて意気軒昂。大した距離ではないのでフルスロットルで盛大に爆音をまき散らしている。



「成功するとは思わなかった。電探様々だ!」

「後方より2機接近中!早い!」



 後部銃座からの報告に機内に緊張が走る。コケにされた意趣返しかも知れない。戦闘機乗りは執念深いと聞く



「日出のA10だ!」



 側面銃座に張り付いていた別府造船の技師が声を上げた。




「逃げるぞ!噴進装置の試験にちょうどいい。方位320。詫間までひとっ飛びだ。総員、身体を固定!「噴進装置起動準備!別府(造船)さん。問題ないよな?」

「ちゃっちゃっちゃっとやってください。問題ありません」

「戦闘機近づく。速度差がありすぎます」

「噴進装置起動!プロペラピッチ戻せ!」

「点火!うわっ!」




「噴進装置を使ったか・・・600近く出てるな・・・」

「羽間2番から夜野1番。追っかけますか?」

「夜野1番。燃料が心もとない。増槽なしじゃ海水浴になる。今回は俺たちの負けだ」

「羽間2番了解。飛行可能時間を何とかしてもらいたいですよね」

「同感だな」



 博多湾への「爆撃訓練」が詫間空にとっては成功裏に終わったことを受け、詫間空には新たに4機の二式飛行艇が配備された。(うち2機は技術者達のおもちゃになっている)

 殊勲の詫間空1番機(通称カラス1号)は、同じく電波吸収塗料を塗布された2番機とともに航空兵の教育をそっちのけで各種の「実験」に付き合わされる事になるのは別の話である。


「噴進装置を使ったか・・・600近く出てるな・・・」

ですが、ここでもろこし様の

「架空機の速度を計算してみよう! ~ 『飛行機の主要諸元を決定する一簡易法』を利用した最高速度の計算」

https://ncode.syosetu.com/n6721gx/

で計算しています。

レシプロエンジンと「門松改」の全推力を使うと620キロ近く出るはずですが、エンジン過回転を考慮すると、出ても500の後半位じゃないかなと・・・


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― 新着の感想 ―
[良い点] 計算ご利用ありがとうございますw これで日本は奇襲される事はなくなりましたね!逆に奇襲し放題! [一言] 電波吸収の分厚い塗料から、史実の二式大艇の最大の弱点「防水塗料」って実現出来ない…
[良い点]  黒い塗装でますますクジラっぽい二式大艇が博多の町をフライパスする(´ヮ` )いかにも痛快なシーンが松本零士チックな絵面で妄想されジジイ読者の胸を高鳴らせますワ♪ [気になる点]  更に機…
[一言] これ門松改にも塗料厚化粧してるのか、それと空中電探は相手の電探に当てると探知されるだろうから前方空中だけに照射するタイプなんですかね? あとは後世には一方イギリスでは木製の爆撃機を使ったと…
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