閑話2 - 詫間空の受難-
1943年(昭和18年)7月
水上機練習飛行隊として発足したばかりの詫間飛行隊は異例ずくめの状況で運営が始まっていた。
まず飛行隊用として二式飛行艇が4機回されてきた。うち2機は工場から出荷したての新品である。普通なら使い古しの九七式飛行艇あたりが回されてもおかしくはない。
加えて、基地内には鉄道用輸送函を改造した「四国出張所」「詫間出張所」なる看板を掲げた航空機会社、電機会社、造船所などの事務所、詰め所がひしめき合い、各社の技師、整備士連中が新品の二式飛行艇に胡散臭い装備を次々と取り付け、それらの評価試験に詫間空の教官が駆り出されている。
先日は後部銃座から漏斗付きの長いホースを通して、空中で一式陸攻に給油をするという曲芸まがいのことまでされられている。
そんな訳で新人水上機乗りの訓練の進捗は全くもってはかばかしくない。
悪いことばかりではない。常駐の各社、特に川西からは一流の整備員が派遣されており、詫間飛行隊の水上機の調子は万全だ。
しかし、「試作」「試製」「私製」「別製」などと書かれた機材を目にするたびに自分たちがモルモットになっているのではないかと錯覚することもある。
迷惑をかけているという自覚は「出張所」の連中にはあるらしく、いろいろと差し入れがあったりする。特に九州の造船所からは人間用の「燃料(国産の洋酒だ)」がふんだんに供給されているので搭乗員のガス欠の心配は全くない。つまり痛し痒しといったところだ。
しかし、今回は文句の一言でも言わねばならない状態だ。陸に引き上げられた実験専用と化した詫間空の二式飛行艇は格納庫内で漆黒に塗装され、両翼下には魚雷を3本束ねたような形の「妙なモノ」がぶら下がっていた。昇降口から電線が外に伸びていることからすると機内でも何かやっているらしい。
「おい、なんの試験かわからんが、実戦じゃとてもじゃないが飛べんぞ?黒ってのは結構目立つんだ」
詫間航空隊の教官・・・ベテラン搭乗員は機体で作業の様子を見守っている「研技超船造府別」「学化気電京東」と背中に墨痕鮮やかに横書きされた白衣を着用した技師達に聞こえるように声を出すと技師達は律儀に反応した。多少後ろめたい気持ちはあるらしい。
「塗料は東京電気化学サンが開発中の特殊塗料・・・でしたよね?」
話を振られた東京電気化学の技師は申し訳なさそうに説明を始めた。
「ええ、これで電探の電波を「かなり」吸収できます。大型機でも鳥程度の反応にしかならない・・・はずです。本当は別の塗料で下地塗りをする必要があるんですけど厚みが8ミリを超えるんで却下されました。8ミリ塗れれば完璧なんですけど・・・そんな訳で効果は限定的です。すみません」
8ミリ?どこの機体の外板だ?そんなに厚化粧されては困る。というか塗工の仕事でなく左官の仕事になる。
「そりゃ駄目だ!8ミリも厚化粧したら飛行特性がえらいことになる。重量増加も半端じゃすまなくなる。で、アレは?魚雷にしては大きすぎる。重量は大丈夫なのか?」
「アレは緊急時の増速装置です。日出(飛行隊)に配備中のものをウチ(別府造船超技研)が二式飛行艇用に改造してます」
「へぇ~。で、俺たちは何をやらされるんだ?明日は敵爆撃機の迎撃訓練で敵役をやるって事は聞いてるんだが」
「それに加えこの特殊塗料と補助噴進装置の効果確認。東芝さんの機上電探の運用試験です。無論我々も搭乗させていただきます」
「ふん。そりゃ心強いな・・・しかし、電探に、緊急増速、空中給油・・・戦争も変わったな。で、これで何ができる?」
「わかりません。私は「安全な長距離強行偵察のために」ウチの大将(来島義男)が開発中の噴進装置の試験をやってこいと言ってきたんでそれくらいしか・・・」
「うち(東京電気化学)も別府さんの要請で急遽試作品を持ってきたんです。色の研究をしたかったんですけど・・・なんだかすみません・・・」
「真っ黒ってのは夜以外は意外と目立つんだよな。それに強行偵察に安全もへったくれもないよ。まぁ誰かが貧乏くじ引くってことだ。そうじゃなきゃ発足したての教育航空隊に新品の大艇が2機も回ってくるはずがない。上の方と・・・あんたらが関係してるのは間違いなさそうだしな」
「いや・・・それは・・・」
「かまわんよ。これが少しでも役に立つんならね。一応最新機材らしいし・・・これのおかげで前線の連中が生き残ることができるんなら労は厭わない。しっかり整備しといてくれ」
どいつもこいつも俺たちから見えないとこに居る人間に振り回されてると思いつつ、教官は格納庫を後にした。何しろ「教官」だ。鍛える連中は少なくはない。
「戦争も変わったな・・・得体の知れない機材を運用しなければならん連中は不幸だ」




