閑話2 - 浚渫船「十勝」 -
「菊の粛正」と呼ばれた天皇による好戦派の要職からの追放劇で、日本は半年以内の終戦に向け大きく舵を切ることになった。
まず、限りあるリソースの節約と戦力集中および予備兵力確保のため、陸海軍は戦線縮小に走る。
現場では、継戦派、停戦派にかかわらず現在の戦線は広すぎると考えていたためか、これはすんなり受け入れられ、攻勢地域から意図的に撤退、重要拠点に大兵力を集中。
こちらの意図を探られないように、小規模な不正規戦闘を繰り返し、敵の注意を分散させていた。
大規模な敵部隊の動きを察知するとすぐさま撤退。別地点から小規模な攻勢(嫌がらせともいう)に出るのだ。
小規模戦闘では一流の技量を誇る帝国陸軍に対し、同規模の部隊で当たるのは無謀。どうしても数を頼みの攻勢となるのだが、大部隊の場合小回りがきかず、狡猾な帝国陸軍の搦め手に引っかかり、消耗する部隊も少なくはなかった。
一応、戦争は続く。が、一部の地域では戦闘さえ行うことができなかった。ニューギニア方面である。
「メシが足りない」の一点で、一主計士官の発案した戦時中の捕虜引き渡しという奇策で、自軍の補給の安定と、連合国結束の離間、捕虜引き渡し期間中の戦闘中止を勝ち取り、戦争リソースの維持に成功したのだ。
捕虜引き渡しにかかる、一時的な戦闘中止を申し入れた際、当然、
「捕虜を盾にした卑劣な行為だ」
と連合国(主として米国)は反応したのだが、実際はその「盾」の引き渡しであり、表面上、日本軍の利益になる部分は全くない。
もちろん、リソースの維持と補給の継続という日本側の意図を見抜けない連合軍ではなかったが、謀略放送、宣伝ビラ、第三国の通信社、大使館など、ありとあらゆる手段を駆使して捕虜引き渡しを喧伝されたため、自国民兵士の捕虜が多いオーストラリアなどは、これに応じざるを得なかった。
まぁ、連合軍側に利がないわけではなかった。
捕虜引き渡しで、連合軍に不足している人的リソース。すなわち熟練兵士の補充が可能になる。実はそれほど悪い話ではなかったのだ。「名を捨て実をとる」そのようなこともあると捕虜引き渡しに合意したのだが、ここでも日本軍は狡猾だった。
引き渡された兵士を再び前線に投入しないということを、兵士と、こともあろうに日本帝国皇帝との間で書面で約束させたのだ。
再利用できる兵士が、高度な外交案件に格上げされてしまったため、連合軍は彼らを名誉除隊、あるいは後方勤務に就かせるしかなくなってしまった。
連合軍は兵を失い。また、兵士の身内からは反戦、停戦を希望する不満分子をかかえることになった。
日本軍の策に嵌まった連合軍は、自らの失策を明らかにできず、日本軍主体の停戦を続けるしかなかった。かくして、ニューギニア方面には奇妙な時間が発生することになる。
-ポートモレスビー-
「でっかいフネだなぁ。なんのフネだ?」
小型空母並の大きさの双胴船が、空母のそれと違いノロノロと入港してくる。
直射日光を避けるために設けられた東屋の中から、港湾監視を行っていた陸軍兵は双眼鏡の向こうに映る見慣れないフネを眺めて思わず声を出した。
ポートモレスビーを占領後、日本陸海軍はここに物資をつぎ込んで防御を固めていた。なぜなら、従来の防御施設は艦砲射撃や砲撃で無残な状態になっていたからだ。
物資搬送のための輸送船や、それを護衛するため新設された、海上護衛総隊の「護衛艦」と名乗る、戦闘艦艇とも異なる異様な※艦艇に疑問の声を上げても不思議ではない。
同じく東屋の中で夜間哨戒機と新型通信機、電探(試作レーダー)の整備を行っている「ニューギニア主計本部」から派遣された小太りの通信下士官が、その声に通信機から目を離して港を一瞥すると、つまらなそうに珍しいフネの正体を明かした。
「あれは海上護衛総隊のサルベージ船ですね。航行の障害になる沈没した敵の船舶を引き上げるそうですよ」
「おいおい、戦争中なのに随分余裕があるじゃないか。敵艦の引き上げとはねぇ~。ん!甲板にいるのはガイジンじゃないのか?見てみろよ!」
慌てて渡された双眼鏡を覗き込んでいた通信兵は、納得したように新型サルベージ船の甲板上の見慣れない衣装の「敵国兵」らしき人間の説明を始めた。
「…あれはオーストラリア軍の従軍牧師じゃないでしょうか。引き上げられた船に連合軍の兵士とか軍属の遺体や遺品があるので、それの葬儀と遺品引き渡し業務を行うために赤十字経由で派遣してもらっていると聞いてます。せっかく海の底から引き上げられたんですからそれなりに埋葬するのが筋ですよね」
「まぁ、死んじまえばそれまでだからな。しかしよく上が許可したよな」
「陸海軍と外務省と赤十字、オーストラリア政府も大乗り気で、障害は少なかったらしいです。引き上げられた船はここ(モレスビー)で内部を見聞して遺品を引き渡すことになってます。機密書類らしきものは我々は手を触れず、従軍牧師に処分してもらうことになってるそうですよ。「オーストラリア人の」従軍牧師のくせにケンタッキーやテキサス訛りがあっても気にするなとのことです。そっちにもいずれ通達はあると思いますけどね」
「そっち系も織り込み済みということか。まぁ、俺にはケンタッキーやらテキサス訛りやら区別がつかんからな。何せ英語がわからん。しかしよく知ってるな」
「「ニューギニア主計本部」の通信兵ですからね。引き上げられた船がある限り、向こうからは攻撃しないでしょうから。願ったり叶ったりです。それにこっちの狙いは中身じゃなくガワです。ガワ!多少海水につかっていても鉄は鉄ですからね」
「なんだかセコイな」
「仕方ないですよ。日本は貧乏国なんですから」
※例外もある。護衛総隊の旗艦は異彩の百貨店である
珊瑚海
「ライギョ1からライギョ各位。本日の宝探し開始だ。ここいらは日本軍のナワバリらしいが、上空警戒を怠るな。お宝は潜水艦よりガタイが大きいのと動かんから発見は楽だが、位置確定のブイ投下は正確に行え。あと、本命の潜水艦が釣れるかもしれん。気を抜くなよ?」
「ライギョ2了解」
「ライギョ4了解」
「ライギョ3意見具申」
「ライギョ3許可する」
「この間までは東シナ海で潜水艦狩りしてたのに、なんで珊瑚海で沈没船探索なんですか?」
「ライギョ3。上の考えることは俺にもわからん。が、東シナ海の敵潜は狩り尽くした。潜水艦狩るにはここ(珊瑚海)まで遠征しないと駄目だ。つまり、沈没船の中に敵潜が紛れ込んでいるということだ。気を抜かずにやれ」
海上護衛総隊旗艦。「護衛艦扶桑」の「キ-48改」対潜水艦哨戒機部隊は、珊瑚海の沈没船探索と潜水艦狩りに今日も明け暮れていた。
陸軍浚渫船「十勝」
分類上浚渫船とされているが、実際はサルベージ船。
島嶼部に港湾を建設するための水路浚渫を行うという名目で建造されているが、本当の目的は沈没船(それも敵の)を引き上げてちゃっかり使用するというもの。
未来知識でソロモンや珊瑚海が「コンパスが狂う程」の沈没船で埋め尽くされることを知っていた来島社長が「捨てればゴミ。使えば資源」と、浚渫船と言う名目で建造させた。
例によって「おおが」型輸送船の船体を流用した双胴船で、通常よりブロック数を増やして全長を稼ぎ、浮力確保のためにバルジ等を増設しているため、全長、船幅とも巡洋艦クラスを凌駕、軽空母並みの艦容を誇るものの、その巨体に見合うエンジンを搭載していないため、機動は鈍重である。
浚渫時は、船胴間の可動式パレットに土砂を積載するが、サルベージ作業時には双胴間に吊り下げられた大型の爪で沈没船を掴んで海底から浮揚させ、パレットに引き上げる。
くず鉄を(高コストであることに目をつぶって)入手する手段として「十勝」はニューギニアに早速投入、「葬送航路」からかなりの数の船を引き上げることに成功している。
連合国側の浮揚船内の遺体(遺骨)遺品等の引き渡しは、オーストラリア軍立ち会いで行われたため、この期間戦闘行動が中断。「十勝」は結果的にニューギニア戦線の日豪両国戦死者の減少に貢献。日豪休戦協定締結にも影響を与えたと言われている。
サルベージ用の爪の動作音から「ドカチン」と呼ばれている。命名は例によって来島社長。




