閑話 -泥棒陣内(18)-
-1943年2月 スマトラ島パレンバン-
「…ここのどこが「ニューギニア」なんだ…」
ポートモレスビーの補給業務を速攻でこなし、居心地の良いラエで山積みになった書類の処理にあたっていた私は堀井少将殿の命で「ニューギニア主計本部臨時出張所」の支援のため数度の輸送機乗り継ぎの後、スマトラ島にたどり着いた。
堀井少将殿のいう「ニューギニア」主計本部の臨時出張所(私は結構根に持つ性分らしい)には既に数名の陸軍士官と海軍士官が配置されており「なんちゃって佐官」の私に敬礼を送ってくる。場違い感が半端ない。正直、居心地が悪い。これは絶対に何かあるヤツだと思う。今までの経験によれば十中八九面倒事が舞い込んでくる。
そうなると、方針は速攻で決定だ。
「実施可能ナアラユル手段ヲ駆使シ、速ヤカニラヘニ帰還スベシ」
しかしながら頼みの綱の陣内先任やニューギニア主計本部の仲間がここにいない。事実上の隔離だ。心細いことこの上ない。
私の下に配置された士官、下士官および兵は異常なまでの丁寧さで接してくるため、気疲れでたまらない。そもそも、なぜ私がここで書類仕事をしているのか?この疑問を解決しなければならない。
誰か、それも可能であれば将官を捕まえて婉曲に問いただしてみようと考えていたところ、ちょうど視察に見えられていた東部軍の西山兵務部長殿が私に声をかけてきたので、雑談がてら疑問をぶつけることにした。
そもそもこの時期の視察、兵務部長という役職、少将という階級が異例の様なので少将殿にも何らかの関係があるのではないかと思ったからだ。
私の直球の疑問に対して、西山少将殿は苦笑を浮かべ、まず私が助っ人に呼ばれた理由を説明してくれた。
「ニューギニア方面、いや帝国陸海軍の石油の補給起点は、今後ここ(スマトラ島)になる。拠点立ち上げには優秀な主計士官が必要だ」
「優秀な主計がここ(パレンバン)にも居ます。海軍との連携も仲曽根という中尉が(ラエに)居ますので、彼に任せておけば問題ないと思うのですが?」
「ここは陸軍の縄張りだからな。貴官の推薦する(海軍)中尉?だったかな?貴官の推しなので優秀なのは疑わんが、それでは星の数が足りん。
言うまでもないが石油は陸海軍に加え国内の軍需工場や各省庁が喉から手が出るほど欲しい戦略資源だ。特に面倒なのはトラックの連合艦隊だ。軍艦は何もしなくても石油を馬鹿喰いする。ポートモレスビー攻略で相当世話になってるから、奴らは平気でとんでもない量を要求してくるだろう。こちら(陸軍)は借りがあるから応じないわけにはいかん。そろそろ貴官のところには上がってくると思う」
うん。知ってる。連合艦隊司令部をポートモレスビー攻略に引にきずり込んだのは堀井少将と辻参謀殿。それに乗ってきたのは海軍の宇垣参謀長殿だ。彼らのエゲツない手段は私にはとてもじゃないが真似できない。
私の微妙な表情に気がつかなかったのか、西山少将殿は話を続けた。
「今後、石油の壮絶な奪い合いが発生する。数日中に貴官のところにそれらの書類が山積みされるだろうから迅速に処理してもらいたい。問題はその後なのだ。却下されたら各地から参謀クラスの佐官が直談判に飛んでくる。これを追い返さなければならん。仲曽根中尉は優秀だろうが「海軍中尉」程度では(階級章の)星の数が足りん。陸軍も同じだ。相手は下手をすると将官だから勝負にならん。で、貴官と儂の出番だ。
ポートモレスビーを筆頭にニューギニア戦線で完璧な補給を行うだけにとどまらず、陸海軍から「今士元」と讃えられる大友中佐と「ニューギニア主計本部」の名前があれば陸海軍も無理押しはしてこない。何よりも貴官は陸海軍の各方面、特に連合艦隊に顔が利く。軍神山本大将が後ろ盾だ。どの部隊も一歩引いてくれるだろう。それに、ここ(パレンバン)だと本家の様に流れ矢で死ぬこともない」
随分勝手な言い分だ。私は仲曽根中尉と大して歳は変わらない。残念だが実務能力も帝大出の官僚候補である彼の方が高い。それと、流れ矢での死亡などと最期の状況まで想定してほしくはない。あと、階級が間違っている。大変不本意だが、私は陸軍(主計)少佐ということになっている。とりあえず、まとめて突っ込んでおこう。
「仲曽根中尉の方が実務能力は上です。そこらへんを鑑みて再考願えるよう上に伝えていただけませんか?これ以上「融通の効かない主計」という悪評を広げたくないのです」
「今更何を!断られても必ずどこかで埋め合わせをする律儀な主計だという評判は貴官の耳には入ってないのかな?」
「「悪徳主計」というありがたい評価を頂いております。一介の主計担当…ああ、私はいささか不本意ながら主計「少佐」を拝命しております。「中佐」ではありません。お間違えないように」
「昨日付けで貴官は中佐に昇進している。ラエに戻るまでの限定措置だ。陸海軍将官へのハッタリだ。運良く戦争が集結するまで生きながらえれば今までの昇進も含め元の尉官に戻してもらえるだろうから心配するな」
「軍人恩給は中佐相当額をいただきたいですね。こんなに苦労しているのですから」
「ははは、それは諦めた方がいい。でだ。個人的な興味で聞きたいのだが、大友「中佐」。貴官は戦争を終わらせようとしたら何が必要になると考える?」
謎かけをしてきた。最近佐官や将官からこの類の話を振られることが多い。主計専門の人間に戦略とか軍略とかを語れというのか?
恐らく素人の意見を「さもありなん」という顔で聞いて後で爆笑しているだろう。気にくわないが「聞かれたことには答える」のは軍隊に限らず、組織運営の基本だ。いささか面倒だが思いつく限りで回答するしかない。
「ざっと書類に目を通しましたが、近日中にポートモレスビー並かあるいはそれ以上の大きい作戦があるのではないでしょうか?それを各地の主計が感じて、先手をとっている。そんな気がします。問題は時期です。今は補給を十分に行って守りを固め相手の補給を妨害する消極的な攻勢の時期であると愚考します」
「大変よろしい。至極まっとうな意見だ。儂もそう思う。が、そのような悠長な事は言ってられなくなっている。先般、御前会議が開催されたのを知っているかな?」
「各地の将官が軒並み出席を強要されたというあれですね?軍機らしく、どのような会議が行われたか聞いておりません。陛下からねぎらいのお言葉でもいただいたのですか?」
「それならいいんだがな。ここからは機密だぞ?陛下は戦争をあと半年以内に「必ず」終了させるよう命ぜられたのだ」
「…それは…兵が聞けば泣いて喜ぶ様な御聖断ですが、将官は大変でしょう。何せ今日明日のことで目一杯、私にしても明日の糧食の消費量の方が心配ですからね」
「正直者だな。で、貴官ならどう考える?」
何回も繰り返すが勘弁して欲しい。私の専門は主計であり作戦立案ではない。
「私の職務でということでしょうか?」
「儂の周囲には戦争馬鹿しかいない。軍隊だから当たり前だが、貴官の、主計の目で考えた戦争を終わらせる方策を聞きたい」
「ヒトラーの死亡、オーストラリアとアメリカとの仲違い。どこも戦争なんぞやってられないというのが正直なところでしょう。ヒトラーが欠けたドイツはしばらく内戦状態でしょうが、そのうち大がかりな譲歩で戦争終結を狙うでしょう。ナチス党は良くも悪くもヒトラーで持っていたようなものですから。
これに連合国がどう応じるかですが、フランスは国土の大半を占領されているので強固に戦争終結を反対することはできません。支援がなければフランスは単独でドイツと戦争を続けなければならない。亡命政権もそこまで阿呆じゃない。開戦前の領土の保証と戦時賠償というところが落としどころでしょう。
問題は我が国です。米軍の負けが込んでますので、そうそう停戦には応じないでしょう。かと言って我が軍が負けてやることはできません、かの国は「殴られたら十倍にして返してから握手を申し出る」国と聞いています。十倍返しなんぞされれば国が滅びます。
そうですね。米軍と可能であれば英軍の戦力を大幅に削ぐような戦果を1回でいいので上げて、その時点停戦提案。最悪の場合アメリカに単独降伏するというところまで譲歩して強引に停戦、終戦に持って行くしかないと思います。私は現在、補給と物資の供給が破綻していると推測しています」
「…物資供給の破綻ね。よく見ている。参謀教育を受けさせて作戦参謀にすべしという意見もあったが、作戦参謀にするのは勿体なく思える。非常に正確な分析と的確な判断だ。
モレスビー攻略で「ハンニバル以来の大戦果」と自画自賛する戦争馬鹿、辻参謀が貴官を高く評価するわけだ」
「辻参謀殿ですか。安上がりに幸せなお方だと認識しております」
「的確な人物分析だ。参謀教育を受ければ「今孔明」だがどうだ?」
「いやいや、勘弁願います」
「うん。儂も「今士元」でいて欲しいと思う。短い間だが各方面からのねじ込み対応を頼む。手に負えんものは儂が対応する。儂もこのために呼ばれたからな」
「は、ありがたくあります」
パレンバンまで引っ張ってこられた理由は明らかになった。帝国が停戦、終戦に向け最後の大勝負に出るらしい事も理解した。米国相手なのでどう考えても大博打なのだが、一介の主計少佐は博打に乗る資格はない。とりあえず、与えられた仕事をこなすだけだ。
私のパレンバン出張は半月で完了し、めでたく主計少佐に格下げの上古巣のラエに無事帰還することができた。パレンバンへの石油の要求は日を追うごとに増加したため、陸海軍が一大作戦を決定あるいは立案中であると思われた。陛下への戦争終結のための施策上奏が20日間と期限を切られていたそうなので、何らかの方向性が決まったのだろう。各所から要求される石油の量から鑑みて大作戦になるのは間違いないだろうが、作戦詳細が決定するまでにはまだ時間がかかると思われる。まぁ、主計には関係ない。
帰りの輸送機の中で「戦闘になって流れ弾に当たりませんように」と祈ったのは内緒である。
ラエに戻ると「安上がりに幸せなお方」が待っていた。形式通りにパレンバン出張を労われると辻参謀は鞄の中から一冊の文書を取り出し、「実現の可能性について意見を聞きたい」と言ってきた。
うん。最近こんなのばっかりである。私は主計なのだが…
辻参謀から手渡された文書の表紙を見て私は絶叫した。
「無理!無理!絶対無理!です!」
「無理ではない、貴様には無茶を担ってもらう。それを見たよな?一文字でも見たら一蓮托生だ!必ず最期まで付き合ってもらうからな」
叫ぶ私を無視するように辻参謀はにたぁ~っと笑った。ああ、参謀殿は私を逃がす気は更々ないな…。
私の目に入った作戦書類の表紙には
「(厳秘)蘇士打通作戦計画書」
と墨痕鮮やかに書かれていたのだ。本当に、どうして、どうしてこうなった…。




