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閑話2 -竹槍物語(1)-

「本日はご多忙の中、御出席ありがとうございます」


 日出(大神)から豊後水道、来島海峡を突っ切り、燧灘沖に達した別府造船の技術試験船「むよれこ丸」には、沿岸の川之江町で製紙業を営む地元の経営者が集められていた。


 技術試験船と名付けられてはいるが、実際は別府造船グループ社員および家族、または会社関係者および顧客の接待などにも用いられる多目的船である。特に、夏の納涼別府湾クルーズは社員に大変好評だ。

 脱線するが、船名の「むよれこ丸」は「通信士は一度聞いたら絶対に忘れない。船名を連続発信しなければならない時は殺意さえ湧いてくる」というものらしい。



「さて、来島社長。我々に何を求められているのですかな」



 地元の製紙業経営者とともに招かれた川之江町製紙業界の重鎮、篠原朔太郎翁が来島にその真意を問いただした。

 来島はほっとする。もともと腹芸は得意ではない。直球勝負は来島の望むところでもある。何せ来島の構想には川之江町の製紙会社の協力は不可欠なのだ。

 改めて来島はゆっくりと出席者を視界に収める。「町全体が紙製」と言われる川之江の産業を担うだけあって皆頼もしい面構えだ。何となくイケそうだなと内心で出席者の評価に加点しながら、別府造船グループを切り回す経営者の顔(プラス狡猾な営業の顔)で来島は瀬戸内海に乗り込んだ理由を話し始めた。



「実は、皆様に我が社で製作する製品の部品製造をお願いしたいのです」

「我々の家業は製紙です。機械は本業じゃありませんよ」



 一人の製紙会社の経営者が、来島が日商の高畑のねじ込み案件を拒否する際にしばしば用いる台詞で返す。なるほど、高畑さんもこんな気分だったのかと来島は感じながら丁寧に答える。



「そうです。皆様には本業で、つまり紙で部品を製造していただきたいのです」

「なぜ紙製に?それと紙は日常品とはいえ統制物資だ。実際不足しているので我々への原料や燃料の割り当てがない。原料がなければ製造はできない」

「なぜ川之江なのですか?別府造船といえば日本でも有数の大会社だ。四国の片田舎の零細を相手にする必要はない」



 半ば嫌みも含めた質問に来島は苦笑する。胡散臭いと思われるだろう。当然だ。何せ自分も政財界から胡散臭がられているのだ。苦笑をあえて崩さず、更に笑顔を加えて来島は川之江町を選択した理由を述べた。



「理由が3つあります。1つ目は部品が金属だと期待しているような効果が望めないこと。2つめは試作と製造を短期間で繰り返さなければならないため、試作の頻度が多くなり大手では対応できないこと。3つめは皆様に技術的な冒険をしていただかなければならないことです。

 ここに来る前に私なりに紙についてざっと学習いたしました。パルプは統制品で調達が難しく代替原料の藁も肥料やボール紙の原料として使われていますので安定供給は難しいでしょう。で、原料には竹を使用していただきたいのです。それが技術的冒険という訳です。で、最後に。そのような苦労を重ねて作った割には儲けが少ないのです。それと川之江が田舎とおっしゃられるが、我が社の本拠地の日出はここよりもド田舎ですよ?」


「竹紙か。繊維が広く短いから強度としなやかさはある。竹は輸送の問題があるが、今なら藁や木材チップよりも入手は簡単だ。隣の香川(県)も竹は多い。で「水には弱いが、電気通さず電波は通す」紙で何を作ろうとしておられるのか?我々に苦労を強いるのであれば、それくらい教えて貰ってもかまわないのではないですかな?」



 製紙を知り尽くした男。篠原翁の言葉に来島は「さすが」と舌を巻く。竹を使用した紙の特長から、別府造船が何を作るのかまで推測していたとは予想外だった。

 普通ならそこまで突っ込んで来ない。脈はある。たたみ込むなら今かも知れない。



「いやぁ~、ウチ(別府造船)の最高機密なんですよ。軍需品なんですが今のところ陸海軍にさえ内緒にしてます。聞いちゃったら地獄の底まで付き合っていただくことになりますけどよろしいので?」



 来島の挑発がかった言葉にも全く同じず、篠原翁はにっこりと笑って応じた。



「儂一人ならば冥土の土産にあっちに持って行ってもかまわんでしょう。閻魔様にもいい土産ができる。儂に妙なことを吹き込んだ来島というのが来たらよろしくと伝えておきましょう」


「待った!篠原さんがやるのならウチもやります」

「今がどん底だからこれ以上悪くなることはないでしょう」

「陸海軍にも内緒と言うのは面白い」



 篠原翁に皆が反応する。一線を退いたとはいえ川之江の製紙業者に対する影響力は健在らしい。



「失敗すれば皆で地獄行きということでよろしいですか?いい?了解しました。失敗して三途の川を渡る際は、別府造船が責任を持って向こう岸までどんちゃん騒ぎができる船を用意しましょう。それではお話しします。別府造船が作るのは敵の航空機を突き倒す科学の槍です」


「竹が原料の槍をつくる!竹槍!」


「ええ。皆様には槍の柄にあたる部分、直径数センチのボール紙の筒を作って貰うことになります。強度を確認しながら厚みを増したり、直径を変更したり、螺旋に巻いて貰ったりになるので、小回りが効いて、日出に近い川之江の皆様にお願いしたいのです。筒の中には火薬を充填し、それを飛行機から束にして打ち出します」

「それって花火じゃないの」

「ええ、でっけぇロケット花火です。派手になりますよぉ~」


 愛媛県川之江町(旧川之江市、現四国中央市)は「紙の町」です。聞くところによると何でも紙でできています。火事になると壮大に炎上するそうです(嘘です)。

愛媛県宇和島市には日本最大のクラッカー(パンパン鳴るヤツ)工場があります。


ティッシュ(川之江)やクラッカー(宇和島)。お世話になった方が多いのではないでしょうか?


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[一言] ・-・・・ -・・-・ --・-・ ・-・- ・- ・-・-- ・・ ---・-  - -- --- ----  ……本当にリズム狂って打ちにくそうですね そういえば先日の鉄腕ダッシュで…
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