ハイエナたちの狂宴(亀戸の狂騒)
「なんだよ!俺んとこになんで各界のお偉方が来るんだよ!普通はこっちから伺う方じゃん!そもそも別府(造船)なんぞ相手にしてくんないんだよ?」
中島社長との飲み会(実際、飲酒したのは来島だけ)の翌日、別府造船東京支社に出社した来島の元には面会の申し込みが殺到していた。このような事はここ十年来まったくなかった。
昨夜の中島社長との「約束」を果たすべく早速動き始めようと考えていた来島にとっては全くの予想外の状況だ。
「昨夜の中島社長との会談が不十分な形で外部に漏れたんじゃないでしょうか?それ以外に考えられません。本社(日出)の方にも社長の在席確認と面会の申し込みが殺到しているそうです」
「一緒に酒飲んで羊羹を食っただけなんだぞ…まぁ、飲んでたのは俺だけだが。何もやましいことはしていない!…たぶん」
「軍の航空機を握ってる中島(飛行機)の社長と、社長が顔を付きあわせて話したんですよ?そのあと長距離電話やら電報やらをバンバン使ったでしょ?あれで中島と別府が何やら考えてると思われたんですよ。恐らく、別府造船と中島飛行機の思惑を探りに来ていますね。しかし、トップが直接来社というのは解せません。昨日宮城で何かあったんですか?」
「…電話局の交換手が鼻薬を嗅がされていることだけはよくわかった。守秘義務もへったくれもね~!逓信省に言いつけてやる!…下っ端に任していては時間が足りんので親玉が直接やってくるんだろうな。
勝ち馬に乗るか、それとも自分トコが勝ち馬になりたいんでウチと中島飛行機を抱き込みに来たってとこかな。
…宮城での御前会議だが、陛下は半年以内の戦争終結を望まれた。政界、財界、軍、その他の連中にこれを実現する方策を20日以内に奏上せよと仰せられた。箝口令が引かれちゃぁいるが内容が内容だ。すぐに国民学校のお子様でも知る話になるさ」
「それは…おおごとですね」
「勝ち馬になりたい人間が必死で音頭取ってとりまとめをするんじゃないかなぁ。俺たちはそれを見極めて乗っかればいい。効率第一だ。
陛下の意に反して継戦を唱える連中と終戦、停戦を唱える連中との主導権争いになるだろうが、財界は停戦派が多いはずだ。そもそもアメリカに勝てるなんて考えている連中が会社経営なんぞできるわけがない。会社経営はひたすら現実主義だ。
継戦して負けたらスカンピンになることぐらい理解している。いや、停戦しても大して変わらないかな?
俺か?俺は別府派だ。例え世界中が灰燼に帰しても俺と別府造船だけは生き残る。いや、生き残りたい…うん、生き残ればいいなぁ~」
「我が社は上奏しないので?」
「しない。大ぼら吹き大会の矢面に立ちたくないもん。言うだけならタダなんだけど今回は是非、絶対に、必ず、誰が何と言おうと遠慮したい。日頃から「ほら吹き男」と呼ばれてるんだ。これ以上悪評を広げたくない。だから…言いたいことは誰かに言って貰う。中島さんあたりになるんじゃないかな?政治家もやってるしさ。
戦争終結の施策を考えるにしても、世界の財界情勢に詳しい高畑さんとか金子の爺さんの助けはいるしね。話は聞いておきたいけど、金子の爺さん…苦手なんだよなぁ~。なんか貧乏神様の総元締めに見えるんだよね」
そこまで来島が話した時、社長室のドアの向こうで何やらもめる声がしたかと思うと一人の老爺と申し訳なさそうに後ろから付いてくる見慣れた眼鏡の男が目に入った。
「おお!来島君。盛況で何よりだ!ここに来る連中が聞きたいことはどうせ同じだろ?高畑君もそうらしいしな!どうだ!まとめて意見交換と行こうじゃないか!」
「金子さん!来てんのか!高畑さん!あんたもかよ!」
程なく面談の会場が大会議室に移り、新興コンツェルンと呼ばれる理研、日産、森、日窒、日曹、中島、石原、藤山の面々による意見交換という名前の意思統一が行われ、合同でまとめた戦争終結施策を別府造船の来島社長が上奏することに決定した。
(「どうしてこうなったぁぁぁぁ!」は別府造船来島社長の言である)
同じような動きは各所で見られ、利害が一致する企業、あるいは競合関係にある企業が合同で戦争終結の施策が練り上げられていた。
意外なのは財閥系で、各財閥が独自に上奏するのかと思われたのだが、 三井、三菱、 住友、安田などの大財閥は1つにまとまって戦争終結施策を上奏することになった。




