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閑話2 -技術検証試作戦車「(仮称)チベ車」-

「で、なんでこんな案件ウチ(別府造船)に持ってくるんです?ウチは「造船所」なんですがねぇ」



 別府造船大神造船所の応接室。別府造船に多額の赤字と黒字の両方をもたらす男、日商の高畑が持ち込んだ「新型戦闘艇の案件」に別府造船の総帥来島義男は頭を抱えた。



「私は造船は素人でして…」

「これのどこが戦闘艇なんです!高畑さん。こういう時だけ素人を持ち出して貰っては困ります!」

「いやぁ~日商としては絶対に見逃せない案件なんですよ」

「ええ、ええ、我が社としても絶対に見逃せない案件です。た・だ・し!開発できればの話です。そもそも「戦車」を造船所で作るのが間違っていると思わなかったのですか?」

「えー?これ戦車なんですか?」

「どこの世界に無限軌道(キャタピラ)履いて陸上を突っ走る「戦闘艇」があるんですか!大事なことですからもう一度言いますよ?ウチは「造船所(ぞ~せんじょ)」なんです。そこらへんを理解されてますか?」



 このままでは丸損一直線だ。日商の「儲け話」を全力で拒否しにかかった別府造船グループ総帥、来島義男社長の抗議を日商の高畑は柳に風とばかりに受け流す。鈴木商店で金子直吉の部下として世界を相手に鉄火場をくぐり抜けてきた高畑と、内弁慶(一応、金融関連では世界有数の相場師との評価を来島社長は得ている。カンニングに近いものはあるのだが)の来島社長では踏んできた場数が違う。

 来客用の茶(もちろん高級品である)を美味そうに飲み干した高畑は反撃を開始した。



「いやいや、御社の開発した新型揚陸艇。キワモノ扱いされてるようですけど、あれだって陸上を突っ走るフネじゃないですか?ええ、陸軍も馬鹿じゃない、きっちり実績を考慮していますよ?

 実は、戦車の開発が陸軍だけじゃ間に合わないようなんです。旧聞になりますが、ノモンハンで陸軍の戦車がこっぴどくやられたのはご存じですか?表向き大勝利と言っていますが、投入した戦車は4割喪失したそうです。員数を揃えるため陸軍は九七式中戦車の増産を指示していますが、雑魚はいくら集まっても雑魚です。

 「チヘ車」って名前で中戦車を開発中らしいですけど、安全策を採っておきたいということみたいですね。二系統で開発するようにして、片方をどっかに押し…継続してもらおうとしているみたいです」

「今、押しつけるとか言わなかったですか?」

「はぁ?何のことでしょうか?」

「まぁ、いいでしょう。少なくとも我が社に対しては隠し事はしない方がよろしいですよ?何せ、我が社には優秀な経理部長と技師長、法務部長が居ますからね。私を丸め込んだ程度で安心されては困ります。まぁ、ほかでもない日商さんの案件です。本件は別府造船「預かり」とします。いいですか!「預かり」ですからね!」



 後年、高畑はこの時「勝利を確信した」と語っている。

 彼は、造船所と兵器工廠との差が「あんまり」ないのではと肌で感じていたようで、工廠の様に資材をいちいち外部から調達するのに対して、原材料から一貫して製造管理できる規模の造船所の方が部門間調整が少なくなる分、スムーズな開発ができるのではないかと考えていたようだ。

 もちろんこれは企業規模による。三菱クラスになると企業規模が大きすぎるのだが、適当な規模で密接に連携をとっている別府造船グループは、保険をかける先として最適だと思われたのだ。

 あとは、必ず不足するであろう開発費をいかにして陸軍から分捕るか。別府造船とは可能な限りウィンウィンの関係でいたい。ここからが高畑の腕の見せ所であった。



「と言う訳なんだ。どう思う?」



 高畑の攻勢を辛うじて「預かり」とした来島社長は、腹心の「ぷっつん宮部」こと、宮部技師長その鬱憤をぶつける。宮部技師長も慣れたもので日商の持ち込んだ案件を冷静に分析、問題点を質問と言う形で来島社長に返した。



「なぜウチ(別府造船)が「戦車」をやるんですか?ウチは造船所ですよ?」

「日商(高畑)さんに俺もそう言ったんだが半ば押し切られた。「検討案件」にするのが精一杯だったんだわ。すまんが、法務にウチの定款を確認して貰えないかな?もしかしたらそれで逃げられるかもしれん」

「定款は変更の手間を省くため「どうにでもとれるように」作るそうですから、恐らく戦車の製造もできるように書かれてますよ。ウチ(別府造船)は既にビールやソーセージの製造販売もやってるじゃないですか」

「そっかぁ~。法律で逃げるのは無理かぁ~。しっかし陸軍はウチ(別府造船)をド○えもん扱いしてるなぁ~。そんな案件持ってくる日商も日商だけどさぁ~」

「そのド○えもんですが、気になって南朝の歴史を調べてみたんですよ。で、そのような武将を見つけることはできなかったんですけど?一体何者なんです?野比銅鑼右衛門てのは?」

「(調べたのかよ!)マメだねぇ~。あ~ネタ程度に考えてくれ。もしそんな人物が南朝にいれば、北朝なんぞ速攻で消滅しとる。ま、今回「は」損にならない程度にお茶を濁すことに徹したいと思う。本業(造船)が絶好調なのに副業に割く労力もないし、これ以上商売敵を作りたくない。商売敵は海上(造船)だけで十分だ。やるんなら別府(造船)らしく、セコく、セコく、十分にセコくやるしかないだろうねぇ~。ちょうど戦艦や巡洋艦の改装で出たゴミもあるから材料費は大丈夫だろ。ああ、経理部長と法務部長を呼んでくれ。ありとあらゆる手段を使って陸軍からふんだくる!本件は俺が陣頭指揮を執る。無論!予算内でだ」



 その後、経理部長、法務部長と交えて「いかに損をしないようにするか?」の討論が交わされ、「新型戦闘艇開発」に別府造船は正式に乗り出すことになった。

 来島社長による陣頭指揮(現場介入ともいう)と、別府造船の異能集団「超技術研究所(略称OTL)」による、実に怪しいプロジェクトのスタートであった。

 開発開始に際し、来島社長はOTLの面々を集め以下のような訓示を行う。


「諸君、なんでかは俺にもわからんが別府造船は戦車の開発を行うことになった。ウチ(別府造船)が開発するんだから…わかるよな?開発の金科玉条は「1に予算、2に利益、3に納期」だ。つまり!ハナから真っ当な開発なんぞできん!そこらへんは発注元の陸軍も承知しているはずだ。よって、我々は好きなようにする。無論予算内でだ。要するに「ぼくのつくったさいきょうのせんしゃ…みたいなもの」を「予算内」で作る。いや、作らなくてもいい。その方向性を示しゃいい。陸軍の期待なんぞその程度だ。ああ、一応陸軍戦車研究委員会経由で技師が派遣される。偉そうに文句付けてくるのは目に見えてるから、温泉に放り込んで飲み食いさせて黙らせろ。それと、今回は俺が思いっきり口出しする。普通にやってたら丸損一直線の案件だからな」


 宣言どおり来島社長はOTLに入り浸り、設計案に対してダメ出しを行う。そもそも異能集団ではあるもののOTLのメンバーは基本、造船に関係する知識しかない。専門的な知識なしに「ぼくのつくったさいきょうのせんしゃ…みたいなもの」を設計するのであるから大変である。それに加え来島社長のダメ出しである。もぅ、無茶苦茶としか言いようのないダメ出しにさすがのOTLの連中も頭を抱えた。陸軍戦車研究委員会から派遣された技師はこの様子を見て我関せずと別府の湯に逃亡した。どうやら立場よりも現実を愛する技師だったようだ。



 以下、来島社長のダメ出し集。



「大砲は既存品しかない!新規開発?いくらカネがかかると思ってる!却下だ却下!「扶桑」「山城」から降ろした三年式四十口径八糎高角砲を使え。4門しかないけど試作だからかまわんだろう。量産?ね~よ!そんな話があってもアレは海軍の倉庫にゴロゴロしてるはずだ。コイツなら重戦車の装甲も紙みたいなもんだ。なんなら四十一式(五〇口径15糎砲)を載せてもいいぞ?これは確実に使わないし、全部で32門あるからな」

「砲塔?なんで?でっけぇ~大砲載せるんだから重くなるよ?いらねーだろ?10糎も載せるかもしれんから旋回砲塔なんて無理無理!」

「鋭角化と低車高、避弾経始で防御力を確保だ。重量軽減で装甲は九〇式野砲の直撃に耐えられる程度でいいぞ。それでもチハよりは頑丈だ。そもそも当たらなければどうということはない。それを踏まえての低車高化だ。心配?だったら装甲の外側にスキマ空けて薄い鉄板張っとけ」

「仰角?俯角?最低でいい。車体を油圧で上下させろ。この戦車のキモだ。油圧シリンダーは茅場製作所に発注しろ!ここは絶対に譲らない!」

「エンジンは最低1000馬力だ。じゃないと走らん!この戦車はゴ○ブリ並に動けないと全く無意味だ。なんせ砲塔がないからな。だから発動機は2基必要だ。統制ディーゼル?全く無理だ。発動機は航空機用を流用する。運貨艇用に中島から買ったのがあるだろ?アレ使え。液冷?ありゃ10年はモノにならん。山岡が開発中のディーゼルの方がまだ見込みがある」



 開発に当たったOTLのメンバーは、「鋼板1枚、ボルト1本に至るまで購買部と経理部にチェックを入れて設計した。今でもどの部分にいくらかかった覚えてるよ」と述べている。



 こうして制作されたのが技術検証試作戦車「(仮称)チベ車(「ベ」は別府造船の「ベ」)」である。

 一応、中戦車の分類である「チ」が付けられているが、コンセプトが「ぼくのつくったさいきょうのせんしゃ…みたいなもの」なので、試作費以外全く考慮されていないため結果的に重戦車クラスの車体になってしまう。

 モックアップ制作費も惜しんでいきなり試作車を作成したため、どのような戦車が制作されたのか全く知らなかった(恐らく教えなかったのだろう)関係者が試作車両を見た瞬間、



「この大きさのどこが中戦車なんだ!重戦車じゃないか!」

「これは戦車じゃない。砲戦車だ」



 と予想どおりのツッコミを受ける。このまま契約終了かと思われたのだが、要求を満たさないながらも何ら評価を行わないのはいかがなものかと、大神の近所にある日出生台演習場で評価試験を受けることになる。

 制作時に、



「思ったよりでっかくなったなぁ~。黒く塗れば誤魔化せるかな?」



 との来島社長の言葉でツヤ消しの黒色に塗られた試作車両は、車体色と、その低いフォルム、重戦車にあるまじき速度での機動により、日出生台で演習を行う兵から台所に出現する黒色の虫の名前の渾名で呼ばれることになる。

 評価試験には、太貫謹平陸軍予備役少佐と喜滝恒夫予備役大尉を昇格の上現役復帰させて、性能を評価。罵詈雑言に等しい非難にもかかわらず「チベ車」は想像以上の性能であると絶賛された。

 500馬力級発動機2基による高い機動力と、三年式八糎高角砲を転用した攻撃力。九〇式野砲の直撃に耐えられる防御力に、評価にあたった大貫中佐は、


「この戦車が(中国)大陸にあれば、あれほど無様な負けはなかっただろう」


 と涙を流した。

 しかしながら、そのサイズと重量、ガソリンエンジン(それも2基)駆動であったこと、無砲塔であったことが災いし、操縦、特に射撃の習熟と補給面で問題が大きいと判断。陸軍で中型戦車(後の一式中戦車)の開発が順調に進んでいたこともあり正式採用には至らなかった。無論、これも別府造船の計算どおりである。

 正式採用されなかったものの、性能は文句なく優秀であったため、陸軍が開発中の戦車に情報をフィードバックするため、更に7両の増加試作が認められた。

(追加製造された7両のうち2両は試作一号車と同様の海軍の三年式四十口径八糎高角砲仕様、残りの5両は陸軍の九九式八糎高射砲搭載仕様で、後に全車両が九九式八糎高射砲搭載仕様に変更されている)

 各種のテストベッドとして、このまま実戦に出ることなく日出生台演習場と大神の間を往復してスクラップになると思われた「チベ車」だが、転機が訪れる。

 枢軸軍のアフリカ戦線に支援部隊として16両を追加生産。試作車両と合わせ24両と、試作時から運用に関わっていた大貫中佐率いる部隊を戦車連隊に改変、「遣アフリカ戦車連隊」としてアフリカに送られた。(ドイツ軍の戦車もガソリン仕様なので補給の容易さが考慮されたのと、さすがにチハでは見劣りすると思われたのだろう。戦争は見栄で行うものではないのだが)

 その火力は元が元(陸軍九九式八糎高射砲の大元はクルップ社製高射砲。そもそもドイツの工業製品を疑うのは犯罪に等しい)だけに凄まじいの一言。アフリカ軍団長ロンメルは「チベ車」の性能に、



「素晴らしい!こいつが1個師団あればアフリカから連合軍を追い出せる」



 と狂喜した。(正確にはロクな補給がなかったので、見た目「すごいせんしゃ」に騙されただけ。事実、「チベ車」からフィードバックを受けた陸軍の三式中戦車は「陸軍の要求を全て満たしたものすごくすごいせんしゃ」に仕上がっている)

 「遣アフリカ戦車連隊」を指揮する太貫謹平大佐と副官の喜滝恒夫少佐(派遣にあたり昇進した)のコンビによる変幻自在の戦術は連合国(イギリス及びイギリス連邦国家)に多大な損害を与え、2人の乗車のステンシルから「緑の狸」「赤い狐」と呼ばれ恐れられる。

 特に、ロンメルの異名「Desert Fox(砂漠の狐)」に対し、小規模戦闘で無敵を誇った大貫大佐は「Dunes Tanuki(砂丘の狸)」と呼ばれ、日本固有種である「タヌキ」が世界に広く認知されたきっかけとなったとも言われている。

今週のびっくりどっきりメカ!「ぁゃιぃ」試作戦車「チベ車」です。きっちり「扶桑」「山城」の廃材を利用しているところはテンプレです。(一応、装甲も戦艦からの流用部分もあります)

「チベ車」ですが、小型のStrv.103を想像していただければと思います。それでも VI号戦車並の重戦車になるんですよね。

狸と狐がGに乗車するってのも、一晩カップを放置した台所のシンクっぽくていいですね。


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― 新着の感想 ―
[一言]   陸海といったらの残るは、空!  飛行"艇"とか艇ですしね? 逝けますよね?(ちらちら  航空編隊を航空艦隊とも言いますから 逝けるよね?(軍技官の微笑み圧
[良い点] 「造船所も鉄やエンジン扱うんだから他と同じく戦車も作れますよね。(無茶振り)」をやってのける別府造船は凄い・・・のか? 凄いよりもセコいが勝つような? ともかく一応使える装甲戦力は出来たし…
[一言] 前に名前だけが出てきた揚陸輸送艦「長島」の話の予定あるんだろうか
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