閑話2 - 海上護衛隊旗艦「扶桑」「山城」-
ポートモレスビー攻略で南太平洋の制海権を手にした連合艦隊と、陸軍第13軍は補給の重要性を痛感していた。攻略に多大な時間と損害を要すると思われていたポートモレスビーが(戦力の集中投入、陸海軍の共同作戦という背景があることを差し引いても)3日で攻略できたのはひとえに、敵通商破壊と味方への十分な補給があっての成果だと遅ればせながら気づいた。
加えて、南太平洋の制海権維持は米国西海岸からオーストラリアを経由し、インド、アフリカ方面への戦力投入を阻むために必須で、これらはソロモンから珊瑚海の制海権を手にする「だけ」で容易に達成できる。
そのため、連合艦隊は持てる潜水艦戦力のソロモン-珊瑚海方面への投入と、ニューギニア方面の基地航空隊戦力の拡大を図る。(陸軍も当然、ニューギニア方面の航空隊戦力の増強をはかっている)
戦力の増強は、まぁ、書類一枚で済むが問題は補給・輜重である。
ポートモレスビー攻略は「ニューギニア主計本部」の神がかり的な活躍によりつつがなく行われたが、それも物資が「ある」という前提だ。
健全な作戦遂行にはどうしても補給が必要であり、補給のための輸送船は真っ先に狙われる(何せ自分たちが連合軍に対して行い、成果があった手法だ。相手が真似をしないという手はない)
「補給の途絶は敗北に繋がる」
補給の重要性を改めて認識した連合艦隊は、補給部隊を護衛する専門部隊編成を軍令部に要請する。
軍令部も独自に護衛を専門とする部隊の編成を行おうとしていたので、問題は少なかった。加えて、同時期に陸軍も資源輸送の防護用艦船の建造を進めようとしていたため、陸海軍の利害が一致、船団護衛専門の組織「海上護衛総司令部」が設立されることになる。
問題は戦力だ。海上護衛総司令部の艦船は、連合艦隊の艦船から抽出する予定だったのだが、連合艦隊には余裕がない。予備戦力は残しておきたい現場と、予備があるなら寄越せという軍令部との意見の隔たりは大きかった。特に、連合艦隊の現場からの反対論が根強く、端的に言うと、
「輸送船のお守りなんぞまっぴらゴメン」
であった。
このため、練習艦扱いの軽巡洋艦、廃艦を待つだけだった旧型駆逐艦10隻を急遽戦力化して配備するとともに、不足分は海軍用の輸送船「ていとく丸」級の機関と武装を強化してこれに充て、何とか体裁を整えることができた。
この結果、連合艦隊指揮下に軍隊区分で第一、第二海上護衛隊が創設され、鎮守府、警備府などから戦力(人員)を引き抜き、不足分は予備役の将兵を再徴兵することで体裁を整えたのだが、さすがに旧式軽巡洋艦、駆逐艦と輸送船ベースの艦船だけでは問題がある。
海上護衛隊は組織(書類上)が大規模であるのと、各地の戦場に物資を輸送する船団の護衛を行うという任務の特性上、行動範囲が広い。
このため運用統制や(輸送)作戦立案を行う参謀部を設置する必要があった。ここで困ったのは司令部の居場所だ。護衛総隊の旗艦機能を収用する船舶がなかったのだ。
通常であれば重巡洋艦、軽空母あたりをそれに充てるのだが、連合艦隊司令部からは該当艦艇の供出を拒否された。それは仕方がない。
この時期、連合艦隊司令部はいずれ訪れるであろう日米の戦力差逆転を危惧し、それをわずかでも遅らせるべく敵インフラの破壊を画策していた。そう、第二次真珠湾攻撃計画、パナマ侵攻計画がそれである。
つまり艦船がいくらあっても足りない状態だったのだ。頭を悩ませているところに、ツラギ、ラビ、ポートモレスビー攻略戦に殊勲を挙げた弩級戦艦「扶桑」「山城」が、長期間にわたる作戦行動とポートモレスビー攻略戦での「戦車との撃ち合い」で生じた損傷修理のため、本土に帰投してきたのだ。
もともと、失敗作という評価が定着していた同級の整備、再戦力化に海軍は消極的であった。このため、マル5計画の戦艦及び巡洋艦の艤装要員として「扶桑」「山城」の兵員を異動させ、空き家は解体して資材を転用しようと目論んでいたのだが、同級2隻は思いもよらない戦果を上げてしまった。
「連合艦隊は何で(扶桑・山城を)使うんだよ!」と言うのは軍令部から連合艦隊司令部への恨み節だ。
殊勲艦を即廃艦というのも問題になる。となると、最低限の整備をするしかない。が、長期間の作戦行動とポートモレスビーでの戦車との砲撃戦で両艦とも想像以上に損耗が激しく、単純整備だけでも最低3ヶ月は必要とされた。この数字は「すぐに入渠できるドックがある場合」で現実的ではない。何せ、呉、佐世保など日本の主な造船所のドックは何らかの建造・修理が行われていたからだ。
ボロボロの戦艦(それも殊勲艦)を係留したままというのも体裁が悪い。そこで軍令部は思いつく。
「専門部隊の旗艦にこいつを持って行こう」
加えて、
「予算上限を設けて民間で改装させよう。」
である。
酷い話だが、現代においてもこの手の話は枚挙にいとまがない。このため、軍令部は滅多に行わない競争入札で改装業者を募ったのだが、弩級戦艦の整備が可能な施設を有する造船所など数が限られている。それに加え、真面目な見積もりを出しても金額オーバーは当たり前だ。
要するに海軍(軍令部)は自腹を切って半額で引き受けてくれる民間企業を求めていたのだ。
当然、入札は不調に終わる。予定額が通常見積もりの半額ではまず無理だ。と、なると随意契約で誰かに貧乏クジを引かせるしかない!
このスケープゴートになったのが(やっぱり)別府造船であった。
例によって日商を経由し持ち込まれた艦政本部が作成した「扶桑」の改装案だったが、別府造船は当然これを拒否する。
「馬鹿野郎!お前ら原価意識があんのか!」
である。
「土佐丸」「おおが」「ていとく丸」そして改装なった揚陸輸送艦「長島」で経験を積んだ別府造船だ。海軍の無理押しに対抗すべく来島社長と宮部技師長に加え、法務部長、経理部長、顧問弁護士、海軍OBまで動員し、海軍省、大蔵省、衆議院、貴族院に突撃。半ば脅しのような手管を使って改装主導権を強引に引き寄せることに成功した。
何せ別府造船はケチで有名だ。無駄な投資は一切行わない。
一説によると、「艦政本部案での扶桑、山城改装費用の赤字分は、別府造船グループ全ての会社が陸海軍及び一般市民に提供する物品及びサービスの価格に転嫁するしかない。これは貴方達(陸海軍、大蔵省、衆議院、貴族院)も了承していると値上げの際に明記するがよろしいか?」と迫ったらしい
この結果、
「単独デノ輸送船護衛ガ可能デアルコト」
のみを主要要件とし、細部要件は別府造船に一任されることになった。(もちろん、工期と予算は厳守だ)
改装の方針だが、艦政本部の改装案での別府造船技術陣(と経理部門)の評価は、
「無理!絶対に無理!」
である。そこで、別府造船は改装詳細要求を精査し、要求の裏をかく方法を検討しはじめる。これは、来島社長の
「「上」と言われたら「下」を考えろ!ちなみに「攻め」といわれたら「受け」だ!」
という(後半は意味不明な)思考の柔軟性を求めた訓示によるものである。
別府造船技術陣は、要求事項の穴を探すべく、法務担当部員まで総動員し、改装要求事項の勝手な解釈に努める。また、帝都の著名な法曹関係者に意見を求めることもあったため、競合関係にある財閥系企業は「別府造船は、改装失敗の言い訳を今から考えているのではないか」と分析していた。
海軍提示の要求及び、海軍省、艦政本部からの言質を柔軟に解釈した結果、
・戦艦同士の戦闘は行わない。戦艦とのドンパチは連合艦隊の仕事。
・あたらなければどうということはない主砲は不要。(偉い人にはそれがわからんのです)
・高速は必要ないが、航続距離が必要。それでも30ノットは目標値
という何だか訳のわからない性能仕様が完成し、これを来島社長とOTLの引いた怪しげな図面と江崎統括技師の設計、宮部技師長の完璧(というか鬼のよう)な工程管理で「扶桑」「山城」は仕上がった。その結果、
「とんでもない改装を…」
「貴重な(そうは思っていないが)弩級戦艦が…」
と関係者に評されるような改装となる。この改装を来島社長が「魔改造」と呼称したため、これ以降、
「常識を越えるとんでもない改装、改造」は「魔改造」と呼ばれることになる。
「魔改造」された戦艦「扶桑」「山城」の諸元は以下のとおり
-船体-
・船体長を245mに延長し、縦横比を改善、更なる高速化を狙うため艦首に球形艦首を採用。艦首には貫通型の電動スラスターが装備された。
・三番~六番砲塔を撤去。機関室を移動。機関(山岡製作所製8基)を増設し集約。また、主機の圧力を強引に引き上げ、速度に割り振った。通常の行動時はディーゼルを使用するため燃費の良い艦に仕上がっている。(タービンとディーゼルを全て使用した場合の最高速度は28ノット)
・副砲ケースメイトを全廃。右舷の甲板上に四十口径八九式十二糎七高角砲を設置。
・艦橋を右舷に7mオフセット。四~六番砲塔跡を通り艦橋左舷に通じる斜め飛行甲板を設ける。艦橋には航空管制をするための設備が新たに1階分追加。(違法建築度が増した)飛行甲板は「土佐丸」同様、コンクリートで舗装されている。
・艦橋基部にパイロットの待機所を新設。若干艦橋基部が大きくなったので「扶桑」の違法建築度(見た目)が緩和された。
・飛行甲板設置によるトップヘビーの可能性が高くなったためバルジを追加。水線下幅(最大幅)が4m増加。バルジには注水機構が設けられ、喫水を一定に保つ(球形艦首が常に効果を発揮できる)様に工夫されている。
・砲塔と副砲撤去で空いたスペースに航空機18機(補用3機)と、居住区を増設。
高角砲の設置は副砲数減少を発射速度で補おうとした苦肉の策だったが、十二糎七高角砲の性能が非常に良く、両用砲としての運用にも全く問題がなかった。
また、違法建築の艦橋上の管制設備だが、通常の空母よりも圧倒的に高い位置にあるため、航空管制の容易さは海軍一であると評価されている。
戦艦の行動は駆逐艦などの随伴艦が必須なのだが、高速化に成功した「扶桑」「山城」は敵部隊が航空支援のない場合であれば単艦で攻撃が可能な独航性の高い艦に仕上がった。
まぁ、小ぶりのキエフ級である。
軽空母1隻を運用する場合の補助艦艇数や、人的リソースなどを考慮すると、単艦であらかた全部対応できる「魔改扶桑」「魔改山城」は海上護衛隊にとって非常に使い勝手が良い艦となった。




