ポートモレスビー攻略戦(15)
「諸君。我が二航艦にオーストラリア本土攻撃の命が与えられた。信じられないだろう?小官は命令書を読み直し、連合艦隊司令部にも確認をとったが、間違いないとのことだ。で、どうする?極めて困難な作戦だ。もう一度言う。どうする?小官は「たまには」は諸君らの意見を尊重したいと考えている」
時系列は遡る。早朝出撃に備えて休息を取っていたところをたたき起こされた艦爆、艦攻部隊の指揮官を集めたブリーフィングは、通常なら顔を見せることがない第二航空艦隊司令長官山口少将の意外な言葉から始まった。
(食えないオッサンだ。まず「極めて困難」という言い方が気にくわない。馬鹿野郎め!たまらなく魅力的に思えてくるじゃないか。見ろ。みんなその気になってる)
司令官の軽口に古参パイロット達は心の中で毒づく。場の雰囲気が変わったのを感じたのか、「人殺し多聞」こと山口少将は苦笑を浮かべた。
「すまんな。無茶な命令なのだが敢えて困難に挑んでもらいたい。本題だ。艦攻乗りには悪いが第一目標は滑走路と航空機になる。分かるよな?」
(爆撃機、攻撃機発進阻止か。そうなると夜間(出撃)か。向こうも黎明出撃をやるだろうからな。なるほど、一航艦かウチじゃないと無理な芸当だ)
「ポートモレスビー攻略の一番の障害は、オーストラリア本土および周辺基地からの航空攻撃だ。特に爆撃機が上陸部隊に一番被害を与えると予想されている。B-17は「墜ちない」。新型のB-24は、「足が長く更に墜ちない」らしい。まぁ、これは我々には関係がない。この「程度」であれば一航艦と基地飛行隊程度で事足りる。爆撃機のガラクタ作りは一航艦に任せればいいだろう」
爆撃機の迎撃は二航艦の仕事ではない言い放ち、一航艦の実力は二航空艦隊の下だと言外に匂わせた山口少将に搭乗員達の好意に満ちた視線が集中する。
「戦力分散は下策だが、今回は敢えてこれを行う。目標は先ほども述べたとおり、オーストラリア本土だ。オーストラリア国民に、我が軍が「ここまで来ている」事を見せつけることが本作戦の趣旨になっている。何とも締まらない作戦だが勘弁して欲しい。やることは多くない。滑走路に小穴を開ける程度でかまわん。が、かならずオーストラリア国民の目に日の丸を見せつけろ。撃墜されるのは厳禁だ。
攻撃の確実性を増すため、夜間とする。腕利きを選抜。目標は、ケアンズ、タウンズビル。そしてまさかのブリスベンだ。既に艦隊は全力で南下を開始している。艦攻(部隊)は本業(雷撃)でないので申し訳ないが、珊瑚海には貴様らが魚雷を叩き込むフネはもはや存在しない。慣れない爆撃だが我慢して欲しい。それと、ブリスベンには「紙爆弾」を持って行って貰う。こいつは市街地にばらまけ。直衛には艦隊防衛の戦闘機を割く。不時着対策として、水偵を巡洋艦から派遣、潜水艦も特定海域に配備する。我々の戦いはここで終わりではない。いいか!必ず生きて帰れ!」
数時間後、漆黒の闇の中、誘導灯の明かりを頼りに出撃した第二航空艦隊の精鋭はオーストラリアのラジオ局の電波を頼りに大陸に接近。水平線がわずかに光が差した頃、飛行高度を一気に下げ海面近くをケアンズ、タウンズビル、そしてブリスベンに殺到した。その頃、ケアンズ、タウンズビルの飛行場は黎明発進に向け、まさにエンジンを暖気している最中であった。
突然の来襲に慌てふためく連合軍をよそに、艦爆と爆装した艦攻は滑走路に爆撃を敢行!護衛の戦闘機部隊は駐機中の爆撃機と戦闘機を機銃で狙い撃ちにし、滑走路上は火の海と化した。
「よし、一航艦に打電。「トラトラトラ 後ハヨロシクヤラレタシ」だ」
モレスビーへの援軍が焼け焦げた金属片に変わったことが伝えられた瞬間であった。
「何だ?戦闘機の一機も上がってこんじゃないか。オーストラリア軍はぶったるんどるな!戦争やってるって気構えが見えん。そんなに余裕があんのかな?いいや!さっさとビラをぶん撒いて帰投するぞ!」
ポートモレスビー防衛戦は、「攻撃三倍の法則」に則れば、ポートモレスビーの戦力で十分日本陸海軍と渡り合えると考えられてられていた。これに近隣の基地及びオーストラリア本土からの航空支援で日本海軍の艦船を消耗させることで、最終的に日本軍を撃退。ポートモレスビー防衛戦闘はこのような考えを基に立案されていた。
しかし、初戦でポートモレスビーの航空インフラが破壊され、なおかつ想定外の内陸からの重砲攻撃によりポートモレスビー守備隊は「退路」すら失う。これに加え、最後の望みとしていた周辺基地及びオーストラリア本土からの航空攻撃が思っていた以上に少ない。
二航艦のオーストラリア本土攻撃に、オーストラリア政府が過剰に反応したためである。
「まさか」の後方地域、ブリスベンにばら撒かれた紙爆弾に書かれた、
「See you next time in Sydney(次はシドニーでお目にかかりましょう)」
に恐怖したオーストラリア政府によって、ポートモレスビー防衛戦に準備された戦闘機部隊が、本土防空戦闘のために大量に引き抜かれたのだ。
もちろん、愚策ではある。日本軍の狙いもわかっている。しかし、オーストラリア政府には積極的に戦争を遂行するための要件が欠けつつあった。そう、国民世論である。
政府の「本土防衛に戦闘機部隊を抽出すべし」という命令に対し、オーストラリア陸軍は、ポートモレスビーで戦う同胞にある電文を打たざるを得なくなった。
「Be sure to live and return」
オーストラリア陸軍はポートモレスビー陥落を容認したのだ。
ポートモレスビー沖に展開している第一航空艦隊の空母群。その中でもひときわ巨大で異様な姿を見せつける陸軍揚陸母艦「土佐丸」は久々に本業に就くことになった。
怪しげな装備を次々に開発。制式化もされず、なぁなぁで陸海軍に採用されている「別製」と称される一連の装備の中でも(「土佐丸」を除いて)特に怪しい装備「別製運荷艇」に搭載されたコンテナ(兵員輸送函)の中は、ポートモレスビー上陸に備えた兵士ですし詰め状態になっていた。
戦闘機の大馬力エンジンで船体を浮上させ、プロペラ推進で進む別製運荷艇の甲板は停泊中は別として大変危険な場所である。簡単に言えば吹き飛ばされる、あるいは推進プロペラに吸い込まれる可能性があるからだ。
これを防止するため、運荷艇甲板には兵員輸送函が備え付けられている。何せ元はコンテナ。観音開きの扉には水密窓が取り付けられているものの、庫内は白熱電球1つの照明しかない。発進前であるため、水密扉は開放されているが、運荷艇がエンジンの暖気を行っているため、デリック内に排気ガスが漂っており、快適な状況とは言いがたい。
外部の情報は、船体の振動と船体を通して聞こえてくる外部からの爆発、砲撃音、船内放送と、兵員輸送函にとりつけられた電話からしか得ることができない。
兵員輸送函で待機を始めて既に1時間が経過しており、さすがの猛者達にも苛立ちが見え始めていた。と、待ちに待った船内放送が流れる。
「上陸命令!「神洲丸」からの上陸部隊発進後、本船も上陸部隊を発進させる。諸君の武運を祈る」
苛立っていたのは上陸部隊だけではなかったらしい。放送が終了するかしないかのうちにデリックの水密扉が開き始め、重油臭いものの、排気ガスで汚染された船内の空気よりもはるかに新鮮な外気が流れ込んでくる。暖気をしていた「栄」発動機のエンジン音はねが上がり、ゴム製の運荷艇の裾が膨らみ始めた。運荷艇に取り付けてある拡声器から艇長の声が流れた。
「本艇は、間もなく発進する。一番槍は間違いなく本艇だ。「し-1号」は栄発動機搭載だから、どの艇よりも高速である。他の「土佐丸」運荷艇も、どの大発よりも速い。相手からの攻撃も集中するが、そこは何とか凌いでくれ。可能な限り陸地に寄せる!」
「征くぞ!諸君!海軍陸戦隊の意地を見せろ」
「おお!」
ポートモレスビー上陸の一番槍を命じられた「神州丸」の大発艇は、散発的な陸地からの反撃に首をすくめるだけであった。8ノットで進む大発艇は周囲に展開している海軍の戦闘艦艇に比べて圧倒的に鈍足だ。昨夜から続く陸軍の重砲、海軍の戦艦からの砲撃でで的の火力はそがれているものの、健在な火砲は多い。的(大発艇)が多いので集中攻撃されないだけだ。それでも先頭を進む神州丸の大発艇に飛んでくる砲弾、銃弾は他の艇よりも多い…ように思われる。
頭上を通り過ぎる機銃弾、船腹に食い込む小口径砲弾の音に飛び上がり、首をすくめながら、ひたすら接岸を待っている。と、彼らの耳に海上では耳にすることのない不等間隔爆発の発動機音が届く。友軍機か?音のする方向に目をやると、豪快に水煙を巻き上げながら6隻の異形の上陸艇「別製運荷艇」が猛スピードで通過していった。その速度はは30ノットを超えている。
「あ!てめっ!抜け駆けとは卑怯だぞ!」
海軍陸戦部隊を乗せた「別製運荷艇」は陸軍上層部の根回しをあざ笑うがごとく、ポートモレスビーに突進していった。
ポートモレスビー攻略戦(14)の大幅改訂&加筆で、(15)が短くなってしましました。
よって、頑張って加筆しました!(12/20)




