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ポートモレスビー攻略戦(14)

-ポートモレスビー沖合 戦艦「陸奥」-



「まだかぁ~!砲術長!まだかぁ」



 高声電話に向かって苛立ちを抑えきれない様子で、艦橋最上部の測距儀に陣取る砲術長に向けて、今夜2桁に近い回数になる問いを投げかける。


 高声電話からの返事もそれなりに同じ内容になるのは仕方がない。



「有効射程に入っておりません。落ち着いてください」

「何を言う!「武蔵」はとっくの昔に砲撃を開始しとるぞ!」

「艦長。「陸奥」の主砲は40サンチです。有効射程も「武蔵」程大きくない。ご存じでしょう」

「わかっとる!わかっとるが…なぁ、砲術長、何とかならんか?今気づいたんだが、俺は相当に短気の様だ」

「短気が射程に貢献するのであれば、自分はとっくの昔に暴れてます。落ち着いてください。初撃の斉射で旗艦(「武蔵」)以上のアタリを出してやります。馬鹿共め、「当たらない」弾は何の役にも立たない。大砲の大きさだけで優劣が決まるなんて大嘘だ。自分がそれを証明してやります!艦長…、今なら自分は最大射程のリンゴにも命中させることができそうな気がしているんですよ…」



 砲術長の言葉で我にかえった艦長は大きく息を吸い込んだ。

(皆、狂ってるのか?たぶん、俺もその一員だが…。いや、ここで俺も一緒になって狂うのは楽しかろうが、それは許されんな。俺は「艦長」だった。俺が浮かれてどうする!俺は「陸奥」の乗員の命を預かる艦長なのだ)



「ははは…そりゃ、すごい。一晩で那須与一とウィリアム・テルも越えとはな。よし!俺は待つぞ!戦果次第では酒保を無料解放してやろう。楽しみにしておけ」



 心を静めて漆黒の海を見つめると、PTボートを迎撃しているのであろう、所々に閃光が浮かび、しばらくして甲高い砲声が響いてきた。そう、戦争は戦艦だけで成り立つのではない。



「間もなく有効射程。射程に入り次第砲撃を開始します」



 高声電話から砲術長の声が響く。待ちに待った報告なのだが、なぜか艦長には人ごとのように聞こえてきた。



「よろしい。おおいに撃て。おおいに撃て!一発たりとも無駄弾を出すなよ!」



 かくして、黎明にはいささか早いが、露払いの46サンチの砲撃のあと、真打ちたる「ビッグセブン」の一角、40サンチ主砲搭載戦艦、「陸奥」が砲撃を開始した。



「攻勢は海側から」


 連合軍は、陸側からの攻勢は小規模と考えていたのだが、それに反して陸側からの重砲による砲撃で攻略戦の幕が上がる。真夜中と言うこともあり、ポートモレスビーの指揮系統は多いに混乱した。

 執拗に滑走路とその周辺設備を攻撃する重砲に対応するため、連合軍は海岸側の兵力を内陸側に裂く必要に迫られ、長時間かけて組み立てられた防衛要項がほころびはじめた。

 当然、指揮系統にも混乱が生じはじめる。

 重砲殲滅のため陸側に展開を命じられる連合軍兵士の士気は低い。想定外の方向への出撃。それも夜間。人類は夜間に活動するようには設計されていない。たゆまぬ努力シゴキで24時間戦える日本陸海軍を除いては…。

 ミルン湾沖を全力でポートモレスビーに接近する連合艦隊戦艦部隊は、周囲の島から出撃したPTボートの妨害を叩き潰しながら進撃していた。夜間戦闘においてアドバンテージを得ていたPTボートのレーダーは、鹵獲品を国産化したマグネトロン発信器(マグネトロンはもともと日本の発明品である)によって、大電力を喰うヒーターとしての役目しか持たないガラクタに成り下がっていた。

 この状況で、日本海軍は圧倒的なアドバンテージがある。昼間には赤色灯1つの暗室に閉じ込もり、視力に良いと聞くと、どこからともなく(自腹で)ニンジンを購入して生でかじり、ひたすら自己の機能(夜間視力)の向上に努めた見張り員の努力が結実する。

 別製夜間哨戒器も、それなりの活躍を見せたが、彼我の性能が桁違いだ。別製夜間哨戒器は航海士のPTボートからの攻撃回避のための艦隊行動に貢献はしたものの、直接的な戦果を挙げるには至らなかった。それでも「見張り員の手間を省くことができた」と航海士連中には高く評価されたらしい。


 決死の覚悟で肉薄し、雷撃を敢行しようとしたPTボートも、「視える」というアドバンテージと、週に月曜日と金曜日が2日ある連合艦隊の兵員の練度の前には敵ですらない。PTボートは巡洋艦、駆逐艦の主砲や機銃により次々と燃え上がり波間に消えていった。

 この時点で、ポートモレスビー側は攻略部隊を海上で阻止する戦力、PTボートを失うことになる。



「日本軍は重砲を装備して、ポートモレスビーに陸側から攻撃をかけた」


 この事実はポートモレスビー守備隊にショックを与えた。そう、重砲装備となると小規模な部隊での侵攻ははあり得ない。密林のどこから飛んでくるのか判らない重砲の攻撃で、黎明出撃に向け整備を行っていた航空機が奇妙な金属のオブジェとなり、日本軍の頭上に落とす予定の弾薬は滑走路上で高オクタンガソリン一緒に激しく燃え上がり爆発する。

 おまけに戦艦部隊からの砲撃すら始まった。モレスビーに打てる手は少ない。

 混乱の中、だだ下がりの士気を鼓舞するため、指揮官は叫ぶ。



「落ち着け!落ち着け!陸側からの攻撃は間もなく制圧される。夜が明ければ友軍の航空隊が上陸部隊を蹴散らしてくれる。あと数時間だ!夜明けまで持ちこたえればこちらの勝ちだ!」


 必死で事態収拾に乗り出そうとしているが、夜間に、それも先手を取られため、混乱はなかなか収まらない。何せ絶賛砲撃中なのだ。

 加えて、連合軍兵士の士気が上がらない。

 日本軍は狡猾だ。「ニューギニア放送組合(NHK)」を名乗る日本軍の謀略放送が、モレスビーのオーストラリア兵に連日、



「英米の勝手になぜ、貴方達(オーストラリア人)が命をかけなければならないのか?」



 と呼びかけていたのだ。

 既にソロモンの制海権は日本側にあり、本来、連合軍の中庭であるはずの珊瑚海も南部の一部と西部が辛うじて制海権を確保しているに過ぎない。

 日本軍の侵攻目標であるポートモレスビーの戦力補充は、「葬送航路」という不名誉かつ不気味な航路名称を海図上に刻み込んで終了していた。(公式見解は、「十分な補給がなされた」とのことだ)

 下手くそな英語の謀略放送は既にオーストラリア兵の士気を蝕んでいた。



「ジャップの重砲を潰せ!絶対に潰せ!最優先だ!」

「陸戦部隊の大半は海岸に配置されてます。戦艦の砲撃も受けています。これの転換となると…」

「やるんだ!でないと四六時中重砲の脅威に晒される。海と山からだ。上陸部隊の攻撃は脅威だが、それは「これから先」の話だ。海上で手出しができない戦艦よりも、歩いて行ける陸上の方が戦争になる。それに…だ。撤退路は北側しかない…」

「我々が敗北するというのですか?」

「この状況でそれを言うのか?陸上戦力は艦砲射撃でまともに統制が取れない状況で、航空支援はオーストラリア本土に頼るしかない。戦闘機?モレスビー上空で小便したら、引き返すような航続距離のシロモノに何を望む?

 我々は内陸に撤退してゲリラ戦を展開するしかない。スタンレー山脈の西側はまだ我々の勢力圏だからな。しかし、そこに至るまでには、敵重砲部隊を蹴散らさなければならん。はっきり言おう。我々は詰んでいる。とにかく、北側の脅威を排除だ!恐らく敵兵力は上陸部隊よりも多くはない。海岸配置の戦車を振り分け全力で撤退路を確保するんだ」



 しかし、海岸に配置した戦車の転換は予定どおりに進まなかった。PTボートを一蹴した日本海軍の駆逐艦、巡洋艦がポートモレスビーを射程内に収め、艦砲射撃を始めたからだ。戦艦に大きく劣るものの、(戦艦に比べると)精密な射撃が可能なこれらの艦艇からの攻撃が、配置転換を進める連合軍を的確に叩く。

 第一艦隊の戦艦部隊と、ミルン湾から急遽(勝手に)参戦した旧式戦艦二隻の艦砲射撃は熾烈を極める。彼女たちは上陸部隊の損耗を防ぐため、地ならしをすべく念入りに、余すところなく砲撃を加えはじめた。

 守備隊のあらゆる火砲の射程外からの戦艦による砲撃は、海岸陣地や地雷原、塹壕を更地に替えながら尽きることなく続く。守備隊は、戦艦の艦砲射撃と、間もなく開始されるであろう上陸部隊の攻撃、航空機の空襲から逃れるために、砲撃の被害が少ないポートモレスビー市街地と、口には出さないが退路確保のために密林地帯に戦力を割き始めた。



「敵さん。突っ込んできますよ」



 密林の中に巧妙に設置した重砲陣地を護るべく、ポートモレスビー周辺まで進出した日本軍歩兵部隊は、炎上するポートモレスビーから「こっち」に向かってくる連合軍歩兵部隊を発見した。予想より多い戦車を帯同している。一気に重砲群を蹴散らすつもりなのだろう。

 だが、迎え撃つ日本軍歩兵部隊の備えは十分だ。重砲と戦艦部隊からの砲撃によりポートモレスビーは街全体が燃えているかのように明るい。ラビに入港した輸送船から半ば強引に供出させた別製夜間哨戒器は、赤外線投光器なしで接近する敵兵を容易に判別できた。


 「戦力三倍の法則」


 攻勢側は守備側の三倍の戦力が必要だという経験則だ。つまり、ポートモレスビーを守備する連合軍は三分の一の戦力で日本軍に当たればいいのということなのだが、突然降って来た(文字通り「降ってきた」)重砲からの攻撃に対抗するため、戦力を陸側にも割り当てる必要が出てきた。

 そう、彼らは「攻め」なければならなくなったのだ。無論、可能な限りの戦力を抽出し、「日本軍の三倍の戦力」を充てたつもりだったのだが、彼らは日本軍が短期間に構築したニューギニア鉄路の実力を過小評価していた。ジャングルを突っ切り、稜線を縫うように進み、40度の傾斜を難なく乗り越え、1編成で1.5トンもの物資を時速3キロの「高速」で運び込むニューギニア鉄路は、徴兵された国鉄職員の手による完璧なダイヤと運行管理でスタンレー山脈を越え、山脈の南に大戦力を送り込むことに成功していた。

 そう、連合軍が潰そうとしている日本軍は、重砲部隊だけではない。重砲の前面には旧式ではあるが、各地からかき集めた十一年式曲射歩兵砲部隊が展開し、重砲を護るように十一年式平射歩兵砲を備えた歩兵部隊と狙撃兵が配置されていた。そしてスタンレー山脈を制した工兵第15連隊がこれに加わり、(ご丁寧にも最前線までニューギニア鉄路の支線を引っ張ってきていた)「防御戦」を行うべく手ぐすね引いて待ち構えていたのだ。この時点で戦力差は守勢1に対し、攻勢2と確実に守備側が有利になっていた。

 それだけではない。仮に、連合国側の航空攻撃が全て排除され、日本海軍の戦艦が一隻でも健在であった場合、連合軍陸上部隊はポートモレスビーを中心とした半径20km圏内のどこにいても無慈悲な艦砲射撃の的になることが決定づけられている。

 そう。ニューギニア鉄路がスタンレー山脈を越えた時点でポートモレスビー陥落は決定づけられていたのだ。



「やられたくないから、(重砲を)潰しに来る。じっとしていたら戦艦の的だ。海岸で待ち構えてるよりこっち(内陸部)の方がましなんだろうな。俺はてっきり(連合軍は、攻撃しない)市街地に逃げ込むと思ってたんだが…。少しは骨のある指揮官がいるようだな」

「標的にはなりたくない…ですか…黙って死にたくない…」

「要約すればそういうことだな。誰だってそうさ。さて、これから数日間は防御戦だ。「常に攻勢!攻撃は最大の攻め」が金科玉条の帝国陸軍とは思えない命令だからな。

 まぁ、「重砲群ヲ死守セヨ」だから碌でもない命令なのは確かだ。さて、きっちりやってやろうじゃないか。山砲と部隊に敵座標を報告砲撃支援を要請しろ。残りの戦車は…戦車はキッツイがやるしかなかろう。ここは意地を見せんとな。まず、戦車を足止めだ。迫撃砲や擲弾筒で戦車が相手というのはキツイが、足止めをしつつ後退。歩兵砲陣地前に誘い出す。歩兵砲で駄目なら重砲にお出まし願おう。敵歩兵は密林で個別撃破だ。結構大変な戦闘になるぞ

随分間が開いたので、「ポートモレスビー攻略戦(14)」全面改定です。

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