閑話 -泥棒陣内(12)-
「キリがないっすねぇ」
かつてここが飛行場であったことを示すのは、焼けただれたりねじ切られたようになっている航空機の残骸のみだ。
ミルン湾奥地のラビ。連合軍が秘密裏に造成したガーネイ飛行場は、帝国海軍の戦艦部隊による鉄の暴力により壊滅した。
山脈越えの艦砲射撃により、本来長く平坦であるはずの滑走路は摺鉢状の穴が点在する荒れ地に変貌している。
戦艦部隊の砲撃。上陸部隊と敵陸上部隊との交戦(極めて短時間で終了した)後、ここは(日本軍にとっての)戦略上の重要拠点とは見なされず、敵の再上陸を阻むための最低限の戦力(現在は駆逐艦だが、戦艦2隻と交代するらしい)を配置し、放棄することが決定されている。その廃墟に、「土佐丸」から別製運荷艇で上陸した、ニューギニア東岸の航空隊からかき集められた「整備兵」達が上陸部隊の指揮をとって航空機の残骸を漁っていた。
残骸から燃料、潤滑油、点火栓、配線、機銃、サバイバルキット、果てはジュラルミンの外板までも剥ぎ取っているのだ。
「なんか野犬が死体を荒らしてるような気がしますね」
明らかに余剰人員(今のところ役立たず)と思われる新兵らしい若者と、善行章を下げたベテラン整備員とが破壊された航空機のエンジンに取り付いていた。
航空機はほとんど地上で破壊。ラビは壊滅したと連合国側も認識しているらしく、時折飛来する強行偵察機以外、彼らの「仕事」の邪魔をする者はいない。
自然、口も軽くなる。
「落ち武者狩りしてる土民になったような気がする。死体から引っぺがすってところでは一緒だな。ホトケさんが陣取ってた操縦席もあったし…」
「あれはびっくりしましたねぇ…」
「必死で(空に)上がろうとしてたんだろうな。パイロットとしては無念だったろう。棺桶が高価なジュラルミン製になっちまった」
「その棺桶を自分たちが荒らしてますからねぇ。死者に対する冒涜だとか言われそうですね」
「いや、「入ってる」方が悪いだろ。俺は当分肉が喰えん」
滑走路周辺の「窪地」には水が溜まっているものもある。そこに航空機だったものが突っ込んでいるのだが、そこまで手は出したくない。砲撃でばらばらになった航空機の中に何が残っているか…考えただけでも怖気が走る。
広い飛行場のあちこちで悲鳴が上がる都度、彼らは学習する。「当たり」の機体は何となく判るのだ。
「…しっかし、アメリカ製はいいですねぇ~。半分オコゲだけど、国産の新品交換部品より良さそうだ」
思い出したくない「何か」から逃れるように新兵が話題を変える。手元には米国製らしい工具と、機体から取り外した点火栓があった。
「舶来品は高級と昔から相場が決まってる。ニューギニア各地から手空きの整備員がかき集められたのはこれが目的だ。発案はニューギニア戦線主計部らしいが、俺達の苦労がよく分かってる。正直、ここまでのモノが手に入るとは思わなかったな。ほれ、あっちで陸サンもはぎ取りやってるけど、顔がにやけまくってるだろ?食料と違って飛行機の部品は現地調達って訳にはいかんからな。が、最高級の部品がここに捨ててある。捨ててあるものを拾っても罪にはならん」
「寸法とか規格とか大丈夫なんでしょうか?アメリカはインチ規格ですよね?」
「速く、強く。帝国にしろ米軍にしろ、同じ目的で飛行機を作る。自然、部品も規格も似てくる。零戦や陸軍の隼の発動機もご先祖様はアメリカ製だ。そこいらに転がってる発動機もアメリカ製だろうから、親子とまでは言えんが従兄弟同士くらいの互換性はある。機械なんて口金のサイズさえ合えばいい。ネジは切り直せばいい。そもそも、戦闘機なんてのは蛮用に耐えられる様に設計されてる…らしいぞ…」
「最後のところで不安にさせますね」
「零戦はあちこちヤワなところがあるからなぁ…なぁに。飛んでしまえばこっちのもんだ。仮にそれで墜ちたとしても俺たちのせいじゃない。部品が悪い。俺の整備に間違いはない!さて、もう一息で今日の仕事は終了だ。さっさと終わらせて「土佐丸」に戻ろうぜ!何せ、メシが美味いからな…」
はぎ取られた部品は別製運荷艇で「土佐丸」に集積。ニューギニア各航空部隊の壮絶な争奪戦の後、分配され、基地所属機の交換部品整備部品として活用された。
その結果、
「死にかけていた機体が生き返った」
「まるで負けるって気がしない」
など、機体稼働率が著しく向上したらしい。
ラビ壊滅は、連合軍に損害をもたらしただけでなく、帝国軍に恵みをもたらしたのだ。
余談だが、ジュラルミン外板の一部は鍋やフライパンに加工され、部隊内や原住民の間で重宝されたらしい。
どうしてこうなった
ちょっと短いですが、生存報告と言うことで




