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閑話 -泥棒陣内(11)-

「大友大尉。呼び出したのは他でもない。この紙の山について説明が欲しい」


 机の横に積み上げられた上質紙の山。しらじらしくその脇に置かれた硯と毛筆を顎で指し、我らが大将(※階級でない)堀井富太郎少将殿は私に質問を投げてきた。

 勘の良い将官であれば上質紙と毛筆で何をやって貰いたいかは判るはずである。それをわざわざ質問してくるというのは腑に落ちないこと(気にくわない事とも言う)があるのだろう。

 組織の結束が乱れる原因の1つに「ちょっとした説明不足」があるそうだ。ニューギニア戦線主計部実務責任者として上官に対して十分な説明を行っているという自負はあったのだが、説明が足りないということだろう。

 認識の差異は組織にとって致命的なものになる可能性が高い。戦場にあってはまさしく致命的である。ここは詳しく説明しなければならないだろう。



「ニューギニア戦線主計部の最高責任者である堀井少将殿に個人感状をしたためていただきたいのですが?」


「それはわかる。だがウチ(ニューギニア戦線主計部)からということは、この間の土佐丸航路の警戒任務に従事した者への感状だろう?対象者(宛先)が微妙に違わないか?」



 感状を贈るという趣旨は理解していただいているようだ。誠にありがたい。が、宛先に疑問があるらしい。要するに、少将殿は航路の護衛を行った連中に対するもの(感状)ではないかと言外に述べているのだ。なるほど真っ当な考えではある。しかし、既に何らかの利益を得ている者に対してこれ以上の利益を供与したとして、それがどうなるのだろう?

 私は、利益も不利益も均等に割り当てられるものではないだろうかと考える。たとえそれが紙切れ1枚だとしても。



「感状は、今回の警戒任務遂行と、ボルネオ(ブルネイ)現地での『円滑な業務遂行』にあたり格別の配慮、つまり特別供出要望に快く応えていただいた将官に対するものです。兵については精勤章を授与していただきたくお願いいたします。こちらは数が多くありません。何せ兵は貧乏です」


「大友大尉…要するに『隠匿嗜好品強制供出の詫び状』ということか?」


「的確な要約です。それに加え『次回もよろしくお願いします』という意図もあります」

「いや、次はないだろ!次は!そもそも儂は(供出で)晩酌ができなくなって久しい。たぶんそう思ってるのは儂だけじゃない。そんな連中に『次回もよろしく』と贈るのは感状じゃなく脅迫状だぞ?」


 少将殿には、秘蔵の一升瓶を根こそぎ供出していただいている。感情的にもなるのは理解できる。残念ながら少将殿の一升瓶は警戒任務ではなく我々(主計担当者)の燃料として使用させて貰ったのだが…。

 他の供出品は無理な稼働を引き受けてくれたニューギニア各地の陸海軍の皆様への礼というか、潤滑油代わりである。

 モノを動かすのは機械ではなく人間である。よしんば機械だとしても潤滑油が必要だ。それがたまたま洋酒のボトルだったり、煙草1カートンだったりしただけだ。費用効果を考えると実に安価である。何せ、歴戦の勇士が気軽に副業感覚で護衛を引き受けてくれるのだ。

 半ば狂乱状態にある少将殿にもいずれ潤滑油は必要だろうが、それはやることをやってからだ。少将殿の仕事は辻中佐と結託して無理仕事を私に押しつけることではない。うん、別に恨みなんぞ持ってない。断じて持ってない!

 私は意図的にさわやかな笑顔を作り少将殿をなだめにかかった。


「脅迫なんて…そんな意図は断じて!全然!ありません。自分は善人であります。それと堀井少将殿。禁酒はまだ一月ではありませんか?過度の飲酒は健康を損ねます。上杉謙信も酒毒で倒れたと聞きます。今後の戦局を鑑みるに過度の飲酒は控えられた方がよろしいと…そうそう。仲曽根中尉によれば、ボルネオ(ブルネイ)の原住民は飲酒したら死刑らしいですよ?」


「誰が善人だ!それとその笑顔はよせ!してもない悪事を暴かれているような気がする。偉人と比べて誤魔化すつもりか?有名武将といえども、酒毒で死んだ人間と比較されても困る。それとだ!酒が飲めないから回教徒は凶暴なんだ!不満のはけ口は全部暴力になるからだ。儂も酒がなんで気が立っておる。下手をするとポートモレスビーでの海水浴の可否調査に貴様を派遣するかもしれん」



 …笑顔を否定されるというのは何とも言えない気分だ。悲しくなってしまう。おまけに少将殿の身体への気遣いも逆効果だったようだ。恐らく笑顔だな…。同期からも「お前の笑顔は最悪だ」と言われている。



「補給状況から想像するに、(ポートモレスビー)攻略開始までそう時間はないようです。最前線に立てば不満のはけ口はいくらでも転がってますので、必要とあらばその時まで取っておいて最前線でご使用下さい。僭越ながら自分もお供させていただきます」

「嫌だよ。最前線がじゃないぞ?貴様と一緒だと弾丸一発外すたびに文句言われそうだからだ。言っておくが儂の射撃の腕は褒められたものではないらしい」

「自分も同じであります。そもそも主計に戦闘技能を要求するのは間違っていると思います」

「お互い最前線に出ても役に立たんか…仕方がない。後方で我慢してやる!他に何かあるか?」

「ありがたくあります。つきましては海軍の宇垣少将殿からも仲曽根中尉と協力して、いろいろ供出していただいております。別途陸軍省経由で感状申請をお願いします。連合艦隊司令部宛てが波風が立たなくていいのですが、個人的には宇垣少将殿にしたいのです…」

「陸軍大尉が海軍少将に感状ときた…おまけに代筆が陸軍少将だ…世も末だ…」

「感状授与者に『次回』はないかもしれませんが、補給の円滑化には欠かせません。何とぞお願いします」

「わかっとる。言われるまでもなくニューギニアの補給は奇跡的な回復をみせている。儂の感状程度で補給が継続できるのなら。兵の消耗が抑制できるのなら腕の1本や2本屁でもない。腕が折れるまで書いてやる。下がってよろしい」

「はっ、大友大尉下がります。あと1つ」

「まだあんのか!」

「一升瓶は元の場所に補充しておきました。今度のは新潟産らしいです」



 驚愕の表情を浮かべた少将殿を意図的に無視し、私は退出した。本棚の下を大急ぎで開く音が聞こえたのは言うまでもない。まぁ、何らかの役得はあってもいいとは思う。何せ数が数だ…。恐らく一生分以上の感状を書くことになるんじゃないかなと思う。

 辻中佐殿と瀬島大尉殿に根回しを頼んでいるが、少将殿が上からネチネチと文句を言われるのは確実だろう。





 堀井少将殿の右腕(ずいぶんと書が上達したそうだ)と引き替えに、ニューギニア方面の将官に個人感状がばらまかれた。感状を受け取って喜ぶ将官も若干いたが、字面に隠された「次回もよろしくね」に「泥棒陣内」の影を見た者は次なる被害を予想し、嗜好品の新たな隠匿先を真剣に考えるようになったらしい。



どうしてこうなった…


気がついたら、閑話も11話目!大友大尉のO M O T E N A S H I精神は、被害者にも及ぶのです。

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