ポートモレスビー攻略戦(8)
-ミルン湾 ラビ-
「ジャップが来る」
判ってはいるものの、口には出せなかった日本軍の上陸作戦。
航空機による爆撃程度で実際に「敵」と直接対峙することのなかったラビ基地の連合軍は最大の緊張下にあった。ニューギニア島西岸をほぼ手中にした、日本軍の攻撃目標はここ(ラビ)以外あり得ないからだ。
日本軍の勢力圏下のニューギニア西岸から、連合軍のフィリピン方面への重要な補給路となっている東岸に勢力を伸ばそうとした場合、最も邪魔になるのが、ミルン湾奥地に設置されたラビのタンブル・ガーネイの両飛行場からの航空攻撃である。ニューギニア東岸に侵攻を意図した場合、ラビは絶対に無視できない。
ニューギニア島を縦断するオーウェン・スタンレー山脈の陸路での踏破は不可能ではない。しかし、大量の兵員や物資の輸送にはまったく向いていない。となると、選択肢は海路しかない。
ラビの飛行場は守備側である連合軍側に大きなアドバンテージがある。ここに少数の航空機を配備するだけで日本軍の行動を牽制、阻止することができるからだ。
オーストラリア国民に「葬送航路」と非難されながらもラビへの補給を強行しているのはそのためである。
しかしながら、これによるオーストラリアの被った人的損害は無視できないレベルに達してる。数字の上では日米の戦死者、ヨーロッパ戦線での戦死者に比べれば、鼻先で笑われる(死人の数を鼻先で笑うという表現もアレではあるが)程なのだが、そもそもオーストラリアの参戦は同国にとってメリットは少ない。
ヨーロッパのように直接国土を侵略されることはない。アメリカのように半植民地を攻略されることもない。いわば「引きこもっていれば問題ない」と考えていい。従って、現在のオーストラリアは貧乏くじを引いている状態なのだ。
これに、日本の謀略放送による捕虜の「ビーフが食いたい」が微妙な影響を与える。
オーストラリア人にとって、ビーフはソウルフードである。例え、それがゴムサンダルの底の様なものであったとしても…。
事実、オーストラリア国内は厭戦気分が蔓延しつつある。宗主国であるイギリスへの義理で参戦はしてはいるものの、実際のところ「お腹いっぱい」と言ったところであろう。(恐らく持ちかけられているであろう)日本の有する南洋の利権についても、ハナから広大な土地を持ち、なおかつ未開発の部分が多いオーストラリアにとっては魅力的ではない。自分の土地(オーストラリア大陸)の開発の人手が全然足りないくらいなのだ。政治的な思惑は別として、わざわざ近所の土地に手を出そうとは思わない。
そんな訳もあってか、ラビ基地のオーストラリア兵の士気は高くはない。何せ「秘密基地=(僻地)」扱いされている人外魔境な場所なのだ。
助っ人として配属されている米海兵隊の航空隊員の士気は高いのだが、相手が悪い。日本陸海軍の戦闘機は凄まじく強力だ。その戦闘機部隊がブナまで進出し、嫌がらせのような攻撃をかけてくる。
幸い、多大な損害を出した「葬送航路」からの補給で物資には余裕がある。破壊された滑走路も短時間で修復されてはいるものの、これも毎日続くようであれば、早晩(資材も)限界に達するだろう。
こんな中、ラエ近海に日本海軍の艦隊が進出してきた。これで間違いない。十中八九ここ(ラビ)が目標だ。強行偵察の結果、日本軍の艦隊は戦艦5隻と、あの「トサマル」で編成されていることが判った。
艦隊はブナ沖を南下中。上陸戦力を運んでいると思われる輸送船団は後方を少し遅れながら航行しているらしい。
ミルン湾口から、陸上基地の射程外からの艦砲射撃で陸上戦力の無力化を図り、上陸戦を行うのだろう。戦艦による援護射撃を考えれば、上陸された時点でこちらの勝ち目はない。しかし、上陸前ならば、戦艦の主砲の有効射程距離外でカタをつけるのであれば、航空攻撃で撃退は十分に可能だ。米軍は少なくともそう判断した。
かくして、オーストラリア本土とポートモレスビーから大量の航空機が臨時に派遣されることになった。ニューギニア西岸に展開する日本軍の航空部隊の攻撃を警戒、薄暮にラビに殺到した連合軍の航空機で、ラビの2つの飛行場の滑走路は大量の航空機で埋った。
多数の航空機で反復攻撃を行う案もあったが、一発でも戦艦の砲弾が飛行場に着弾すれば、航空機の発進は難しくなる。
一撃。それも飽和攻撃で決着をつけるしかない。
航空機で滑走路がごった返す中、敵戦艦部隊がグッディナフ島南方を通過したとの情報を確認した太平洋艦隊司令部と、南西太平洋方面連合軍司令部は命令を下した。
「ラビ基地航空隊は払暁に全力出撃。日本軍の戦艦部隊を攻撃。これを殲滅。ニューギニア西岸の各部隊は可能な限り敵戦艦部隊のニューギニア西岸に足止めせよ」
ミルン湾から1フィートでも遠くなれば、それだけ連合軍の勝利の可能性が高まる。PTボート程度でも、馬鹿でかいだけの戦艦。それも夜間であれば十分足止めになると判断したのだ。米軍(連合軍)は、航空機の全力出撃にすべてを託した。
-深夜 ラビ-
「機銃弾が足りんぞ!」「プラグが不調だ。交換部品を寄越せ!」
戦場のように(いや、戦場なのだが…)深夜にもかかわらずラビのタンブル、ガーネイの両飛行場は、真昼の如く照らされた照明下で、誘導路一杯に展開した戦闘機、攻撃機の整備作業が行われていた。
「葬送航路」と、空路による機材、資材、それを操縦するパイロットの補給は十分だったのだが、それを運用する要員が全く足りない状態になっていた。
整備員、特に熟練の整備員の育成には多大な時間がかかる。パイロットの育成のように「1日30時間の飛行訓練」といった詰め込み型の教育ができないからだ。
乾坤一擲の作戦であると誰もが思っているのであろう。普段は整備兵任せのパイロット達も進んで銃弾、燃料などの運搬を手伝っている。その甲斐あってか、払暁の出撃には何とかなりそうな程度にまで作業は進捗していた。
「見てろよジャップ!ソロモンの魚礁にしてやる…」
あちこちで響き渡るエンジン音の中、遠く雷のような音が聞こえたような気がした。整備兵の何人かも気がついたらしい。音の聞こえてきた北側…スタンレー山脈に視線を移すと、オレンジ色の光の筋が束になって飛行場上空に現れ、そして盛大に破裂。
ラビ基地は炎に包まれた。
「…なってこった…ジャップめ…山脈越しに砲撃してきやがった…」
連休中に書き進めてみました。しばらくは何も出てこないです。




