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閑話 -泥棒陣内(7)-

「なぜ(書類が)減らない…」


 大量の書類に埋もれながら、戦場のような(実際、戦場なのだが)慌ただしさの中、一向に正常化されないニューギニア戦線の補給状態に私は怨嗟の声を上げた。

「陸軍ニューギニア戦線主計部」の業務は多忙を極める。日の出前に就業し、日付が変わる頃にも終業にならない激務だ。これが結構長い期間続いているにもかかわらず、机上の書類は減ることがない。

 めでたく昇進したサラゴアの陣内特務少尉(いつかおごって貰おうと思う)の言葉、「物資があるとわかれば、書類はいくらでも湧いてきますよ」の信憑性をはからずしも確認することとなった。

 とにかく、書類が多い。発狂しそうに多い。「書類不備」で差し戻しをすると、次回からはそれを見越して複数の書類を出してくる。運良く決裁されたら、もう1つを取り下げると言う姑息な方法である。

 かくして、書類の山が増えるという悪循環に陥っている。

「陸軍の毒薬二瓶」(辻中佐と瀬島大尉である。正に「毒薬」だ。彼らを「遣う」ことのできる帝国陸軍将官はとてつもなく優秀だと思う位に)の活躍(暗躍)により、友軍の兵からは「機密兵器」「最新鋭」「洋上料亭」「一隻海軍」等、様々な評価を受けている「土佐丸」をニューギニア戦線の専用船として確保することに成功。

 高速かつ大規模かつ強力な補給手段を得ることになったニューギニア戦線の補給事情は、好転しつつある(はずである)。

 それにつれ、「陸軍ニューギニア戦線主計部」の仕事は減少し、臨時で二階級特進した私も(一階級降格の上)元の所属「サラゴア主計部」に戻るはずなのだが、未だサラゴアへの道は開けていない。何せ、主計担当者を近隣の部隊から貸し出して貰っている状態だ。

 これに加え、なぜか海軍の主計部隊までもがラエに居座り、我々(陸軍)との物資、燃料の分配、輸送船の割り当てなどの事務をこなしている。

 なぜ、海軍の主計部がニューギニアの前線まで出張ってくるのか?この疑問をニューギニア戦線主計部のトップである堀井少将にぶつけたところ、



「海軍サンの強い要望があってな…燃料はここ(ラエ)経由でトラックに輸送されるから、状況把握に出先があった方がいいそうだ…宇垣少将殿もそう考えておられる…」



 と、何ともはっきりしない言葉を返された。

 海軍との間で密約でもあるのか?でなければ不仲の海軍の部隊と同じ屋根の下で(表面上)仲良く補給の仕事を行うという冗談の様な光景が実現するはずはない。

 どうやら、「頼りになる親分」という堀井少将の評価を多少改める必要はあるようだ。

 実際、台湾からニューギニアを経由してトラックに向けて輸送される海軍の物資は徐々に増えつつある。いくらソロモンの制海権が我が軍にあるとはいえ、わざわざ遠回りする意図が理解できない。

 現場(ラエ)では、これを利用して、海軍と物資を融通しあっているのは確かだ。陸軍が不利益を被っている訳ではないのだが、いずれにしても胡散臭い。



大友大尉(だいい)。燃料が足りません」


 海軍から派遣されてきた主計中尉が燃料の不足を伝えてきた。海軍呼称の「だいい、だいさ」の濁音の呼称にはまだ慣れない。まぁ、陸軍の様に階級に「殿」を付けないのは好感が持てる。「殿・様」扱いされるような佐官はそうそういない。

 それはよいとして、燃料不足というのは明らかにおかしい。「土佐丸」に加え、トラックと本土から抽出した(引き抜いた)油槽船による輸送で当面の燃料は確保されているはずだ。自分の手元の燃料割り当て表をのぞき込んだ。心許ない量ではあるが、「不足」というような数値ではない。



「仲曽根中尉。(燃料は)十分なはずなんだが、大きな変更でもあったの?」



 一応、「海軍サン」である。丁寧に接するのは余計な軋轢を生まなくて済む。私の質問に、海軍から派遣されてきた主計中尉(内務省からの短期現役組。つまりインテリというやつだ。招集期間が終われば高級官僚の道は約束されたも同然。軍隊は「腰掛け」みたいなものだ…まぁ、将来の我が国を背負って立つ優秀な人材なんだろう)は、済まなそうに手元の書類を寄越してきた。



「これが今朝の時点での各拠点の燃料割り当てです。これだけなら問題ないんですが、連合艦隊司令部からのかなりの量の要求が出ています」

「連合艦隊だって?ちょっと見せてくれ…なんだ?この量は…戦争でもするのか?」

「はぁ?」



 仲曽根中尉の手渡した書類に記載されていた数字に対する正直な反応を示したのだが、生真面目な仲曽根中尉には通じなかったらしい。まだ陸軍にはなじんでないようだ。

 問題は、この数字だ。

 陸軍ニューギニア戦線主計部の守備範囲外、例えるならば野球の捕手の守備範囲が外野に及ぶようなものなのだが、そんな外野もいいところの連合艦隊司令本部から「燃料よこせ」である。通常であれば、ラエに回ってくる書類ではない。

 それも前線の掘っ立て小屋の様な「基地」で米とか石鹸の数を数えているのが本業であるはずの私が、訳の分からない陰謀に巻き込まれ、ニューギニア方面の補給任務を一手に引き受ける様になってしまった関係で、連合艦隊から分派された宇垣少将率いる「訓練部隊」への補給も担当するようになっている。

 そのため、否応なしに艦船の燃料補給にも明るくなったのだが、連合艦隊司令部の要求量は普通なら「ふざけるな!」と「没」のゴム印をついて突き返す様な量だ。というか、ここ(ニューギニア)の全部の燃料を持ってゆくつもりか?と言いたい。

 しかし、この書類。ニューギニア主計本部のトップである堀井少将の判子がついてある。つまり、決裁済み文書なのだ。

 通常、この手の書類は、原文が見えなくなる程の訂正、意見が合議・査閲の間に書き加えられ、最後には捺印欄にやけくその様に捺印がさるのだが、主要な合議欄は斜線で省略されており(私の合議欄も斜線が入っていた)、意見すら全く入っていない。これは何かある。もしかして連合艦隊司令部が作成した偽造書類か?



「仲曽根中尉。すまんが堀井少将(「殿」は海軍はつけないらしい。私は陸軍だが、省略してもよかろう)の印章の確認をしておいてくれないか?偽造の可能性がある。私は(堀井少将に)確認に行く。少将が決裁した書類とは到底思えないんだ」



 私の言葉に仲曽根中尉は頷くと、質問を上げてきた。



「確かに妙です。しかし、これが本物だとすると…近く、大規模な作戦があるんでしょうか?」



 不思議そうな顔をしていると言うことは、仲曽根中尉はこの件に絡んでいないということか?まあいい。とにかく余裕がないと言うことをはっきりさせておこう。



「何とも言えないね。連合艦隊司令部と海軍軍令部は仲が悪いそうじゃないか?連合艦隊が単独でラエの物資をあてにして何やらやらかすのかも知れないね。でもね。ない袖は振れないよ。仮に、この書類が本物だとしても連合艦隊に拠出するだけの燃料はここにはない」

「自分もそう思います。しかし、GF司令部もそれほど馬鹿だとは思えません。自分はこれには何か裏があるような気がします」

「うん。私もそう思う。これが本物ならね。まあ、堀井少将に聞けばわかるだろう」



 仲曽根中尉の「裏がある」に何か引っかかるものを感じながら私は堀井少将の部屋に歩を進めた。この時、なぜ誰か他の人間を確認に行かせなかったのかと未だに不思議に思う。



「おお!大友大尉。ニューギニア戦線の補給業務ご苦労!貴官の奮闘で、工兵15連隊は快進撃を続けている。実に喜ばしいことだ」



 ラエ司令部、堀井少将の部屋を訪ねると、そこには先客がいた。海軍の宇垣少将と「毒薬」辻中佐である。

 咄嗟に、「あっ、来客ですか。それでは改めて…」と回れ右をして私は退出しようとした。何せ辻中佐だ。毒薬だ、疫病神様だ。逃亡を図って何が悪い!

 大体、「喜ばしい」のは中佐だけだ。我々にとっては迷惑以外の何者でもない。とにかく逃げる!帝国陸軍に撤退の二文字はないらしいが、そんなもの関係ない。孫子の兵法に従い逃亡を企てた私の背に今度は堀井少将の声が飛んできた。



「まあ、こっちに来い。そろそろ来ると思ってた」



 なるほど…辻中佐が黒幕か…間違いなくとんでもない事になる…。私は半ばあきらめて堀井少将の元に向かった。



「工兵15連隊は順調にスタンレー山脈を突破、モレスビーは指呼の間だ。あと、重砲と歩兵が配置につけば、上陸作戦なしでもモレスビーの攻略が攻撃が可能になる。モレスビー陥落の暁には、貴官を正式に大尉に昇進させてやる。この辻が確約する!この調子で頑張って貰いたい」



 辻中佐は絶好調である。(恐らく、自分自身でも)不可能と思われたスタンレー山脈越えが、現実のものとなったからに違いない。

 陸軍の新型輸送船で内地から運ばれてきた、怪しげな輸送機材を得た工兵15連隊は驚異的な速度でスタンレー山脈を越え、ポートモレスビーに輸送路を構築しつつある。

 この怪しげな機材。非制式ではあるものの、支柱で支えられた3本のレールの上を1トン強の貨物を搭載し、時速4キロで突っ走る。

 時速4キロで「突っ走る」という表現はおかしいかもしれないが、緑の壁と表現しても大げさではない密林、傾斜40度を超える山岳地帯を「歩く速度で」倒破できるこの機材は15連隊にとって鬼に金棒。自軍の補給拠点から半日で物資補給が可能になっているため兵員の疲労も少ない。疲労回復のために後方に下がる事すら可能なのだ。これにより、「精強」と称される15連隊はその実力を十分に発揮している。

 既にポートモレスビーを重砲の射程に収めるべく、重砲部隊の前線展開陣地構築が順調に進んでいるとの報告も受けている。

 モレスビーの濠陸軍は、「何やらやっている」程度の認識しかないらしい。まさか、スタンレー山脈を越えて重砲を運ぶなどとは思いもよらないのだろう。

 辻中佐の演説に堀井少将は「話半分に聞いておけ」な視線を投げてくる。海軍から「練習艦隊」を引き連れてやってきている宇垣少将は表情すら変えない。「黄金仮面」とか言われているらしい。黄金とは景気の良い話である。



「でだ。ポートモレスビー攻略は、海と山から同時に行うことになった。乾坤一擲の大作戦になるだろう。連合艦隊は戦艦部隊を派遣して上陸を支援してくれることになっている。貴官にはその補給にも骨を折っていただきたい」



 連合艦隊からの燃料要求の裏はこれだったのか…。それと「にも」だと?これ以上仕事が増えると過労で中佐(二階級特進=靖国行き)になってしまう。まぁ、本筋はそこではない。仲曽根中尉にも言ったが「ない袖は振れない」のだ。



「お言葉ですが、現在のニューギニアには連合艦隊に拠出可能な燃料がありません。無理して燃料を回せば、たちまち戦線が干上がってしまう。燃料がなくなれば、スタンレー山脈越えの進撃路も役に立ちません」



 わざと辻中佐を刺激してみる。「それは大変だ」とか、「関係ない」「精神力で」との言質を得られればしめたものなのだが、ここに居る少将2名はそこらへんも十分に織り込み済みだったらしい。



「スタンレー山脈越え部隊のモレスビー攻撃態勢は未だ整っていない。陸軍としてはこの乾坤一擲の大作戦を最良の環境で実行したい。山側の準備は最低でもあと10日は必要だろう。でだ。この期間を利用して燃料の輸送を実施する」

「油槽船の空きがありません。陸軍の徴用船は内地に向けて航行しているはずです」

「内地向けのフネは台湾沖を航行中だが、こっち(ラエ)に行き先を変更するよう指示した。あと数日でラエに入港するだろう。航空部隊、陸戦隊の燃料は問題ない。しかし、連合艦隊向けの燃料はこれでは全く足りない。で、だ。10日。予備を入れて2週間で連合艦隊の戦艦部隊への補給を完了させてほしい」

「無茶です。輸送に従事できる油槽船がありません。海軍の油槽船を使用するとしても…確か、トラックに向かっているはずです。こちらに向かっている陸軍の油槽船を使用するにしても、海軍の油槽船を使用するにしてもボルネオとここ(ラエ)を2週間以内で往復するのは不可能です。油槽船は足が遅い。高速の油槽船がない限り2週間では…もしかして…」

「そう。「土佐丸」に輸送の任を負ってもらう。陸戦隊、上陸部隊は一旦下船して待機ということになる」

「本気ですか?「土佐丸」は連合国から懸賞金までかけられてるんですよ?そんな「土佐丸」を敵潜水艦がウヨウヨしている海域に送り込むなんて…」

「おう、あれは凄いな。自分が海軍軍人なら一口乗りたいところだ。ドルを円に換算してみたが、三生寝て暮らせる額になってた」



 あなたは黙ってて下さい。辻中佐…



「危険な航海となるのはわかっている。でだ。「土佐丸」の護衛にこっち(ラエ)に来ている練習艦隊から戦艦以外の艦艇を分離し、随伴させる。鈍足の戦艦がいないので、それなりに速度は稼げるだろう。それと、敵潜だが、あれはあまり心配しなくていい。前回のボルネオ行きと、ソロモンの潜水艦狩りで綺麗どころは粗方魚礁になってる」

「「土佐丸」の航路は味方の勢力圏内だ。陸海軍の基地航空隊に可能な限りの援護を依頼することで、この輸送は成功すると考えている。大友大尉。貴官はこの援護と輸送を円滑に行い、ポートモレスビー攻略に必要な燃料をここ(ラエ)に集積するように」



 堀井少将が立ち上がると、宇垣少将、辻中佐も立ち上がった。私も当然条件反射的に立ち上がる。



「命令。陸軍ニューギニア戦線主計部、大友大尉はボルネオからの燃料補給を立案、遂行せよ」

「大友大尉。了解しました」



 「命令」を敬礼で返すと、宇垣少将、辻中佐も答礼する。しかし、簡単に言ってくれる…。これから3時間内にやらなければならない事を頭の中で箇条書きにしただけで、脳味噌が沸騰しそうだ。

 悲痛な表情に気を遣ったのか、堀井少将が言葉を続けてきた。



「大変な任務なのはわかっている。我々も可能な限りの支援を行うので遠慮なく申し出て欲しい」



 やはり、堀井少将だ。言質は取った…。これから行うささやかな意趣返しの数々を頭の中で展開しながら私は本「作戦」に必要な「人」「物」の手配を早速申し出た。



「サラゴアの陣内特務少尉と、ラエの百式司偵、それと「オタク号」、いや献納機のFi156を本作戦期間、常にこちらが使用できるようにして下さい」

「了解した。思う存分やれ」



 堀井少将の元を辞した私は、主計部に戻ると早速地図を広げた。わずか2週間。いや、ブナ攻略のために「土佐丸」に乗船中の陸海軍の精鋭部隊の皆様を降ろす場所の整備、手配を、どんなに遅くとも3日以内で行わなければならない。大体、「土佐丸」は海の上なのだ。乗客の皆様に「さぁ、降りろ!」とは言えない。

 更に宇垣少将、というか連合艦隊の好意で随伴してくれる巡洋艦、駆逐艦への補給も考えなければならない。海軍の懐具合はよく分からないが、ソロモンの潜水艦狩りに従事していたそれらの艦艇の物資はボルネオまでギリギリあるかないかだろう。加えて、海軍艦艇への補給は陸軍の補給と比較して格段に難易度が高い。

 陸軍の場合は、物資集積場所を設定して、「おーい!取りに来い!」で済むが、軍艦というもの海上を移動している。よって帰港中でない限り補給は洋上だ。今回は悠長に停船しての補給は無理だ。航行しながらの補給となる。

 陸軍の艦艇でありながら、海軍と行動を共にすることが多かった「土佐丸」はそこらへん(洋上補給作業)に慣れてはいるだろうが、補給する物資は陸軍ニューギニア戦線主計部が行い、「土佐丸」に搭載しなければならない。

 これからやらなければならない仕事の多さに私は打ちのめされていた。



 どうしてこうなった…


久々の更新となります。

いつものフレーズ。忘れてました。

海軍から派遣されてきた仲曽根主計中尉は実在する人物と関係はないと思います。


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― 新着の感想 ―
[一言] 中曽根中尉らしき人物は故佐藤大輔氏の作品の(征徒)一巻で沖縄特攻(史実は大和)で武蔵に乗艦して武蔵と運命を共にしたと思われます
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