表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/94

ポートモレスビー攻略戦(6)

 ポートモレスビー攻略にあたり、絶対に陥さなければならないのが、ニューギニアの南端、ミルン湾奥に位置するラビである。

 陸軍「リ号」作戦で、スタンレー山脈を踏破する打痛作戦(痛い作戦とも言う)「ニューギニア鉄路」の構築は急ピッチで進んではいるものの、大量の兵員と兵士を一気に輸送するのは、陸路ではなく、海路によるところが大きい。

 問題はこの海路の途中にラビがあることだ。ポートモレスビー攻略部隊が、オーストラリア本土からの攻撃を避けようとすると、自然、ニューギニア島に接近することになる。このニューギニアの端っこにあるラビは連合軍にとっては「ニューギニア西岸侵攻を阻む最後の砦」であり、日本軍にとっては「絶対に陥とさなければならない厄介な拠点」である。

 重要拠点。困った事に両軍の意識は一致している。したがって、攻守どちらも並々ならぬ覚悟を持ってそれぞれ攻撃、防衛の準備に当たっていた。

 攻勢側の日本軍は、この海域にかつてない規模の潜水艦を投入、ラビ及びポートモレスビー方面への補給を妨害。これに対し、連合軍も数少ない海上戦力を繰り出し、潜水艦狩りを行うのだが、日中はソロモンに展開する陸海軍航空機の攻撃を受け水上艦艇の被害は増大傾向にある。ここで、同盟国である米国からの支援を期待したいところなのだが、米海軍も損耗した水上戦力、航空戦力の立て直しに必死の状態であり、十分な支援が得られない。

 この状況を少しでも好転させるため、オーストラリア軍は損害の多い海上輸送(連合軍に大量の未亡人を供給中)に替え、航空機による補給を強行する。

 この方面の陸海軍の航空勢力がそれほど多くないと考えての空輸作戦だったのだが、実際は日本軍の輸送がことのほか順調。前線の陸軍基地への補給も問題ないレベルで行われおり、加えて、ニューギニア方面へ海軍の戦艦部隊とそれを護衛する軽空母が(給油のため)進出したことから、連合軍の空輸作戦も被害のみが増加していた。

 機動部隊が壊滅し、洋上での航空機運用ができない連合軍は、それでも陸上勢力だけでもと、オーストラリア大陸北岸の米国海兵隊の航空隊の増強を決定。米陸軍と英空軍から最新機材の供給を受けて戦力を増強中である。が、その士気は著しく低い。

 緒戦で旧式機(P-40)に搭乗したベテランパイロット(それでも日本軍のパイロットからみればヒヨッコに毛が生えたレベルらしい)が軒並み珊瑚海に消えていたからである。

 残ったのは「俺、まっすぐ飛べるんだぞ!」レベルのパイロットと、米、英軍からの助っ人だけである。助っ人はともかく、最新機材も、遣いこなす技量が無ければ軽金属製の棺桶にしかならない。


 珊瑚海は、輸送船撃破による未亡人の数がダース単位で増加する都度、または高価なエンジン付き軽金属の棺桶が水面に油紋を描く都度、制海権、制空権を日本軍に譲り渡しつつあった。簡単に言えば「ボロ負け一直線」である。


 もちろん、負けが込んでいる米海軍はこれに対して何もしなかったわけではない。といっても、手持ちの駒がないため、作戦は投機的なものに成り下がっている。米軍の得意とする物量作戦は、物資に加え、人的資産の枯渇状態から未だ立ち直りきれていないのだ。

 同盟国オーストラリアの脅威である敵の航空勢力を何とかしなければならない。ラビの陥落は、オーストラリア大陸北岸が日本軍の爆撃機の攻撃範囲になるからだ。


「本土が攻撃される」


 例え、そこが無人の荒野であったとしても本土は本土だ。インパクトは計り知れない。

 まず、考えられるのは、ポートモレスビー方面への輸送船団の脅威の排除だ。この海域は輸送船団の護衛と、通商破壊に、「嫌になるほど」の潜水艦と、軽空母2隻がその任務に就いている。

 艦載機を運用する航空母艦の攻撃能力は凄まじい。まぁ、最大の脅威ではある。が、その防御力は貧弱だ。これを補うため航空母艦は大名行列並に様々な艦艇を引き連れて行動するのだが、ソロモンに展開する日本軍の軽空母に随伴する駆逐艦の数は少ない。つまり攻撃が成功する可能性は高い。


「ソロモンの軽空母を叩く。日本の工業力はそれほど高くはない。その間に米軍の反攻を待つ」


 消極的ではあるが、妥当な戦術だ。この至極正当な戦術に連合軍は何度となく虎の子の航空戦力をつぎ込んだ。

 ソロモンの制海権、制空権は完全に日本側にあるが、ソロモン諸島のあちこちに分散配置された米軍の航空基地は、その戦力を大幅に減らしてはいるものの、「一撃、二撃」程度であれば何とかなるレベルであったのだ。これで空母戦力を削れるのであれば、例え全滅したとしても割にあう。

 米軍は非情の覚悟で、敵母艦戦力を叩く決意をしたのだが、残念ながら「様々な理由」により、これを達成することはできなかった。

 連合軍(米軍)は更に航空戦力をすり減らし、日本軍はソロモンの戦術上のイニシアチブを完全にその手に得ることとなった。

 結果、オーストラリア政府は中立国を通じて日本側から執拗に打診されている、武装中立の選択肢を検討せざるを得ない状況になっていた。


 この「失敗に陥った様々な理由」だが、


 ・米国政府の無能

 ・太平洋艦隊の命令系統の不徹底

 ・オーストラリア政府への配慮のなさ

 ・連合軍(主にオーストラリア軍)の士気の低下


 などと共に「ハルゼーの懸賞金」と呼ばれるものがある。

 開戦と同時にハワイ西方に散ったウィリアム・ハルゼー提督の子息、ウィリアム・ハルゼー3世は、対外的(米国内)に華々しく喧伝された父の戦死について、疑問を持った。

 海軍予備仕官から、主計中尉として米海軍の一員として対日戦の一端を担っていた彼は、戦時における海軍の「現実」を目の当たりにしたからだ。

 遺族への説明(新聞などに伝えられるプレスリリース)がいかに現実から乖離しているか、身にしみて感じていたのだ。

 開戦直後の日本軍の猛攻は米国の予想を遙かに上回っており、米軍の被害も予想以上になっている。一方的にやられるのは、保守傾向が強かった米国を他国への干渉(=世界大戦参戦)に引っ張っていった現政権のマイナスポイントとなる。これを避けなければならない。

 その結果、大日本帝国海軍の船籍簿に掲載されていない弩級戦艦の撃沈や、「Uボートをあらゆる面で上回る性能」の潜水艦が多数撃沈された。(ことになっている)

 ちなみに、ハルゼー提督は、


「日本軍の航空母艦4隻の攻撃を受け、これに果敢に立ち向かい、敵攻撃隊を2度にわたって撃退するも、奮戦適わず戦死」


 と言うことになった。間違ってはいないし、ケリー大尉の戦艦「ヒラヌマ」撃沈程ではない。

 が、事実(というか公式発表の補足事項)は


「日本海軍所属ではない、日本陸軍の輸送船の偵察部隊に発見され、迎撃を行うも、敢えなく全滅。そうこうしているうちに、本命の日本海軍機動部隊の攻撃を受け、陸軍輸送船の航空戦力により迎撃戦力をすり潰されていた「レキシントン」は太平洋の藻屑と消えた」


 というものである。

 プリンストン大学と、海軍招集前の一般企業(デュポン、NBC)に籍を置いていたハルゼー3世は、日本海軍のいうところの「潮気が薄い」連中との繋がりが強く、「父親の死の真相を知りたい」という彼の要望は、至極まっとうなものとして(彼や、彼の父親に親しい関係者の)受け入れられることになった。

 一説によると、「真相の究明(=情報のリーク)」には米国海軍情報部やOSSのからの協力ががあったと言われている。これが事実であれば、米国太平洋艦隊司令部の左遷人事への無言の抵抗であると言えよう。

 かくして開戦翌年の翌年の2月にはハルゼー提督の死の真相がハルゼー3世に伝えられる。

 この報告を受け取ったハルゼー3世は、意外な行動に出た。

 彼は、「レキシントン」を間接的に喪失させる原因を作った、日本陸軍の「土佐丸」を撃沈した者に、父、ハルゼー2世の殉職に伴う遺族年金全額を与えると非公式(海軍の将校クラブでブチ上げたといわれている)ではあるが宣言したのだ。

 一遺族の宣言程度であれば、軽く聞き流されるのだが、何せ「ブル・ハルゼー」の遺族である。

 軍からは「ブル・ハルゼー」を慕う者達が、民間からはこれに荷担することで企業イメージを上げようとする者が、個人レベルでは純粋に彼の「復讐」に手を貸そうとする者が次々と名乗りをあげて次々と寄付を行う。

 曰く、「ハルゼーの仇の賞金がこんな(ショボイ)金額では駄目だ!」

 とのことである。


 全米のありとあらゆる場所からハルゼー3世の元に集まった寄付(賞金)を管理するため、「ウィリアム・ハルゼー2世財団」が戦時中にもかかわらず、急遽立ち上げられ、一部諜報機関も抱き込んでハルゼーの仇である「トサマル」の情報を収集、積極的に公開をはじめた。

 米国政府は、復讐に軍を巻き込まないで欲しい。と言いたいところなのだが、相手がハルゼーの遺族であり、また、「トサマル」に限らず、遺族の数は全米で増加中である。そんな中で空気を読まず


「私的復讐に懸賞金をかけては駄目ですよ?」


 とは言う訳にはいくまい。

 かくして「ウィリアム・ハルゼー2世財団」は全米から集まった資金(=懸賞金)を、日本陸軍の戦闘艦艇ですらない「土佐丸」にかけ、その結果、「土佐丸」は、従来にも増して、米国陸海軍から執拗に狙われる艦艇になってしまった。

 この懸賞金は軍の作戦を遂行する最前線の兵士達に微妙に作用する。

 パイロット達は、作戦目的の軽空母ではなく、「(空母の)邪魔をしては大変」と後方に待避してる「土佐丸」を目指したのだ。(彼らの目的は一攫千金である。何せ、欧州戦線配属の航空兵が、激戦地の太平洋への転属を希望するくらいだ)

 残念だが、土佐丸の待避する後方地帯は日本陸海軍の基地航空隊により十分以上の制空権が確保されている。彼ら(基地航空隊)にとっても「土佐丸」は補給の要であり、簡単に沈められては困る船なのだ。

 この「土佐丸」。広スパンで構造材が少ない船体構造の関係で「やむなく」採用した、装甲板使用のモノコック構造により、船体外縁部は(結果的に)装甲化されている。

 また、航空母艦の最大の弱点といわれている飛行甲板(「土佐丸」の場合は「揚陸甲板」と称されている)は重量物積載のためコンクリート舗装されているのだ。

 他にも、エンジンの複数配置、開放型格納庫の採用、揚陸甲板下への海水導入管の敷設など、その設計は建造中の「大鳳」級空母にも影響を与えているといわれていた。

 つまり、「喧伝されている(している)ほど脆弱ではない」のである。


 「攻撃目標はトサマルではない。命令違反者は厳罰に処す」


 軽空母への攻撃に失敗した米軍は、その理由を知って顔面蒼白。厳罰をもって命令違反にあたるとしたが、時既に遅し。

 一攫千金を目指して「土佐丸」に殺到した連合軍の航空機、船舶は、ことごとく返り討ちに遭い、ニューギニア地域の連合軍の航空戦力は更に減少することとなった。

 加えて、「土佐丸」攻撃に参加したパイロット達にも何らかの処罰を与えざるを得なくなり連合軍将兵の士気は更に低下することとなる。


 当事者の「土佐丸」は、海軍艦艇(戦艦)への燃料補給、ラエで搭載した補給物資の潜水艦への補給と、忙しい日々を過ごしている。何せ、搭乗している海軍陸戦隊や陸軍の上陸部隊まで駆り出して絶賛補給任務中だ。本業(一応「揚陸」が主任務のはずである…いや、そう思いたい)


(どうしてこうなった)


架空戦記の「ある意味」レギュラーである、ウィリアム・ハルゼー2世提督は、本作では随分前の方で鬼籍に入られています。

いや…これ、勿体なくない?と、将兵に絶大な人気があった彼が、ニューギニア戦線に与えた影響を妄想してしまいました。

「死せる孔明生ける仲達を走らす 」

の逆バージョンを狙ったつもりです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ