ポートモレスビー攻略戦(5)
戦艦「陸奥」、「日向」の(未だ大日本帝国海軍の主流たる)大砲屋達は陸軍の要請に狂喜していた。その意気や成層圏にまで届くほどだ。
彼らは(旧式の寄せ集めではあるが)米国戦艦部隊を叩き潰して以来、完全に舞い上がっている。曰く「(戦艦は)まだ、終わらんよ」である。
このようなハイテンション状態に陸軍からの支援要請だ。通常ならば即座に「断る!」、もしくは勿体ぶって嫌々引き受ける(ポーズをとる)のだが「よっしゃよっしゃ!」二つ返事で引き受けそうな勢いである。
石油をエサに周到に根回しをした陸軍の作戦勝ちだ。が、連合艦隊首脳部も馬鹿ではない。そこらへんはきっちりと計算している。
日本軍勢力下のソロモンでの作戦遂行リスクは少ないと判断、陸軍からの支援要請は「必ずある」と見込んで「演習艦隊」をトラックから派遣してきたのだ。
燃料を手に入れ、陸軍には恩を売り、身内の「ガス抜き」ができる一石三鳥の艦隊派遣である。まぁ、ガス抜き対象の米軍、豪軍はたまったものではないが…。
しかし、米海軍の主力をソロモンで叩き潰した海軍には現在、潜水艦くらいしか相手がいない。血に飢える大砲屋どものガス抜き材料が不足しているのだ。「役不足だが、陸上への砲撃でお茶を濁そう」と、宇垣参謀長も、彼らの暴走を止めようと苦労しているようだ。
「どうだろう?陸軍の迷惑にはならないと思うんだが?」
突然、司令部を訪れた「訓練部隊」の連合艦隊総参謀長宇垣少将の提案に陸軍の堀井少将は驚いた。
「陸軍ニューギニア戦線主計部」の奸計により、半ば詐欺のような手管で連合艦隊から戦艦を繰り出す羽目になっているのだ。良い顔はしないだろうと海軍の顔色を伺う毎日だったのだが、まさか、このような積極的攻撃を提案してくるとは思わなかったのだ。
すぐさま、「よろしくお願いします」と頭を下げたかったのだが、そこらへんは堀井少将も陸軍のエリートである。とりあえず「裏」を探ることは忘れない。
「魅力的な案です。しかし、海軍サンの負担は増えませんか?陸軍としては、あまり迷惑をおかけしたくないのですが?」
「敵前に姿を晒すのは多少なりとも勇気が必要です。まぁ、上陸戦の景気づけということでいかがでしょうか。実は、物足りないと騒ぐ連中が多いのですよ」
堀井少将の気遣いに、宇垣参謀長は苦笑(必見!)で答える。陸助(=侮蔑語)の十分の一でも堀井少将のように人当たりが良ければ、陸海軍の軋轢も減るのではないかと思えたからだ。とにかく陸軍側に、この提案には政治的意図は全くないことを説明しなければならない。
何せ、「大砲屋」どもはやる気満々。陸軍が少々礼を失していようとも気にも止めないだろう。そう、海軍が持ちかけた「魅力的な提案」を拒否さえしなければ…
「実にありがたい申し入れです。が、海軍サンの上(軍令部)は大丈夫ですか?着弾観測なしの盲撃ちですよ?」
「ははは…海軍も前例主義ですからね。これは改革すべきだと思っているのですが、そう言う私自身が守旧派ですからね。ああ、前例はあります。日露(戦争)で、旅順港の艦船に陸軍サンと共同で砲撃した際、半分盲撃ちでした。この間の海戦で着弾の癖も把握しているのと、相手が据えモノなので命中率はそこそこじゃないかと思っています。もっとも、今なら、ウチの(砲術の)連中は3万メートル先の扇に当ててみろと言っても、大喜びで照準を付け始めるでしょうけどね」
「お気遣い、誠に痛み入ります。是非、是非、ご協力願います」
「了解しました。問題は戦果の確認ですね。海軍は払暁に着弾観測機を発進させ、戦果の確認を行う予定です。砲撃が上手くいっていればラビからの迎撃はないでしょう。いや、そう願いたいです。水偵は足が遅い」
「それなら、制空権確保のための陸軍戦闘機部隊の発進を前倒ししましょう。戦果の確認は陸軍の航空機からも行います。その後の上陸部隊からも着弾状況をそちらに報告できるよう連携をとりましょう。専用周波数を決めておけば大丈夫でしょう」
「そいつはありがたい。無線電話を流しっぱなしにして、複数の機体から着弾報告をいただけないでしょうか」
「わかりました。電信と音声での着弾観測を行いましょう。ここ(ラエ)には腕のいい通信士がいるんですよ」
堀井少将が笑顔を見せた。
「戦艦部隊がラエに出現」
情報は連合軍に重くのしかかった。日本軍が上陸作戦を行うのは間違いなかろう。問題は、それがどこで、いつなのかがわからないからである。
敵上陸先の妥当な線では「ラビ」「ポートモレスビー」あたり。大穴で「ファーガーソン」「グッデイナフ」あたりだろう。どこも可能性は大いにある。上陸先が絞りきれないのは、夜間や荒天時にこれらの拠点沖から潜水艦による砲撃が繰り返されているからである。
精神的な揺さぶりをかけているのだろう。グッデイナフなどは後方基地としての役割(兵員の休息など)を喪失しつつある。従来、力押し(吶喊一本槍)の単純な日本軍の攻勢は変化してきている。主たる攻撃目標が輜重、兵站線になり、物理的な効果はほとんどないが、嫌がらせに近い砲撃や爆撃、銃撃などで前線の兵員の士気を低下させつつある。
日本軍が攻勢を控えているのは、共同で一大作戦を開始する前触れであるというのが共通認識だ。日本軍の機動部隊が珊瑚海に進出した時点で自軍の敗戦は決定事項であるのだが、機動部隊は未だ動きを見せていない。
この状況下(連戦連敗)、連合軍は戦略的目標を「いかに長期戦に持ち込み、日本軍を疲弊させるか」にシフトしつつある。このため、戦略上の要所であるポートモレスビーには、昼夜を問わず大量の物資、兵員を運び込みつつあるのだが、これらの兵員、物資は日本海軍潜水艦部隊の絶好のエサで、かなりの数の輸送船が珊瑚海の魚礁となっていた。
多大な犠牲を払って輸送された物資により、現時点のポートモレスビーは、日本陸軍、あるいは日本海軍単独の攻勢程度であれば退けるだけの戦力はある。ここを足がかりとして陸上戦力、航空戦力を総動員してニューギニアから日本軍を叩き出せば、連合軍の勝利は揺るがない。
問題は補給だ。当初予定の物資の集積度が芳しくない。潜水艦による通商破壊のせいである。これに加え、戦艦部隊まで出張ってきた。もし、これらが海上封鎖を行えば、ニューギニアの兵士は干上がってしまう。
米軍からは「反攻の準備は着々と進んでいる。しばし待て」と毎日のように報告が上がっているが、これはもちろんリップサービス。米太平洋艦隊が壊滅状態の今、「反攻の準備」というよりも「損害の補完」にかかりきりなのだ。
この状況に、オーストラリアの世論は厳しい。「葬送航路」での兵員の損失は人的資産の少ないオーストラリアにとって無視できるものではないし、それ以上に「何でアメリカ(イギリス)のために俺達が血を流さなければならないのか!」という声に正面切って反論することができないためだ。
「ナチスと組んで世界征服を企む日本に鉄槌を下す」
というお題目も、日本の謀略放送、
「オーストラリアが武装中立であれ、非武装中立であれ、とにかく、中立を保つのであれば、大日本帝国はこれを全力で支持する。帝国はいかなる損害をもオーストラリアに与えることはないと約束する(=いいかげん戦争やめましょうよ?)」
の前では大した説得力を持たない。つまり、「ニューギニア方面への反攻が失敗すれば、オーストラリアは継戦能力を国内世論によって失う」という危機的状況に陥っている。
そんな中、ボルネオからの原油輸送を終えた帝国陸軍揚陸母艦「土佐丸」は、ソロモン海で新たな作戦行動に入っていた。
「燃料、食料、魚雷の補給後、半舷ずつ「土佐丸」に乗船し入浴。その後、本艦内医務室にて診断を受けて食事を摂った後帰艦してください。乗船時間は2時間です…」
「土佐丸」から派遣された陸軍補給担当士官の声が狭い潜水艦内に伝わるとあちこちから歓声があがる。
南洋の炎天下の補給作業は苦痛だが、風呂の一語でそれも吹っ飛ぶ。そう、「風呂」である。たとえそれが海水風呂であったとしても風呂は風呂なのだ。
飛行甲板の小エレベータ上に、エンジンの冷却水(海水)をキャンバス地の湯船に掛け流した即席露天風呂が設営され、素っ裸の潜水艦乗員は周囲の目も何のその、長い作戦航海で身体に染みついた汚れを歓声を上げてそぎ落とし、存分に日光浴を楽しんでいた。
潜水艦への補給は「土佐丸」に加え、「迅鯨」「長鯨」の潜水母艦。「靖国丸」「りおでじゃねろ丸」、「平安丸」の特設潜水母艦の5隻があたっている。面白いことに、専用に設計されている「迅鯨」「長鯨」よりも「土佐丸」の方が補給が早いらしい。
確かに、横付けされた(した)「土佐丸」からの補給は高効率だ。通常、乾舷の低い潜水艦への補給、それも洋上での作業は船の動揺と乾舷の高さの差で大変なのだが、「土佐丸」の場合、その巨体もあって波浪による動揺は少なく、大型航空機が丸々1機載る広さの昇降機が潜水艦の乾舷の高さまで降りて物資の積み込みを行うため、極めて効率が良いのだ。つまり、
補給作業時間が短い=休息時間が長い
である。潜水艦と比べて桁違いに広い「土佐丸」での休息は最高の贅沢である。加えて食事の美味さでは定評のある「土佐丸」だ。潜水艦乗員のために特に作られた、野菜テンコ盛りの通称「ドン亀食」は新鮮な野菜に飢えた潜水艦乗員から多大な支持を受けている。
いかなる手段でそれを知ったのか?(隠密性を第一とする潜水艦がダラダラと通信を行っている暇はないはずなのだが)珊瑚海から補給に戻る途中の潜水艦からは「土佐丸カラノ補給ヲ強ク希望ス」との通信が殺到していた。
「海軍に「土佐丸」があったらなぁ~。あれ(土佐丸)って元々海軍のフネなのに…」
とは、「土佐丸」以外に補給を割り当て、潜水艦艦長連から恨みを買った主計担当の愚痴。補給を必要とする潜水艦は多い。というか、今も増えつつある。
ポートモレスビーの攻略がオーストラリアの中立宣言(=実質的な帝国の勝利)に繋がると考えた日本政府と陸海軍軍令部の意向を受け、一部海域の哨戒網すら削って珊瑚海にありったけの潜水艦を投入しつつあるからだ。
連合軍も馬鹿ではない。珊瑚海から日本の潜水艦の補給を阻止すべくソロモン海に侵入してきた米軍の潜水艦は、補給任務中(=完全に停船)の潜水母艦群を千載一遇のチャンスとばかりに狙おうとするのだが、なぜか速攻で居場所を特定され「土佐丸」航空隊からの爆撃、訓練艦隊から分派された駆逐艦に搭載された対潜水艦曲射砲架、や、「土佐丸」飛行甲板上に仮設された90式野砲からの攻撃を受け撃沈、あるいは逃走を余儀なくされていた。
「すごいな…この探信器は…ここまで判るのか…」
「なんでも漁船用に作られたそうです。潜水艦は魚に比べれば大きいですから、簡単にわかるんじゃないですかね?味方の潜水艦なら伊号だろうが呂号だろうが、丸わかりですよ」
「それは、ちょっと問題があるなぁ~。で、何でその漁船用の機材が「土佐丸」にあるんだ?」
「自分もよくわからないんですが、製造元が鯨を捕ってこいとか言ったらしいんですよ。「そのための装備だ」とか何とか…」
「確かにわからんな…」
補給任務を完了した「土佐丸」はラビ攻略に向け、ソロモンを南下していった。ポートモレスビー攻略戦の前哨戦となる「ラビ攻略」のはじまりであった。
土佐丸出撃後、ラエ近海の砂浜に鯨の群れが砂浜に座礁するという珍事が発生する。死因は不明だが、病気によるものではなさそうなので、残留する陸海軍総出で解体した。太地出身の兵によれば、「放置すると凄まじく臭くなる」らしく、衛生面、環境面も考慮しての一大作業である。
「これが「土佐丸」の戦果なのかな?」
「馬鹿な(笑)偶然だよ、偶然!」
「土佐丸」の仕業かどうかは明らかではないが、この「戦果」により、兵には動物性タンパク質がふんだんに振る舞われ、それでも余剰となった鯨肉およびそれを使用した干し肉、ベーコンなどは前線に運ばれ、好評を博した。これらの保存食品は、前線の兵から密かに「土佐丸恩賜品」と呼ばれた。
近年、高出力の潜水艦アクティブソナーにより海棲ほ乳類の器官に、異常が生じ、多数のクジラやイルカたちが、方向感覚を失い、体に傷を負い、脳内出血が起こすことがあるとの報告がなされている。
高性能の「土佐丸」魚群探知機(笑)がその元凶ではないとは言い切れない。
どうしてこうなった…
史実から大きく乖離すると、「どうしたもんでしょうか?」と悩みます。
「捕ってこい」と言われたのは、リアル鯨なのか?鉄の鯨なのか?そこら辺は皆様のご想像にお任せします。
この「土佐丸」のソーナー、史実よりも3年ほど早く、ある物質の有効性が発見されたという前提で開発されています。




