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海軍の介入と、日商・別府の謀略

 軍縮会議の手前、自国での建造は無理。かといって外国からの輸入では自国の造船業者も黙っていない。そのため南米某国を通じて日商に購入の意思を示してきたのだ。

 表向き他国の船として購入し、間接的に自国の増強を図ろうとする。この手段で条約逃れを企む国は少なからずあった。高畑もこれに目を付けたのだ。

 米国が興味を示したのはその船足(エンジンが搭載されていないにもかかわらず、最高速度30ノットをブチ上げていた)で、米国はこの時期に大規模な渡洋、すなわち日本侵攻を視野に入れていた、もしくは日本侵攻を立案していた可能性がある。

 残念だが、身内である米国陸海軍の反対があり(どう考えても無理)商談は成立しなかったのだが、ここで思わぬ効果が上がる。


「米国動く!」


 である。

 米国の参戦(?)で、赤錆の鉄塊だと思われていた「土佐」の商品価値がマイナスから一気にプラスに転じたのだ。

 確かに、要員込みの「商品」としての「土佐」の価値は十分な練度のない国の海軍にとって魅力だ。金を出すだけで運用要員とそのノウハウが手に入るからだ。

 超大型高速貨物船という新カテゴリの船は、平時には民間で運用することで維持経費を削減でき、運用要員を懐柔して取り込む事ができれば自国海軍の増強も図れる。

 このため、数カ国からバーター取引をも含めた購入検討の打診があった。これに驚いたのが大日本帝国軍の面々である。


「米国が欲しがってるだって?」


 日本人は舶来品に弱い。


 古くは唐物からものと呼ばれるMade in China製品。近年では欧米産の品物を指すが、例えそれがトホホなモノであっても無条件でありがたがる。その欧米(米国)が欲しがった物件である。例え欲しくなかったとしても、欲しくなる。「隣の芝生は青い」である、

 いち早く動いたのは陸軍で、早速日商に購入意向と改装要求事項を打診してきた。


 日清・日露の教訓、近くは上海事変から、海軍に頼らない(=海軍はあてにならない)輸送手段と、今後予想される島嶼部への戦闘で、大量の物資と兵員を輸送しつつ短時間で上陸し単独制圧を可能とする艦艇を陸軍は欲していたのだ。

 この時期、陸軍は海軍協力の下で「神州丸」を秘密裏に建造しつつあったのだが「神州丸」は収容兵員数が1,000名を越えるものの、単艦では予想される大規模上陸作戦に輸送量が不足すると思われており、大型の兵員輸送艦艇を必要としていたのだ。


 陸軍の要求案に日商は大いに乗り気になる。貧乏神様がいなくなるにこしたことはない。

「土佐」は規格型貨物搭載貨客船としての工事(平甲板への改装、水密区画の大幅な削減)が完了しており、これがプラスに働く。

 広スパンの貨物庫や貨客船としての居住区域の設定など、兵員及び物資輸送に転用する面で何ら問題はない。

 加えて、別府造船は自動車運搬船や鉄道輸送船、浮き桟橋建造のノウハウを持っており、これらを応用できそうな陸軍要求案は技術的なハードルも低い。

 ノリノリで来島社長自らが線図スケッチを描いて改装計画を練っていたのだが、これにちょっかいをかけてきたかけたのは、やはり海軍だった。

 「神州丸」と同様、表向きは技術指導の名目で援助を申し出てきたのだが、当然裏がある。何せ元は「加賀」級戦艦。未練がないと言えば大嘘だ。


「可能な限り(海軍の望む戦闘艦艇への)改装の余地を残し、有事の際は陸軍から接収しよう」


 との腹があったのは確実である。その証拠に主導権を握るべく艦政本部の技術士官が別府造船に派遣され、いろいろと注文を付け始めた。

 現場では造船所の技術者との間で、上の方では海軍と陸軍との間で衝突が発生するのは当然であった。(地上に陸軍と海軍の仲が良好な国家は存在しないので仕方がないと言えば仕方がない)

 この海軍上層部と陸軍上層部との不毛のやりとりは、


「輸送船(仮称「ト号」)取得ニ関スル陸海軍往復書簡」


 として、陸軍と海軍の不仲、不毛のやりとりを示す一級品の資料として、国立公文書館に残されている。


 ちょっかいを出してきた艦政本部は、軍艦建造の権威であるとの自負があり高圧的な態度をとることが多く、基本的に民間会社である別府造船側とそりが合わない。

 別府造船側も、自分達の技術は海軍には何ら劣っていない。それどころか海軍よりも上だとの自負がある。

 プライドとプライドがぶつかり合って良いモノができるのであれば何も問題がないのだが、普通はそのような奇跡は起こらない。一対一ならまだしも、別府造船には生え抜きの技術者に加え、ドイツから移住してきた技術者と、艦政本部から半ば追放された格好の藤本派の技術者達が在籍していたからだ。

 簡単にいうと「まとまるモノすらまとまらない」。原因は艦政本部もしくは艦政本部、あるいは艦政本部、または艦政本部である。


 面倒この上ない技師達のとりまとめを押しつけられたのは別府造船の宮部技師長だった。表向き温厚な性格である宮部は、当初、「まぁまぁ、仲良くやりましょう」と技師達の爆発を押さえていたのだが、多大な努力で撤去した水密区画の再設置を強要してきた艦政本部にとうとうブチ切れる。

 社長室に乗り込んだ宮部は「何とかしてください」と来島社長を恫喝。(「懇願」ではない。恫喝である)

 艦政本部のやり口を苦々しく思っていたのは宮部だけではない。現場の忍耐もピークに達したのを感じた来島は、高畑と組んで「彼ららしい」謀略を仕掛けた。


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