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ポートモレスビー攻略戦(4)

史実の時系列を鑑み、「ブナ」→「ラビ」に修正しました

 「土佐丸」の到着は、ボルネオからの石油輸送中の数回の敵潜水艦との交戦で、予定より1日遅れることになった。相手の敵潜水艦だが、「1隻くらいはやっつけたんじゃね?」とは考えられている。(「土佐丸」は戦闘艦ではない。「見敵逃走」が基本だ)

 何せ、護衛艦艇なしの単独輸送任務だ。日中は艦載機による対潜哨戒ができるものの、夜間、荒天時は、球形艦首内に装備したドイツ製探信儀(S装置・ペリフォン装置)を独自改良した「別製水中探信儀」による探知に頼るしかない。(注:「特別」に作成した「別製」ではない。「別府造船製」の略である)

 従来の素子に替え、新型の素子を使用した非常に高性能の新型探信儀は、何度も敵潜水艦を探知することに成功、その都度、進路を変える、航行速度を上げて振り切る等の手段で「見敵逃走」を果たした影の功労者である。

 しかし、米軍がさんざん苦杯を舐めさせられた(「土佐丸」乗組員に言わせてば、勝手に舐めにきただけ、俺達は何の関係もない)「トサマル」は米海軍の重要目標となっている。公式にはなっていないが、懸賞金までかけられていたらしい。

 この「トサマル」。日中は航空機による濃密な哨戒を敷いており、攻撃は難しい。が、夜間、荒天時は護衛のない図体のでかい輸送船でしかない(ように見える)。

 このため「スコアを伸ばすチャンスだぜっ!」とばかり、若い潜水艦長が攻撃目標に設定。夜間、悪天候を待って果敢に攻撃をかけるのだが、急な進路変更、増速で攻撃が回避され、あと一歩で戦果を取り逃がしていた。このため、米潜水艦群は、「俺が!俺が!」と攻撃回避の難しそうなパラワン島南部のスールー海から南シナ海に多く展開することになった。

 米軍潜水艦部隊の攻撃対象になった「土佐丸」には気の毒だが、これで一時的に日本本土-マレーシア方面の通商破壊網が薄くなり、少なくはない数の輸送船が本土への輸送を成功させることができた。

 目に見える戦果(=「土佐丸」撃沈)に安易に走った米海軍の判断ミス。あるいは「土佐丸」の戦果であると言えよう。


 米海軍潜水艦部隊の標的となった「土佐丸」の対潜水艦戦闘の戦果は、今日でも不明だ。「土佐丸」について言及している米海軍の記録が極端に少ないのである。

 この時期にスールー海近辺に展開した潜水艦の状況を米海軍公式文書で精査した結果、


 「大型輸送船に攻撃をかけるも、損害を受け作戦行動が不可能になった」


 艦がいくつか見受けられた。このことから、「土佐丸」の対潜水艦攻撃は、潜水艦の撃沈とまではいかなかったが、撃退することはできたのではないかと考えられている。

 米軍では、「土佐丸」を、日本陸軍の大型兵員輸送船に分類していた(「揚陸母艦」などという船種はなかったのだ)ので、「輸送船ごとき」に逆襲を受けたのでは沽券に関わると、潜水艦部隊が意図的に戦闘報告を曖昧な表現にしたのではないかとも考えられている。(不自然な報告でバレバレである。恐らく「ご同輩(=間抜け)」がここまで多いとは思わなかったのだろう)


 この時に「土佐丸」に搭載された、対潜水艦曲射砲架の威力は、主に精神的な面で抜群であると、「土佐丸」船長の日誌に記載されているので、例え精神的なものだけだったとしても、随分役に立ったようだ。

 今までの、「逃げまわる」だけから、3000m(実際はもう少し飛んだらしい。「土佐丸」の飛行甲板上からの投射のためだろう)と、至近距離ではあるものの敵潜水艦を攻撃(威嚇)する手段ができたからであろう。


 この、対潜水艦曲射砲架。陸軍からは、

 

 「船内ニテ量産、ボルネオ友軍輸送船舶ニ配布セシメルコト。可能ナレバ実戦ニテ使用セヨ」


 との注文もある。(後半は無茶苦茶である。好きこのんで潜水艦とドンパチやる輸送船はそうそう存在しない)このため、「土佐丸」には実物に加え設計図が空輸され、ラエからは製造用の鋼材さえも積み込まれていた。

 実際に対潜戦闘を経験してみると、その威力に「1基じゃ足りねぇ!」と、さながら洋上兵器工廠のごとく、船内での砲架製造に邁進することとなり、完成分品はそのまま対潜装備として配置された。

 基本、「鉄枠を溶接するだけ」の簡単な構造だ。別府造船の臨時職工としてさんざん仕込まれた「土佐丸」内務科要員の溶接の腕は陸海軍工廠の熟練工と比べても何ら遜色がなく、製造は容易であった。製造は予定以上のペースで進み、ボルネオで引き渡す数に加え、「土佐丸」に追加で装備するものを加えた余剰品が出るまでになり、余剰品の一部はニューギニア戦線主計部の指示で海軍に渡ることになった。



「陸上砲撃か。戦艦同士の砲撃戦なんぞもうないかもしれんな」


 連合艦隊司令長官から「俺の名代で「ラエの訓練」を仕切ってくれ」と命令され、不承不承引き受けた「ラエ艦隊訓練責任者」。連合艦隊総参謀長、宇垣少将は戦艦「陸奥」の防空指揮所から舷外を眺めながら口の中でつぶやく。


 右舷には「土佐丸」が横付けされ、「陸奥」へ燃料補給が行われていた。「陸奥」も連合艦隊屈指の巨艦なのだが、乾舷が高い「土佐丸」の横では、「ビッグ7」と称えられる「陸奥」もかなり小さく見え、「陸奥」にも「土佐丸」の影が差して日陰の部分が多くなっている。

 「土佐丸」の更に右舷には海軍の輸送船が横付けされており、ここからは潜水艦隊への補給物資の移送が、「陸奥」への給油に並行して行われていた。

 「陸奥」「日向」を主力とする連合艦隊「練習」(補給)部隊は、ラエ到着と同時に、陸軍の堀井少将の表敬訪問を受け、その場で「ブナ方面攻略部隊の支援」を依頼されている。

 海軍も馬鹿ではない。美味すぎる話の裏はお見通しだ。連合艦隊司令長官がわざわざ総参謀長を名代として派遣したのは、「陸軍おまえら」の魂胆はわかっているぞという意思表明でもある。

 そもそも、石油を融通すると言った時点で、裏があるのが丸わかりだ。まぁ、陸軍が戦艦の派遣を読んでいたところは想定外だろうが、「あったら使いたくなる」事は折り込み済みである。

 普通ならば即刻拒否だが、ソロモン乱戦の勝利で戦力的には余裕があるのと、逆に石油備蓄が危険な状態まで目減りしている状況だ。多少胡散臭くても「燃料満タン」は魅力である。騙されたフリしてやるのも一興だろう。こうなることを見越して、「訓練参加艦」は 徹甲弾よりも通常弾を多く搭載しているのだ。

 相手(陸軍)もそこら辺は十二分に理解している。何せ、邪険に扱うのも憚られるほどの低姿勢だ。ここまでやられるとせいぜい苦笑する程度しかできない。それに、ラビ攻略には海軍陸戦隊も関わっている。無視するような冷血漢は帝国海軍には存在しないし、「大日本帝国海軍」という組織は戦友を決して見捨てないという意志を見せつける良い機会だ。

 この話を、最新鋭の偵察機を(見せつけるように)使って、トラックの連合艦隊司令部に持ってきたのは、新品の階級章をくっつけた陸軍主計大尉だった。

 彼は、海軍の主計担当者が小躍りしそうな条件を述べた後、海軍側への「見返り」については、


「本職は、それらについて全く話をきいておりません。これが全てであります」


 と大嘘を吐く有様である。彼が、大喜びの主計担当者に見えないように、下を向いて笑ったのを見逃す宇垣ではない。何せ、連合艦隊司令部の調度品は「鏡代わりに使える」程、磨き上げられているのだ。


 「陸軍にも、人材は育っているということだな。当然、海軍にも」


 「黄金仮面」という渾名の無表情からは、多少「人間らしくなった」宇垣参謀長は苦笑を浮かべる。人材が育つと言うことは、自分達がお役御免になることだ。単純に喜ぶべきではない。実際、航空主戦論者からはガラクタ扱いされている宇垣である。が、なぜか宇垣参謀長は楽しくなってきた。


 宇垣参謀長の「苦笑」は、連合艦隊に籍を置く者であれば必見の価値はあったのだが、残念ながら当直の兵員は任務である「防空警戒」のため、設置されている双眼鏡にその視野を割かれており、宇垣参謀長の「笑顔」を目にすることはできなかった。」



「補給完了後、ラビ攻略部隊の支援に当たる。これは訓練ではない。が、大仕事でもない。訓練のつもりであたれ。何せ敵は動かん。念入りに砲撃してやれ。戦況が有利であれば副砲も使用する」


 戦艦「陸奥」「日向」に出された作戦命令は先日のソロモン乱戦で「いい思い」をした両艦の砲術員をいたく喜ばすことになった。もしかすると馬鹿なのかも知れない…大砲屋は…




 海軍艦艇への給油と、輸送船からの物資移送を同時にこなしつつ、なおかつボルネオ経由で持ち込んだ本土からの物資を荷揚げしている最中の「土佐丸」に次の任務が与えられた。


 「友軍潜水艦への補給任務」


 である。これについては(うすうす)知っていたので問題はない。制海権、制空権下への補給任務なので危険度は少ないだろう。必死でポートモレスビーへの敵輸送部隊の足止めをしている友軍潜水艦への補給である。これを受けなければ男が廃る。

 

 で、これに加え、なぜか「ラビへの重火器の揚陸」という任務が加わってきた。


 何でも「デリックが空き屋のままなのは勿体ない」と、デリック内重油タンクを揚陸、そのスペースに当初、陸路で輸送する予定だった重火器を大発に搭載し、直接ブナに揚陸するらしい。今回は、敵直前に船体を晒すことになる。内陸部には敵飛行場もある。危険と言えば危険なのだが、「友軍の救援」というもっともらしい理由付けがされたため、文句を言う(言える)「土佐丸」乗組員は少なかった。

 だが、一部の乗組員はこっそり、人目のないところでつぶやく


「どうしてこうなった…」


誤字修正しました。

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