表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/94

閑話2 -「土佐丸」2号艦の建造に関する裏話-

太平洋戦争の影の殊勲艦と呼ばれる「土佐丸」。同型艦の建造は十分あり得たのだが、なぜ実現しなかったのか?

そこらへんを書いてみました。

「280万です」

「はぁ?今なんと?」

「280万工数です。「土佐丸」の同型艦の建造工数は」

「なんでそんな馬鹿げた工数になる!その工数だと正規空母が3隻建造できる!どんな無駄をやってるんだ!」



 別府造船の本拠地。別府造船大神事業所の会議室で、宮部技師長は、海軍大佐の軍服の男にものすごい勢いで迫られ困惑した表情を見せていた。


「なんでと言われてもですね…実際かかるんですよ…」


 海軍大佐は日本の造船のトップ、それも工数管理の大権威だ。民間造船所のしがない技師である宮部は、「これでも控え目で280万工数なんです」とは絶対に言えない。横目で隣に座っている日商の社員に助けを求めたが、彼は空気に徹しているようだ。

 本来、この手の話は来島社長あるいは日商の仕事のはずなのだが、社長は、


 「(面倒は)俺が作る。で、お前が片付ける」


 と公言してはばからない。日商は…言うまでもない。彼らの本業は「売ること」なのだ。「造る」ことではない。

 俺は貧乏くじ専門なんだなと、心の中でつぶやきながら宮部技師長は土佐丸の作業工数根拠を説明し始めた。



「ご存じのとおり、「土佐丸」は廃艦となった戦艦「土佐」を改装したフネです。新規建造と違って、最初の作業は上部構造物撤去、主機関の撤去、平型甲板への改装からはじまりました。この分の工数は計算に入っていません。それを差し引いても280万かかりるのです」


「新造だと更に工数がかかるということなのか?馬鹿な!どう考えても…」


「中古のフネの改装で200万(工数)を越えることはないと考えていらっしゃいますね?」


「当たり前だ。「翔鶴」型の工数でも190万工数には届かない。俺の試算では、「土佐丸」は120万工数。「飛龍」型の工数程度に収まるはずだ。それを280万だと?ぼったくりにも程がある!そもそも、水密区画の加工単価が、海軍工廠単価の3倍強と言うのが納得できん!」



 目の前の工数単価書類を指差しながら大佐はわめいた。



「大佐。「土佐丸」の前身、「未成艦土佐」の起工から改装後の「土佐丸」が竣工するまでどのくらい時間がかかっているかご存じですか?」


「う…確か…」


「18年。実に18年です。これだけ工期が長引いたのは、不況でほとんど改装が進まなかった期間があったからです。よろしいですか?改装は停止していたわけではないのです。この間、「土佐」は工員の訓練に使用されていたんです」


「訓練だと?」


「はい。熟練工の腕が落ちないようにするのと、景気が回復した時に備え、新米がすぐに「使える」様に「土佐」を使って技能研修をやってたんです。当然、この部分は陸軍サンに請求することはできません。何せ内緒ですので。つまり「土佐丸」の改装費用は、陸軍の帳簿どおりではないのです。それと、各部の加工は新米につきっきりで熟練工が仕込みます。熟練工は腕が落ちない、新米は腕が上がる。手間はかかりますが、時間的な制約がなかったので作業が徹底的に凝ったものになりました。欠点は給料が全部会社の持ち出しになる事位です。これが一番痛かったのは確かですが…。そんな訳で「土佐丸」の船体は納期無視の一切の妥協がない、超一級品の仕上がりになってます。私に言わせれば工業製品というよりも、美術品です。時間だけは有り余るほどあったので、重要部分の鋲打ちや溶接は、船体の熱膨張の影響を最小限にするため、夏場は午後八時、冬場は午後二時に限定していた程です。数少ない水密区画の仕上がりなんかも、潜水艦並なんじゃないかなと思ってます…従って、この仕上がりを新造艦に求めようとすると…」


「とんでもなく工数がかかる…」



「土佐丸」の施工単価の秘密を知った大佐は唸るように答えた。



「ええ。18年ということはないですが、日本有数の熟練工が居ると自負する別府造船ここをもってしても、この仕上がりの実現には、工員の熟練度が不足しています。何せ、片っ端から徴兵されてますから。そうなるとしっかり時間をかけるしかありません。280万という数字はカネではなく、時間を基準にした考え方なのです」


「やっかいなフネだということか…」


「あの船体にあの性能。関わった私が言うのも何ですが、ありゃ、反則だと思うんですよ」


「残念だ。自分は「土佐丸」の汎用性には注目していたんだ。現在建造中の大型艦(※1)を「土佐丸」型に改装してはどうかと本気で意見具申しようと思ってたんだが…」


 ぼやくように語る宮部技師長に、思わず大佐も本音が出た。


「噂には聞いています。あれの改装は無理でしょう。工期がどんなに短くても5年はかかります。それに、ウチの社員は「技術中将殿※2」を激しく嫌ってますから、仮に受注したら暴動が起きそうです。そうですね…ウチのドックに居る米軍の鹵獲空母の再改造なんてどうです?あれは商船構造なんで、改装の手間は少ないと思います。今後、商船構造を持った戦時量産艦は間違いなく増えるでしょうから、製造研究として適当ではないでしょうか?」


「それはいいね。今のところ空母の数は建造分を含めて十分だが、艦船は多すぎる事なんてないからね。うん、鹵獲艦の改装は上申しておく。この場合の工数を試算しておいてくれないか?」


「了解致しました。元が元(輸送船)です。全面溶接採用でも文句は出ませんから、かなり安上がりに改装できると思います」



 と、話に花が咲きかけている最中、ここまで全く無言であった日商社員が発言を求めた。



「何かな?」


「あのぉ…。艦名は「長島(Long Island)」にしませんか?私は「土佐丸命名騒動」を繰り返すのは御免なんです…」



※1「大和型3番艦」

※2 ○賀中将のことだと思われる

建造工数は

 飛龍 118万2041工数

 翔鶴  189万4778工数

 大和   99万工数

 武蔵   300万工数

 信濃   130万工数

と言われています。「武蔵」が多すぎるような気もしますが…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ