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閑話2 -別府造船装備品開発室物語その2(別製牽引機1型)

「便宜をはかってくれてるのは分かるんだけどねぇ~」


 陸海軍連名(連名である。奇跡というか冗談に近い)で日商に出された開発依頼文書、それも随意契約(=好きにして!)を見て、別府造船総帥、来島社長は頭を抱える。


 10日あまりででっち上げた、「別製対潜水艦曲射砲架 (ガチャポン)」が与えた影響は多大だったようだ。

 聞くところによれば、非制式にも関わらず装備する船が続出。一応、砲架1基に対していくらというロイヤリティを設けてはいたのだが、簡易な構造であるため、無断で製造する輩が続出しているとのこと。

 本来なら抗議しなければならないのだが、


 「犬死にしたくないからこそ、製造してるんだ。俺は知らんぷりする」


 と、静観を決め込んだのが裏目に出たらしい。

 陸軍と海軍が弱り込んだのだ。


 「別府造船に借りができた」


 と思い込んだのである。(「漢気がある」と感動した高級将校もいたらしい)。

 ひょっとすると、ある程度の数がまとまったところで一気にロイヤリティを要求してくるかも知れない。当初、「大したものではない」と別府造船の要求するままロイヤリティを設定してしまったのが失敗だった。陸海軍が把握している正規、非正規のガチャポンの支払うべきロイヤリティの額は、主計担当者が真っ青になるレベルにまでになっていた。


「何とか懐柔するしかない!」


 一番簡単な方法は、別府造船に「仕事を出す」事だが、別府造船の本業である艦船の建造は財閥によるところが大きい。別府造船に(利益供与のための)随意契約なぞしたらたちまち最前線行きである。この事態に珍しく協力した陸海軍は、

 

「財閥は絶対に手を出さない」


 と思われる案件をピックアップ、他からの苦情が入らないよう、また、別府造船が拒否しないよう、日商に対し随意契約で、


「簡易ナ、野砲及ビ貨物、兵員ノ移動手段ヲ構築セヨ」


 との注文を出したのだ。ここらへんの手管は見事である。日商はこれ受けざるを得ない。そして、別府造船に丸投げするしかない。で、頭を抱え込む来島社長ができあがった。


 「今度は車かよ…」


 ボヤきながら来島社長は腹案を持って「超技術研究所(略称OTL)」に向かう。


 来島社長の示したコンセプトは、


「ディーゼルエンジンを搭載した2輪の手押し車」


 であった。

 例の如く、下手くそなスケッチ(当人は「詳細線図」と主張している)によれば、


 ・エンジンは既存品

 ・2輪。乗車スペース?ない!そんなモン


 というものであった。

 これを目にしたOTLの面々は目を白黒(碧眼の独逸人もいたので、彼は「白青」)させる。あまりにもブッ飛んだコンセプトだったからだ。


 まず、発動機。別府造船グループには山岡製作所というディーゼルエンジンには一家言持っている会社がある。ここからの調達を行わず、三菱からエンジンを調達するという方針に当然、山岡製作所から抗議が来るのだが、


「我々が狙うのは次だ。人間、贅沢を知ったら絶対元には戻れない。その先はにあるのは更なる贅沢だ。三菱製のエンジンは納期対策、時間稼ぎにしか過ぎん。本命は次にある」


 と丸め込む。その舌で三菱重工に対し、


「御社のディーゼルエンジンの一部を供給していただきたいんだけど…。嫌なら自社開発にするしかないので、どうかよろしく!」


 とエンジンの供給を持ちかけた。


 財閥には頭が切れる者が多い。(でないと財閥なんぞすぐに瓦解する)別府造船が儲け話を持ってきたと素早く判断、「前向きに検討します(=是非やらせてください)」と回答。

 程なくして、来島社長の提示した「機関部要件」に合致するディーゼルエンジン2基が送られてきた。


 「社長!これは戦車のエンジンじゃないですか!」

 「大型トラックでも作るんですか!」


 三菱から送られてきたのは、SA12200VDとSA6120VDe。そう、戦車用のごっついエンジンだった。



「これを「切り身」にして使う。単気筒か2気筒分切り出してエンジンをでっち上げろ。前線では部品の共通化は重要だ。つか、細々した部品を作って納品するのはウチ(別府造船)の性に合わん。どっちのエンジンを使用するかは任せた。それと…しっかりパクっとけよ?結構性能良いらしいから…」


 と、エンジンを「切り身」にして使用する様指示する。


「切り身」という言葉(Word)に食指が動いたらしい。OTLの面々は嬉々として「切り身」の製作方法について議論を始めた。

 結果、車輪回転方向と同軸となり、部品点数が少なくなること、エンジン幅が小さくなること、クランク軸が低い位置になり、重心が下がると期待されることなどから、SA12200VDエンジンから2気筒分を切り出したV型2気筒が採用されることになった。

 元が元だ。軍隊で使用するだけの信頼性は十分。エンジンブロックも既存の砂型が流用できるので生産も楽である。(余談だが、三菱は「切り身」で使用するとは予想しなかったらしい。エンジン生産費用が1/5程度になったのでえらく気落ちしたそうな)


 でっちあげられたエンジンはベンチで15馬力を発揮。これを車台に組み付けでも10馬力は出ると見込まれた。

 これに、新規開発の5段変速機を組み付け「別製牽引機」が完成。この変速機も動輪の内側に直径の異なる複数の歯車を配置。これをエンジン側とのチェーンで駆動駆動させる、自転車の変速機の様な構造であった。


「ない」と定義された乗車スペースは、牽引側(=荷台側)に乗車スペースを設けることで解決。基本「牽引側」がないと全く役に立たない「簡易ナ、野砲及ビ貨物、兵員ノ移動手段」が完成することになった。

 特筆すべきは、その開発の早さだ。陸海軍からの打診、日商からの依頼からわずか2ヶ月で試作機が完成し、3ヶ月後には陸海軍へのお披露目がなされたのだ。この開発速度について別府造船の宮部技師長は、


「超技研(OTL)は、無駄に能力のある連中の集まりです。技師といえども、溶接くらいは朝飯前でできる。旋盤もまわせればボール盤も扱える。ただ、技量は一流じゃないから、結果的には作りやすい、使いやすい物ができるんでしょうね。まぁ、あそこまでのめり込むのは理解できませんが…」


 と述べている。実際、前作の「ガチャポン」は絶賛製造(含ヤミ製造)中である。


 完成した牽引機は、さすがに陸海軍の連中にはドン引きされた。しかしながら野砲牽引時でも時速13kmと速歩を上回る好成績で、「接合部」の規格さえ合えば10馬力のエンジンで引っ張れる分だけ好きにできる。なおかつ、製造単価は安く、エンジンの部品は戦車と互換があり、さらに構造が「馬鹿みたいに」単純である。これを採用しないのは無能以外の何者でもない。

 かくして軍の正式採用とはされないまま、牽引機は「別製牽引機1型」として急激に補給の急増したニューギニア戦線に投入された。

 簡易な構造で、操作が直感的な牽引機は前線の兵に重宝され、そのV型2気筒独特の爆発音から「ドカ」と呼ばれる様になる。(戦後、イタリア某社のオートバイの略称が日本で「ドカ」で定着しなかったのは「別製牽引機1型」のせいであると言われている)

 「別製牽引機1型」は、表向き野砲の牽引用に使用されたのだが、牽引接合部仕様が非常に簡単なものであったので、運転台と荷台を備えた牽引部(荷台)が現地で多数製作される。

 陸軍「タ号」作戦では、牽引部を5連結し、一気に1小隊をオーウェンスタンレー山脈に運び込むなど、兵員、物資輸送に多大な貢献を果たした。


 来島社長の述べた「狙うのは次」は、山岡製作所製エンジン(V型4気筒縦置き1200cc)を搭載し、エンジン後部にロータリーを搭載した農機具として完成することになる。

 戦場での過酷な使用で十分以上のデータを得た牽引機はロータリーを唸らせ戦後の農業振興に活躍することになったのだ。

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