ソロモン乱戦(3)
「敵編隊。およそ50機!」
「直援を上げろ!爆撃機は後回しだ!」
「対空要員、ジャップを近づけさせるな!」
第一航空艦隊の制空隊は発艦準備作業中の米機動部隊を急襲。完全な奇襲に成功した。攻撃機を同伴しなかったため接敵に要する時間が短く、敵攻撃隊発艦作業直前の正に「どんぴしゃり」のタイミングで敵上空に位置することができたのだ。当然、敵直援機との空中戦に突入するが、真珠湾、インド洋を生き残ったベテラン揃いの日本軍と、
「ゼロに遭遇したら格闘戦を避けるべし」
と、敵にまで言明されている零式艦上戦闘機の組み合わせに、第十六、十七混成任務部隊に対処できるだけの戦闘機パイロットはそうそういなかった。
先日のラエ攻撃の失敗で母艦搭乗員数は減少。航空機はあるが、パイロット数が不足しているのだ。
直援機の必死の防御をかいくぐり、空母上空に侵入した零戦隊は、甲板上に落下増槽を投下。米軍のそれと比較するとかなり粗悪ではあるものの、一般可燃物に対する種火としては十分以上のスペックを持つ航空用ガソリンを甲板上にまき散らす。
そこにとどめとばかりに曳光弾をミックスした20ミリ砲弾が炸裂。甲板上は一気に火の海になった。
この程度の「攻撃」は、通常であれば嫌がらせレベルで、被害も甲板を焦がす程度で速やかに鎮火する程度なのだが、不幸なことに、銃撃を受けた甲板上には、日本の機動部隊(誤認である)を攻撃するために爆装し、燃料を満載した艦上爆撃機が発進準備を待っている最中だった。
次々と誘爆する機体を必死で消火に当たろうとするダメコンチームだが、可燃物及び爆発物満載の機体を火の手から守るのは無理がある。
かくして1機、また1機と、迫る炎の中で誘爆を起こし被害は広がっていった。
制空隊が空母の甲板を火だるまにした直後。第一航空艦隊から必勝の命令を受け、空母を屠るために爆弾、魚雷を搭載した攻撃隊が第十六、十七混成任務部隊に迫ったが、これを実力で排除することは難しそうであった。
必死で逃亡をはかる第十六、十七混成任務部隊に第一航空艦隊は執拗な攻撃を仕掛ける。
同時に、艦隊は敵機動部隊に肉薄すべく全速で突撃を開始、同時に航空母艦の護衛を行っていた駆逐艦を夜戦を行うために分離した。ここで空母を叩けば、米軍空母部隊は事実上壊滅すると読んでいたのだろう。また、司令官が山口少将であったことも帝国海軍には幸運、米海軍にとっては不幸であった。
第十六、十七混成任務部隊は3波の攻撃を受け、戦力を喪失、東方に必死で逃れようとするが、航空攻撃を受け、速度の低下した航空母艦は第一航空艦隊から逃れる術は残っていなかった。日没後、航空艦隊から分離された水雷部隊による追撃を受け、航空攻撃による火災が鎮火していなかった「エンタープライズ」「ホーネット」が酸素魚雷の餌食になった。東京空襲用に多数の陸用爆弾を搭載していたのが仇となったのだろう。
翌朝、意気軒昂の第一航空艦隊による再度の攻撃により、米海軍の残りの正規空母、「レンジャー」「ヨークタウン」が新たにソロモンの海中に没し、ソロモン航空戦(米軍も同じ)は日本軍が勝利し、ここに米軍太平洋艦隊の航空戦力は消滅した。
一方、
「敵空母撃破。空母ハ改装空母。敵ハ東方ニ逃走中」
囮部隊を全力で攻撃した「鳳翔」「瑞鳳」航空隊からの電文に第一艦隊は熱狂する。水上艦の天敵である航空攻撃の脅威から解放されたとなると、あとは敵戦艦との殴り合いだけだ。
艦型から旧式戦艦が含まれている様だが、戦艦は戦艦である。第一艦隊の戦艦群の相手として不足はない。
連合艦隊総旗艦「大和」の艦内も異様な熱気に包まれている。艦隊決戦。理屈では、最早あり得ないと思っていた戦艦乗りの夢が果たされようとしているのだ
「航空隊に足止めをさせて、その隙に距離を詰めましょう。日中にどれだけ足止めできるかで勝負が決まります」
航空機運用なんぞまっぴらごめんの立場を取っているはずの宇垣参謀長の発言に、山本司令長官は苦笑する。どうしても戦艦同士の砲戦がやりたいらしい。
「航空攻撃で戦艦が全部沈んでしまうかもしれんぞ?参謀長?」
「いや、軽空母2隻の攻撃力程度では戦艦は沈みませんよ。それに相手は1隻じゃない。それよりも敵が艦隊分離を行う可能性を考えた方がいいでしょう」
「どっちを叩く?」
「無論、強い方です。そのための連合艦隊総旗艦です」
「気が合うな」
必死に逃走を図る囮部隊に、執拗に反復攻撃を行い、逃げ足を止めた第一艦隊は怒濤の追撃を敢行。5月5日未明、ついにマキラ島東方で囮部隊を捕捉。「大和」「長門」「陸奥」「伊勢」「日向」の5隻の戦艦と、「ペンシルバニア」「ミシシッピ」「メリーランド」「サウスダコタ」「ノースカロライナ」「インディアナ」の6隻による砲戦が交わされる。
この砲戦で第一艦隊は「ノースカロライナ」「インディアナ」を除く4隻を撃沈。撃沈を逃れた「ノースカロライナ」「インディアナ」も大破と、事実上の戦闘能力を失っていた。これに対し、第一艦隊側の被害は「大和」中破、「長門」「陸奥」「伊勢」「日向」小破と比較的小規模で、後に「最後の艦隊決戦」と呼ばれた「ソロモン乱戦」の1つ、「ソロモン砲戦(米軍側ではマキラ島沖海戦)」は日本軍の完勝に終わった。
また、マライタ島沖では放棄された護衛空母「ロングアイランド」を鹵獲することに成功している。
この勝利により、日本軍は連合軍反攻時期を少なくとも3ヶ月、遅らせることに成功した。実際は、ベテラン搭乗員を多数失った米海軍が、新鋭空母の搭載機のパイロットを充足させるため、苦肉の策で海兵隊パイロットの母艦搭乗員転用を行ったが、訓練中の着艦・発艦事故によるパイロットの死亡が相次ぎ、パイロットを提供する海兵隊との関係が悪化。更に、艦船の護衛なしで敵勢力圏下への輸送を行わなければならない陸軍との関係も悪化した。
また、敗戦により、米国太平洋艦隊司令部の大部分は更迭、罷免された。表向きは作戦失敗の責任を取らされてということだが、東京空襲が当面おあずけとなった事への怒りであるとも言われている。この人事措置により、失われた司令部機能が回復するのは半年を要したと、米海軍士官の日記には記されている。
とにもかくにも、「ソロモン乱戦」は日本軍の勝利に終わり、ソロモンの制海権は日本側が握ることになった。これは、米国がオーストラリアを中継地として、ニューギニア方面に攻め上がる戦略の見直しを強要させること、頼みの中継点であるオーストラリアが日本軍の攻撃にさらされる危険性が更に高まった事を意味し、直接オーストラリアを叩くことのできるポートモレスビーの戦略的重要度が更に増したことを意味する。
ここに、ポートモレスビー攻略は、ニューギニア戦線の最重要課題となった。
蛇足だが、ツラギの砲撃を敢行した「扶桑」「山城」の2隻は、後に上陸した陸戦隊に「執拗すぎる攻撃」「基地整備に支障を来した」「限度というものを考えて欲しい」と苦情を言われる羽目になったそうだ。よっぽど悔しかったのだろう。




