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閑話 -泥棒陣内(6)-

「『リ号』は研究にあらず!実戦である。工兵15連隊に続き、帝国はこれに4個連隊を投入、ニューギニア全土を掌握する段階に来た。我が皇軍は無敵である!」


 うん…予想はしていたが頭痛がする。取ったはずの盲腸まで痛み出した。中佐殿。前線視察されてたはずですよね?それならば、今喚いている内容が画餅以外の何物でもないと十分ご存じですよね?


「ニューギニア戦線の視察と問題点の提起、前線指揮官、担当者への督戦&激励」という、普通なら絶対に怪しまれる口実に乗ってきた辻中佐に、密かに「コイツがバカだ」という評価を下していた私だが、現実は予想を大いに上回った。馬鹿はもう少し賢い。彼は現実を見ているのだろうか?


「反論は許さん。『リ号』は畏れ多くも!」


 半ば絶叫しながら辻中佐が背筋を伸ばす。当然、我々もそれに追従するのだが、この程度の事で誤魔化されないぞ!そのために無茶苦茶な手管を使ってアンタの「天敵」を用意したんだ!


「陛下のご希望である!そう、陛下が望まれているのは皇軍の戦果!勝利である!」


「皇軍の戦果は別次元の問題であります。現在のニューギニア戦線は保持することすら難しい。多方面に兵力を分散している現在の帝国陸軍にどうやってこの戦線を保持させるのか?」


 自信満々に言い放った辻中佐に、反論の声が上がる。そう、「天敵」。瀬島大尉が予定どおり反論してきたのだ。大尉の反論に会議場の空気の温度が一気に下がる。南国であるラエが一気に札幌近辺…行ったことはないのだが、戦争が終われば是非行ってみたい。何せニューギニアは暖かすぎる。まぁ、そんな空気になってきた。

 私の役目は、この無茶苦茶な化学反応を何とか一方向にすることなのだが、先程の一言で、これがほとんど無理に近いのではないかなと思えてきた。というか、二人の間に割ってはいるだけの気力がない。本土の参謀本部の皆様はこんな「毒薬2瓶」をどのように扱っているのだろうか?


「瀬島ぁ~!貴様、陛下の御心に楯突く気か?そうであれば儂は貴様を反逆者と見なすぞ!」


「陛下の御心?陛下は我ら臣民の安寧を強く願っておられる。真っ先に突撃し、無惨に死ねとはおおせられていない。現状を鑑みるに、『リ号』は無謀以外の何者でもない。私が参謀総長であれば、起案者を軍法裁判法廷に引きずり出す」


「たかだか200キロ足らずの距離を我が帝国の精鋭が踏破できないと思っているのか!」


「辻中佐殿は曲がりなりにも現地を調査されている。それでは、現状。そう、補給も潤沢で、兵の疲労も少ない現状から、数ヶ月後の状況を想像されたことはあるのか?」


「兵が疲労するのは当たり前だ。補給の重要性も考えている。しかし、戦況を左右するのは兵の精神力だ!」


「精神力で勝てるのであれば、日露であれだけの損害は出さなかった!」


「馬鹿者!精神力無くして強大なロシア陸軍に勝てるわけはなかろうが!戦況を左右するのは精神力だ!それにおいては皇軍は世界最強だ!」


 うん。精神力最強ね…確かに、兵の気力は戦線を維持するのには役立つ。ただ、維持するだけだ。人間「喰う、寝る、遊ぶ」が必要な動物だ。で、最後の「遊ぶ」が削除されている最前線で、「喰う、寝る」が不十分な状況に陥ったらどうなるか?

 まぁ、簡単に戦線崩壊だ。辻中佐…兵は貴方ほど「精強」ではありませんよ?

 このまま2人の口論を聞いていたかったのだが、隣の同期に脇腹を突っつかれた。残念だ。半ば感情的になっている2人の口からは実に有用な情報がポンポン飛び出しているのだが…


「あ~、中佐殿。よろしくありますか?」


 意を決して(というか、脇腹を突っつかれてだ。どのような経緯かはわからないが、「一揆の首謀者」に仕立て上げられているのだから仕方がない)私は立ち上がって辻中佐に声を掛けた。


「あ~ん?貴様何者だ!」


 辻中佐だけではなく、瀬島大尉からも視線が飛んでくる。怖い。2人とも眼光だけで人を殺せそうだ。


「サラゴア主計、大友少尉であります」


「前線の少尉風情が何を言いたい」


「いや、ニューギニア戦線を本官の任務の面、そう、主計、輜重という立場での見解を述べたいのですがよろしいでしょうか?」


「なにぃ!主計だとぉ!」


「面白い!是非拝聴したい」


 補給・輜重が弱い事は充分に知っているのだろう。自分に不利と見て、話をぶった切りにかかった辻中佐を、瀬島大尉が阻止にかかった。よし!予定通りだ。鬼の形相で睨みつける辻中佐と、表情に浮かび上がる喜色を隠そうともしない瀬島大尉を見ながら、私は努めて平然と、各基地の主計・輜重担当、司令官連中と練り上げた「謀略」を披露し始めた。


「現在のニューギニア戦線ですが、本官は、条件付きでニューギニア島全体を皇国の影響下に置くことが可能であると考えております」


「「!」」


 ほぼ同時の反応&同じ反応である。言葉にすれば「何いってやがる!」である。もちろん、同じ言葉でも意味する内容は全く異なる。掴みは充分。ここからの主導権は私だ。


「現在のニューギニア戦線は、帝国陸軍の新型輸送船「土佐丸」他による輸送が成功し、向こう3ヶ月は米軍を圧倒できるだけの物量を手に入れております」


 事前の打ち合わせどおり、参加者を睥睨する。こちらも事前打ち合わせどおり頷首するのだが、腹芸が苦手な者もおり、油の切れたブリキ細工の様な動きをする者もいた。

 幸運なことに、全く想定外の意見を述べられた辻中佐と瀬島大尉には、彼らの動きが不自然に見えなかったらしい。


「この補給が継続するのであれば、我が軍は単独で、近い将来、ニューギニア島全島を掌握することも不可能ではないでしょう。前提条件として、補給が継続するのであれば であります」


「…何が言いたい…」


 怒り以外の表情を浮かべた辻中佐が私を睨み付ける。


「現在の我が軍の問題点は、補給、衛生。この2点に尽きます。まぁ、ニューギニア戦線に限らず、この問題は顕著だと考えます。それでは、なぜ補給が問題になるのでしょうか?」


「決まっている。補給は海路を必要とする。で、基本、海は海軍の縄張りだ。船団護衛なしで補給はとてもできん。潜水艦狩りは海軍の仕事だが、奴らはそれに戦力を割こうとはしない」


「まさに!海軍のやつらが軍艦ばかり作るので、陸軍は小銃の更新すらままならん。航空機の運搬すら滞っている。補給の問題は十分承知しているが、船がないのだ」


 私の「意見」が単なる賛成・反対ではないことを感じたのだろう。辻中佐と、瀬島大尉は補給に関する問題点(自分の管轄外の問題だからいくらでも攻撃できるのだ)を挙げた。


「本官は、内地、もしくはそれに準ずる拠点には、ここ(ニューギニア)に充てるだけの余剰が潤沢といわないまでもあると考えております。ニューギニア戦線の問題は、兵力でもなく、物資でもなく、運搬する手段。すなわち輸送船がない。あるいは、輸送する船を護衛する戦力がないということではないかと分析しております」


「…何が言いたい」


「「土佐丸」。あれをニューギニアに貰えないでしょうか?あれがあれば、ニューギニアは少なくともあと1年。充分に戦争ができると判断します。そして、その間にニューギニア島の東半分のすべての拠点に日の丸が翻ることになるでしょう」


 大見得を切ったと思うかも知れないが、1年以内にニューギニア東半分の攻略を終わらせる。つまり連合軍を叩き出さないと、我々の命が危ない。私の大見得はニューギニア戦線の参謀連中との共通認識でもある。


「大きく出たな。その根拠は?」


 瀬島大尉が険しい顔で質問してきた。辻中佐、いや、我が帝国陸軍首脳の大法螺に辟易しているのだろう。俺達の大法螺はひと味違うぞ…


「ニューギニア方面補給・輜重大綱は、まず最前線の積極的な補給活動と、各拠点の余剰物資の流動化を第一と考えます…」


「毒薬2瓶」を相手にした私の戦争が始まった。



「…ご質問はございませんか?では、以上が本官の、いや、補給・輜重からみたニューギニア戦線の戦線維持に関する意見具申であります」


 意見具申(言いたい放題とも言う)を終えた私を一瞥し、我らが親分、堀井少将殿が(手はずどおりに)締めに入る。


「辻中佐、瀬島大尉。我が軍の現状は充分におわかりいただいていると思う。お二人の力では難しいこともあろうかと思う。が、帝国陸軍の栄光のため、骨を折ってはくれんか?」


 両参謀とも補給を意図的に無視できなくなった。「土佐丸」は無理としても、今までのように忘れられたんじゃないか?と思うような補給はなくなるだろう。


「…了解致しました…。検討いたします。で、本官からも堀井少将殿にお願いがあるのですが…」

「本官も、お願いがあります」


「よろしい。参謀お二人の依頼というものは結構大きなものかと。私の部屋で伺いましょう。諸君、何か他にあるか?ない?それでは解散だ。ご苦労だった」


 堀井少将の言葉で、ニューギニア戦線全部隊を巻き込んだ謀略が幕を閉じた。あとは辻中佐、瀬島大尉の2人が「お願い」ね。ああ、終わった…。あの様子では、人事に関する「お願い」だな。明日からは最前線か…


 会議がはねた後、私はラエの連中に捕まり歓待を受けた。まぁ、半分は「最前線でも元気でやれよ」という激励だ。その証拠に「土佐丸」が運んできたと見られる寿屋のウィスキーまで振る舞ってくれたのだ。まぁ、最前線でコイツにお目にかかれることはなかろう。飲みだめしておこうと、ヤケクソで痛飲しているところに司令部から呼び出しがかかった。

 いささか酩酊した頭で司令室に出頭すると、そこには堀井少将と、辻中佐、瀬島大尉の3人が高級洋酒と現地産の魚の乾物で酒盛りの真っ最中だった。

 入室した私に対し、辻中佐はニヤニヤ笑いを浮かべて、私の人事に関する処置を述べた。


「大友少尉。貴様はこれから1週間以内に中尉に昇進することになった。で、昇進時点で戦地昇進、あるいは野戦任官で大尉に堀井少将殿から任命されることになっている。中尉任官は俺と瀬島が推す。で、大尉昇進が戦地昇進になるか、野戦任官になるかは貴様次第だ。せいぜい励め」


 昇進であるが、素直に喜べない。昇進して最前線というのは良くある話だからだ。とりあえず、嫌みの一つでも言っておこう。


「え~、自分は少尉程度が適任であると思っておりますが…」


「たかが少尉にニューギニア戦線全体を巻き込む一大輜重の運用を任せられるか!帝国の生産性は貴様が思っている程高くはない。その高くはない生産物を海軍の馬鹿どもが使いもしない戦艦に突っ込んでいるのだ。貴様が少尉のままでは、海軍の馬鹿どもとまともに話すらできん。これは俺と…瀬島の貴様に対する期待の表れだと思え」


 コイツ、何言ってるの?一大輜重の運用だと?とにかく、危険な臭いがプンプンする。ここよりも最前線の方が安心。そんなキナ臭い臭いだ。ここは馬鹿になるに限る!


「え~、自分には何が何やらわからないのでありますが…」


「大友少尉。貴官には、ここ(ニューギニア)戦線全体の補給・輜重の全責任を負ってもらうことにした。「土佐丸」は難しいかもしれんが、自分と辻中佐殿が何とかする。でだ。本土の連中や海軍とやりあうのに貴官が少尉ではいささか貫目が不足している。中尉昇進は自分と辻中佐殿の期待。野戦任官は堀井少将殿の期待の表れと思って欲しい。貴官の主な仕事は、いかにしてニューギニア戦線を飢えさせないようにするか。それだけだ。どうだ?やりがいがあるだろう?」


 こいつら…丸投げしやがった…。


「あー、自分はサラゴアの主計の任についておりまして…」


「それは心配ない。陣内曹長を特務少尉に昇進させ、貴官の後任とする。心配ならサラゴアの主計も一緒に見てもらってかまわんぞ?」


 親分…それはないでしょう…


帝国陸軍の「毒薬」がなぜ丸め込まれたか?

その辺の描写を付け加えました。


書き続けていてわかったのですが、基本、私の拙文のコンセプトは

「どうしてこうなった…」

ではないかと思います。


「普通の人」が「ちょっとだけ背伸びする」と「エライ事になる」

で、

「どうしてこうなった…」

という流れ。こんなのが好きなんですね。

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