閑話 -泥棒陣内(5)-
「諸君はこれに賛同してくれるのかな?」
清水の舞台の上に足場を設営し、そこから飛び降りる気分で私は出席者全員に同意を求めた。意図的に涼しげな笑顔を作るのも忘れない。こういう類の同意は「さらっ」と求めるに限る。
後に、「貴様。悪魔のような表情だったぞ」言われたのが少々堪えた。奴の言が正しいとすれば、悪魔という輩は相当に貧相なのだろう。残念ながら会ったことはないし、可能であれば会いたくないと思っている。
「あのなぁ~。ここに来た時点で俺たちは貴様の悪事の片棒を担ぐ気持ちでいるんだぞ。話の腰を折ることはするな。当然、俺たちは墓場の手前までついて行くつもりだ」
「墓場の手前ね…。随分と付き合いが良いが、それでは出世できんぞ?」
半ば感動しながら毒を吐く。コイツらに素直に感謝するのは何となく腹立たしかったからだ。
「前線の主計、輜重が出世するってのは大抵靖国に行く直前か、靖国の鳥居をくぐった後だ。そういう点では出世しない方がいい。大友、貴様それもわからんのか?」
今度はあからさまな笑いが響く。やっぱり感動するんじゃなかった!
「まぁ、むくれるな。一揆のムシロ旗を掲げる奴ができただけで話は一気に進む。要はここ(ニューギニア)に十二分な補給がなされれば、当面我々が負ける事はないと言うことだ。俺は大友の勇気を褒め称えたい。みんな拍手だ!」
大きな拍手が響く。何だ?一揆のムシロ旗の旗手だ?
「で、どうやってニューギニアまでの補給を確保するんだ?」
「輸送船は、陸海軍で取り合いになってる。当初は陸海軍に頼み込んでウチ(ニューギニア)専用の輸送船をと思ったんだが、輸送船単独での航行は無理だ。南シナ海あたりで潜水艦の餌食だろう。輸送船と護衛の戦力の2つを用意しなければならん。護衛戦力の抽出を海軍に頼まなければならんのが頭痛のタネだ。はっきり言って自分の手には負えない」
私は正直に答える。前線の補給担当士官ができることなぞたかが知れている。
「できれば、あの「土佐丸」をウチ(ニューギニア)専用ににできんかと考えている」
「無茶にも程がある!あれは最新鋭の船だぞ!速攻却下になる」
「いや、そうでもない。案外実現するかも知れない」
佐官であるにも関わらず、出席してきた軍医殿が援護射撃をしてきた。佐官の発言に皆の視線が集中する。私も、彼が何を言い出すのか?全く想像がつかなかった。
「実は、「土佐丸」に挨拶がてらバナナを差し入れに行ったんだよ。本当のところは医薬品の融通が目的だ。薬はいくらあってもいいからな」
軍医殿の眼鏡の奥の目が楽しそうに光った。
「船員によれば、「土佐丸」と輸送船団を組むのは嫌われるそうだ。何せ、軍艦並に船足が速いんで普通の輸送船じゃ船団を組むのが一苦労らしい。今回もそれもあって。単独航行だったそうだ。それに「土佐丸」は就役してから1度しか陸軍の「仕事」をしていない。海軍が半分借り切っていると言っても過言じゃない。従って海軍を動かせば事は簡単だ。目の前にでっかいエサをぶら下げて、こっちで分捕る。こっち方面の輸送業務にのみ従事させるようにさせればいいんだ」
「しかし、配備したての新鋭艦ですよ?乗組員も新米ばかりでは?輸送任務とはいうものの、ここ(ニューギニア)は最前線です。補給を1回もせずに撃沈なんてこともあるのでは?」
「軍機ってことで表沙汰にはなってないが、「土佐丸」は真珠湾攻撃、ウェーク島攻撃、マレー上陸戦に参加している。で、ほとんで被害らしい被害を受けてないってことだ」
「何だよ!それって歴戦の武勲艦てことじゃないか。うん、兵員輸送船と、物資輸送船、タンカー、航空母艦を1隻でまかなう船をニューギニア専用の補給艦にか…悪くはないね。だが、ちょっと弱い」
「ボルネオの油でどうだ?こっちに補給させて、ここから海軍に横流しする。海軍は喉から手が出る程石油が欲しいはずだ。だが、一番近場の油田があるボルネオは陸軍が押さえている。海軍は好き勝手に石油を使えない。コイツを交渉材料にすればいいんじゃないか?」
「なるほど、トラックからは海軍に自前で輸送してもらうようにすれば、海軍も護衛をつける必要があるから、トラックからここまでの航路は比較的安全になる。そうなりゃ、本土への航路が1つ増える。悪くはないな」
…何だ…私の知らないところで話が進んでいるような気がする。
ちょっと短いです。




