閑話 -泥棒陣内(3)-
「さぁ、俺からの情報は出した。今度は貴様の番だ。どうやって俺たちの胃袋を満たす?まさか、「今から皆で考えましょう」じゃないだろうな?」
…なかなか的確だ。流石出世頭。が、「ありません」とは口が裂けても言えない。私は以前から暖めていた補給正常化の腹案とそれに関連する、所謂政治的な手法を披露することにした。
「策はある。そのためには、まず参謀本部の辻中佐をこっちに引き込む必要がある」
「おいおい、あの戦争大好き中佐殿か?ヤツは「死んでも戦え」とか抜かす精神論者だぞ?そんなヤツを引き込んだらますます補給がヤバくなるんじゃないのか?」
「ああ、わかってる。ヤツは戦争が好きだ。地上戦が…(以下略)」
「…ずいぶん長かったが、辻中佐の嗜好はよく理解できた。ドイツのヒトラー総統に今の貴様の演説を教えてやったらきっと礼状が届くとおもう」
「すまん。興奮しすぎた。が、後悔はしていない」
「で、何を辻中佐にやらせようとしてるんだ」
「ああ、簡単だ。煽て上げといて「補給さえしっかりしていれば10年でも20年でも戦えます」と言っておく。あいつは本土の連中の言葉なんぞ全然聞かんそうだが、最前線の兵の言葉には耳を傾けるらしい。人気取りだろうけどな。ま、基本、聞くだけで放置だ。皆は偽善だと断定しているが、俺は違う。ヤツは「面倒くさい」と思ってるだけなんだ。つまり、処理の優先順位が圧倒的に低い。ヤツは戦争一番、補給は…そうだな…8番目くらいの優先度だと思ってるんじゃないかな。で、あるからして、煽てておいて、実作業は全部俺たちが請け負う。手柄は全部ヤツって事で」
「貴様…やっぱり極悪人だな。」
「褒め言葉として聞いておく。が、辻中佐だけじゃ駄目だ。「中佐ごとき」では軍全体はは動かん。まぁ、辻中佐の場合は「ごとき」で軍団ぐらいは動かせる。ありゃ、毒薬だが、1瓶じゃ足らん」
「1瓶?他に毒薬の心当たりがあるのか?」
「ああ、俺たちにとっては毒薬じゃないが、上の方は完全に毒薬扱いをしてる参謀がいるだろ?」
「誰だよ」
「瀬島大尉殿だよ」
「正気か?辻中佐の天敵だろう?」
「ああ、だが2人はそもそも退役されたが、石原中将の部下だった。思考の共通項は少なくはない」
うん、そう思いたい。そもそも、目隠しをして真夜中に綱渡りを…ああ、目隠ししてるから真夜中は関係ないか…まぁ、実現率がひたすら低い陰謀なんだから。
「瀬島大尉はニューギニアの戦線拡大は下策と断定している。これを利用して補給の拡大を図る」
「待て待て、主戦派の辻中佐と非戦派の瀬島大尉を利用する?言ってることが矛盾してるぞ?」
「そうじゃない。政治力は辻中佐が強い。が、ヤツを嫌う連中は多い。俺も含めてな。で、これに瀬島大尉が大反対しているから辻中佐の立場は苦しい。辻中佐も瀬島大尉も敵が多いんだ。で、俺達が「十分な補給さえあれば10年でも20年でも戦える」とささやいたら辻中佐はどうすると思う?」
「そりゃ、我が意を得たと思うだろうな」
「瀬島大尉も同じだ。瀬島大尉は『補給が十分でないから、戦力にならん』と言っているだけで、ここから撤退しろとは言っていないんだ。この2人をうまく使えば、俺達は飯に困ることはない」
「しかし、補給となると船になる。それはどうするんだ?」
「まずは最前線。具体的には山越えでモレスビーに進撃している部隊への補給を最優先にしようと思う。ここに補給できれば、俺たちが生き残れる可能性が高くなる。幸い、一時的だが潤沢な補給がなされた。最前線が踏ん張れば、俺たちの近所に弾が飛んでくることはない」
「言わんとしていることはわかる。が、最前線への補給線はズタズタだぞ?」
「うん、で、だ。俺は物資の空中投下を考えてる」
「はぁ?航空機からの投下なんてタカが知れてるぞ?」
「だがないよりマシだ。200キロ相当の食料だと兵隊を何人養える?」
「食料だけだと、ざっと計算して600人分の1食分だな」
「それを毎日3回実施する。「土佐丸」で燃料の補給も十分なんだろ?」
「それは大丈夫だが、使用機材はどうする?高速の機体からの投下は難しい。それに予備機なんぞないぞ?」
「献納機がありますよ」
突然話に割って入った声
「御宅!」
「ちょうどいい機体が搬入されてます。ドイツ製のFi156Cって機体です。2機輸入されたうちの1機で、今んトコ「献納機ニツキ慎重ニ扱ウベシ」って事で格納庫の中でホコリ被ってますけど」
「あー、貴官は?」
「申し遅れました。自分は通信隊所属、御宅曹長であります」
こいつが御宅か…なるほど、(それほど)日に焼けていない肌といい、引き締まってはいるものの、ふっくらとした頬が全てを鈍重に見せている身体、細い目の奥に見え隠れする「普通じゃない」光。いや、実に興味深い。
「で、何で貴様が献納機の情報を知ってるんだ?」
「あれ(Fi156C)って、軍が輸入する際にドサクサに紛れて実家がカネ出したんです。で、献納ってことでここにあるんです。恥ずかしいから別の部隊に献納してくれって言ったんですが、兄貴とオヤジが強引にね…」
「待て、あれは「オクタ号」という名前じゃなかったっけ?」
「正確には「オタク」です。何せこの名字なんで「みやけ」と間違いなく読む人は少ないです。恐らく「オタク」と書いたのを誰かが気を利かせて「オクタ」に書き直したんだと思いますよ」
なかなかに興味深い。後年、いわゆるサブカルチャーの流行を報じる新聞記事を目にした際、私は真っ先に御宅曹長の顔を思い出すことになった。金満家であるにも関わらず、好きこのんで戦争に参加する。御宅曰く「手段のための目的は選びませんから」に、サブカルチャーにどっぷり浸っている若者がオーバーラップしたのは、まぁ、偶然ではなかろう。
「Fi156C…でしたっけ?私はそれの性能をよく知らないのですが、御宅曹長はそこら辺を把握しておられますか?」
「あ~、大友少尉殿。敬語は不要です。自分はそこまで大した人間ではないですから」
「判りました。では、御宅曹長でよろしいか?」
「できれば、大友少尉殿には「貴様」と呼んでいただきたく希望します。大友少尉殿はそれだけの人物だと思っていますので」
「えらく高く評価していますね」
「当然です。人間、喰わなきゃ死ぬ。で、大友少尉殿はその「喰わせる」事にかけては超一流です。ああ、陣内軍曹も含めてです。ありとあらゆる手段を用いて兵を飢えさせない。主計、兵站の役目はその一言に尽きます。例えば…」
御宅少尉はポケットから何やら取り出す。
「これは、送信機の終段の電力増幅に使用される真空管です。自分は他の隊の通信担当と情報交換を行っていますが、ラエで通信機用の予備部品に困った事は今のところ一度もありません」
「そりゃ、ラエの兵站がしっかりしてるんでしょう?私のせいではありません」
「違うな。悪いがお前のせいだ。忘れたかも知れないが強引に要求を通す方法を俺は貴様に教わった。ずいぶん重宝している」
「実際、どんな方法なんですか?」
「本土の補給部門と同じ、いや、こっちの方が正確だな。とにかく前線で補給管理台帳を作って部隊毎で融通してる。それと補給の効率がいいのは…俺も未だに理解不能なんだが、連立不等式で最短、最良の補給案が作成できるんだ」
「輸送問題…数式で解いている人が居たんだ…」
「おお、それだけじゃない。貴様のところに、時たま欺瞞通信だと言って、意味のわからない電文を依頼するだろ?あれは13番暗号と言って、恐らく米軍には解読不能だ。それと…」
「まぁ、それはいいとして、その献納機の性能はどうなんです」
これ以上、タネを明かされてはたまらない。私は得意げに語る同期の言葉を押さえた。
「え~、平地が50mあれば離着陸できる、搭載量200kgの機体です。確か失速速度が40キロだったと」
「離着陸が50m?500mの間違いじゃないのか?」
「いや、多めに見積もっても50mだそうです。ニューギニアは湿度が高いので恐らくもっと短い距離で離着陸できるでしょう」
「離着陸は良いけど、搭載が200キロってのは使い物にならんじゃないか?」
「いや、大丈夫だ。200キロまで搭載できるということは、兵隊600人分の1食分が賄えることになる。その分、士気は高まる。というか、俺たちが文句を言われる数が減る。最前線の人間にはメシくらいは腹一杯喰わせてやりたい。いや、もしかすると「出前」ができるかもしれん」
「最前線で出前かぁ~。喜ばれるだろうなぁ~」
「暖かいメシを届けることができればいいんだが…。メシの美味い不味いは暖かいか、暖かくないかで全然違うからな」
「無線で注文。即刻配達…いいですねぇ~夜食に寿司を食べてましたし…」
「御宅…、やっぱ貴様ブルジョアだな…」
「で、そんな馬鹿げた補給が通るのか?」
「そこは、上官をFi159…だっけ?ソイツに載せて最前線に3日程放置すれば理解して貰える。幸い、大親分は聞き分けが良い」
「お前、悪人だな…」
「悪いが、俺は生きて帰らなければならんのだ」
「ははは…大友少尉。自分と一緒ですね…」
「…うん、口には出さないが誰もがそう思ってるだろうね」
私は、このとき、なぜか自分達の「悪巧み」が成功すると確信していた。少なくともモレスビー攻略部隊が飢えることがなければ、自分達が安全であると。そして、ポートモレスビーが攻略されれば、更に自分達が安全になると…。
サブタイトル。編集しました。
-泥棒陣内- は本編に結構関わりがありますので、もう少し閑話が続きます。




