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閑話 -泥棒陣内(2)-

「大友ッ!貴様!何の恨みがあって!」


 一升瓶を前に、現場責任者及び先任下士官とで明け方まで続いた「会議」の2日後、突貫で製造された「特別装備」を装着した九九式襲撃機に同乗してラエに到着した私は、早速、同期の主計中尉(同期の中では出世頭だ)の罵声を浴びることになった。


「ん?平文の電文で叱責でも受けたか?」


 おおよその予想はついていたので、努めて他人事のような口調で質問する。平文の電文は「サラモア担当者会議」の決定事項だ。発信電文票を読んだ通信参謀が顔色を変えて咎めてきたのだが、そこら辺は各部の士官と下士官が巧妙に論点をすり替える。


「いや、シンガポールで接収した洋酒があるそうですよ。放っていたらラエの連中がガメてしまいます。そもそも最前線で頑張っている我々に十分な補給がないのはおかしいとは思わないんですか?これは、それをけん制する意味合いもあります。「サラモアは知っているぞ」とね」


 大抵は、今の話(特に前半)で納得はしてくれる。もちろん、軍機に関する情報は精査して流していない。


「タバコをよこせ」

「酒が足りない」

「緑茶にカビが生えた」

「金平糖が必要だ」

「洗濯用の石鹸が不足してきた」


 等、(実際に足りないのだが)第三者が傍受した場合、その真意に悩む内容の電文ばかりを送信させている。

 計算外だったのは、サラモア以外の基地もこれに便乗して、ラエに平文で物乞いを始めたことだ。軍隊の運用に関わる根本的な物資、たとえば糧食とか弾薬の要請を流されたら拙いと思っていたのだが、奴らも心得たもので、その類の電文はしっかりと暗号化して送っている。


「こりゃ、意外と使える」と判断した「会議」は、奴ら(私より先任も多かったが)にもここに集まる様、連絡をしている。上官を無視(あるいは丸め込んで、または脅迫)して平文通信を敢行してきた「猛者」だ、あらゆる手段をとって集まってくるだろう。

 まぁ、そのとばっちりを食らったのが目の前の同期だ。さっさと自分だけが出世するからだ。いい気味である。その程度の苦労は俺達との俸給の差額にもならん。主計はそこら辺は細かいというか、根に持つのだ。



「貴様のところ(サラモアの)陣内軍曹だ。ヤツの起案で平文で補給を懇願しやがった。で、他の部隊も調子に乗って平文でバンバン補給要請、いや、ありゃ物乞いだ。まぁ、とにかくそんな電文が飛んできている。

 知ってるか?平文の補給要請電文は「陣内電文」とこっちでは呼ばれてるんだぞ?

 俺は上と通信班に思いっきり嫌みを言われた。通信班には「通信綴りの用紙がないので支給願えませんか?何なら平文で要請いたしますが」とな」


 怒り心頭で喚いていた同期の表情が少し変わった。ツテを紹介したということだな。やはり出世が速いわけだ。自儘になる通信手段の確保というのはありがたい。ここはありがたくご紹介にあずかろう。


「へぇ、そんな奴がいるのか?」


御宅みやけって曹長だ。腕っ節はからっきしだ。ええとこのボンボンなんでな。実際、なぜここ(ラエ)に居るのかもわからん。徴兵検査に通ったのが不思議だ。まぁ、ヤツは戦前に「私設無線電信無線電話実験局」を開設していてな。「本物を体験したい」と志願してきたらしい。すさまじく耳がいいのと、通信機整備の腕が半端じゃないので重宝はされている…俺はあいつに嫌みを言われるとは思わなかった。いつもは敵の暗号電綴りをみてニヤニヤ笑っているだけなんだが…」


「おもしろそうな奴だな」


 何となく使えそうな気がした。好きこのんで戦争に参加してくるヤツだ。普通ではないのは確かだ。今回のラエ出張は、「使える連中と徒党を組むこと」と、もう一つ、「本土との繋ぎを作ること」なのだ。

 サラモアは根回しが終わっているが、補給元を何とかしなければ絵に描いた餅だ。


「で、貴様。何がやりたい?陣内軍曹の裏で糸引いてるのは貴様だろう?」

「俺を悪人みたいに言うなよ。俺は」

「貴様が悪人じゃなけりゃ、刑務所はどこも空き家だ。そもそも貴様が主計をやってるのがおかしい。大体、発信者名。それも下士官名を電文に加えるような事を平気でやるのは、俺の知る限り貴様しかおらん。さぁ、話せ!俺は迷惑を被っている。被害者として聞く権利があるはずだ」


 口元を器用に歪ませて、「陣内電文」の真の発信源が私だと断定する同期ににとりあえず笑顔を返しておく。通常だと激高されるのだが、まぁ、それなりの付き合いだ。理解してくれるだろう。


「悪巧みって程じゃないが…とにかく「飯が食える」を目標に動いてる。「飯」の一言で結構賛同してくれる同士がいてね。ここら辺でサラモア主計部の実力を見せておかないと思ってね」


 うん。嘘だ。というか大風呂敷だ。主計少尉風情で前線全員の胃袋を満たすことなぞできん。

 まぁ、言うだけは無料だからな。


「で、ラエまで飛んできたのは、前線に補給可能な物資の調査と、この後の連絡手段の確保と、今回のふざけた量の補給がなぜ行われたかを調べにきたんだ」


 私の「目的」に気の抜けたような表情になった同期は、正直に補給の詳細を話し始めた。


「物資は潤沢だ。大判振る舞いで3ヶ月分の全部隊への物資が補給された」

「そりゃ、豪勢だ。で、どうしたらそんな風になった?」

「海軍から重巡1隻、空母2隻、駆逐艦4隻が補給部隊の護衛についたこともあるが、陸軍の機密兵器が輸送に従事したことが大きい」

「機密兵器?俺は新型の輸送船と聞いたぞ?」

「うん、その認識も正しい。兵員輸送船と、物資輸送船、タンカー、航空母艦を1隻でまかなう船らしい。とにかく馬鹿でかい船だ。駆逐艦がおもちゃに見えた」

「何だよ?その訳のわからない船は?」

「おれも解らん。まぁ、「土佐丸」という名前なのははっきりしている」

「「土佐丸」ね…」


 何気なしに耳に入った「土佐丸」が、ニューギニア戦線、いや我々の胃袋のと深い関わりを持ってくるとはこのとき全く考えてなかった。

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