閑話 -泥棒陣内(1)-
「闇の皇子」様のリクエスト。会話形式の文章って結構好きなんですよね…。
(1)とありますが、(2)以降があるかどうかはわかりません。あしからず
「大友少尉殿。よろしくありますか?」
各部隊から申請される補給要請、大半は実施不可能な補給要請書類の山に辟易していた私は、補給部最先任下士官、陣内軍曹の声に書類から目を上げた。
「どうしました?先任?解ってると思いますが補給はできませんよ?ここには何もないんですから」
意識して使っている下士官連中に対する丁寧な言葉遣いで、「坊ちゃま」といういささか情けないあだ名を戴いている私だが、これを改めるつもりはない。まぁ、前線部隊の将校から比べれば二枚も三枚も格がが落ちるのは仕方がないとは思ってる。
その「坊ちゃん少尉」に声をかけてきた陣内軍曹は、濃い髭を顔中に貼り付けた山賊の親玉の様な風体になっている。上陸当時は短く刈った髪ときれいに剃り上げらた青々とした顎を見せていたのだが…。
確か当年取って50歳だったと思う。親父の歳と大差ない最先任下士官は目を光らせ、髭顔に笑みを浮かべている。まずい!これは彼が何か良からぬ事を考えている。
面倒ごとを言葉にさせない。機先を制するつもりで言外に「補給申請は受け付けられない(受け付けることができない)」拒否を示した。ここは地の果てサラモアである。が、陣内軍曹の言葉は私の予想外だった。
「わかっとります。下からいろいろ言ってくるんで困っとったとこです。そこを少尉殿が間に入ってくれてますからね」
当初、本格的補給までの時間稼ぎの意味も含めて、補給の要請を文書で提出するよう通達したのだが、この手の要望は絶対に上がってくる。人間は食わなければ生きてゆけないし、食うだけでは生きてゆけないからだ。そして、頼みの綱の補給は今のところ一切ない。おかげで私が部隊全員の不満を一手に引き受ける状態となっている。
「「書面ニテ上申セヨ」も時間稼ぎにしかなりませんからね。おかげで私が士官連中から恨まれています。「無い袖は振れぬ」士官学校で教わらなかったんでしょうね」
「たぶん、「腹が減っては何とやら」と、国民学校で教わったんでしょうな。で、ひとつ耳寄りな話があるんです」
「腹」という単語で、食料関係の話であると容易に予想できたのだ。彼らは実に有意義な食糧確保の方法を得ていたのだが…
「原住民との交易ですか?豚を食って腹を壊した士官がいたので、とばっちりで当面禁止と通達されたはずですが?」
「そうじゃないんです。ラエに大量の物資が届いたって噂があります」
「本当ですか?そりゃよく届けたもんですね」
「ええ、聞くところによると食料や嗜好品も山積みだそうです。戦艦サイズの輸送船に満載してきてるってことです」
「何だよそれ!」
思わずいつもの口調を忘れてしまう。
「わからんですが、新型の輸送艦らしいです。で、その書類の山。どうにかなると思いませんか?」
「…こいつは今んところ自分のところで止まってるからな…。実は、上が見ようとせんのだ。決裁されんから、ここ(サラモア)は書類上では物資が不足していないことになってる」
「ええ、ええ、十分わかっとります。その上で」
「何だ?私に何とかしろと言いたいのか?悪いが私には決裁権なんぞないぞ?」
「いえ、そうではありません。ただ、このままゆくと、アメさんとドンパチする前に飢え死にします。少尉殿もご存じでしょう」
「…大きな声では言えんが、軍医殿も部隊の栄養状態を心配しておられた」
「自分は、飢え死にとか病死とはまっぴらごめんです」
「きっちりと言うんだな」
「命あっての物種ですから」
「補給の重要度を軍令部は全く理解していない。日清、日露戦争の戦訓が身についてないんだ。確かに、こうなったら自分たちで何とかするしかないな…」
「ええ、早い者勝ちです。上なんか通してたら全部持って行かれちまいます」
私の「真意」を別の意味に取ったらしい。まあいい。いずれは「自分たちで何とかする」必要はあるが、今は兵を食わせることが先だ。「腹が減っては」だ。
「よし、補給品確保のための調整を行う。先任は補給部全員と、各部隊の最先任を今夜ここに集合させてくれ。それと…司令室の本棚の下に一升瓶が10本程隠してあるから半分くすねてこい。責任は私が取る」
「はっ、陣内軍曹。一升瓶を確保に参ります」
敬礼し、駆けだした陣内の背中に私は慌てて声を飛ばす。
「おい、先任達もきっちり集めろよ。この「作戦」のキモは士官と下士官の連携だからな」
「ええ、わかっとります。わかっとります。ああ、少尉殿」
「何だ?」
「一升瓶の残数は7です。それと…口調はそっちの方がいいとおもいますよ」
気分の良い、ニヤニヤ顔を見せて陣内軍曹は外に出て行った。陣内軍曹のことだ、きっちりと話はつけるだろう。
さてと…。ここ(サラモア)に安定した補給を継続させるにはどうしてもラエを巻き込む必要があるな…私は(陣内軍曹の言葉が正しければ)補給物資の山に驚喜しながら恐怖している同期の顔を思い出していた。




