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ソロモン乱戦(1)

 米軍は、「土佐丸」は航空戦力補充のためトラックに後退したと判断した。ラエに護衛部隊を残したまま出航したことで、「土佐丸」が、戦線に留まれない何かが発生したと考えたからである。しかし、軽空母1隻をはじめとする護衛部隊はポートモレスビー攻略の機会を覗っている可能性が高い。

 「土佐丸」離脱で、ソロモン海内に現在の米機動部隊(空母3隻)に対抗する機動部隊戦力は消滅した。

 軽空母と機動部隊(正規空母3隻)では、油断さえしていなければ、絶対に負けることはない。おまけに敵の位置ははっきりしている。これで負けろという方が無理だ。

 これで米軍にとっての脅威は、増援されたと予想される敵機動部隊だけ。敵機動部隊の所在を知った時点で勝利確定の可能性が増す。

 持てる索敵線、哨戒線を総動員し、敵機動部隊の情報を悶々として待っていた太平洋艦隊に、待望の情報が飛び込んで来る。


 「トラック島より艦隊出撃。航空母艦を伴う」


 予想よりもかなり遅かったが、敵機動部隊であろう。あとはいかにして誘い出すかである。活気を帯びてきた太平洋艦隊司令部に更なる情報が飛び込んできた。


 「航空母艦1隻がラバウル沖合に出現。駆逐艦2隻を伴う」


 である。


 時系列からして間違いなく例の「新型空母」だ。しかし、なぜラバウル沖に出現したのか?補給のために後退したのではなかったのか?

 悩んだ末、太平洋艦隊司令部の出した結論は、

 

 「戦力の集中を行うため、新型空母と増援の機動部隊は合流しようとしている」


 であった。「新型空母」がラバウル沖にあるということは、敵の機動部隊は未だソロモン海に到達していないということの確証になる。

 そうでなければ、航空母艦を護衛部隊から分離する意味がない。母艦戦力は集中運用すべきなのだ。

 

 敵機動部隊の動き、特に出撃時期が遅すぎるのではないかとの疑問を持った者もいたのだが、


「機動部隊がインド洋で消耗した戦力(航空機)の補給に手間取ったのだろう」


 と結論。太平洋艦隊司令部は、当初の作戦案どおり、囮部隊をソロモン方面に出撃させ、その後方300キロメートルに本命の機動部隊を配置させた。

 敵機動部隊の所在はラバウル沖の「新型空母」を起点に考えれば良いので当初予定よりもはるかに精神的な負担が軽減される。

 「新型空母」の動向を確認し、敵機動部隊を囮部隊に発見させ、横から痛撃を加える。

 このまま推移すれば、作戦は間違いなく成功する。

 勝利の予感を補完するかのように、ラバウルの現地協力者から、


 「ラバウル沖の航空母艦はブーゲンビル島北方に向け移動を開始」


 との情報が入ってきたことで、敵機動部隊と「新型空母」は、日本軍の勢力圏内で合流すると予想された。恐らく、合流まで安全策を採って味方勢力圏内を航行するに違いない。すなわち、従来から米軍が設定している哨戒、索敵線に引っかかる可能性が高くなる。

 敵の動きさえ判ればキャスティングボートはこちら側(米軍)になる。太平洋艦隊司令部のピリピリした空気が和らぐ。勝利の可能性が高まったと皆感じたからだ。


 しかし、米軍は致命的な誤りを2つ犯していた。


 ひとつは、トラックから出撃した艦隊は機動部隊ではなく、戦艦を基幹とする打撃部隊であること。

 もうひとつは、「土佐丸が航空母艦であると信じてしまったことである。


 米軍は「土佐丸」の見た目(全通甲板)とその大きさ(「大和」就航までは日本軍の全艦艇で最大)から「新型の大型空母」としか分析することができなかった。

 実際の「土佐丸」の航空戦力は軽空母程度。空母としては完全な見かけ倒しである。

 もし、「土佐丸」を「揚陸母艦」と認識(この手の艦船は日米どちらにも存在しなかったので、認識しろという方が無理)していたならば、


 「リスク分散のため、複数航路を使用してのポートモレスビー攻略に乗り出した」

 もしくは、

 「ポートモレスビーに加えてもう1カ所を攻略しようとしている」

 と予想できたはずだ。


 ラバウル方面への大迂回を指示した連合艦隊司令部の狙いはそこにあった。

 「航空戦は先手必勝」を充分に理解している連合艦隊司令部は、米軍とは違った方法で敵機動部隊をおびき寄せようとしていたのだ。このあたりはマニアックな作戦立案を行う黒島参謀の面目躍如といったところである。


 「土佐丸」をラバウル沖合に移動させることにより、敵に、


 ・「土佐丸」は機動部隊と合流しようとしている。

 ・第一航空艦隊は未だソロモン海に到達していない。


 との誤った認識を植え付け、敵機動部隊をソロモン海北方に誘引させようとしたのだ。

 敵の攻撃目標と思われる第一航空艦隊は、既にソロモン海に展開済み。「土佐丸」によって敵の目が全てソロモン海北方に向いたため、第一航空艦隊の作戦遂行リスクは減少。第一航空艦隊は、敵を「迎え撃つ」のではなく、「選り好み」をする資格をたる。


 ソロモン海中央部、ウッドラーク島の南西に位置した第一航空艦隊は、陽動の役目を担った戦艦部隊(第一艦隊)と、基地航空隊、機動部隊から発せられた索敵線と自らの索敵線による情報収集を精力的に行っていた。太平洋上の米軍の航空母艦を「殲滅」することができれば、日豪分断の現実性は飛躍的に高まる。

 北方に水偵を総動員した濃密な索敵線を引いて、第一航空艦隊は「大物」を狙いつつあった。


 一方、「土佐丸」はラバウル基地からの通信筒により、ラバウル近海からブーゲンビル島北方に移動を開始ししていた。

 通信筒には、連合艦隊司令部及び陸軍軍令部の連名による命令書があり、それには、


 「土佐丸はブーゲンビル島北方からチョイスル島東方を通過、ベラ・ラベラ島西方を経由してソロモン海に入り南下。ウッドラーク島の東方海岸を通過し珊瑚海に侵入。珊瑚海中央部から北西に向かい、ラエから出撃したポートモレスビー攻略部隊と連携し、ポートモレスビーを攻略せよ」


 とあった。


 ラエからの航路と合わせるとソロモン海外縁部をぐるりと半周したということになる。

 

 「この大回り(寄り道と表現する者もいた)に一体、どんな意味があるんだ?」


 と、「土佐丸」大会議室(輸送用機材格納庫に机、椅子を運び込んだもの。指揮系統が3系統になったため臨時に設置されている。航海中は暇な陸軍と陸戦隊の将校連が参加を希望するので、既設会議室では収容できなかったためである)で、「土佐丸」首脳と呉陸戦隊、ポートモレスビー攻略部隊の将校連は首をひねった。


 事態が動いたのは、米軍無線通信傍受班が、日本陸軍の発信したラエの陸軍輸送船団への平文の電文を傍受した時であった。

 この電文は、補給物資在庫の確認を行うものであったが、この際、「トサマル」という船の名前が発信され、ラエの陸軍輸送船群に「トサマル」なる艦艇が存在するということが判明したのだ。

 日本軍の場合はここで完結。「ラエ輸送船団にトサマルという名前の輸送船がある」で終わってしまうのだが、米軍の場合はここからが異なっていた。

 前年の戦艦「ヒラヌマ」※撃沈報道もあって、誤戦果に対して慎重になっていた太平洋艦隊情報部はこの情報を本国に転送。「トサマル」なる輸送船のプロフィール照会を本国に行ったのだ。

 システマチックな情報処理網を持つ米軍は「トサマル」というワードから関連情報を総舐めし、以下の結論を得る。


・ラエ停泊中の輸送船の概要に一致する「トサマル」なる民間船籍の船舶は存在しない。

・類似する名前を持つ艦艇として、「土佐」という戦艦が存在したが、廃艦となっている。

・上記「土佐」はかつて、ワシントン条約違反嫌疑がかかり、各国査察を受け入れている。

・海兵隊は「土佐」を揚陸支援艦として購入する意図があった。

・現在の「土佐」の状況は不明。解体、廃棄されたという情報はない。


 以上の事より


・トサマルは、戦艦土佐を改装した揚陸支援艦艇である可能性が極めて高い。

・マルという命名と、艦首のレリーフから陸、海両軍の共用艦艇である可能性がある。


 という報告を、情報情報主任参謀レイトン中佐の元に至急電で送ってきた。

 ソロモン海の敵機動部隊の行動を知るべく電文綴りとその発信元を分析していたレイトン中佐は、この電文を一読後、


「大変なことになった…」


 と、電文綴りをひっつかんで長官室に駆けだした。

 まさか「新型空母」が「トサマル」だとは思ってもみなかったのだ。どう見ても航空母艦であるし、艦首にはご丁寧に海軍艦艇の金色のレリーフ(ASS HOLE)が取り付けられている。陸軍のフネと判断しろという方が無理だ。

 今まで練り上げ、実施してきた作戦要項を全て見直す必要がある。本国からもたらされた「トサマル」情報に太平洋艦隊司令部の混乱・困惑は最高潮に達していた。

「新型空母」が揚陸支援艦であるならば、その目標はどこになるのか?

 揚陸支援艦と、駆逐艦2隻を投入して陥とす戦略的な場所はソロモンには存在しない。いや、米軍の拠点は確かにあるが、大部隊で上陸・占領をする様な規模の基地は存在しないのだ。

 攻撃の可能性が指摘されていたツラギ…か?しかし、機動部隊(と思い込んでいる戦艦部隊)の出撃が遅れた理由が上陸兵力の編成だとすれば、「トサマル」と機動部隊はポートモレスビーを囮に、ポートモレスビーよりも戦略的に価値が高い箇所を攻略してくる可能性もある。

 となれば、ケアンズ、ヌーメアもその攻撃範囲に含まれる可能性がある。


 「とにかく。艦隊に連絡だ!敵の欺瞞に陥っている可能性あり。警戒を厳重にせよ。それから…速度を落として時間を稼げ!6時間でいい」


 太平洋艦隊司令部の面々は、もしかすると自分たちは、日本軍の計略に嵌まってしまったのではないかと密かに思い始めていた。

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