閑話2 -別府造船装備品開発室物語その0.5(別製運荷艇)-
「で、やっぱウチ(別府造船)な訳だ」
「今回は競争試作ですね」
「不幸な会社が増えただけだ。どーせ、綺麗どころはお茶を濁すだけさ」
九州に覇を唱える別府造船グループ。その総帥、来島義男と、懐刀(調教師)と呼ばれる別府造船所の技術者のトップ、宮部技師長の2名は、最近当たり前になりつつある、日商を経由して送りつけられてきた帝国陸軍からの開発依頼文書を前にため息をついていた。
あまりにもあまりな依頼(カネは出さない、開発期間は短い、どう考えても無理ゲー)に、誠心誠意、相手を怒らせないよう気を遣って辞退したことがあったのだが、敵(帝国陸海軍)は別府造船が簡単に依頼を辞退できないよう、日商を経由させて注文を出してくるのだ。日商は手紙を右から左に回すだけで金になる。断るはずはない。
帝国陸海軍の手管は、エゲツないレベルにまで洗練されてきている。さすが陸大(海大)出の連中だけある。海軍士官学校受験失敗の来島社長程度では、全く太刀打ちできない。
しかし、そこまで明晰な頭脳を持ちながら、なぜ世界中を敵に回して大戦争などという馬鹿なことしでかすのだろうか?世の中というモノはままならないし、摩訶不思議なモノでもある。
「大体、真面目に戦争する気があんのか?見て見ろよ。『島嶼部ノ珊瑚礁及ビ泥濘地ヲ踏破、兵員及ビ武器補給ヲ迅速、安全ニ行ウ手段ヲ速ヤカニ構築セヨ』だぞ?どう考えても上陸作戦用の装備だ。上陸作戦て各地で絶賛開催中じゃなかったっけ?」
「だから『速ヤカニ構築セヨ』と言うことなんでしょうね。たぶん、『島嶼部ノ珊瑚礁及ビ泥濘地』で酷い目にあったんだと思いますよ」
「泥縄にも程があるよな。「戦争は計画的に」じゃないの?これが普通なの?まぁ、帝国の進撃は(俺は)あと半年程だと思ってる。俺でもそう思うんだから、陸海軍のお偉方もそう思ってんだろうね。だから急ぐんだろう。で、宮部技師長。何かアイデアある?」
「…上陸作戦用の船なんて考えたことないですよ。そもそも、『珊瑚礁及ビ泥濘地ヲ踏破』という時点で完全に私の専門外です。それってもう、船じゃない。私は「別府造船所」の技師ですから」
「あらら…あっさりと言うなぁ~、まぁ、フネに要求するような内容じゃない。水際まで近づくだけじゃ駄目ってことだよな?」
「水際までなら、喫水の浅い船体を設計すればいいんですが、それって既に大発艇がありますよね?あれ以上に喫水を浅くするとなると、船体がかなり大型化します。別府湾ならまだしも、外洋から一気に上陸する艦艇ならの喫水が浅いのは復元性や凌波性に問題が出ます」
「う~ん。これって本当に船?クルマじゃないの?なのに、それをわざわざ造船所に持ってくる…ねぇ、馬鹿?陸軍て馬鹿なの?端的にいうと『陸上を走る船』じゃん?」
「…船体に車輪でも付けますか?外輪船みたいですが、水陸両用になるんじゃないですか?」
「外輪船?いつの時代だよ…案としちゃ悪くないな。でもさ、上陸用だから「土佐丸」のパクリ※1の神州丸とかあきつ丸のデリックにおさまらにゃならん。全高が高くなるのは駄目なんじゃないかなぁ~。それと、舵じゃ方向転換できん。外輪を別々に動かして方向転換させるしかないなぁ~」
「方向転換を考えると最低でも車輪は3つ必要になりますねぇ。3輪では収まりが悪いからやはり4輪ですか…」
「だろ?完全に自動車じゃん?車輪だと珊瑚礁は問題ないかも知れないけど、泥の中って難しいと思わない?よほど車輪の幅を広くするか、車輪の数を増やさなきゃ泥に埋まっちゃうよ?」
「そうですねぇ~。それじゃ履帯はどうでしょう?」
「そうなるともぉ戦車だ。戦車の装甲取っ払って、水密構造に改造した方が絶対早い。どっちにせよ車輪系は構内作業用の牽引機以外、技術がない。パクってたら間に合わないから、持ってる技術でやるしかないだろうね。そもそも、日商を通してきた時点で、俺達に『辞退する』って選択肢はないからね」
「と言うことは、何か(案が)あるんですね?」
「うん。でも、技術的に微妙なところなんだわ。実現できるかどうかわかんない。まぁいいや…「当たって砕けた」と言う諺もあるしね」
「そんな諺ありませんよ!縁起でもない…」
「まずはエンジンを手に入れなきゃ。ウチじゃちょっと無理っぽいから」
「山岡(製作所)じゃ駄目なんですか?※2」
「大馬力が必要なんだよね。あと、軽量。そうなると航空機用一択になる。山岡(製作所)は船舶用だから重量当たりの出力比でいうとちょっとね…競争試作先に三菱(造船)さんもいるから、三菱はまずいな…とすると、中島か…。うまくいくとプロペラも手に入るな…これはいいかも…。あ~、すまんが中島飛行機に面会申し込んでおいてくんない?航空機用発動機の購入の件でってコトで…面会の日程は東京の事務所に連絡しといて」
来島社長は秘書に中島飛行機とのアポを命じると、立ち上がった。常日頃から「働いたら負け!」と公言している割には動きの素早い社長である。(本人曰く、「連戦連敗まっしぐら」らしい)
「宮部技師長。こっちに戻ったら突貫(作業)になる。人手の融通を頼む。俺は超技研に顔を出してくるから」
改まった物言いで人手(熟練工)の手配を頼んだ来島社長は、応接台上の羊羹(宮部技師長に出されたものだ)を口に放り込むと社長室を飛び出していった。
クスクス笑う秘書のおばちゃんと一緒に社長室に取り残された宮部技師長は、社長が大神に戻ってくる時期と、社長の私的研究機関である「別府造船超技術研究所」の連中が怪しい図面を書き上げるまでの時間を逆算しながら、熟練工のタイムシフトの検討を始めていた。
まったく、世話の焼ける社長である。しかし…艦艇航空機用エンジンとプロペラ?
奇想天外な(大半は役に立たない)アイデアをポンポン捻り出す来島社長の「今週のびっくりどっきりメカ(=社長談)」は一体どんなモノなのか?宮部技師長は興味津々ではあったが、それをぐっとこらえた。彼は来島社長の調教師なのだから…。
-別府造船 超技術研究所(略称OTL)-
「と言うわけだ。よろしく頼む」
「訳が分かりません!」
来島社長に全力で突っ込む超技研の面々だが、最近は、「何か面白いモノを持ってくる」という期待があったりする。来島社長の「よろしく頼む」は技術者魂を揺り動かすモノ「も」「たまには」あるからだ。
期限を切られるのが、大変なところではあるが、「だが、それがいい」と言う技術者(=馬鹿あるいはドM)が意外に多く、深刻な問題までには発展していない。
「今度は、本業(造船)…だと思うんだが…。まぁ、フネに分類されるとは思ってる…。かなり実験的な要素があるんだ。諸君達でもモノにできるかどうかはわからん」
挑発的な言葉で超技研の連中を刺激する。こうなると彼らの反応は「やったろうじゃん!」しかない。彼らの目の色が変わったのを確認し、来島社長は彼自身が思いついた(らしい)「フネ」の概要を話し始めた。
「今回作るのは陸上を突っ走るフネだ」
「はぁ?」
「コイツが概要だ。まず、航空機用の大馬力発動機をぶっ込んで船体のプロペラを回す。コイツがスクリューの代わりだ。これだと、浅瀬でスクリューを泥に取られたり、珊瑚礁でスクリューが破壊されることはない。でだ。この発動機の出力を後方だけじゃなく、こ~ゆ~風にしてだな…」
変わり者の集まりと称される超技研の連中は、臨時工で時間雇用されている女子工員達から「3m以内に近づくな」と蛇蝎のごとき扱いを受けている(主な理由は不潔だからであるが、それだけではないらしい…)しかしながら、彼らは技術者としては超一流である。
彼らは即座に、来島社長のアイデアが「面白い」モノであると分類する。
彼らが社長の「アイデア」に耳を傾けるのは、それが「ビンビンに技術者魂を刺激する」からに他ならない。
事実、来島社長の「ディーゼルエンジンの圧力波加給装置」は、別府造船グループの山岡製作所を通じて三菱、日立に売却され、グループの懐を潤している。
俄然、やる意気を見せだした超技研の面々に、来島社長は、口の端を器用に上げて笑みを見せた。(社長婦人によると「毎晩鏡の前で練習している」らしい)
「まぁ、水面との接触部分は布とかゴムになると思う。銃弾一発喰らったらオシマイじゃまずいんで、軍艦並の分割構造にしてくれ…。縫製は専門外だろうから、縫製関係はアタリはつけとく。
あと、寸法だけど、大発の幅2つ分で頼む。これ以上横幅が大きいと「土佐丸」のデリックに収容できん。どうせ、こんなキワモノは「土佐丸」にしか配備されんからな。開発に必要な資材は何とかすっから、模型を試作して基礎研究やっといてくれ。。俺は今からエンジンとプロペラを分捕りに上京する。足りないモノがあれば宮部技師長に連絡していてくれ」
来島社長が立ち上がると同時に超技研の面々は騒ぎ始める。
「おい、いけそうか?」
「う~ん…面白そうじゃん?」
「あ、そうだ!最低でもトラック1台乗っけれる様にね。積載量が小さいと文句言われるから…」
大事なこと(一番言いにくいこと)をさも言い忘れたかの様に付け足した来島社長に、絶句した超技研の面々をよそに、来島社長は楽しげに超技研を後にした。
「…」
「くそったれ!」
「長生きさせん…俺が引導を渡してやる…」
上京した来島社長の大活躍(中島飛行機の中島社長は根負けしたらしい)により、発動機とプロペラを入手。超技研の超人的な開発能力により極めて短期間で試作(兼量産)にこぎ着けた別府造船製の特殊艦艇は、案の定陸軍と海軍(上陸用舟艇であるので、海軍陸戦隊も審査に参加した。珍しいことがあるものである)にドン引きされた。
機動性能は申し分ないものの、
・大発の2倍の幅を持ちながら搭載量は大発を下回る
・ガソリンエンジンなので大発との燃料の共用ができない
・航空機用エンジンを2基も搭載するため、建造単価が高い
などから正式採用はされなかったのだ。
しかしながら、「せっかく建造したんだから」と6隻の試作艇は十分な整備設備のある、陸軍揚陸母艦「土佐丸」に配備され、戦場で実用試験を受けることになった。
制式採用でないため、試作艇は「別製運荷艇」と呼ばれニューギニア戦線に投入されることになる。
「別製運荷艇」の初陣は太平洋戦線の島嶼部攻略戦では2番目の激戦となった、ポートモレスビー攻略戦で、海軍陸戦隊と陸軍の精鋭部隊とをその侵攻能力と速度をもって、海岸に運び込み、橋頭堡を築くことに成功している。
「別製運荷艇」の諸元は以下のとおり
全長 14.4m
全幅 6.5m
自重 8,800kg
発動機 1,000ps(寿2型×2)
最大速 38kt
搭載量 11,000kg
ただし、試作1号(通称「し-1号」)の諸元は以下のとおり
全長 14.4m
全幅 6.5m
自重 9,500kg
発動機 1,700ps(ハ5×2)
最大速 45kt
搭載量 15,000kg
ストックがUSBメモリと一緒にお亡くなりになりました。orz
閑話から頑張ります
架空戦記創作大会2016秋「架空の艇」に思いっきり該当しそうなので、そっちにもエントリーします。




