ツラギ攻略戦(6)
航空戦とは基本、「先手必勝」である。この重要要素である索敵能力(≒索敵半径)は使用機材によるとことが大きい。索敵の機材として米軍は基地航空機と潜水艦群、日本軍は基地と艦艇搭載の航空機、潜水艦群が用いられているが、これらは機動部隊を起点としての運用には難がある。
作戦行動中の機動部隊は、基本的に自らが電波を発信することはない。陸上基地に哨戒命令を出した時点で自らの位置を敵に察知されるからだ。また、基地航空機の索敵、哨戒ルーチンワークはおいそれと変更できない。哨戒エリアを変更した時点で「何らかの作戦行動か?」との疑念を敵に与えるからである。
潜水艦群も、その性質から危険を顧みず、見敵即通報ということはなかなかに難しい。安全距離にまで離脱、もしくは敵をやり過ごすとなると数時間を要することになる。1時間に数百キロを移動する航空機への情報としては新鮮度が全く足りない。
となると、頼りは艦艇搭載の航空機しかない。米軍と日本軍を比較すると、艦上機の航続距離は米軍に軍配があがるものの、戦艦、巡洋艦に搭載されている水上偵察機の航続距離は米軍の倍近くあり、その偵察半径は1,500キロメートルにおよぶ。
情報収集能力(使用機材の性能)は日本軍にアドバンテージがある。(水上機というニッチなカテゴリを追求し続けた日本のマニアックな連中の勝利とも言えよう)
米軍も日本軍艦載機の足の長さを承知しており、「いかにして敵機動部隊に発見されないか?そして先んじて敵機動部隊を攻撃するか」が課題となっていた。ここで、米軍は発想を転換する。
「敵を発見するのではなく、敵を誘い込めばいいのではないか?」
この発想を実現するため、米軍は太平洋艦隊の一部艦船で囮部隊を編成して敵機動部隊誘出、それを叩くという作戦を発案する。物量で押す米軍らしくない作戦である。
開戦劈頭での航空母艦と将兵の損失に加え、ラエ攻撃の失敗による母艦航空兵力の低下、政治的意味合いの非常に強かった東京空襲の中止など、米海軍は「らしくない」作戦を発案せざるを得ないレベルにまで質、量、そして政治力も低下していたのだ。
艦船と将兵の補充は「時間をかければ」問題なく可能だ。が、日本軍の攻勢と米国国内の敵(世論)はそれを待ってくれない。
この囮部隊は本土から航空機を輸送してきた護衛空母「ロングアイランド」と太平洋艦隊の戦艦群(「ペンシルバニア」、「ミシシッピ」、「メリーランド」、「サウスダコタ」、「ノースカロライナ」、「インディアナ」)を動員、見た目「立派な機動部隊」が編成された。
この「機動部隊」は、敵の目標と思われるポートモレスビーから離れたソロモン海北方に敵機動部隊を誘引、敵機動部隊をポートモレスビーへの攻撃圏内から引き離すとともに、後方に位置する本命の機動部隊へ、敵機動部隊の情報を通報。戦艦部隊と護衛空母は被害担当艦隊となり、本命の機動部隊が日本軍機動部隊を叩き、最終的な勝利を収めるのをアシストするという任務を担わされている。
低速で、役立たずになりつつある戦艦群と航空機発艦能力も怪しい商船改造の護衛空母で、敵機動部隊の殲滅を狙う、いわば、
「肉を切らせて骨を断つ」
作戦である。こう言えば格好いいのだが、
「目の前に餌をぶら下げて、引っ張り回して、食らいついた(可能であれば、食らいつく寸前)ところを、横合いからブン殴る」
という風にも取れる。そうだとすれば欲張り&俺様にも程がある作戦だ。
軍事作戦はシンプルであるべきだ。が、これは「一石二鳥」を狙った作戦になってしまっている。
この手の作戦の結末は「二兎を追う者(以下略)」になる事が多い。それを理解しつつ、作戦発動を行わなければならなかった米軍の内情はいかほどだろうか…。
作戦発令にあたり、一番の懸念事項は、敵「新型空母」を有する機動部隊である。(何度も言うのもアレだが、誤解である)この機動部隊の動き次第では囮作戦そのものを考え直す必要がある。要するに、日本軍がこちら(米軍)と同じ作戦を立案しないという理由がないからである。
この「機動部隊」が、増援されると思われる機動部隊と別行動を取った場合、現在の米軍の戦力では対処しきれない。2方向に航空兵力を分散させるという贅沢は今の米軍には許されていないのだ。そもそも、機動部隊2セットからの攻撃など考えただけでも寒気がする。
自然、米軍はラエ沖に停泊している「新型空母」の動向に集中することになる。「新型空母」の動きで戦況が動くからだ。頻繁なラエへの強行偵察、現地協力者からの情報に神経をすり減らす時間だけが過ぎていった。
その「新型空母」(言い訳するのも馬鹿らしくなってきた)「土佐丸」及び、呉陸戦隊は困惑していた。持ち帰りを厳命されたはずの規格型貨物函の揚陸作業(もちろん、中身は空である)が命じられ、広い船倉が再びガラ空きになったものの、それ以降の命令が発令されない。
正確に言うと、
「第十九戦隊及ビ呉陸戦隊ハ戦力、士気ノ維持に留意シツツ待機スベシ」
という意味不明の命令を連合艦隊司令部から受けていただけである。戦力・士気の維持は部隊の生命線である。命令されずとも、海岸での陸戦隊上陸訓練やラエ近海での艦隊運動訓練、日常教練は行っているが、これらの訓練は普通、最前線で行う類の訓練ではない。そもそも、「さぁ、諸君!戦争だ!」と出撃したにもかかわらず、南洋の小島でまったりしているだ。士気が下がるのは仕方がない。
彼らは、戦局が硬直している原因が自分達であることを全く理解していないなかったのだ。
連合艦隊司令部は、山本長官か自らが発案した「ツラギ砲撃」を実施すべく作戦案を策定していた。この作戦は、
・「土佐丸」をはじめとするツラギ攻略部隊
・ポートモレスビー攻略部隊及び「鈴谷」他で構成される護衛部隊
・第一航空艦隊
・第一艦隊
の4部隊が綿密に連携をとりながら、
・ツラギの砲撃
・ポートモレスビーの攻略
・敵機動部隊の殲滅
の3目標を達成するという黒島参謀渾身の作戦であるが、前述の米軍の作戦以上に欲張り&俺様な作戦でもある。
わざわざ、トラックから航空機で運ばれてきた作戦案に従い、「土佐丸」は船倉の空き(規格型貨物函を撤去した跡)にポートモレスビー攻略部隊の一部を載せ、ラバウルに向けて出航した。
(呉陸戦隊に加え、陸軍部隊まで乗せる事について、居住環境の問題を挙げて「土佐丸」側は反対したのだが、連合艦隊から派遣された通信士官はそのことも織り込み済みらしく「大和はホテル止まりですが、土佐丸は御殿らしいですね?問題ないでしょ?」とやり込められたらしい。実際、急ごしらえであるにも関わらず土佐丸の居住区の居住環境は良く、食事が美味であるので陸軍将兵からの苦情はほとんどなかったらしい)
現地協力者と、強行偵察の結果から敵の「新型空母」が駆逐艦を伴いビスマルク海に向け出航したと言う情報を得た米軍は、「新型空母はトラック方面に向かった」と判断する。
もし、ここで「土佐丸」が揚陸母艦であるとの認識があれば、別の分析もされたと思うのだが、米軍は「土佐丸」が消耗した航空戦力の補充のためトラック島に向けて出発したと分析してしまったのである。
「土佐丸」の出航で戦局が大きく動く。
日米双方の記録に「ソロモン乱戦」と記された激戦の始まりであった。




